偽勅令と死に損ないと犬-5
「介佑郎」
「厠」
「またか」
「おう」
と、介佑郎は一人でこっとり歩く。
大葉介と樹介が刀を持って立つが。
「いや、良い」
と、介佑郎は制した。
「……平気なのか?」
「ちょっとゆるくなっただけだ。厠は覚えた」
寝静まった夜。
「殺生石を打ち込んで、龍穴の力を過剰に注ぎこんで、山姥を内側から崩壊させるねぇ」
と、樹介の計画を口にする。
「……厠、どこだよ……」
篝火を灯した僧兵らの死角。
介佑郎は捲り腰を落とした。
村内の土を小便が濡らした。
介佑郎は足の痛みに顔を歪めた。
「ッ……ふぅ……」
月は出ていない。
篝火が燃える音。
僧兵の緊張した息遣い。
衣が擦れるかすかな音。
「おい……止まるなよ……」
介佑郎の小便が止まる。
──背後で物音がたった。
「うおぉっ!?」
振り返ると、虫である。
百足が落ちてきていた。
足をゆっくりと動かしている。
牙が挟んでいるのは、巻貝だ。
介佑郎はそれを摘み、投げた。
小便の出が戻ってきたようだ。
不気味に、影が揺らぐ。
介佑郎は素早く立ち上がる。
置いていた大太刀を掴んだ。
鞘を地面に捨てながら抜く。
目は……慣れて少し見える。
「僧兵か?」
大きく、人の形はしていた。
毛は、まったく無いようだ。
片手に、無造作に何かある。
「山姥……」
と、介佑郎は言ってしまう。
それは、厚く重ねた包丁だ。
逆の手には僧兵だった肉塊。
全身に毛や服は何もない。
生き物の肌とは思えない。
にぶく、光や音を返した。
──僧兵ではない。
異様、人間でない。
「う、うわぁぁぁッ!」
剣線に命を載せた。
腰を回し水平に振るう。
鎌で草を刈るがごとく。
だが──。
「んなっ!?」
──手負いに大太刀は長すぎた。
犬に噛まれた足のせいで甘い一閃だ。
遅く、軽く、必殺など望めない。
介佑郎は間髪いれず。
刀を握られたまま蹴りを放つ。
……足には、怪我があるというのにだ。
膝から下だけを跳ねさせた小さく蹴る。
山姥の膝関節を狙って砕く勢いの本気。
鉄を、蹴ったような痛みがはしる。
骨にヒビを予想する、硬さだった。
山姥が、介佑郎の足を掴んだ。
人外の怪力で刀ごと介佑郎を飛ばす。
足が浮かび、頭が、地に向いていた。
気がつけば、泥を喰らわされていた。
泥を食いながら介佑郎は刀を振るう。
脛裏を横から打つ剣線。
遠心力のままに振るう。
「──山姥か!」
地響き。
山姥が振り上げた足が垂直に落ちた音。
また、また刀は止められた。
否、それだけでは済まされず『折れる』!
半ばから折られた刀の半分が宙を舞う。
「なんだ今の音は!?」
番をする僧兵がようやっと。
「村に侵入されているぞ!」
──気がついた。
「何かいるぞ! また“やつ”か!」
「鎧を立たせろ。急げよ、走れ!」
篝火の幾らかが投げられる。
小雨のなかでも燃え続ける。
火の粉を飛ばしながら降る光。
山姥を、赤々と照らしあげた。
突火槍の雷鳴が轟いた。
山姥の体そして地で弾けた。
山姥からは火花があがった。
鍛冶屋が鉄を打つような火だ。
少し、衝撃された山姥が崩れる。
篝火が山姥の神秘を剥がした。
──轟く。
刹那、火を吹き猛煙、礫が飛んだ。
幾らかは、山姥を外れて土を穿つ。
幾らかは山姥に当たり火を起こす。
砕けた礫の欠片が介佑郎の瞼を切る。
眉を裂き、流れた血が、目を染める。
投げられた篝火が『悪鬼』を照らす。
掌を二枚重ねた圧重ねの包丁。
髑髏のごとき顔面。
全身を光沢させる、鉄の肌。
鎧を着ているような化け物。
臆して、介佑郎は、下がる。
介佑郎だけでは──無理だ。




