偽勅令と死に損ないと犬-4
大葉介は、鞘の小柄に指を当てていた。
「バサラカン?」
と、介佑郎は適当に返してきた。
廊下をあちこち右往左往だった。
先程までは余裕の大股だ。
今は内股で、悲痛な顔だ。
大葉介と樹介は気にしない。
「厠の場所を聴こう、介佑郎」
「いや! 言うな! 絶対に」
「……『婆娑羅菅』だが」
「どこにいるんだクソッ」
大葉介は笑いを隠していた。
樹介も、頰をひくつかせた。
「美作の菅家──武家だな──の婆娑羅だと」
「バサラ!?」
「権威権力に砂を掛ける連中ということだ」
と、大葉介はつらつら。
「……詳しいな。樹介は、僧兵に聞いた。僧兵らは武家だ。救民の考え……という建前で各地を回るが、婆娑羅と『姉妹喧嘩』をする、と」
「むっ」
と、大葉介は漏らす
「──紅雀党の紅雀は元・軍団兵、それも百長だそうだ。つまりは国府での衝突は、軍団兵同士での戦と言えるだろうな。世間は狭いな」
そういえば、と、大葉介は続けた。
「牛塵介も婆娑羅、かも?」
介佑郎は聞いていない。
やっと厠を見つけて飛び込んだ。
じょぼじょぼと勢いのよい水音が響く。
「草むらですればよかっただろうに」
と、大葉介は呆れた。
「親姉妹で殺しあう世の中か。法師武者は、武家の出なんだな。まあそりゃそうか、大鎧を持つ百姓なんてそうはいない」
と、樹介は厠に背を向けた。
「婆娑羅が追っているということは、宗家とも戦になったか。婆娑羅として国を跨いで、僧兵を追い詰める……執念だな」
「美作の菅なのだから、婆娑羅になる理由はないだろうと思うんだけど」
「いや、宗家とは関わりがない建前かもだよ」
大葉介は壁を這う蝸牛を見つけた。
初めて見る形の、左巻きの蝸牛だ。
のそのそと粘液を残しながら這う。
「山姥だが」と、介佑郎が訊いた。
大葉介は蝸牛から意識を外した。
「今いる村を襲ったのは山姥じゃない」
と、介佑郎は言う。
「そうだな」
と、樹介は深くうなずいた。
「怪獣だ。山姥とどっちを?」
「山姥だ。我々の目的、だろう?」
「あぁ──そうだな。山姥の首だ」
介佑郎はまだ厠から出てこない。
「樹介」
「なんだ」
「何をしようとしているんだ」
「どうした。間違っているか」
大葉介は首を横に振る。
「焦りすぎてる。山姥は本当に、大葉介たちの手に余らないものなのか」
「勝手に、凶賊の討伐に、軍団兵とともに出たのは誰だ?」
「断りはいれた」
「行くな、とも、樹介は言った。介佑郎も」
「ッ。凶賊から、美作の民を守ったんだ」
「正しいことだと? 違う。正しさではない。大葉介がやったのは、獣のように罪人を獲物にみたて追い立てている、牙を突きつける本能だ」
「違う」
「違わない」
介佑郎が厠から出てきた。
「手で触れるな」
と、大葉介は、介佑郎の手を見た。
「……介佑郎。手水の場所は知ってるのか?」
と、樹介は言った。
「山姥だ。山姥を討つにはどうすればいい」
「殺生石だ」
と、樹介は重い口を開けた。
「殺生石?」
大葉介が不思議そうに言う。
「昔、白面の狐の化けた悪女が、朝廷を大混乱に陥れた。しかし陰陽師に正体を見破られて、討伐された。その化け狐が姿を変えたのが、殺生石だ」
「使い道は」
「殺生石は人工龍穴だ。龍穴とは、地相を安定させる、星が過剰に溜め込み弾ける力を吸い出して放出する場所だ」
つまり、と、樹介は続けた。
「国府の殺生石を使い、山姥を倒す」
「矢を当てるよりはマシだろうがな」
大葉介は壁の蝸牛を追った。
百足が素早く、蝸牛を攫う。
「……気持ち悪っ」
大葉介は、乳を掻きむしる。




