検非違使、山姥を追う-3
うめき……大葉介が気がつく。
硬い枕が頭を持ち上げていた。
みじろぎして何か額から落ちた。
閉じていた瞳を、開く。
陽は高く、目を細めた。
「あまり動くな」
と、遥か頭上から誰かが言った。
乱れた髪を濡らすのは水ばかりではない。
不快なねばりのある汗が噴き出していた。
床へと滑り落ちていた布切れが拾われた。
額や首に噴いた汗を拭い額に載せられた。
「頭骨の中が少し揺れただけだ。大した骨だ」
と、男が大葉介の頑丈を褒めて、続けた。
「名乗るのが遅れた」
少し丸い顔が狸のような間抜け。
髪は短く、生えかけの半髪頭だ。
「牛塵介だ。色々と芸で食い繋いでる──」
と、牛塵介はふざけて続けた。
「──お前の命の恩人だ」
「検非違使の、大葉介だ」
大葉介は起きあがろうとした。
しかしすぐに、姿勢を崩す。
目があらぬ方向へ動ききる。
頭を落とし倒れてしまった。
「……まずは、助けていただき感謝を」
大葉介は倒れた体からしかし、なんとか取り繕って座り、言葉を絞り出した。
牛塵介は、気が抜けているような顔だ。
呑気に襟を緩めだらしない胸を晒した。
片足を立てて、その膝に、肘を掛けた。
不要になった手拭いで牛塵介は顔を拭く。
陽が傾きヒグラシが鳴く時刻。
まだ暑さを引くが冷たい風だ。
「茶でも買ってこよう」
牛塵介は立ち上がりどこかへ消えた。
「刀、刀、大葉介の刀は」
大葉介は、牛塵介の小熊のような背中が消えた瞬間、無くした得物を探した。
首に下げていた太刀が消えていた。
弓と矢もどこかにいってしまった。
祈る気持ちで大葉介は部屋を探す。
「茶を買ってきた」
と、牛塵介が戻ってきた。
「何を足軽みたいな真似をしているのだ」
と、物色する大葉介を牛塵介が訝しんだ。
「んな!? 悪党と一緒にするな!」
「悪党ほど知恵があれば、民に半殺しにされて、身ぐるみのほとんどを剥がれることも無いのではありましょうがな」
大葉介は、耳まで赤くした。
牛塵介は目を逸らさずに見つめた。
大葉介は口を開くが言葉はでない。
大葉介は、牛塵介の茶をひったくる。
茶が揺れて数滴、散っていた。
大葉介は茶を一息で飲み干す。
「苫田の駅宿に茶売りが来ていたのだ」
と、牛塵介も茶を一口含んだ。
「美味いだろう。牛塵介は渋いと思うが」
「美味いと思っていないのでは? それ」
「バレたか。実は、あまり好きではない」
「なんだそれ」
と、大葉介は呆れたように鼻を鳴らす。
駅宿の、連子窓。
縦に細かく入る連子子の木が、影が、夕陽に当てられ、長く、伸ばしていた。影そのものが生き物で、大葉介をその手で捕まえるように。
「山賊が多い。油断したな、検非違使様」
と、言いながら牛塵介は続けた。
「何故、山陽道を渡って美作に来た」
「山陽道の山姥について知っているか?」