偽勅令と死に損ないと犬-2
僧兵の先導で入った村はまるで戦の後だ。
荒々しく踏まれ足跡の水溜まりがあった。
村近くの木々には弩や弓の矢も刺さった。
太刀か何かで折られたような、枝葉もだ。
山から何かが村へ押し寄せたようだった。
「肩を貸すぞ、介佑郎」
「いらん。この程度──」
介佑郎の噛まれた足が引き攣る。
歩けないほど立ち止まっている。
「──ほらみろ」
と、大葉介は隠そうともせず呆れていた。
介佑郎は、犬の牙が穿った傷で、痛がる。
「穴倉でも家でもどこか腰を落ち着けよう」
幾つかの家が建てられている。
それ以上に、穴の家が掘ってある。
地面を掘り、骨組みして先端が点に細まる。
隣には田圃があるが稲は倒れていた。
「マイマイ?」
と、介佑郎は目をとられる。
巻貝がいた。嫌に、大きい。
「介佑郎!」
「わかってる。ちょっと待ってくれ」
こっとり、こっとり。
介佑郎は噛まれた足を庇って跳ねる。
「もう少しだけ頑張れ」
門もまた打ち破られていた。
「一丈鎧よりも大きい何かだ」
「僧兵様。この村は元々なんだ」
と、大葉介が訊いた。
僧兵は意外と話が通じた。
「土蜘蛛の村だよ。征伐だ」
「連中の呪いで酷い目もな」
と、僧兵はうんざりした。
雨で消せない深い轍ができていた。
小さな川のように水を流していた。
村の中と外へと繋がっていた。
村の逆方向には、森が広がっていた。
木々を薙ぎ倒して、何かが来たのだ。
神棚の残骸が打ち捨てられている。
結界に使われていただろう縄もだ。
「村……いや、城だぞ。本当に村か?」
「村全体が堀と逆茂木で囲われているんだ」
と、介佑郎は、村を興味深く見ていた。
よそ見をしていた介佑郎の小袖が破ける。
逆茂木の棘に引っ掛かって穴が空いた。
介佑郎は、何もなかった、と、無視した。
樹介と大葉介は困っている顔だ。
僧兵が薙刀で指す。
「あの掘立て小屋で全員が寝る」
柱が直接、土に打たれた小屋。
小屋というにはあまりにも大きい。
「祭具殿か何かじゃないのか?」
と、樹介が大丈夫なのか訊いた。
「この村にはもう神はいない。首長の家だ」
との、僧兵の答えだ。
「見ろ。怪獣でもいたらしい」
と、樹介は目だけで見た。
逆茂木と堀が破壊された道だ。
集落の中に何かが入った。
そして手当たり次第に破壊したようだ。
「最後の決戦か」
樹介は、村の惨状を見ていた。
爪のある嵐が暴れたようだ。
鎧を着た人間ごと、やったのだろう。
壁に血を練り込んだ爪痕が残っていた。
「不気味だな」
「外で寝てもいいぞ」
首長の家は、寂しいもので何もなかった。
僧兵が、たむろしている。
鎧を外して楽にしている。
目に隈はあるが痩せてはいない。
「どこから話そうか」
と、適当に腰を落とした樹介が言った。
介佑郎も転ぶようにして尻を落とした。
介佑郎の、犬に噛まれた足。
水を吸いふやけてぐちゃぐちゃだ。
「酷い傷だ」
と、大葉介が言うが。
「触んじゃねぇ」
と、介佑郎が跳ね除けた。
「樹介だって、僧兵と協力するなんて、前から考えていたわけではない」
「相談するべきだった」
と、大葉介は口を尖らせて責めた。
「確かに」
と、樹介は、深く頷いた。
介佑郎はうつむいていた。
「即断する必要があった」
樹介が、介佑郎を心配する。
平気だ、と介佑郎は答える。
「僧兵が、山賊を立てて国府を攻め落とす。元々、軍団兵なんて古臭いものは、寺も、武家も、公家も目の敵だ」
「……」
大葉介の眉が跳ねた。
「軍団を売って……手引きしたのか」
「良心はある。あくまで教えただけだ」
大葉介の手は柄に伸びていた。
太刀を握る手で、軋んでいた。
「もう良い。大葉介は、正義に反したのだな」
大葉介は固く、固く目を瞑った。
「人に、なれないのか?」
「山姥を討てばいいだけだ」
と、樹介は山姥と戦う話を続けた。
「……そうだな」
と、大葉介は、介佑郎の薬を探した。




