禁色を編む鎮守軍団兵-8
──夜。
曇り始めた空。
土の匂いが満ちていた。
静かな夜を抜け出した。
牛塵介と大葉介は、こっそり約束を果たす。
薄い寝巻姿のまま廊下の途中。
中庭を見守れるよう腰掛けた。
「上手くいかないものだな」
と、大葉介が握り飯を食べながら言う。
大葉介のこぼす愚痴が、始まりだった。
「検非違使が三人で、山姥を倒せぬと?」
「検非違使殿らだけでは、不可能だろう」
「お前はできるのにか」
牛塵介は、苦く笑う。
「止まることはできん」
「ならば──」
と、牛塵介は、大葉介の手をとった。
「──忠を向けたものに一所懸命を」
大葉介は護身の為の太刀で払う。
太刀を抜くようなことは、ない。
ただ、棒切れのように振っただけだ。
簡単に牛塵介でも防げる程度の軽さ。
「危な」
不用心なまま、晒される、太刀。
大葉介のそれに小柄がなかった。
刀と別に差さる、小さな刀剣だ。
牛塵介は袖から小柄を出す。
海石榴の紋のある、小柄だ。
──すり替える。
「『先輩』として何か忠告でもあるか?」
と、大葉介は意地悪く言った。
「紅雀党?」
「悪党の類いだ。それに、出雲を拠点にする僧兵と、神人が入っているとも。北条残党に、追討する武者にも気をつけたほうが良い。婆娑羅もいるしな」
「軍団兵はどうなのだ?」
「忘れていた。検非違使もだ」
大葉介は口を尖らせた。
牛塵介は大葉介と話す。
悪い時間ではなかった。
「ところで、どうして名前は大葉介で?」
「おかしいか?」
「だって男の名前だ」
「……」
「百足姫だって不思議に思ってたはず」
「あの書生が?」
「市女笠のな。気をつけろ。本物の姫だ一応」
「姫……」
と、大葉介は繰り返した。
「なんでその時に教えてくれなかった」
と、大葉介は口を尖らせてしまう。
「言う暇もなかった」
「山姥退治に協力して貰えたかもなのに」
「いや──」
牛塵介が、廊下に伸びていた草を手折る。
「──どうかな」
蔓が庭を登って届いていた。
葉の裏には蝸牛のような虫。
牛塵介は爪先で強く弾いた。
「あっ」と、大葉介が、こぼした。
蝸牛はバラバラになり四散した。
「殺すのはあんまりだ」
と、牛塵介が抗議する。
「いや、必要だ」
牛塵介は見た。
大葉介の襟内。
乳の間の炎症が、広がっていた。
──その時。
国府の外から、雷鳴が、響く。
土蔵と同じ分厚い作りの塀の先からだ。
まるで合戦のような喧騒が届いてくる。
廊下を走る、鎮兵の足音もだ。
外から突火槍を放つ音が続く。
雷が轟くような音が腹を揺する。
「悪党が国府に攻めてきた」
戦備えの鎮兵が大葉介に捕まっていた。
事情を手短に話し、鎮兵は走っていく。
「国司の詰めるこの場所を!」
「正確には、国司は不在だ」
塀に梯子がかかる。
石垣や櫓で、鎮兵が激しく戦う。
薙刀の刃がギラギラ月光に光る。
「雲が切れてる」
月光が注がれた。
塀の上に多くの人影が動いた。
よじ登った賊が、弓を引いた。
牛塵介はガサツに大葉介を引く。
──タンッ。
風切りと共に矢が迫った。
鏃は大葉介をはずした。
柱の木を割りながら深々刺さる。
「た、助かった!」
「そうでもない」
賊が塀を続々と乗り越えていた。
門上の櫓も抑えられつつあった。
松明を投げ入れられた。
国府を、明かりが襲う。
「鎮兵は何をやってるんだ!」
と、大葉介は激昂した。
突火槍とは比べ物にならない轟音。
それが轟いた直後。
国府の門が弾けた。
木片が飛び散り鎮兵に突き刺さる。
門の後ろで陣を張る鎮兵が飛んだ。
──否、人間は飛べない。
飛び込んだ巨大な塊が地面を跳ねる。
勢い大いに余り国府を突き抜けた。
「絡繰の弓大鎧! 凶賊を圧倒した鎧が!」
と、大葉介が絡繰の『鬼』を見て言う。
堰を切られた川の水のように賊が来る。
先頭は──鬼だった。
巨大で、金砕棒を振るう。
一丈、常人の二倍はある。
鬼らが煙を引いて、突入。
鎧鬼が振るえば鎮兵数人が舞い上がった。
牛塵介が、大葉介の襟を掴む。
「はっ──?」
牛塵介は大葉介の襟を掴みあげた。
軽々と、大葉介の足は地から離れる。
遠く廊下の先へ、大葉介を投げた。
長い悲鳴、潰れた蛙のような声だ。
「女ばかりの世に産まれて、こうも好かれる」
牛塵介は籠手も無しに刃の群れと向き合う。
足止めが必要で、凶賊の群れを押し止める。
牛塵介は、降参した。
縄で縛り上げられた。
「退け、退け」
凶賊の中から誰かが出てくる。
牛塵介の知り合いの女だった。
前に、牛塵介が打ち負かした。
「名前を名乗っていなかったとな」
山賊女頭だ。
彼女は花のような笑みを見せた。
鞘で、牛塵介の顎を上げさせた。
「紅雀だ。覚えておけ、長い付き合いだ」
駅宿で倒した女が見下ろしていた。




