禁色を編む鎮守軍団兵-5
村を凶賊から解放した。
国府の門をくぐり、帰ってきた。
既に夜は明るくなり始めている。
月は追いやられて、太陽が来る。
刀剣や鎧は換金して分配された。
商人が買い付けにたかっていた。
国府の内と外を賑やかしていた。
人が集まり、さらにそれを客にする輩も。
関係のない水飴や乾物などの売り手らだ。
あるいは、売りも買いもしない賑やかし。
「血がついてる! 高くは無理だ」
「ハラワタくらい洗わんか!」
大葉介は光景を見つめていた。
「うっ」
大葉介は胃袋から、戻しかけていた。
何か胃から迫り上がるようにえづく。
牛塵介は大葉介を庭の端に連れて行く。
人垣はなく、喧騒は遥か遠くになった。
ちょうど、壁について大葉介は吐いた。
牛塵介が盾になっていて誰も見ていない。
「楽になったか?」
と、牛塵介は腹当と逆の背をさする。
「具足や刀を外せ」
と、牛塵介は言った。
大葉介は震える手で解いた。
どさり、重々しく鉄塊が落ちる。
もう一度、大葉介は吐き戻した。
「水だ」
と、牛塵介が皮袋を出す。
「すまん」
と、大葉介は皮袋を絞った。
口角からは水が溢れる。
幾らかは飲み、幾らかは口をすすいだ。
庭に水が吐かれる。
「介佑郎様と、樹介様には土産話だろう」
「戦の話など、しとうもないが」
と、大葉介は眉間に皺だ。
「山姥を討つなら、戦に慣れないと」
「牛塵介様。山姥は……違うだろう」
「同じこと。検非違使の放免をやってた」
「聞いた話だが……そうだったな」
「大葉介様は、少し、優しすぎる」
「人間は、そうあるのではないか?」
「どうだろうな。人界にも、慣れろ」
牛塵介は国府の廊下を見た。
検非違使の樹介と介佑郎だ。
騒ぎを聞きつけ出てきていた。
市井の者と何かを話している。
「殺生石は見たのかい?」
「義賊が気になるのかい」
「気になると言うより、救民さ」
廊下から視線を戻せば──。
大葉介が口を拭いながら見上げた。
酷い顔色で、しかし瞳を燃やしている。
怒り、憎しみ、軽蔑が、渦巻いている。
「どいつも命にたかっている!」
と、大葉介は牛塵介を睨んだ。
大葉介の背中の向こうでは商売だ。
凶賊たちを殺して作った金の山だ。
「大葉介様は優しいのだな」
と、牛塵介は手を伸ばす。
「嫌味はいらん!」
と、大葉介は手を払った。
牛塵介の籠手が音を立てる。
「嫌味などでは……いや、例の蝸牛の話をしよう。村にいた怪獣だ。余計なことを考えるな。逃げるにしても、山姥を退治してからだ。不相応な敵を討ちたいなら、よく集中しろ」
「……わかっている!」
と、大葉介は一瞬だけ振り返った。
凶賊の、血塗れの具足が売買されていた。
大葉介の顔が、怒りで歪む。
だがそれもすぐに戻された。
「怪獣というには蝸牛は小さかった」
「油断しないことだ。かつては、常世神というのがいた。揚羽蝶の幼虫、目が大きい巨大な虫だが、人間は神を選べる」
「蝸牛が、神だと?」
「凶賊を受け入れた村人が言っていただろう」
「ただの邪神、いや、村を支配する道具だ」
「わからないことだ。決めつけるな」
「牛塵介は知っているのか?」
「答えは、急くものではない」
「山姥もいるんだぞ!? すぐにでも討伐だ」
「どこの、何をだ? 我々は知らないのだが」
「……ッ」
「焦るな。牛塵介よりは長く生きるのだから」




