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禁色を編む鎮守軍団兵-4

 凶賊は──。


 押し寄せる軍団兵と川の間で壊滅した。


 一丈弓大鎧を前面に押し立てた軍団は、凶賊の守りを破り、逃げ道を許さず、包囲を閉じ、全てを討ち取るか、捕まえた。


「やめさせろ!」


 と、大葉介が走った。


 牛塵介は止めない。


「凶賊はこれだけか?」


「首実際しますか」


「いらん。全員を斬首に」


 凶賊らからくぐもった悲鳴があがる。


 容赦はなかった。


 掲げられた太刀が振り下ろされる。


「やめろ!」


 首が、転がった。


 凶賊から解放された村。


 大葉介は端で座り込んでいた。


 解放された村人が出てきた。


 凶賊の死体を罵る。


 鍬や鎌、杵を持ち出した。


「天領なのにお前らは何をしてたうすのろ!」


 と、村の豪族らしいのが鎮兵を指で突いた。


 死体に復讐する百姓らを軍団兵が止める。


 凶賊の死体は次々と村から運び出される。


 一方で、百姓は田圃を調べ始めていた。


「たくさん、死んでいるのだぞ」


 と、大葉介がこぼす。


「たくさん、殺したんだぞ!?」


「確かに」と、牛塵介は相槌だ。


「だが大葉介なら、どうした?」


「殺さなかった! 例え凶賊と言えども、やりなおす機会はいくらでもあるべきだ。凶賊とならなければならない事情もあったのかもしれない」


「貧窮していた──かもしれない。南朝と北朝に、日本は割れている。あちらでもこちらでも戦。ましてや、まさに合戦の場である備州は、荒れている。だが──」


 運ばれる死体。


 凶賊も、軍団兵もいた。


「──生きる術は奪うしかなかったのだろう。であれば、殺すしかない。奪うことでしか生きられないと言うのであれば、止めるということは殺すということだ。慈悲でもある。人間の血を知った獣は、生かしてはおけないのと、同じように」


「慈悲だと?」


 と、大葉介は目を見開く。


 牛塵介は目を逸らさなかった。


「殺し尽くすことが慈悲だと!? 同じ日本の民でありながら、非人のように征夷することが慈悲だと!」


「慈悲だ」


「よく言えたものだ。虫ケラの道理だ」


「虫ケラとて、虫ケラの道理に生きる」


「……何?」


「牛塵介が大葉介に訊く」


 と、牛塵介は穏やかな声だ。


「凶賊を、大葉介ならどうした?」


「助けた。償わせるが、命は奪わない」


「そうして、また次の村を襲わせる」


「違う! 凶賊以外でも生きられる道を用意して、食わせることが助けることだ。死んでしまったものは帰ってはこない。それならば復讐で生きている者を同じだけ殺していては減る一方だ。赦す、これこそ正しく、慈悲ではないか?」


「かもしれん」


「ならばなぜ、殺すのを止めなかった」


 と、大葉介は人殺しを睨む。


「友人なのだろう。止められた」


 夏というには、冷たい風が吹いた。


 蒸し暑さは日に日に弱まっていた。


 秋混じりの風が火照る体を冷ます。


「赦すことは簡単だ」


 と、牛塵介は金砕棒の先端を地につけた。


 金砕棒を杖代わりにしつつ、ため息だ。


「他人であれば、幾らでも赦す」


「赦していないではないか」


「襲われた村はどうする? 牛塵介が、凶賊を赦せと生き残りを解放したとする。村を襲った凶賊は、何度でも襲うかもしれない。村はそんな恐怖の中で過ごす。それだけではない」


「国府が、検非違使が、軍団兵が、凶賊を赦した。おこないを赦した。美作国において、公家でも武家でもなく、天朝の下で沙汰をくだす者がだ。百姓に非あり、凶賊に咎なし。これでは天領からの信頼を失ってしまう。権威が赦すこと、赦さないことには、線引きが必要だ」


「正義は、赦すべきだ」


「正義であるからこそ斬るべきでは?」


「殺しあいの道以外だってある」


「そういうのは、殺しあいになる前に見つけるものだ。殺しあいになれば、言葉とは薙刀であり弓となる。正義というのであれば、始まる前にやるべきだった」


「……」


「事件を解決する程度では、大葉介の言う正しさには遅すぎるだろうな。どちらかが死ななねばならん。死なせたくなければ、己から、より早く動け」


 子供が、走ってきた。


 ぺこりとお辞儀して言う。


「母さん婆ちゃんは死んだけど、ありがと!」


「あの……」


 と、もう一人の乙女がもじもじと言う。


 牛塵介の手を引いた。


「村長が種を蒔かせろ、と……」


「牛塵介!」


 と、声を荒げた。


「良い機会だ。ついてこい、大葉介」


 牛塵介は乙女らを抱き寄せて歩く。


「獣憑きの蔵があるだろう? 全部買おう」


「それは……」


 と、乙女は言葉に困っていた。


「獣憑き?」


 と、大葉介は返した。


 村の外れ、土蔵の中。


 酷く手足が細いか、毛むくじゃら。


 人間というには骨の違う頭の構造。


 獣の長い尾や爪、牙ある奇形らがいた。


「怪獣がいたろう。村の神だな?」


 牛塵介が訊く。


「……凶賊が引き込んだ神だよ。村のじゃない。でも、村長たちは、神だと。みんなに神を宿させた」


「お前らもか?」


「……」


 乙女は答えなかった。


「大葉介。村が砦のようだったろう? 凶賊だけでは無理だ。村の協力があったんだ」


「凶賊にか!?」


「やっ、これは『推測』ということにしておこう。軍団もお目溢しするつもりだからな」


「どういう意味だ」


「どこの村も誰かに守ってもらいたい。国府は遠い世界だ。見捨てられる恐怖心から、神や賊の力に盲従することがある」


「だが感謝されたぞ。凶賊を……倒して……」


 と、大葉介は言い淀み、続けた。


「……国府にバレたから切り捨てたのか?」


「さぁ?」


 と、牛塵介はとぼけた。


「土蔵にいるこの『乙女たち』妖怪だよ」


 と、牛塵介は異形の手をとった。


 ふさふさとした。


 獣の腕、狼のような頭。


「妖怪は人間からも生まれる」


 牛塵介は金子を出した。


 乙女の手を壁につかせる。


 外で法螺貝が吹かれた。


 それは引き上げる合図だ。


 夜が明けようとしていた。

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