検非違使、山姥を追う-2
夏も終わる山陽道。
蝉も鳴りを潜めた。
彼岸花がまばら咲く。
「お互い気をつけて!」
大葉介は、検非違使二人と離れた。
臓腑で染めたような桃色の狩衣を着込み、太刀と弓を持ち、烏帽子。離れていく二人の検非違使は、呆れたように、先へ町へと向かう。
「大丈夫ですか?」
足に傷のある乙女に手を貸す。
野犬に足を噛まれていたのだ。
「申し訳ありません、検非違使様……」
と、乙女は大葉介の手を取った。
「いえ」
と、乙女の足の傷を、水で洗い流す。
水筒の栓を抜いて、だばだばと流す。
中身を全て使いきろうかとの勢いだ。
流れた水は、乙女の血と土を流した。
乙女の眉がけわしくなる。
「傷は深くはないです。見えるぶんには何も」
大葉介は傷に気が当たらないよう包帯する。
襤褸になりかけの狩衣からさらに裂いた。
「歩くのにも不便でしょう」
と、大葉介は乙女を背負った。
──かつん。
腰の鞘が、乙女の傷に当たった。
大葉介は腰の太刀を首に下げた。
弓と、矢もだ。
大葉介は、両手で乙女の尻を支えた。
ぬかるむ道を、乙女を背負って歩く。
「鶴山の町の娘ですか?」
と、大葉介は、にじむ汗を隠した。
「えぇ。近くの村から帰るところでした」
「何かご用事が……いえ、失礼を」
「うふふ。お嫁を山向こうに、ね」
「通い妻でしたか」
「男と契りは、難しいですから」
「ずっと数が少ないですからね」
「えぇ。会いに行ったのは、そういう」
少し、ぬかるむ道を踏む。
足跡には水が湧いて溜まる。
「山陽道には野犬だけでなく、あの山姥も出るのですから、一人で歩くには危なかったですね」
「……はい。軍団兵様たちが見廻りしているからと油断を。申し訳ありません」
「野犬には腰のものを?」
大葉介は、乙女の腰の刀に言う。
細身で軽く短い刺刀だった。
「……抜く暇もなく」
大葉介の背中を、乙女の足が挟んだ。
しばらく。
大葉介は面をあげた。
鶴山の町の入り口に人垣だ。
百姓というには、物々しい。
腹当や薙刀に、弓まである。
「山賊か」
と、大葉介は首に下げた太刀へ手を伸ばす。
「動いちゃうと脳みそえぐりだしちゃうから」
と、背中の乙女が大葉介の耳元で囁いた。
後頭部、頭蓋骨の穴の肉へ剣先が触れた。
大葉介の背負う乙女が、脅していた。
「お人好しはね、今の時代、喰われるだけなんだよ! 野犬に噛まれたなんて見捨てればいいのさ!」
と、乙女は野犬の怪我の足で立つ。
大葉介の後頭部に突きつけられた剣先は離れず、ぴたりと、いつでも突き破り、穴から脳を掻き乱せる位置だ。
山賊らが大股で、寄せてきた。
大葉介の頭を山賊の金槌が叩く。
大葉介は目を回して倒れ伏した。
山賊は大葉介の小袖をまさぐる。
「身ぐるみを剥げ」
「金子を持ってた」
「おっ、こいつはいただき、母ちゃん喜ぶ」
「死体は俺にくれ、バラして薬にするんだ」
「雅なカンザシだな。良家の子息なのか?」
「肛門の中も調べろ、秘密の書とかあるかも」
「胃袋もだ。紐で歯と縛ってるの見たぞ俺は」
髪を濡らし、額を流れた血が目へ。
身につけた全てが追い剥ぎされていく。
死体に群がる虫のようにたかられてだ。
その時──雷が鳴った。
空は、晴れているのに。
山賊はうめくように、何事か言っていた。
犬歯を剥き出しに、しかし獲物を捨てた。
大葉介を追い剥ぎしていた連中が、散る。
「まだ、生きているか、非違の」
女ではない野太い声。
大葉介からは見えない。
彼は後ろに立っている。
草履が──土を踏む音。
大葉介の髪が無造作に触られた。
ゴツゴツの指が無造作に確かめた。
抱えて、肩に載せられる。
牛に米俵を載せるように。
雷鳴で散っていた山賊が遠巻きしていた。