禁色を編む鎮守軍団兵-1
「牛塵介様──」
牛塵介は具足を揃えた。
簡素な腹当に額当て、いつもの金砕棒。
「──少々遅れておるようだな」
夜は深まり、しかしまだ夜明けは遠い。
最小の篝火だけ掲げる軍団兵が並んだ。
「凶賊は村を砦に?」
「えぇ。牛塵介様の顔で、可能ならば降伏させられればと思う。砦攻めにも、絡繰を動かす必要性もあるしな」
国府の門から、大鎧の絡繰が五領出てきた。
歩く櫓のような絡繰の人形は同じく巨大な弓を片手に持ち、軍団兵の列へと加わる。
「国府を空けるのも不安、やるなら一撃か」
「国府も安泰とは遠いのだな」
「山姥狩りに兵を出している」
「山姥と言えば例の検非違使だが──」
と、牛塵介は軍団の鎮兵を見た。
黄色い歓声が、甲冑を震わせた。
鎮兵は腹巻こそしているが軽い。
国府の門から大葉介が飛び出す。
「許可はえた!」
と、腰に大小の刀。
「大袖は無いが、馬にでも乗るのか?」
大鎧の胴に同じく大きな草摺だ。
大袖を外して兜やらをしていないだけだ。
草鞋ではなく、貫の履物を履いていた。
「下は良いか。額当てくらいはしておけ」
と、牛塵介は大葉介を振り返らせた。
牛塵介は自分の額当てを外す。
鉄板を縫い合わせた、鉢巻だ。
結びながら牛塵介は言った。
「凶賊狩だ。一人でいいのか」
大葉介の後ろ頭で額当てを結ぶ。
「よい!」
具足一式を揃えた軍団兵が待っていた。
「百長。待たせてもうしわけない」
「いえ。協力に感謝だ。軍団兵と言えども、経験者ばかりではないからな」
と、赤毛の百長は腹巻の鎧だ。
軍団兵の鎧は、どれも小さい。
兜鉢よりも、額当てか面頰だ。
「童は大丈夫なのか?」
と、百長は心配しながら続けた。
「近くの村だが……歩くぞ」
軍団兵が列をなした。
足取りを乱さず進む。
数はざっと数えて百。
「多いな、百長様」
と、大葉介は前後の軍団兵を見た。
「凶賊にしろ何にしろ、数十はいるだろうから標準的な数なのだがな」
「と言うことは、百長様はよく出陣を?」
と、大葉介は訊いた。
百長は小さく笑う。
面頰の隙間から微かに、笑って見えた。
「検非違使殿はなぜ、討伐に」
「凶賊は山姥かもしれんのだ」
「お二人はこられんようだが」
「ぞろぞろでしゃばるものではないだろう?」
「確かに。お気遣いには感謝を」
「百長様こそなぜ牛塵介様には頼んだのだ」
「あぁ、牛塵介様はくだらないことでもなんでも使って働かせろ、と、国司様に命令されておるのだ」
と、百長は淡々と言った。
「迷惑な話だ」
と、牛塵介は迷惑そうだ。
「親しいようだな」
と、大葉介は目を丸くする。
「百長とは大学寮が一緒なんだ」
と、牛塵介は頭を撫でた。
肩に掛けた海石榴の金砕棒が揺れた。
「京都の? 少し、意外だ」
「国学から官司、上洛して寮というのは珍しくない。公家が世襲しようと学生を縁故で決めることへの対抗だ。外から引っ張るんだ」
「……それは……誰が権限を?」
「後醍醐天皇だよ」
と、百長は当然のように言った。
「努力、勝利、友情を信念にして変わられた」
「五十も目前だろうに元気なもんだ爺さん」
「牛塵介様。天朝様であらせられるのだぞ」
と、百長はたしなめた。
百長はこっそりと、具足の裏地を見せた。
他の軍団兵もそれとなく腹巻の内側をだ。
朝の始まりに肌を染める朝陽のような黄赤。
──黄丹の染物だ。
「禁色の筈だが」
と、大葉介は言う。
「さぁ! 村へ急ごう、凶賊がいる」
鎮兵らが重い足をあげた。
乱れず、山道へと、進む。
先頭からゆっくりと、後尾まで動き始めた。




