美作鎮守将軍国司-3
介佑郎が──立つ。
指先を擦るように、猫が伸びるように。
腰を高く上げながらしなやかさに満ちた。
真横へと摺り足が払うようにさばく。
翠かかりの濡れ烏色の髪が後を追う。
左手には得物が、畳から持ち上がる。
介佑郎は──鞘から抜いた。
大太刀。
普通であれば一人では抜けない。
ましてや座したままなど曲芸だ。
長過ぎる太刀が、鞘より伸びる。
伸びる──伸び切り剣先がひるがえる。
剣先が風切り音を立てて薙ぐ弧を描く。
介佑郎は深く、深く、大太刀を伸ばす。
牛塵介の首が剣線に、乗っていた。
介佑郎は膝を立てて腕を伸ばした。
遠心力のまま大振りに渾身をこめていた。
さらに深く、深く踏み込んでいた。
剣先は牛塵介の首後ろへと、進む。
後ろへ避けようとも、断つ、剣線。
大太刀は長く、近づいている。
届いた、届いていた、剣先は。
しかし牛塵介の首はその先へズレた。
大太刀が首の骨を断つことは、ない。
牛塵介のまぶたの薄皮を裂く。
流れた血が目玉に入り染める。
牛塵介は血を気にしていない。
介佑郎の剣線は変わった。
牛塵介の血を引きながら。
大太刀が反転、振り返る。
──とは、ならなかった。
「一献、入れさせてくれ。詫びに」
と、樹介は徳利を持ち、牛塵介へと近づく。
「介佑郎も悪気はない。ただ──」
「──なめられたならば斬る。武士らしい」
と、牛塵介は樹介の話を継いだ。
樹介に困り眉が一瞬だけ浮かぶ。
「武家ではないのだがな」
と、樹介は苦笑した。
とくとくと、白く、濁った酒が注がれる。
米で作られた酒は匂いと味のクセが強い。
「膳を寄せよう。今のは、無かったことに」
と、樹介は膳を持ち上げた。
がちゃがちゃと音を揺らし寄せ合った。
介佑郎は不信と敵対心で睨む。
「ふんっ」
と、介佑郎は嫌悪を隠さない。
「何かしたのか?」
と、大葉介は流石に怪しいと訊いた。
牛塵介が天井を見る。
かすかに鼠の鳴き声。
猫に襲われた断末魔だ。
「酔い潰れたとき大の字で寝たか……?」
と、牛塵介は再現した。
畳に、横たわる。
がばり足を開く。
ぼろん、と櫓がそびえた。
「汚いものはしまえ」
と、大葉介は慣れているように手を払う。
「なるほど。そりゃ、介佑郎も嫌う」
「嫌われたくてやっているわけでは……」
牛塵介はすぐに起き上がった。
先程までよりも随分と肩を小さくして。




