美作鎮守将軍国司-1
修復された跡が目立つ石垣の石に傷だ。
周囲はぐるりと、堀が掘られている。
門の上には櫓がある。
堀の上に橋がかかる。
鉄の嵌められた門さえ戦傷が覆う。
国府、美作国の国司が詰める場所。
「頼もう。京より参った検非違使、大葉介である。山陽道山姥事件を追って来た。美作鎮守将軍国司殿に御目通りを願いたい」
大葉介が番兵と交渉していた。
鎮兵は完全装備でまるで戦だ。
簡素の鎧である腹当に兜鉢。
少なくとも櫓にいる鎮兵は、槍と弓。
石垣を盾にして、絡繰の大鎧が立つ。
一丈もある巨大な人型だが胸まで隠れた。
巨大な弓と矢を、国府の外へ向けている。
「備州の東端、三石城では、戦が起きている」
と、牛塵介は言った。
「南朝の軍勢が西進するのを阻止する、戦だ。備州で後醍醐天皇の南軍は停止していた」
「鎮兵が随分と集まってるな」
と、大葉介は使いを走らせて言った。
一丈もある絡繰大鎧が外を睨んでいる。
櫓に手足が生えたような、巨大人形だ。
櫓の中で鎮兵の二人が何やら話ている。
大葉介が耳を傾けていた。
「三石城での戦が始まる前から招集はかけていたのでしょう。鎮兵は完全に揃っています。逃げた者以外はでしょうが」
と、牛塵介は言った。
大葉介は慌てて頭を押さえた。
「……尻尾は見せるな、検非違使殿」
「うっ。舐められないようにはする」
木造建築。
砦のよう。
事実、砦。
鎮兵らは緊張した面持ちだ。
油断なく、周囲を見張った。
石垣の上には置き盾が並ぶ。
張り合わせた木の板に鉄が打たれていた。
手に持つ突火槍の感触を、確かめていた。
強く、握り込んで、少し落ち着きがない。
使い走りが戻ってきた。
牛塵介が鼻を伸ばす。
大葉介が毛を引き抜く。
小さく悲鳴をしていた。
「樹介様と介佑郎様がお待ちです」
と、国府の中へと案内された。
鉄の貼られた門をくぐる。
鉄は大きくひしゃげていた。
「こちらです。夕飯もおもちしましょう」
「おぉ、ありがたい! では牛塵介もささやかではあろうが猫の手くらいのお手伝いを……」
「牛塵介は、大葉介と同じ部屋にいてくれ」
「袖を引くな、引くな、大葉介様……」
「ふふふ」と、女官は笑っていた。
畳が部屋に敷き詰められ、天井がある。
国司が座る上座に、今は、人はいない。
だが検非違使の、樹介と介佑郎がいた。
揃えられた膳の多くは空か乾いていた。
「介佑郎。無事……ではなさそうだな。熊の爪に顔を引っ掻かれたようになってるぞ?」
「熊手でな。幸い傷は浅かった」
大葉介、樹介、介佑郎。
三人は互いを確認して安堵していた。
「……牛塵介、様、か?」
と、介佑郎の垂れた目がむかう。
「介佑郎は知っていたか」
厳しい視線が牛塵介を見ていた。
介佑郎の瞳が細く、獣のように絞られた。
「いかにも、これの名前を牛塵介。苫田の民に襲われたとき、助けてもらった。手練れの元検非違使だ」
「ほぉ」と、興味をもったのは樹介だった。
「放免をやっていました」
「成程、罪人だったか」
「罪人は、生涯罪人だ」
「介佑郎」
「放免の職は罪を許されたわけではない。ただ、罪人に許された数少ない職を与える慈悲にすぎない」
「言いすぎだ」
と、樹介は、介佑郎をたしなめた。
樹介は膳に並ぶ魚を箸でつく。
魚、炙られた皮を外した。
箸捌きは慣れていた。
流れるように身を運ぶ。
鮎であった。
膳には肉が多い。
「気にするな」
と、大葉介は座りながら続けた。
「介佑郎は気難しい」