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卵を拾って3

「お前は……!いつになったらカヤへの嫌がらせをやめるんだ!エリスティナ!」

「そんなことを言われる筋合いはございません、偉大なる竜王陛下」

「な……!」


 足が震える。リーハの強い怒号に心がくじけそうになる。

 それでも、リーハはぐっと奥歯を噛んで耐えた。ひれ伏して、その通りです、どうぞ罰をお与えください、と言いそうになるのをこらえた。


 片手で抱えたままの卵はほのあたたかい。命の鼓動がする。

 だからこそ、エリスティナはこの子をあきらめるわけにはいかなかった。


「カヤを泣かせておいてその言い草はなんだ!」

「それに関しては謝罪いたします。しかし、誓って私は重い罰を受けるようなことをしてはいません」

「竜種の番を傷付けたことが重罪ではないというか!」

「カヤ様がお泣きになったのは、竜王陛下に会えたからでしょう」


 意識して、淡々と返事をする。

 感情的になってはいけない。


「戯言を!」

「リーハ、エリスティナは不貞をしていたわ!卵を抱いていたもの!」

「なんだと……!」


 エリスティナの話は聞かないで、リーハは憤った。

 竜王は強く聡明だ。番が絡まなければ。歴代の竜王の質は番に比類するというのは噂ではなかったのだな、なんて思いながら、エリスティナはぐっと耐えた。


「不貞などしていません。この卵は捨てられていた子です」

「竜種が子捨てなどするものか!」

「それが……劣等個体でも、ですか」

「――!」


 リーハが、目を見開く。

 この反応からして、劣等個体のことを知らないわけではないだろう。

 カヤは知らなかったのかもしれない。不思議そうな顔をしてエリスティナの言葉を繰り返した。


「劣等個体?」

「竜種の中で、ごくまれに、魔力も体力もない、非常に弱弱しいものが生まれることがある。それが劣等個体だ。……劣等個体は、家の恥と言われ、捨てられることも……ある」


 苦々しげに説明をするリーハに、カヤが自分が優位だと思ったのか、ばっと顔をあげてエリスティナを睨んだ。どこか嬉しそうに。


「じゃあ、エリスティナは劣等個体を産んだのね!?不貞の上に産んだのが劣等個体だなんて!子供ごと処刑するべきよ」


 カヤの笑顔は残酷で、下品だった。

 命を軽く見ている。それは、周囲の使用人たちも悟ったのだろう。特に、近くにいた竜種たちはまずいものを見たというように露骨に視線をそらした。


「……リーハ?」

「……劣等個体とは言え、竜種は竜種だ。衆目のある今、発覚した以上、処刑することはできない」


 竜王として、竜種として、さすがに劣等個体の卵を壊す――殺すことは許されないと理解しているのだろう。リーハが悔しげに眉を顰める。


「どうしてエリスティナと同じこと……!」

「すまない、カヤ、わかっておくれ」


 それでも番を切り捨てることを考えられないという。

 竜種は本当に難儀な生き物だ。――だからといって、今までエリスティナたちが被って来た被害から考えれば、このリーハ竜王にやさしい目をむけることはできないが。


「……ご理解、いただけましたか」

「……フン」


 エリスティナが静かに告げる。

 リーハは鼻を鳴らしてエリスティナを睥睨した。


「この子を見逃してくださるのでしたら、不貞の罪もなにもかもを受けいれましょう。どこぞの田舎で、二度とあなた方の前に姿を見せぬよう、この子を養育します」

「劣等個体の世話がお前なぞにできるものか」

「そのときは誰も知らぬ場で人間種と劣等個体が野垂れ死ぬだけでしょう」


 言って、エリスティナは、地に頭をこすりつけた。


「どうか、どうか、このまだ小さき命を憐れんで下るのでしたら、この命をお見逃しください。この子に罪はございません」

「………………」


 場を、沈黙が支配する。

 あまりに無様なエリスティナの姿に、呆れただろうか。

 ――無様にもなるわよ。この子を守るためだもの。


「そんな要求、リーハがのむわけないでしょう!?」

「いい、カヤ」

「リーハ!?」


 カヤがはっと我に返って叫ぶ。

 きゃんきゃんとまだ何か言おうとするカヤを手で制して、リーハが口を開いた。


「そのかわり、お前は王族から除籍し、この国からも追放する。二度とこの国の地は踏めぬものと思え。支援もしない。死ぬなら我とカヤの関係のないところで死ね」

「ありがとうございます……!」


 エリスティナは声を高く感謝を述べた。

 まだ、わずかながら慈悲のある方かもしれない。一瞬だけ、そう思った。


「……ああ、いいことを考えた」


 しかし、そんな甘い考えは、すぐに裏切られることとなる。リーハがカヤを見てやさしげに微笑み、エリスティナを見てにたりと笑う。


「お前たちの追放先は、森にしよう。喜べ、森なら食料には困らぬぞ」

「……森?」

「そう――不帰の森、だ」


 その声に、その言葉、告げられた追放先を聞いて、わずかに喜びに染まっていたエリスティナの目は、その言葉とともに、絶望に塗りつぶされたのだった。



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