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卵を拾って2

「なに、これ」

「……」

「私はこれがなにか聞いてるんだけど」

「……卵です」

「なんの」

「……竜種、の」


 その言葉を聞いた瞬間、カヤは口をがぱりと開けて笑い出した。


「あっはははは!あんた、ついに不貞を働いたのね!お相手は誰かしら?」


 きんきんと耳障りな声。わざとらしく大きな声を出すカヤは、きっとその卵が実際にエリスティナの産んだものだとは思っていないのだろう。竜種についても詳しくないに違いない。

 琥珀色の、無地の卵。それが、劣等種のものだと気づいていない。

 だからこそ、エリスティナが不貞を働いた、と大声で主張するのだ。


 エリスティナを糾弾したいだけなら、卵が盗まれたものだと言えばいい。

 そうしないのは、エリスティナを王妃の座から引きずり下ろすため。

 王妃が不貞を働けば、死罪は免れない。だから、この大声はエリスティナを排除するためのものなのだ。

 エリスティナは、そこに、少女めいた容貌をしたカヤの、女としての恐ろしさを感じて背筋を震わせた。


 なんだなんだと衆目が集まってくる。

 カヤはそれを確認して、満足げに頷いた。


「不貞で生まれた卵なんていらないわよねえ」


 カヤがそう言って、その卵を地面にほうった。


 ――なんてことを!


 エリスティナは自分を捉える召使たちを振りはらい、飛び込むようにカヤの落とした琥珀色の卵を受け止めた。

 顔が地面にぶつかって、口の中に血の味が広がる。

 けれど、エリスティナはまず卵の様子を確認した。ひびがなく、ほのかにあたたかい。

 エリスティナはまだしっかりと鼓動を繰り返している卵をそうっと抱いて、微笑んだ。


「よかった……」

「なに?そんなにその卵が大事なの?」


 カヤが目の端を引きつらせて言った。

 あざ笑うような口調でありながら、どこか腹立たし気な声。

 エリスティナが卵を守ったことがそれほど意外だったのだろうか。

 しばし、硬直したような時間が流れ、しかしその静寂を破ったのはほかならぬカヤだった。


「やっぱり不貞でできた子なのね!」


 カヤがエリスティナを睨みつける。

 エリスティナが何も言えないでいると、カヤはぱん、とエリスティナの頬を張った。

 倒れるエリスティナの髪をぐいと引っ張って無理矢理上を向かせてもう一度手を振り下ろす。

 エリスティナの目に映ったカヤの、爛々と輝く目のなんと苛烈なことか。

 カヤは、エリスティナに限りのない嫉妬を抱いている。

 そう簡単に理解できるほど、カヤの目は血走っていた。


「そんな卵は……」


 そしてその狂気はエリスティナに向かう。憎しみのこもったまなざしの先には、まだ生まれてもいない無垢な命がある。とっさに体を丸めて卵を守るエリスティナ。

 カヤが振り下ろした拳が卵にぶつかる前に、エリスティナは叫んでいた。


「お待ちください!」


 突然のエリスティナの大声に、カヤの動きが一瞬止まる。

 ぎゅっと卵を抱きしめて、エリスティナは言い募った。


「そんなことをすれば、リーハ竜王陛下が黙っておられません」

「黙るわ。リーハは私に甘いもの」

「ええ、でも、ほかの竜種は、まがいなりにも同種を弑したことを許すでしょうか。番様が竜種を殺せば、竜王陛下の御世が乱れかねません」

「そんな、こと……」

「同種を殺したあなたを、王妃にふさわしからぬというものが現れかねません。どうぞお考え直しください。まだ生まれてもいない命です。どうか、どうかお慈悲を……」


 エリスティナの言葉に思うところがあったのだろう。

 わずかにうろたえたカヤに、今しかない、とエリスティナは続けた。

 地に頭をこすりつけて訴えて――そのさまに、カヤの溜飲が少しでも下がるようにと願いながら。

 この卵のためなら矜持なんていらない。いつの間にか、そう思ってしまうほどに、エリスティナはこの卵を守りたく思っていた。


 その時だった。


「カヤ……どこだ……!」


 番の動揺を感じ取ったのだろうか。竜種にはそういう能力があると聞いた。

 竜王、リーハ――番を守らんとする竜種が、烈火のような赤い翼を広げ、エリスティナとカヤが対峙するこの場に降り立ってきた。


「リーハッ!」

 カヤがリーハを呼ぶ。

 いつの間にかカヤは目に涙を浮かべていて、だから目の前に平伏しているエリスティナがいるというのに、リーハはかっとその目を見開きカヤを抱きしめ、エリスティナを睨みつけた。


 まったくエリスティナが悪であると言わんばかりの構図だ。

 この状況には覚えがある。カヤはリーハの関心を引くために、よくこうしてエリスティナへ冤罪を突きつけたから。


 いつもならそれでもよかった。

 けれど今。エリスティナの手元には、大切な卵がある。

 いつものようにただはい、申し訳ございません、と罰を受けて諦めるだけでは、この子の命は失われてしまうだろう。


 それだけはできなくて、エリスティナは地面から頭を上げて、まっすぐに竜王リーハを見据えた。

 いつもと様子の違うエリスティナに、リーハは一瞬、おや、という顔をした。

 しかし、カヤがわざとらしく涙を流してリーハに縋り付くと、エリスティナに対する疑問も掻き消えたらしい。またか、という表情で、リーハはエリスティナに向き直った。



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