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 エリナはクリスを見つめた。

 どうしようもない気持ちだった。

 だってずっと帰りたかったのだ。ずっと、当たり前みたいに「ただいま」と言ってクリスを抱きしめてあげたかった。

 エリスティナは命と引き換えにクリスを守ったけれど、それだって死なずに守れたらと思わなかったことはない。

 エリスティナは帰りたかった。クリスのもとへ帰りたかった。


「ああ、あ、ぁあああ」


 エリナの唇から嗚咽がもれる。それはだんだん大きくなって、まるで子供返りしたみたいな泣き声になる。

 ひっく、ひっくとしゃくりあげるエリナを抱きしめて、クリスは静かに泣いていた。

 ダーナの足音がする。きっと、涙をふくための布を持ってきてくれるのだろう。


 それを知覚して、けれどエリナはそれになにも反応を返すことができないでいた。

 胸がいっぱいで、どうすればいいのかわからなくて、ようやっと思いついたそれを形にするには想いが大きすぎた。


 胸があたたかい。あの日貫かれた胸の鼓動が激しくなる。

 私は、生きている――……。


「クー、クリス……」

「はい、エリー」

「あなたは、ずっと知っていたの?」


 私が、エリスティナだって。

 言外にそういう言葉を連ねて、エリナはクリスを見上げた。

 クリスはふっと表情を陰らせて「はい」と小さく答えた。

 まるで、黙っていたことが悪であるかのように。


「知っていました。あなたがエリーだと……僕を育ててくれたエリスティナ・ハーバルの生まれ変わりだと知っていました。そして、その中にエリーの記憶をもって生まれていたことも。なんとなくは、察していました」

「私に黙っていたことを悔いているの?」

「いいえ」


 クリスははっきりと言った。

 決めたのは僕です。エリーが番だからと言って、過去の……エリー、エリスティナと同一視してはいけないと思ったから、言いませんでした。そうしてしまえば、生まれ変わる番みんなが同じだと思いかねなかったから」


 エリナはクリスの頬を撫でた。

 苦しそうな顔をしているのが、気にかかって。

 クリスは続けた。


「危険なことに関してもそうです。言わなければあなたの心は不安で押しつぶされる、ということにはならないでしょう」

「あなた、そんなに寡黙だったかしら」

「そういうわけでは」

「ふふ、わかっているわ。私のためだったのでしょう、クリス。あなたは昔から、考えて、考えすぎて、熱を出してしまう子だったんだもの」


 クリスは目を細めた。

 エリナの手のひらが触れるたび、心地よさげに目を閉じるそのさまは、まるであの頃に戻ったようだった。


「僕はエリナにも、エリスティナにも恋をしました。だから同一視していると思われたくなかった」

「ふふ、そうね、クリスは誠実でいい子だわ」


 クリスがエリナの膝に手を差し入れる。横抱きにして、離宮の庭にあるベンチへと、そのまま腰を下ろした。


「クリス!?」

「いい子、ですか?僕のことをそういう目で見られない?僕がクリスだったから。あなたの養い子だったとわかったから」

「そ、そういうわけでは、そういうわけではないの」


 エリナは、むっと口を引き結んだクリスに手を振って弁明した。


「私にとっては、いつだってあなたはクリスなんだもの。かわいいと思ってしまうのは仕方ないわ」

「それは……」

「でもね、クリス」


 エリナは笑った。

 ああ、と思った。ずっとくすぶるように、胸の内で焦げ付くような感情の答え――それが、今、やっと形を成した。


「私はクーとずっと一緒にいたんだもの。クーにときめいて、クーを、好きだなあって思って。それと同時に、私の中のエリスティナはクリスをかわいいって思い続けて……。いつのまにか、エリナもエリスティナも、まざってしまった。一つになって、それで、ええ、ええとね」


 エリナはそこで口を閉ざした。

 どきどきする。人に好意を告げるとき、こんなに緊張するものなのだろうか。

 胸が苦しい。いますぐ胸を広げ、そのうちをさらけ出せてしまえればどれだけ楽だろうか。

 けれどエリナにそんな魔法は使えないから、がんばって、がんばって、言葉で伝えるしかないのだ。


「きっと、エリスティナのほうが先だったんだわ」


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