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竜王の真の番1

 竜王リーハに番が現れた。

 その吉報――竜種にとっては、だが――は、またたくまに国中を駆け巡った。

 見つかった番は平民の少女で、エリスティナとは十ほど年の差があった。

 濡れたような黒髪をした碧眼の少女は、名前をカヤと言った。大昔にブルーム王国へ移民してきた東の民族の血が混ざっているのだろうということだった。

 竜王リーハとカヤは、互いに一目で恋に落ちたらしかった。

 平民も竜種より下に見られているというのに、どういうわけだろう。

 エリスティナはそう思ったが、どうやら平民であるカヤと人間貴族であるエリスティナでは、竜種という存在の認識に天と地ほどの開きがあるようだった。


 そもそも、平民は竜種と会うことがない。

 それも当然だろう。竜種と人間種はまず支配階級と被支配階級。とくにプライドの高い竜種ほど人間に姿を見せたがらないため、平民である人間が竜種と会うときは、比較的人間種に友好的な竜種に会うことが多い。


 小作人だったカヤの家族が、以前竜種の兵士にけがをしているところを助けられたからと言って、カヤは前提として、竜種に並々ならぬ憧れを抱いていたらしい。


 人間貴族としての立場として言わせてもらうならば、その竜種兵士は道に落ちていたけが人が邪魔だからどけた、程度の認識しかもっていないはずだ。

 竜種が人間種を「ひと」として扱うわけがないのだから。


 しかしながら、エリスティナは人間貴族ゆえに、竜種と人間種の間の歴史を知っているわけで。

 そんな教育を受けたこともなく、なぜ人間貴族が存在するのかも知らないカヤが、竜王と恋に落ち、また、領民を養っているわけではないのに国から生活を保障されている――信じられないことだが、平民にはこう伝わっているらしい。竜種とはとことん自分に都合のいい情報操作しかしない連中である――人間貴族を蔑むようになるのは時間の問題でもあったのだ。


「ごきげんよう、カヤさま」

「……」


 パンの配給を受けに行った王宮の廊下で、カヤとすれ違ったエリスティナが会釈をして道を譲る。

 それにまったくの無視を決め込むカヤに、今更何かおもうこともない。

 ただもらったばかりのパンを大事に抱きしめ、頭を下げ、早くカヤたち一行が通り過ぎて行ってくれないか願うばかりである。


「ねえ、ちょっと」


 ふいに、カヤが口を開いた。


「黴臭くないかしら」


 そう言って鼻をつまむカヤの視線の先には、エリスティナが大事に大事に抱えている紙袋がある。

 はっとしてそれを隠そうとしたのがまずかった。

 美しいおもてに醜悪な笑みを浮かべたカヤは、エリスティナを辱める理由ができたと思ったのだろう。

 召使たちに命じて、エリスティナから紙袋を奪い、中身を床にぶちまけた。


「あ……ッ」

「まあ、黴の生えたパン!?なあにこれ?」

「カヤさま、汚のうございます」

「触らないから大丈夫よ。それにこの女がこれを誰かに食べさせようとして持ってきたのよ?没収して正解だわ」


 それは私の大事な食料です。

 黴が生えていたとしても、そこを削って、腹を下してでも食べるしかないのです。

 そう言いたかった。

 けれど、毎日やわらかな白パンを食べているカヤにはそんなこと信じてもらえないだろう。わかっているから、エリスティナはただ頭を下げて口を噤んだ。

 弁明をして罰が増えるより、黙して嵐が過ぎ去るのを待つほうが楽だ。


「ねえ、あなた、わかってる?これは立派な罪だわ」

「……」

「何とか言いなさいよ」

「…………」


 召使たちがくすくすと笑っている。みじめなエリスティナをあざ笑っている。

 だってエリスティナは覚えているのだ。

 今エリスティナを笑った召使のひとりが、エリスティナに黴の生えたパンを投げてよこしたことを。

 だからこれは、きっと、もともと予定されていたことだった。

 エリスティナとカヤの通る時間を合わせ、鉢合わせるように仕向け、エリスティナをいじめるための口実にカビの生えたパンを持たせる。

 とことん竜種とは醜悪な生き物だ。


 いまだ黙ったままのエリスティナに業を煮やしたのか、カヤが手を振り上げた。

 ぱん。乾いた音があたりに響く。

 栄養失調で体力がないせいで、エリスティナの体は大きくよろけたけれど、エリスティナは足に力を籠め、みじめたらしく地面に這いつくばることだけはしなかった。


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