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愉快な宰相エルフリート1

 案内されたのは、クーの部屋はと続き間となった広い部屋。

 特に使用用途も決まっていない部屋らしく、最低限の調度があるのみだった。


 エリナの部屋にも言えることだが、ごてごてと飾り立てられた部屋を想像していたエリナはいささか拍子抜けする内装だ。

 もちろん、リーハやカヤの気配のしないこの部屋に安心する気持ちのほうが強いが。


 ――趣味が合わないよりずっといいわ。


 エリナはそう思って、部屋をじっくりと見まわした。

 白い壁、ベージュのカーテン。やわらかそうなソファには美しい織物のクッションが置いてある。

 明らかに最低限をあつらえましたというような設えに、もう慣れたエリナはくすりと笑った。


「ここは自由に変えてもらっても構いません。もちろん、中庭も。中庭には僕の好きな花が植えてありますが、すべての女性の好むものではないことは承知していますので」

「あら、私は好きよ、タンポポ。この部屋は殺風景だから、変えていいなら少しだけ整えさせてほしいくらいね。余っている家具なんかは、どこかにおいてあるかしら」


 かつての貴族らしい――貧しくはあったが――感覚を思い出して、エリナはわくわくと胸を弾ませた。

 部屋を整えるのは好きだ。あるものや余っている調度をもらってきて自分好みの内装にすることはエリナの前世からの趣味のひとつでもある。


 しかし、エリナの言葉にクーは気まずげに目をそらした。


「クー?」

「ありません」

「ありませんって……ひとつも?」

「はい」


 クーは彼にしては珍しく、口ごもりながら続けた。


「前竜王と、その番……その二人が使っていた部屋は、僕にはあまりよいものではなかったので、全部処分してしまったんです」

「処分って」


 リーハとカヤの使っていた調度品は、けして少なくはない。

 そのすべてを処分してしまうのは、いくらなんでも思い切りがよすぎる。

 そう思ってクーの言葉を繰り返したエリナは、ああ、と納得した。


 ――それで、部屋にはカヤの気配もなにもなかったのね。


 安堵した理由のひとつなので、エリナはもったいないでしょう、とクーを叱る気にはなれなかった。


「番のために使われる予算がありますし、僕個人の資産もあります。好きなものを好きなように作ってもらえれば……その」

「ええ、必要な分を買わせてもわうわ」


 無駄には使わない、と言外に口にしたエリナに、クーは目を瞬く。

 それが、エリナに贅沢をさせたいみたいでエリナは笑ってしまった。


「エリー……」

「――いやあ、陛下の番、どんなお方かなと思ったけど、無駄遣いしなさそうだし、いい子そうだし、なによりこの綺麗な魂が素敵だ!陛下、君の番はかわいらしいねェ!」


 その時。

 部屋のドアをバン!と開けて、文字通りふわふわと飛んでやってきた影があった。

 エリナは目をぱちぱちと瞬き、クーがげ、という顔をする。


 うっすらその姿を透かした透明なもや――いいや、竜種だ、竜種が、見る見るうちにひとの形をとってその場に降り立つ。


 銀糸のような髪を肩口で切りそろえた、銀灰色の目にモノクルをかけた、飄々とした青年――のように見える竜種は、エリナを見てにっこりとほほ笑んだ。


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