鐘の音と怪しい人物3
「お前が殺したようなものだ。ああ、哀れで愚かな雛竜よ――お前があの日、拾いさえしなければ――……」
フードの、女とも男とも知れぬその人間が、からん、と鐘を鳴らす。
エリナの目が、絶望に染まろうとして――瞬間のことだった。
刃のような金の閃光が、フードの人物とエリナの間に落下した。
はっとエリナが我に返ると、舌打ちの音とともにフードの人物がエリナから離れる。
支えを失いへたり込んだエリナを抱き留めて、エリナの背にあたたかな体温を与えてくれたのは、眠る前に見たはちみつ色で。
「き――さま――エリーに、何を――」
「…………竜王か」
しわがれた声が愉快げに、けれど憎しみを孕んだ声でクーを呼んだ。
瞬間、雷撃がフードの人間に降り注いだ。
轟音とともに、フードごと焼き尽くすような雷――……。
けれど、はらりと焼け落ちたフードの中にはなにもありはしなかった。あとには煤けた芝生が残るだけ。
「幻影を飛ばしてきたのか……」
クーが、険しい声でつぶやく。
エリナは、は、は、と荒くなった息を整えて、クーを見上げた。
「どうして、ここに……?」
「あなたが中庭に行ったと聞いて……その時、防衛魔法を抜けるなにかがあるのに気付いたんです。あなたに、なにかあったんじゃないかと……」
クーの顔が、くしゃりと泣きそうに歪む。
「……遅くなって、すみません」
「だ、大丈夫よ。クー、私、ほら、どこも怪我してないでしょう?」
エリナが裾をぱっぱと払ってくるりと回る。
クーに心配をかけたくないと思ってしまった。
そうやって笑うと、クーの形の良い眉がますます心配そうに下げられる。
「怪我をしていなくとも、です。僕はあなたへ危険が迫るのを許してしまった。使用人たちだって……」
「私が侍女を下がらせたの。クーも、誰も悪くないわ」
エリナは言って、おそるおそるクーの頭へ手をやった。
さらさらとしたはちみつ色の髪が、くしゃくしゃにかき混ぜられる。
「エリー、あのものに、何か言われていましたよね?なんと?」
ごまかされてはくれなかった。
だから正直に言おうと――エリナは、思い出そうとして、ひとつも、思い出せないことに気が付いた。
「あれ……?」
「エリー?」
「思い出せないの。なんでかしら……」
呪いか、とクーがつぶやく。呪い?
「なんでもありません。大丈夫、エリー。あなたは何も心配しないで」
クーがそう言って、エリナの額に自分のそれをそっとあてる。
近くなった顔にどぎまぎしてしまって、エリナは顔を赤らめた。
先ほどまで泣くほどつらかったはずなのに、クーがこうして抱きしめてくれているだけで、クーが近いというだけで、こんなにも胸が高鳴ってしまう。
どうして?そんな思いが胸を占める。
腕をほどき、立ち上がったクリスに手を差し出されて、エリナはその手を取った。
「部屋に戻りましょう。食事の準備をさせました」
「え、ええ。わかったわ」
エリナは、クーの背を見上げた。
広い背、エリナより、ずっと大きな体。
それがひどく頼もしく感じて――同時に、胸が突かれるように甘く痛む。
このままだと、どうなってしまうのかしら。
エリナは頬に手をやった。そこはひどく熱くて、エリナはこの顔がクーに見られねばいいと思った。
一陣の風が吹く。
頭の中で、小さな声がうつむいて言った。
――それでも、私は誰かの代わりでしかないんだよ。
と。
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