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恋知らずの令嬢

 ■■■


 エリスティナと竜王リーハの間には、5年間世継ぎが産まれなかった。

 当たり前だ。そもそも子ができるような行為をしていないのだから。

 しかし、子供を産めない、妊娠の兆候もない――重ねて言うが、そういった行為をしていないのだから当然だ――エリスティナを、竜王の周囲にいる竜種たちが口さがなく噂する。


 エリスティナとしてはそれでも別に良かった。離縁されるならされるで、その後の生活は苦しいだろうが、この針の筵のような生活から逃れられると思うとせいせいした。


 ある時は昼餐のスープに虫を入れられた。それくらいかわいいもので、水銀を飲まされそうになったこともある。身の危険しかないこの王宮で、エリスティナのよすがはもはや家族との思い出以外にありはしなかった。


 それでもまだ心を保っていられたのは、竜王がある程度理性的であったからだ。

 体の関係のない、白い結婚であることを隠すためにもそうしたほうがいいと思ったのだろう。

 エリスティナをかばう演技力は、さすが竜種といえど王である。

 そのあとに「どうして我が人間貴族などをかばわねばならぬ」とエリスティナに当たり散らさなければ完璧だった。

 どうしてエリスティナの尊厳は度外視されるのだろう。

 ……もともと、人間にそんなものはないということだろうか。


 竜種の番でない人間には価値がない、を貫くこの国が亡べばいいのに、と思うが、それを言えば殺されるのはエリスティナであるし、最強種の集うこの国が亡ぶ、というのはめったなことではありえないだろう。

 竜種は良くも悪くも強いものに従う性質だ。

 クーデターすら起きようもない。それだけ、竜種というのは動物的で、だからこそ結束力が強く、多種族の及ばぬ力を持っているのだった。


「恋を、知らなくてよかった」


 エリスティナは、自分で淹れた午後のお茶を飲みながら、独り言ちるように言った。

 誰もいない、侍女も下働きすらいない、うらぶれた離宮。

 隙間風の入るような寂しく寒いその場所で、毎日の食べ物にも事欠く有様ながら、エリスティナはなんとか生きていた。

 人間貴族は領地を持たない。

 そのため、竜種地主の小作人として農作業をして暮らしていたのが、今役に立っている。

 離宮の裏の、小さな畑。そこに実るわずかな野菜と、ごくまれに配給される硬いパンがエリスティナの食事だった。


「恋をしらなくて、本当に良かった」


 エリスティナは、自分に言い聞かせるように、もう一度繰り返した。

 番を求める竜種が恋だの愛だの言うのが理解できない。

 ときめくことも何もない。生活の楽しみすらなく、息をするだけの人形のような生活をしていて、思うことはそれだけだった。

 万が一、四番目の姉のように恋を知っていれば、ここでの生活はそれはそれは苦痛だっただろう。


 もちろん、今が苦痛でないわけではないが。

 嫌いな竜王、嫌いな竜種、憎むべきものに囲まれて、なんの刺激もなく、あるとすれば自分の命を害そうとする刺客とのひりひりした攻防のみ。

 それを生活の刺激とは呼びたくない。

 エリスティナは、摩耗しきった精神でもう立っているのもやっとだった。


 生きているだけありがたい?いいや、死んだほうがましである。

 けれど、自分が死ねば、家族へと咎めが行くかもしれないと思うと、手に持った調理用のナイフを己の首に突き立てることすらままならないのだ。


 この地獄が早く終わりはしないか、そんな、あり得ないことを日々考えて、死んだように生きている。

 けれど――けれど。

 不幸なことに、エリスティナの地獄はここで終わりはしなかったのだ。


 ■■■


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