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春の日とシチューの香り2

 まだ探したことのない場所を探して、あてもなく城下を歩く。

 エリスティナの生まれ変わり――魂の気配はたしかにあるのに、その姿も、形もないことがクリスを焦らせた。


 早く、早く見つけないと、と。

 近くにいないと守れない。だから、クリスは必死になってエリスティナを――その魂の持ち主を探した。


 気持ばかり焦って結果が伴わない。クリスは気付けば速足になる歩みを意識的に緩め、はあ、と息を吐いた。

 風が生ぬるくて不愉快だ。


 強く吹いてくる風を振り払うように前を向いて――ふと、立ち止まった。

 シチューの香りがする。

 クリスは香りのするほうへ無意識に足を向けた。商店街を通って細い道へ入る。まもなく、古く小さなアパートが姿を現した。

 この香りは、そのアパートの一室から漂ってきているらしかった。


 こんなこと、エリスティナが死んでから一度もなかったのに。

 シチューなんて何度も饗された。エリスティナの話したミルクを飲んだことだってある。

 けれど、そのどれも、味どころか匂いすらありはしなかった。


 ついに、エリスティナ恋しさに幻の香りまで感じるようになったのだろうか。

 クリスはアパートの下で、香りのもとである二階の一室へと視線をやった。


 シチューは、エリスティナの得意料理だった。

 豆を煮だした汁で作られた、エリスティナ曰く代替品。

 けれど、その味はクリスにとっては代替品ではなかった。エリスティナのシチューは本当においしかったし、クリスの好物だったからだ。


 代替品――。

 そこまで考えて、クリスは眉を寄せた。

 エリスティナはクリスの番だ。

 その生まれ変わりもまた、クリスの番である。


 でも、エリスティナの生まれ変わりはエリスティナではないのだ。

 クリスが会いたいのは、愛しいと思うのはエリスティナで――だから、クリスが今、エリスティナの生まれ変わりを探しているのは、無駄なことではないのかと――エリスティナの代替品を探しているにすぎないのかと考えてしまう。


 そんなことはないと首を振っても、クリスがエリスティナ恋しさにその魂を探しているのは事実で。

 それは、かつて竜王リーハの番の代替品として、城に閉じ込められたエリスティナを踏みにじる行為ではないかと思うのだ。


 クリスはエリスティナを愛している。

 だから、だから……エリスティナの生まれ変わりをも、愛するのだろうか。

 ――……彼女が、その魂の持ち主が、クリスの番だから。


「エリー……」


 小さくこぼした名前は、エリスティナの愛称だ。

 かつて何度も口にした名前を、久方ぶりに読んだ気がする。

 その響きは、かつてと同じやわらかな甘さをもって、クリスの胸を締め付ける。


 探すべきではないのかもしれない――嫌だ、そばにいないと守れない。

 エリスティナの生まれ変わりは、エリスティナではない――違う、そんなつもりで探しているんじゃない。

 エリスティナの生まれ変わりを、エリーの代わりにするのか。それは、エリスティナが最も傷つけられた行為だ――リーハと同じことを、するつもりなのか。

 何から守ると言うんだ。もう、リーハも、カヤもいないのに――何からも守りたい。

 ……だって、もう二度と失えない。


 エリスティナの血の温度を忘れたことなどありはしない。

 だから、だからこそ――クリスは、自分がエリスティナの生まれかわりを愛してしまったとして――それが、番愛しさゆえのものだったならば、どうすればいいのだと奥歯を噛んだ。


 番は、呪いに似ている。

 それまでの意識を塗りつぶして番を愛する心は、はたして本当に、その番を愛しているからのものなのだろうか。


 クリスの目の下に色濃く刻まれた隈は、クリスに余計なことを考えさせる。

 失いたくないから探しているのに、そのすべてが無意味なことだと思わせる。


 ――その時だった。ふわりと香る、シチューの香り。

 それが急に濃くなって、クリスの鼻孔をくすぐった。


 はっと上を見上げると、窓を開けて顔を出した一人の女性が目に入って。

 赤毛に、青い目をした、平民。その顔を見た瞬間、クリスの腹がいきなりぎゅうう、と鳴った。


 何十年も感じたことのない空腹感に急激にさいなまれ、クリスはその場に膝をついた。こんな、どうして……。

 シチューの香りと同時に感じる甘やかな匂いは、恋焦がれていたものによく似ている。

 それが、エリスティナの魂の香りだと知覚する前に、クリスの意識は、まるで刈り取られるようにして暗転した。


 からん、ころん。鐘の音がする。

 そのとき、夕暮れの街で、ひとつの影が、路地裏へと姿を消した。



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