番という呪い1
※残酷な描写があります。
結論から言って、件の襲撃は、竜王リーハの番であるカヤが望んだことだった。
リーハとエリスティナの間の肉体関係を疑ってか、リーハにエリスティナとクリスを殺すように願ったのだと言う。
エリスティナとクリス――卵だった雛竜が死なねば自分が死ぬとまで言ったらしいカヤの願いを聞き届けたリーハ。
そのまま死んでおけばよかったのに、そう本気で思ったクリスを、エリスティナはいさめるだろうか。
……わからない。エリスティナは、クリスの前で誰かへの怨嗟の言葉を吐いたことなどなかったから。
やさしいひとだった。世界の悪意を知っていてなお、縁もゆかりもないものに手を差し伸べられるひとだった。
クリスは、リーハとカヤを許せなかった。
命で贖うことすらさせたくないほどに、許しがたかった。
カヤが番を想ってエリスティナの死を願ったのなら、そのエリスティナを番とするクリスがカヤとリーハの永遠の苦しみを望んで何が悪いのだろう。
――きっと、エリーはこんなこと望まない。
わかっている。クリスの行為は、エリスティナが生きていれば、痛ましげに目を閉じるようなことであると理解している。
クリスは、二人を幽閉している城の塔へと歩を進めた。
……あれから70年の時が経った。
エリスティナのむくろは土へ還り、人々はエリスティナのことを面白おかしく物語へと変えた。
悪役王妃、なんて、そんな言葉にして。
それが、エリスティナが森で暮らしていた間のカヤの手によるものだと、クリスは気付かなかった。それもそのはずで、あの後、クリスは死に体のリーハを引きずって王宮へ向かい、そのままカヤとともにリーハを幽閉した後からずっと、エリスティナの躯を埋めた、エリスティナのかつての住まいだと言う離宮に引きこもっていたのだ。
最初の10年は何も食べなかった。瞬きすらしなかった。
20年たって、エリスティナを失ったにもかかわらず、自分が死なないことに気づいた。
30年、40年がたち、それがまだ未発達だった、番を認識する器官のせいだと知った。
クリスの魂はエリスティナを番だと理解していたのに、肉体はエリスティナが番だと知らなかったのだ。
だから、クリスの体は、今もまだ番と――エリスティナと出会っていないと思い込んでいる。
50年経ったあたりで、自分の首を掻き切った。
ほとばしる鮮血に、エリスティナと同じところへ行けると思ってほほ笑んだ。
目を覚ましたのはエリスティナの墓標の前で、首の傷はクリスの中の有り余る魔力によって勝手にふさがっていた。
60年が経った。クリスは絶望の中、自身の疎んだ感覚器官が、番の誕生を告げるのを感じ取った。
番の魂はめぐる。いつか竜種のもとへ還るために。
そういうものだ。そういう――呪いにもにた、因果だ。
けれど、それが、生きた屍のようだったクリスに、正気を取り戻させたのは、きっと呪いと呼ぶべきものではなかった。
70年目にクリスは王宮へと向かった。
エリスティナが生まれてくるのなら、エリスティナの苦しみを取り除かなければいけないと思った。
人間貴族の廃止、悪役王妃という噂の払しょくを。
人間を家畜とする、歪んだ倫理観を消し去ることを。
本当なら、もっとはやくに手を付けなければならなかった。
なぜなら、クリスは竜王として目覚めたのだから。
竜王として即位する資格があったのに、70年もの間、名義上の竜王はリーハのままだった。
幽閉されているために、竜王としての役割が果たせなくとも、隔絶された竜種と人間の間では情報を回すことすら難しい。
民草は、今も竜王はリーハなのだと思っていた。
生きたままで燃え続けているだろう、カヤとリーハのことを思いだす。
あんなものが――あのような――愚かしい存在が王だなどと笑わせる。
けれど、最も笑いものにされるべきは、間違いなくクリスだった。
70年の間、生きたまま焼かれる苦しみを味合わされた二人は、もう狂っているだろうか。
狂っていたなら、遠慮なく殺せるのにと思う。正気なら、まだ許しを与えられるか怪しかった。
塔の扉を開く――中は、ひどい有様だった。
開いた瞬間に感じたのは、腐臭。リーハの肌は焼けただれ、その端から修復され、けれどそれも追いつかない場所は腐っていた。
ずるりと剥げ落ちた肉にハエがたかっている。
そんなリーハの腕に守られるように抱かれているのは、もはやほとんど残っていない黒髪を、苦しみに震わせるカヤだった。カヤは、皮肉にも、リーハからもたらされた番という関係のせいで、寿命によって死ぬことができないようになっていた。
何度も嘔吐したのか、胃液のようなものがまき散らされている。最も、それには血が混じって、けれど吐くたびに燃え上がっているので、それが本当に胃から吐き出されたものなのかは判別がつかない。
「あ、あー……う」
クリスが入ってきたことに気づいたのだろうか。カヤが呻くように声をあげた。
濁ってどろりと溶けた目は、それが落ちくぼんでいなければ目だとわからなかっただろう。




