クリスの追想2
食前の祈りを捧げ、さあシチューを食べよう、というときのことだった。
閃光と、炸裂音。ついで、天井が落ちて来た。
何者から襲撃を受けたのだ。一拍遅れてそれに気づいた。
ただの小屋とはいえ、不帰の森の木材で作った小屋だ。
今のクリスの体ではそれをはじくようなことはできないし、できたとしても無傷では済まない。
だが、エリスティナを守らなければ、と――クリスにはそれしかなかった。愛する雌を守らない雄がどこにいるというのだ。けれど、立ち上がった時――なにか、あたたかなものに体を包まれたのを感じ取った。
その時のことを思いだすと、今も目の前が真っ赤に染まる。
落下してきた天井の梁に貫かれたエリスティナ。やわらかで、ひどく華奢な肢体が、おびただしい血液で真っ赤に染まった。どくどくとこぼれてくる命の証はクリスの全身を濡らしたけれど、そこにクリスの血は一滴も混じってはいなかった。
エリスティナに守られたのだ、ということに、すぐに気づいた。
どうして、と思った。なにより先に、どうして、と。
どうして自分をかばったのか、どうして襲撃を受けたのか、どうして――どうして、クリスはエリスティナを守れなかったのか。
エリスティナを救うために、知識のうちにある治癒の魔法を使おうと力を籠める。
しかし、今は劣等個体であるクリスの扱える力はひどく少なくて、やっとのことで形を成した魔法はエリスティナの体をただ撫でるだけで終わった。
それどころか、即死だったはずのエリスティナの命を無意味に永らえさせ、ただ苦しむ時間を増やしてしまった。
エリスティナの青い目が濁っていく。
さまよう視線がクリスを見つけて細まって、その手が最後の力を振り絞ってクリスの頬を撫でた。
「エリー、離して、エリー!……クソッ……」
「クリス……だい、じょうぶ?」
エリスティナ、クリスの、大切なエリスティナ。
「僕のことはどうでもいい!エリー!エリー!気をしっかり持って!」
「ふふ……大丈夫……私、あなたを守ってあげるからね…」
守らなくていい。守らなくてよかった。
クリスが死ねばよかったのだ。エリスティナに掬われた命なのだ。救われた命なのだ。
この命を返すくらいなんてことなかった。
クリスの下手な治癒魔法のせいで、上手に死ねなくて、苦しんでいて、けれど最後に言葉を遺そうと微笑むエリスティナ。
クリスは叫びだしたい気持ちになって、けれどどうしようもなくて、ただエリスティナの腕の中で喘ぐようにもがいた。
「エリー!死なないで……!」
「クリス……、ごめん、ね、シチュー、こぼしちゃ、て」
「エリー!目を開けて、エリー!」
やさしい口づけ。額へのそれを最後に、エリスティナの目がゆるゆると閉じられる。
命の終わりが形になっていく。
苦しい、つらい。そんな言葉ではたりない。
力なく傾いでいく体、けれどクリスを抱く手は緩まない。
エリスティナは、真実、命の終わりまで、クリスを守り抜いた。
エリスティナが――エリスティナが、最後に、ふう、と息をする。
赤い血で染まった、紙のように白いおもて。その顔はずうっと微笑みをたたえたまま、揺らがない。
「あいさせて、くれ、て、ありがと……」
違う、違うよ、エリー。
ありがとうと、感謝するのは僕のほうだ。
あなたと出会えてうれしかった、あなたと暮らせて毎日が楽しかった。
あなたを愛せて幸せだったのは僕だ。
だから、ねえ、あなた。エリー。
僕のことを、叱って。
命より優先すべき番を、あなたを守れなくて情けないって、怒ってよ。
エリー。
「あいして……る……」




