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クーという男3

 エリナがジト目でクーを見やると、クーは自分の食べたあとの、空っぽの鍋から目をそらした。

 明日のお昼に、そしてグラタンに仕立て直して夕食に、と思っていたシチューは、もうすっかりなくなっていた。


「すみません……」

「別にいいわよ。気にしていないし。一人で食べるのも味気ないものね」


 エリナはすっかり冷めてしまったシチューを口に含む。うん、やっぱり冷めてもおいしい。

 もくもくとエリナがシチューを味わっていると、クーははっとしたようにエリナのシチュー皿を見た。


「冷めて……!?」

「そりゃあ、あんなに泣いてたんだもの。泣き止むまでには冷めるわ」


 そう言って、エリナがもうひとくち掬って口に運ぶと、クーはがばっとエリナの手元にあるシチュー皿に手をやった。


「クー?」

「失礼します」


 驚くエリナが目を瞬くと、クーの手が淡い金の光を帯びる。

 ぱあっと光があふれ、目を閉じて、また開いたときには光は収まっていて。

 エリナが不思議に思って手元を見ると。シチューからはできたての時と同じような湯気が立っていた。


「あったかい……」

「炎の魔法を少し使いました。その、焦げたりはしていないはずです」

「あなた、魔法上手なのねえ……」


 エリナはそう言って、もうひと匙を掬ってニンジンを口に放り込んだ。

 うん、あたたかくておいしい。冷たくてもおいしいけれど、やはりあたたかいシチューにはかなわない。


 感心するより先に、驚いてしまって平坦な感想になってしまった。

 だって、竜種が番以外の人間種に魔法を見せることなんて――それも、こんな平凡な効果なのに扱いの難しそうな魔法を使うことなんて――珍しい、どころの騒ぎではない。


 それを、出会ったばかりのエリナのために使ったことに、エリナは驚いていた。


「魔力のコントロールは得意なんです」

「ふうん。難しいって聞くわよ?クー、がんばったのねえ」


 エリナは手を伸ばして、クーの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 驚いたように目を瞬くクーは、しかし拒絶することはない。

 その様子に、エリナは自分でやったことにも関わらず、あれ?と思ってしまった。


 今、体が勝手に動いた、というか。

 急に撫でたくなって撫でてしまった。成人している竜種にこんなことおかしいとわかっているのに。

 けれど、クーはここちよさそうに目を細めている。


「ありがとうございます」


 そうやって、クーは嬉しそうに微笑んだ。

 だから、エリナは、まあ、いいか、なんて思って、このことをいったん横に置いておくことにしたのだった。


「エリナ」

「うん?」

「また、食べにきていいですか?」

「クー、あなた以外と図々しいわね」

「だめですか?」


 クーはそう言って、子犬のような顔をして、わざわざ頭を下げてエリナを見上げて来た。うっ、顔がいいひとがこういうあざといことをすると絵になるのか。そんなことをちらと思う。

 非常識だ。非常識なことを言われている、それは重々承知なのだけれど、なんだか嫌いになれないし、拒絶したくもなくなってしまった。

 だから、エリナは頷いた。


「いいわ。その時はまたシチューを作ってあげる」

「本当ですか!?」

「ふふふ!何よ、その顔。断わられると思ってた?」

「それは、その、まあ、はい」

「まあ確かに常識知らずではあったけど」

「ええ……」


 しゅん、とうなだれるクーの頭を撫でてやって、エリナは笑った。


「なんでかしら、あなたのこと、嫌いになれないのよ。これからよろしくね、クー」

「……ッ、はい!」


 ぱあ、とクーの顔が喜色に染まる。それを満足げに見やって、エリナは二人分の皿を手に、流し台に向かったのだった。


「……やっと、見つけた、僕のエリー……」


 後ろで、一対の緑の目が、瞳孔をきゅうと丸くして、エリナの背中を見つめていることには、気付かなかった。


 ■■■


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