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言葉を考える

作者: 鶴舞麟太郎

 私わ鰻の白焼きお買おーと養魚場え行きました。




 皆さんはこの文を見てどう思ったでしょうか?


「おいおい、また鰻かよ!?」と思った方。気持ちはわかりますが、今回のテーマはそこではありません。



 大多数の方はまず、こう思ったのではないでしょうか?


「おいおい、小学生でもあるまいし、なに間違えてんだよ!」と。



 確かに現在、このような表記をすれば、指導されるか笑われるかどちらかでしょう。は=わ、などはわざと使う人はいますが、これは意図して行っているケースがほとんどで、使い分けができない人はあまりいないと思います。


 現在は、小学生でもわかる明らかに間違った表記方ですが、実は、このような表記法が真剣に検討されていた時代があります。


 明治期から続く言文一致運動の時もそうですが、特に顕著だったのは終戦直後です。ちなみに、例に挙げた発音どおり(・・・・・)の表記などはまだかわいい方で、全部ローマ字表記にすべきだという意見もありましたし、文豪、志賀直哉に至っては、日本語を廃止してフランス語を使ってはどうかとまで述べています。


 当時、敗戦による影響もあったのでしょうが、戦前まで使われていた『仮名遣い』が、複雑すぎたことが大きな問題だったのでしょう。結局、揺り戻しもあって、昭和21年(1946年)に『現代かなづかい』が告示され、今、我々が使っているものとほぼ同じ日本語の表記法ができあがることになりました。




 ここでみなさんに問います。


 Q.「を」を、どう読みますか?


  A1.「()

  A2.「WO(うぉ)



 正解を書く前に、みなさんの学校では、どのように発音せよと教えていたでしょうか?




















 正解は 1.「()」です(注1)。



「当然だな!」と思ったあなたは、現在進行している問題があることを認識してください。



「うそ! 違うの!?」と思ったあなたは、何が原因で間違えることになったのかを思い返してみてください。

 


 

 ちなみに、正解の証拠として、前述の『現代かなづかい』を挙げます。以下は規定(抜粋)です。



 発音:オ  新かなづかい:お  備考(旧かなづかいを示す):を


 細則:第一 「ゐ」、「ゑ」、「を」は「い」、「え」、「お」と書く。ただし助詞の「を」を除く。






 『現代かなづかい』の告示によって、それまで「をけ()」「うを()」「をかしい」等のように文中で普通に使われていた「を」の字が、助詞のそれを除いて使用されなくなりました。

 ところが、これで、困った人はあまりいませんでした(注2)。なぜなら、この告示を待つ以前に「を」を「WO(うぉ)」と発音する文化は失われていたからです(注3)。


「を」と「お」の発音の区別がなくなったのは、実に江戸時代のことで、それ以降は、同じ発音をする両者を、知識として使い分けている状態だったのです。この『現代かなづかい』の告示によって、「()」と発音する文字は基本的に「お」と書けば良くなったのですから、ほとんど文句を言う人はいませんでした(注4)。




 では、なぜ助詞の「を」だけ残ったかというと、それは「慣例」としか言えません。これは、同様に残された助詞の「わ」と読む「は」、「え」と読む「へ」と一緒です。 







 実は、最近この原則が崩れようとしているのです。




 先に述べておきますが、私は日本語の変化を否定しているわけではありません。平安時代の日本語で会話する人がもはや存在しないように、言語は時代とともに変化していくものだからです。よく問題になる「ら」抜き言葉も、語句の短縮や、尊敬の意味と可能の意味を区別するといった理由がある、いわば合理的な変化であり、きっと数十年経てば、正式な日本語になっているのではないかと思います。



 しかし、「を」を「WO(うぉ)」と発音することは違います。これは、明らかに恣意的ものが強く働いた結果だからです。



 ここで、過去の話をします。


 私は、数年前、小学校で授業をする機会がありました。低学年の授業だったのですが、何かの説明の際に、口頭で「わいうえ()の『()』だよ」と言ったところ、子どもたちが「『お』じゃないよ『うぉ』だよ!」と口々に私を非難してくるのです。

 私は大学で言語学を専攻してはいましたが、小学校の国語教育にはあまり明るくありませんでしたので、もしかすると現在の学習指導要領ではそう指導することになっているのかもしれないと思い、その時は引き下がりました。

 が、気になって調べると、どこにもそんなことは書いてありません。そのうえ、発見したのが前述の『現代かなづかい(注5)』です。



 そうなのです。この小学校では根拠のない指導が平気でなされていたのです。



 これは極一部の無知な教師がしていることで、鶴舞は偶然それに当たってしまったのではないかと考える方もいらっしゃると思います。



 そうではないのです。

 実はしばらく経って、自分の子が別の小学校に入学しました。入学から数ヶ月が経過し、音読の宿題が出されるようになりました。聞いてやっていると明らかに「を」を「WO(うぉ)」と発音しています。普段の会話では一切「WO(うぉ)」なんて使わないのにです。聞いてみれば、担任の先生から教わったとのこと。

 ちなみに、その担任は、当時新規採用教員でした。

 これは、その新人教師に対し「『を』を『WO(うぉ)』と発音させるよう授業をせよ」と指導した教師がどこかにいるということになります。つまり、少なくとも3名以上(※接触率なら100%です)の小学校教師が、『現代仮名遣い』に反して、あたりまえのように子どもたちに「を」を「WO(うぉ)」と発音するよう教え込んでいるということになります。



 なぜ、そのような指導をしているかは良くわかりません。当然、聞いてみたいのですが、モンスターペアレント扱いをされるのが怖くて聞くことも出来ません。


 独自に、いろいろ調べたところ、説としては、

・PCが普及し、キーボード入力で「WO」と入力するからそれに引きずられた。

・表記が「お」と「を」で違うので、区別しようとした。あるいは、違って当然と思った人がいた。

・長野県等の方言で「を」を「WO(うぉ)」と発音していたのが広がった。

 等があるようです。




 キーボード入力から自然発生的に生まれたのだとすれば、前述の言語の変化に当たりますので、あって当然の変化となります。

 本当にそうであるならば、私が言うことは何もありません。しかし、私の周囲で起こった事は、どう考えても、恣意的に人(※教師)の手が加わっています。自然に起こった変化ではないのです。



 表記の違いがあるのだから、発音を変えるべきだと考える人。


 それは、とんでもない考え違いです。

 あなたは、「私『は』東京『へ』行く」の『 』内をどう発音しますか? ちゃんと文字通り発音していますか?

 「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」きちんと使い分けていますか?「じ」は「じ」又は「ずぃ」と、「ぢ」は「でぃ」と、「づ」は「どぅ」と発音していますか?

 ほとんどの人はこれらができていないのではありませんか?

 確かに「お」と「を」の表記は違います。しかし、表記が違うこと=発音が違うことではないのです。



 方言については、私は否定するつもりはありません。方言は大切な地域の文化であり、誇りをもってどんどん使っていただきたいと思います。ですから、特定の方言話者が「を」を「WO(うぉ)」と発音するのを直せという気は全くありません。


 しかし、他者にそれを指導するとなれば話は全く別です。

「を」を「WO(うぉ)」と発音するのが方言としての文化なら、「お」と「を」の発音に区別がないのが全国共通語(※いわゆる標準語)の文化です。「私たちの共通語文化におかしなものをすり込まないでいただきたい」このように考えることは良くないことでしょうか?


 過去は「お」と「を」の発音を区別していたのだから、現代でも区別すべきだという方もいるかもしれません。


 それこそ狂気の沙汰です。

 あなたが古語の話者ならば文句は言いませんが、他は現代語を使って助詞の「を」だけつまみ食いするのはご都合主義には当たりませんか? 少なくてもそう主張する方は、昭和21年まで使われてきた『かなづかい』の表記に基づいて発音していることでしょう。

 風呂桶は「FUROWOKE」、飛び魚は「TOBIUWO」と発音しているはずですが、果たしてそんな人がどれくらいいるでしょうか?



 以前から「お」と「を」の区別を指導することが難しいという悩みが、小学校の低学年を担当する教師から出ていたという話もあります。


 教師の仕事は激務で月の残業時間が100時間を超える方も決して珍しくなく、制度上残業手当も無いウルトラブラック環境なのは存じ上げております。先生方のお骨折りには頭が下がります。


 でも、横着をこかずに、正しい指導をしてください。

 確かに、発音を分けてしまえば随分指導は楽になります。しかし、勝手にそんな事をしていいんですか? 確かに学習指導要領で文科省はその事に触れてはいません。けれども、『現代仮名遣い』は、その上の内閣によって告示されたものです。どちらが優先されるべきかは明らかでしょう。

 そもそも『区別を指導することが難しい』と言う悩みが生じていたということは『発音が全く同じだったから』ではありませんか?

『指導を楽にするために発音自体を変える』この発想は指導者として如何なものかと思いますがどうでしょうか?


 百歩譲って「お」と「を」の発音を区別して指導するにしても、表記法が確立されて「お」と「を」の表記が区別できるようになったら、発音を修正してあげるべきではありませんか?

 放置していたら定着してしまいます。その子たちが将来アナウンサーなど、正しい共通語の発音を求められる職を志し、発音が原因で夢破れることになったら、一体どうするつもりですか?






 ……失礼しました。だいぶ、エキサイトしてしまいました。


 実は、今回気になって専門誌等を調べたところ、2000年代初めの頃の論文で「『を』を『WO(うぉ)』と発音する若者が増えているが、それは教育が原因となっている可能性が高い。」という報告がなされていたことがわかりました。


 それから10年以上経ちますが、文部科学省等が何か対策を取ったという話は、私は寡聞にして知りません。そして、現状を鑑みるに、対策が行われている可能性は低そうです。


 おそらく、このままいけば、近い将来「を」を「WO(うぉ)」と発音することは、共通語としても許容されるようになるでしょう。なぜなら、最初の方でも述べましたが『言葉は変化していく』ものだからです。

 そして、この変化は、将来、草の根の教育活動によって言語が変化した、稀有な例として歴史に刻まれることになると思います。


 しかし、現在を生きる私は、「を」を「お」と発音する現在の文化を守っていこうと思います。変えるに足る合理的な理由が見当たらないからです。

 将来は「D」を「デー」と発音してしまう老人のように、若者から笑われることになるかもしれません。それでも私は「を」を「お」と発音し続けるつもりです。



 


注1:方言としては2の「WO(うぉ)」も正解のことがあります。


注2:出版・印刷関係等の人は困ったかもしれません。


注3:方言としては残っていた地域もあるようです。


注4:一部の言語学者等で反対する人はいました。


注5:現在は改訂されて『現代仮名遣い』ですが「を」についての内容は変わっていません。




 ここまでお読みいただきありがとうございました。みなさんは「を」についてどう思いましたか?

 私は「どこかで誰かにこの気持ちを伝えたい!」とずっと思っておりました。最後の方で熱くなりすぎてしまったことは反省していますが、ちょっとすっきりしていますw

 今回に関しては特に、いろいろな方の御意見、ご感想を聞いてみたいです。お手数ですがよろしくお願いします。

 あ、図々しいことは承知していますが評価もいただきたいです。クレクレです。いろいろな人の目についてほしいので。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 私は地方出身者ですが「お」も「を」も「O」の発音ですね。 正直なところ「WO」と発音する方に会ったことがないのですが、気にしていないだけなんでしょうか。 [一言] 知り合いの小学校教諭…
[一言] 美輪明宏さんが脚本読みで『を』と発音した役者に『ぅお』ですと注意してたので『ぅお』が正しいんだと思ってました。 でも『お』と『ぅお』なら『お』の方が発音しやすいので、そっちが残りますよねぇ…
[良い点] 「は」「へ」のエッセイのほうから飛んで来ました。迂闊にも未読でした。 私は発音は両方とも『お』としながらも、自分が作詞作曲したものは意識的に『を』を『うぉ』と歌っていました。 J-PO…
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