妄想の帝国 その44 政治家秘書アプリ
秘書の不祥事を防ぐため、政治家秘書そのものが廃止され、かわりにスマートフォンの政治家秘書アプリの使用が必須となったのだが…
20XX年 度重なる政治家の秘書によるとされる不祥事に、業を煮やした野党、市民連合は専門家に依頼し、秘書アプリを開発。スマートフォンにインストールして利用できる秘書機能付きアプリを秘書の代わりにすることを国会で提案した。与党ジコウ党は難色をしめすも、秘書の給与を削れるという財政対策と秘書の不祥事が完全に防げるという世論の後押しにより、合意。国会議員は全員、人間の秘書の代わりにアプリを使用することとなった。
「えっと、今日の予定は何だったのか」
キョロキョロするザンカイ議員。
「そうか、秘書はもうおらんのか。全く面倒くさい」
と、ごそごそとスマートフォンを探す。
「電源を、ああ、くそ、パスワードがわからん、おおい…って秘書はいないか」
四苦八苦してパスワードを書いたメモを探す。
「本当は電源入りっぱなしでいいんだが、せきゅりてぃ、がどうのこうのって、いいじゃないか。どうせ他の奴が使いやしない」
安全対策を無視した発言にビービーと警告音がなった。
“それはいけません、パスワード管理お願いします”
「なんと、使う前から小言をいうとは、まったく」
と文句をいいつつパスワードをいれ、
「ふう、やっと起きたか。で、今日の予定は」
“本日は、まず〇×委員会の会合があります。資料に目を通してください”
と液晶画面が変わり、テキストが映し出された。
「ああ、なんだって。細かい字だな」
途端に文字が大きくなる。
「ふむ、便利だな。ふんふん、何が何だかさっぱりわからんぞ」
と、文章をざっと読んで閉じようとするザンカイ議員。読めないのは文字の大小によるものでなくザンカイ議員の理解力の側に問題があるらしい。と、秘書アプリが
“最後までお読みください。読めなければ、委員会への参加はできません”
「何を固いことをいっとるんだ。こんなものは秘書が読んでだな、儂に説明してくれればいいんだ」
“議員が読んで内容を理解しなければなりません”
「う、ウルサイな、良いじゃないか、適当に訳してくれ」
“お読みにならなければ、委員会への参加はできません、お読みください”
「よ、読めばいいんだろう、読めば、まったく」
と、ザンカイ議員は画面をスクロールしてみた。文章が流れるように映し出されたが、
「うーん、なんだかよくわからん、なんでこんなに難しいんだ」
“理解できなければ、そもそも会合に参加する能力が無いとみなされます。”
「く、お前、俺をバカにしてるのか!こ、これぐらい」
と、文章を理解しようとザンカイ議員は衰えた脳細胞を駆使して奮闘した。
「ふう、やっと終わった」
“しかし、質問なさいませんでした。何かご意見は”
「な、ない。べ、別に議題に問題はないし、その(ああ、くそ、あの資料、まったくわからなかった。下手に質問でもしようものなら、頓珍漢なことをいって笑われかねない)」
“理解できなかったから、質問なさらなかったのですか”
ドンピシャに痛いところをつく秘書アプリ。なんとか誤魔化そうと
「そんなこと、あるわけなかろう!特になかったし!わ、儂が何か言うと、若手がいいにくいだろう!」
“今回の議題は貴方が反対していた野党提出の法案についてでしたが、お考えを変えて賛成したということでしょうか。そうしますと前の発言と矛盾しておりますが、よろしいのでしょうか。また、若手と申されましても、本日の会合は与党議員の同期もしくは2-3下の方が大半でしたが”
「い、いや、その、改めてだな、見直して、そのよさに気が付いたということでな(なんで他の奴等は何も言わなかったんだ。そ、そうか、儂と同じ、読めなかったのか、くう、もっと簡単な言葉で書け、官僚)。少しでもわかければ若手なんだ、だいだい私は与党の幹事長だから、同期より偉いということで、その」
“…、発言は記録させていただいております”
「あ、ああ」
“昼食の時間です、食堂に向かいましょう”
食堂の議員専用席それほど混雑していなかったが、ザンカイ議員は端の窓際に座った。
「ふう、嫌な奴等にみつかると厄介だからな。さて、焼き肉たっぷり定食にマグロ刺身盛…」
“それは注文禁止です。貴方の健康を損なう恐れがあります”
「なんと、またか。いいじゃないか、週に一度ぐらい。昨日も、おとといも、その前もお前の言うとおりの注文をしたんだぞ!」
“貴方の御年齢、健康状態から、このメニューは生活習慣病を悪化させ、心疾患、脳梗塞などを引き起こす恐れが強いと判断しました”
「いや、毎日ならともかくだな」
“先日の健康診断結果の数値を見ますと、その一回で危険率が7割高くなる可能性があります。かかりつけ医からも健康に留意したメニューが強く推進されています”
「強くって?」
“具体的に申しますと『忠告を無視して脂っぽいものを食べるなら、もう診てやらん!勝手に死ね』です”
「ちくしょー、あの藪医者、長年のつきあいだからと好き放題いいおって」
“国内有数の大病院の院長ですが”
「ふん、大病院の医者なんて形ばかりの藪にきまっとるじゃないか。とはいえ、何かのときに入院するとき、診断書書いてもらえんと困るからな、言うことを聞いておくか」
と、素直に秘書アプリの進めるメニューを注文する。
「きょ、今日は納豆定食か」
“納豆は発酵食品であり、大豆のイソフラボンは…”
秘書アプリの健康情報を聞き流しつつ
(ああ、こんなところを同期の奴等に見られたら、笑われ…ん?あ、あいつが煮魚定食!あ、あいつも納豆…、み、みな秘書アプリに怒られているのか…)
と、思わず同病相哀れんでしまったザンカイ議員だった。
「ああ、やっと終わった、このあとの予定は」
“ございません。帰宅されて明日のために早く休まれた方がよろしいかと”
「なんだと、何をいってるんだ!夜の会合は!」
“取り消しの連絡をいれました。特に貴方の政治活動に必須ではありません。また、このような活動に政党助成金などを使うことは違反…”
「何をバカな、彼らとの交流がなければ、まずいんだよ」
“しかし違反…”
議員はあるボタンを押した。
「切れたか。全く、うるさい。人間の秘書のほうが、よほど融通が利いていいわ。今度の国会では何が何でも秘書復活だ。さて、例の店にでかけれるとするか」
と、黒塗りのタクシーをつかまえるザンカイ議員。電源の切れたスマートフォンは
「控室に置いておくか、万が一電源が入ると困るしな」
と、机の上に放置した。
「ははは、やはり、これ、こういうのがないとなあ」
「そう、そう秘書アプリがなんといおうと、飲食を伴う会合が、一番話がはずむ」
一時間後、ザンカイ議員は少し前までしょっちゅう使っていた高級飲食店にいた。秘書アプリが取り消したはずの予約を無理やりに復活させ、出席予定者たちを呼び戻したのである。
「いやあ、店側だっていきなり取り消されたままよりましだろうよ」
「そうですよ、このところこういう会合がめっきり減ったわけだし」
「もう、あの秘書アプリは使いにくい、人間の秘書のほうがいい」
「そうそう。言うことをきいてくれるし」
「下手すりゃ質問やら答弁の下書きも」
「言い訳の青書や、いろんなものの肩代わりもな」
と、談笑する議員たちの頭上で
ビービー
と、鳴り響く警告音。
「な、なんだ、一体!」
“ザンカイ議員発見…”
と、その場にいた議員全員の名前が告げられる。
「ど、どういうことだ、スマホは置いてきたぞ」
「なんで、俺たちの居場所が、予約を覚えていたのか」
「し、しかし店側には儂たちは居ないといってくれと心づけを渡したから、ばらすわけはないし。この部屋は特別VIPルームで一般人は入れない。従業員も限られた人間だけ…」
と、自分の背広を見たザンカイ議員
「ま、まさか議員バッジか!」
「バッジで位置情報を把握するとは」
「こ、今度は着替えて」
と、いう口々にいう間に
バーン
VIPルームの扉が開き、ガシャンガシャンと警備用スーツに身を包んだ国会警備員が入ってきた。
「ザンカイ議員、皆さま。秘書アプリ放置、飲食会合禁止違反により拘束させていただきます」
丁寧だが威圧的な様子に
「な、なんだと!私は与党の幹事長!」
「なんであろうと違反した議員は議員資格停止です」
「そ、そんなバカな!」
「先日の国会で決まったことです!」
「え、そんなことが(し、しまったああ、内容がよくわからんからとロクに目を通さずに賛成してしまったアレか、あ、あのときはほとんど。ああ、人間の秘書だったら)、い、いや、法案は撤回だ、わ、儂は知らん!」
と喚き散らすザンカイ議員。他の議員たちも老体に鞭打って思いつく限りの抵抗を試みたが、
「抵抗されるようなら、被選挙権も選挙権も永久はく奪、二度と議員にもなれませんな」
と、あっさり交わされ、捕らえられた。
「ひいい、い、いや。儂が駄目でも息子がああ」
「息子さんなら秘書アプリを使えずに、八つ当たりでスマートフォンを破壊しました。国から貸与されているものですので、器物破損、活動妨害逮捕です。さらに抵抗が激しかったため損害がでたので、執行猶予なしの実刑では」
「そ、そんなー」
「ま、秘書におまかせの能無し議員が減ってよいことです、これで少しでもマトモな国会運営ができるといいんですけどね」
と言いながら警備員たちは元老議員たちを引きずっていった。
どこぞの国では、政治家の様々な不祥事のたびに秘書がー秘書がーといってますが、いっそ本当に秘書廃止にして自分で全部おやりになったらどうですかねえ。お忙しいのはわかりますが、自分の金の管理をろくにしてなくて、人様が納めた税の運用なんてできるんですかねえ。