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モブ少女は乙女ゲームに転生してもモブ令嬢として影に徹す

女神は天使にそっと囁く

作者: 蛹乃林檎

本編に登場する双子の救済を、とご感想を頂き、そうか! と思い立って恥ずかしながら書いてしまいました。本編とはテイストが大分違って暗めになっておりますが、お付き合い頂ければと思います。

 妹が死んだ。


 その日私達はいつも通り一緒に出かけて、いつも通り一緒に帰って手に入れたファンブックを読んで悶えて、いつも通り一緒にゲームをしてやっぱり悶えて、きっとまた明日もいつも通り一緒に登校する筈だった。


 そのいつも通りが壊れた。


 昨日まであって今日も続くと思っていた日常が、その瞬間から非日常に反転した。


 何がいけなかったのだろう、と日常だった物を思い返す。いつも通りだ、いつもいつも一緒にいて、いつもいつも同じ時間を過ごした。それがいけなかったのだろうか。


 思えば妹はいつからか一緒ではなくなった。何をするにも何処へ行くにもずっと一緒で、これからも変わらず一緒だと思っていたのに、半歩ずつ下がってでもいく様に少しずつ少しずつ一緒でなくなっていった。

 

 眼鏡を掛けて下を向き、お揃いを止めて私達の後ろを歩く。ほら見てごらん、と流行り物を指し示しても興味をチラとも示さない。


 私達は変わらず姉妹で、同じ時間を一緒に過ごす、それをいつも通りとして歩んできたのにいつの間にか変わってしまった。


 少しずつ変わっていく日常がまるで私達を置いていく様で、焦りに似た気持ちが去りゆく日常を引き留めようと、掴む手に必要以上に力を込めさせ爪を立てさせる。そんな事をすればするだけ日常に瑕が付いて変質していくと知っていながら、そうする以外に引き留める方法を知らなかった。


 その引き留めたかった日常が、二度と戻らない物になった。ほんの一瞬離れた間に、違う時間を過ごしたばかりに。守りたかったあの娘のいる日常に細かく付いた瑕が亀裂となってついに壊れた様だった。


 妹のいない非日常が続いていく。

 明日も、明後日も、その先も。


 走っても走っても、その先にあの娘のいる日常が現れない。もう走れない、そう思って足を止めて漸く気付く。いつの間にかあの娘のいない日々が日常で、あの娘のいた日々が非日常になったのだと。


 反転した世界でぼんやりと生きていく。でもこれこそが普通なのだとその内何処かで受け入れ始める。あの非日常が遠くなる度に。

 

 癒えるのではない。傷口がまだぱっくり開いているのが分身の様な片割れの心に見える。

 ただ慣れるのだ。その傷がある事が、それが日常なのだとただ擦り込まれて、確かに日常であった反転した物が、新しい日常を積み重ねる毎に段々と褪せていくのだ。


 反転した日常を過ごす日々で、時に私達は昔と同じ様に笑い、泣いて、誰かに恋をして、大人になっていくだろう。

 だけど完全に同じではないと知っていて、その僅かな齟齬に気づく度にあの反転した瞬間に立ち返る。

 そして褪せて見えなくなりかけていた片割れの傷痕に気付いて、慰めるようにその傷を舐め合うのだ。そうやって舐め合って、癒えることも消えることも本当は無い傷を、また色褪せさせて反転した世界を生きていく。


 ただ、あの鮮明だった日常よりも微かに曇ったような褪せた世界でも、いつまでも色褪せることなく変わらないものもある。この胸に残り続けるあの娘への思いだ。


 可愛くて、大好きで、大切で。大切で、大切で。

 

 力任せに掴んで、すり抜けないようにと爪を立てる事しか出来なかった私達の後悔と共に、伝えきれずに胸の中で揺蕩い続ける物は、いつか何処かで見知らぬ誰かとなって日常を生きるあの娘に伝わるだろうか。

 神様は答えを教えてはくれないけれど、間違いだとも言わないのだから、願うだけなら許されるだろう。

 いつかいつか、貴女に伝えられれば良いと思う。そんな日がいつか何処かで来る事を、私達は待っている。そしてもしも叶ったのなら、その時は大切に大切に、何よりも大切に守ってみせると心に誓って。


 

 そんな、悲しく苦しい夢を見た。幼心にも分かる辛い別れの夢だった。泣き叫ぶような事はなかったが、締め付けられてじんわりと染み出したかの様な涙が頬を伝った。誰が、誰に対して思ったものかは分からないが、ただとてもとても大切な誰かに向けた想いだったのは分かった。

 ベッドの上に身を起こし、カーテンの締まりきっていない窓を見上げる。隙間から月影が静かに差し込む。傷付いた心を労わる様な優しい光に意図せずまた涙が零れた。


 暫く月を見ていると、バタバタと廊下を走る足音がしている事に気付いた。こんな真夜中に何か、と廊下に顔を出してみると、メイド達がバタバタと走って身重の母の部屋と廊下を行ったり来たりしている。

「奥様が急に産気づかれて……」

「予定日にはまだ随分と……」

「お医者様を……」

 まだ3つの自分には難しい事は分からなかったが、何か母の身に起こった事は分かって、少し胸がドキドキしてきた。バタバタと色々な物を持って駆けていくメイド達の足音が、その心音とシンクロする様で焦燥感を煽る。怖い、という感情が生まれかけた時、父が廊下の向こうから走ってきた。


「急に産気づいたと……ああ、起きてしまったか。そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だ、もう医者も来ているからな、大丈夫だ、大丈夫」

 父は、私が寝室から顔を出していた事に気付いてくれて、そう言うと抱き締めてくれた。何処となく父自身に言っている様でもあった。


 眠るか、と聞かれたが、何となく夢に見た様に離れている間に何かが起こるのではないかと不安になって首を振る。父は、そうか、と私を抱きかかえたままで、母の籠る部屋の前の廊下を一度も足を止める事なく行ったり来たりした。

 父のうろうろと歩き回るテンポに揺られて、何かに焦っていた心が少しずつ落ち着いてくると段々と眠くなって来た。

 ド深夜だ。3つの身には未知の領域、夢の時間だ無理もない。

 カーテンの捲れた部分から廊下に落ちる月明かりを父の肩口からぼんやりと眺めていると、突然怒った猫の鳴き声の様なものが母の部屋から聞こえた。その声でウトウトしていた眠りの狭間から引き戻された。


「生まれたか!」


 父が色めき立ったのが分かった。するとギィッと母の部屋の扉が開いて、見たことのないメイドが微笑んで父に告げた。


「おめでとうございます。お嬢様です。奥様もお嬢様もお元気ですよ」


 ほぉっと父が深く息を吐いた。忙しなくもあった父の足が止まった。暫く廊下で待っていると、またさっきのメイドらしき女性が出て来て、父に部屋へ入る様に促した。父は私を床へ下ろし、手を繋いで母の部屋へ入っていく。


「サーリヤ、良くやった」

「……あなた。ああ、リーナも。起きてしまったのね」


 部屋に入るなり声を掛けた父に答えた母は、少し疲れた様子でふかふかの布に包まれた何かを抱いていた。


「見せておくれ、私の娘を」

「ええ、もちろんよ」


 私の頭の上で母が父へ包まれた何かを見せる。


「お前に良く似ている。きっと美人になるぞ」

「予定より随分早く生まれて来たから、せっかちな所はきっとあなたに似ているわね」


 父と母が幸せそうに微笑んでいるのを見て、胸の底にまだ燻っていた焦燥の種火がやっと消えた。

 代わりに何かわくわくした様な気持ちが湧いてくる。二人がこんなにも顔を綻ばせているのだから、きっとあのふかふかの中には素晴らしいものが入っているのだと思った。


「母さま、父さま、何が入っているの?」


 父は思い出した様な声を出して私の頭を撫でた。

「ああ、リーナ。ほら、話していただろう? お前の妹が生まれたんだよ」

「生まれるのはいもうとかおとうとがじゃないの?」

「妹か弟のどちらかが生まれると言ったんだよ」

「妹だったのよ。ほら見て、今日から貴女はお姉さんよ」


 母はそう言って白いふかふかの布の中を見せてくれた。


 光だ。

 包まれた何かはそれくらい眩しく見えた。

 壊れてしまった何かを一瞬で元通りにして、非日常をまた日常に反転させてくれる、心許ない暗闇の中で一筋道を照らしてくれる、そんな強い力を持った、けれど月明かりの様に優しい光だ。


「名前はもう決めてあったのよね」

「ああ色々考えたが、メレディアーナに決めたんだ」


 光に名前がつくとその輪郭がはっきりして、小さな赤ちゃんが包まれているのが見えた。可愛い、と瞬間的に思えた。

 ぎゅっと握られた小さな手が、ほんの少し開いた三角形の唇が、眠っているのか閉じられたままの目蓋が、可愛い。


 可愛い、可愛い。ふつふつと心の底から湧いてくる。


 守らなくては、この可愛い存在を。守らなくては、この可愛い存在がいる日常を。この日常が非日常にならない様に。守らなくては、守らなくては。女神が遣わせたこの娘を、やっと会えたこの娘を、この手に再び戻ってきた日常を。

 その為に私はきっといつもこの娘の先を歩くのだから。


「リーナ、メレディアーナよ、仲良くしてあげてね」

こくんと頷き、妹の顔を覗きこんで私は言った。


「おかえりなさい」


 はじめましてだよ、と父と母は笑った。だけど私達にはきっとこれで正しい。まだ3つの身には難しい事は分からないけれど、耳元で女神が、お待たせ、と囁いているのだから。


 生まれたばかりの妹の握り締められた手を指でつつくと、差し出した私の指をぎゅっと握った。不思議とこの暖かさを知っている。

 この暖かい手をした妹の姉として、うんと可愛がってうんと大事にして、たくさんたくさん同じ時間を過ごそう。

 いつも一緒に同じ物を見て、いつも一緒に同じ事をして、そうやって私達の日々を積み重ねて、それを日常にしていこう。

 そして言えなくなって後悔する前に、いっぱいいっぱい大好きを伝えよう。

 女神様は運命を教えてはくれないけれど、忘れてはいけない大事なことはこっそりと心の底に残しておいてくれたのだから。


「私はフェアリーナ、貴女のお姉さんよ」


 返事はないけど差し出した人差し指は小さな手にぎゅっと握られたままだった。私はその手を空いていた手でそっと包んで微笑んだ。必ず守る、それが女神が囁いてくれた天与の使命と心に誓って。

 

「大好きよ、アンナ」

蛇足の補足をお読みいただきありがとうございました。

ジャンル? タグ? 何処に分類すべきかが分かってなくてすみません


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の暗く静かな独白に涙目になりまして、後半の展開にウバァー!よ゛がっだよ゛〜!!。゜∵・(ノД`)∵゜。 と涙腺を攻撃されました! 双子が救われるお話をありがとうございます! ウバァーン…
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