ケンカ
桜「お兄ちゃん、プリンあるよ!。」
とある休日、部屋で勉強しているとリビングから声が聞こえてきた。桜曰く冷蔵庫の中にプリンがあったらしい。よくスーパーにおいている3つ入りのいつものプリンだ。
桜「一緒に食べよ!。」
桜の言うとおりに一緒に食べる。その時点で薄々感じていたが二人しかいないのにプリンは3つある。これはつまり『ケンカ』の始まりだ。
歩美「プリン、残りの1個どうする?。」
桜「お兄ちゃんは体がちっちゃいから一つでいいよね?。」がばっ
いやその理屈はおかしいだろ。というか俺をいきなり抱きしめるな。いくら体格差があるといっても小学生の妹にいわゆるあすなろ抱きをされるのは恥ずかしい。桜のおなかが僕の頭に当たる。僕の身長は桜の胸にも届いていないのかと少し憂鬱な気持ちになる。だからこそプリン程度は勝ち取らねば。
歩美「そんなことないよ!、むしろ桜はもう十分でかいんだから1個でも問題ないだろ!。」
桜「私がでかいんじゃなくてお兄ちゃんがチビなの!。」ガシッ
歩美「いきなり胸ぐらをつかまないでよ!。」
胸ぐらをつかまれた僕は桜と同じ目線のところまで持ち上げられる。当然だが同じ目線なのに桜の足は地面にどっしりとついているのに対し僕の足は地面のはるか上でぶらぶらしていた。
桜「食い意地張ったお兄ちゃんはほっぺつねりの刑だ!。」ぎゅっ
歩美「いたたたたた、やめろ!。僕もするぞ。」ぎゅっ
桜が胸ぐらをつかんでないほうの手で頬をつねってきたので僕もつねり返す。僕は両手ともフリーなので有利だ。でも桜につねられている頬はまるで取れてしまうそうなほど痛い。それに対して桜は両頬がつねられているのに涼しい顔をしている。
桜「もっと強い力でつねらないと聞かないよ(笑)。私も力加えちゃお!。」ぎゅっ
歩美「痛い!。桜、強すぎ!。」
本気でつねっているのに桜には全然聞いていない。それよりも僕の頬がもう限界だ!。これはもう負けを認めるしかない。体格差があるとはいえここまで力にも差があるのかと内心驚いた。
歩美「ごめんなひゃい・・・。」
桜「へ~、あやまれば済むと思ってるんだ。」ぎろっ
歩美「ど、どうすれば。」
桜「私が喜ぶことをすれば。もちろんプリンは私が食べる前提で。早くしないとまたパワーアップしちゃうよ?。私まだ3分の1も力出してないし。」
これで本気を出してないという桜の力は恐ろしい。何とかしないと本当に頬がちぎれてしまう。ど、どうしよう・・・。
歩美(そういえば・・・。)
思いついた。桜にしてあげたらうれしいと思うこと。桜は最近体がだるいといってたからマッサージをしてあげたら喜ぶかも。これしかない。
歩美「マッサージします!。」
桜「へえ、いいね。じゃお願いしようかな。」
そういって桜はつねるのをやめて僕を下ろしてくれた。頬がジンジン痛む。これは少し腫れてしまうかも。
桜「じゃあ、私うつぶせになるからお願いね。」
歩美「うん。」
桜の大きな体を方のほうから一生懸命もんでいく。桜の大きな体をもむのには思ったよりも体力が必要だ。思いっきり体重をかけてもむが桜は不満げそうな顔をしている。
桜「お兄ちゃん、力弱すぎ。私の友達でもまだもう少し強いよ。」
桜曰く僕の力は平均を逸脱した桜を例外にしたとしても小学生の女子よりも弱いらしい。まあ、学校の体力テストで握力が13しかなかった時は優斗も驚いてたっけ。そのあともマッサージを30分程度続けた。途中からはゴルフボールなどのものも使ったので何とか桜も満足してくれた。
桜「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ、『ケンカ』おわりね。」
『ケンカ』が終わったので僕たちは日常に戻る。そう、奇数のものが渡されて残りの1つをめぐって桜とけんかをする。これはすべてが予定調和の中の出来事なのだ。僕たちは昔から仲が良く多少の口ケンカはあってもつねったりたたいたりの伴うケンカはしたことがなかった。その結果、なぜか僕たちは『兄弟(僕たちの場合は兄妹)ケンカ』というものにあこがれを持ってしまったのだ。でも本当に暴力ありの大ゲンカをするのは気が引けたので僕たちは舞台で演じるように『ケンカ』をするようになったのだ。桜と打ち合わせなどの類をしたことはない。ただ自然にこの『ケンカ』の遊びをするようになっていた。いまでは奇数のお菓子を冷蔵庫に入れていることが合図だ。演技といってもその場のノリなので体格で大きく劣る僕は負けてばかりだ。でも不思議と勝ちたいとは思わない。
桜「じゃあ、マッサージも終わったしプリン食べるね。」
歩美「でも今回は僕が準備したし・・・。」
桜「なんの準備?。プリンが3つ冷蔵庫にあってけんかした。それだけでしょ?。」ニヤニヤ
僕が『ケンカ』で勝てないのは案外精神的な面が要因かもしれないと桜の不敵な笑みを見上げながらそう思った。
次の投稿日は2020年8月30日(日)です。