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光に手を伸ばす

暗い上に前話との落差がすごいです。本当はワンクッションおこうと思っていましたが、終わらなかったので。

苦手な方はご注意ください。

 私の職業は闇夜や人混みに紛れて標的に気付かれる前に命を狩り取る、有り体に言うならば暗殺者だ。とは言っても、暗殺以外の仕事もこなすことはある。

 父親について知っているのは、既に候補者は全員母の手で殺されているということだけ。哀れだと、誰かが言った。その意味が私には分からなかった。

 私は……私たちは、不慮の出来事で産まれたに過ぎない。情報を得るために色仕掛けした母が情報を代償に孕み、スペアがいた方が便利だという、ただそれだけの理由で産み落とされた。

 母を恨んではいない。どんな理由があったにせよ、母は私たちに様々な技術を教えてくれた。無関心な母に代わって、私たちには同じ理由で出来た支え合える兄弟が居た。



 母が死んだ。しくじったのだと、教えてくれたのは嘲笑する同業者だった。任務に失敗して殺されたらしい。

 それに何の感傷も抱かない私はおかしいのだろうか。無表情で静かに泣く弟を見ながら、とうとう死んだのかと、思ったのはたったそれだけだった。



 母が死んでも日々は続く。何事も無かったかのように過ぎていく。死とは所詮帳尻合わせでしかないのだと、母の死で知った。

 死の瞬間は実にあっけなく、唐突に訪れる。強いと思っていた母でさえもそうだった。自分は存外母に憧れていたのだと気付いたのはこの頃のことだ。

 何事も無かったかのように、当たり前に続いていく日々。けれど、私たちの生活は一変してしまった。母が死んだのだから、私たちは自分で稼いでいかなければならない。けれど、闇の中で生きてきた私たちは光の中で生きる方法を知らなかった。母と同じく暗殺と言う手段で日銭を稼ぐようになったのは、ある意味当然のことだ。幸い、一通りのことは母から教えを受けていた。



 最初に死んだのは4番目の姉だった。標的の建物に侵入し、護衛に見つかって慰み者にされた後でなぶり殺された。遺体には美しかった姉の面影などどこにもなく顔も分からないほどだった。教えてくれたのは、またしても同業者だった。力が無ければどうにもならないのだと知った。

 次に死んだのは2番目の兄だった。仕事を成功させた後、口封じに同業者に殺された。権力者など碌なものでは無い。自分の都合で他人を弄び、容易く殺す。それでも、そのおかげで生活できている以上、それを言う資格は私には無い。依頼を達成しても殺されることがあるのだと知った。

 その次に死んだのは、すぐ下の双子の兄妹だった。しくじった私を庇い、2人は殺された。私より3つも下の、優しくて臆病な子たちだった。まだ、たったの7歳だったのに。私が2人を逃がしてあげなければいけなかったのに。私が失敗したばかりに、2人は死んでしまった。私が殺したようなものだ。自分の無力を知った。


 教えは受けていても、私たちには実戦経験が圧倒的に足りなかった。例え依頼を成功させたのだとしても死ぬことがある。その事実を知った時にはもう手遅れだったのだ。それを、何度悔やんだことだろう。

 仕事を選ぶような余裕などなくただがむしゃらに依頼を受けて、支え合った兄弟たちは1人、また1人と死んで行く。母が死んで3年が経つ頃には、私と末の弟以外に生き残っている兄弟はいなくなっていた。

 死んでいった兄弟たちに代わって私が弟を守らなければ。繊細で優しいこの子は、この子だけは、絶対に。


 目の前で双子を殺された時の弟の目が、ずっと頭から離れない。あの子たちと弟は、歳が1つしか離れていないということもあってとても仲がよかった。



 あの件で、弟は変わった。ただ兄弟に守られるだけだった末っ子は、自らも武器を手に取るようになった。

 初めて仕事をした日、1人泣きながら吐いていたことを知っている。兄弟が1人、また1人と減っていく度、涙さえ流せずに虚ろな目でぼんやりと虚空を見つめたかと思えば、唐突に体を震わせ、過呼吸を起こしたことを知っている。それでも、弟は弱音など一切吐かず、武器を取ることも止めなかった。

 強いと、そう思う。私の弟は、とても強い。けれど同時に、とても脆い。

 命が惜しいと思ったことは無いが、私は死ぬ訳にはいかない。だって、私が……最後に残ったたった1人の兄弟が死んでしまったら、きっと弟は、静かに壊れて行ってしまう。


 だからーーー任務に失敗し、逃げることも適わないと悟ったあの時、みっともなく命乞いをすることに対しての迷いなど欠片も感じなかった。



 ✼ ✼ ✼



 それは、私が裏社会で『微笑の死神』という2つ名で呼ばれるようになってから半年程がたった頃の出来事だった。

 裏社会で2つ名を付けられるということは、腕が立つと認められることと同義だ。ようやく母や長兄、次姉や5番目の姉と同じ土俵に立てた気がして嬉しかった。


 2つ名を貰えたことに自惚れていた訳ではない。油断していたとも思わない。けれど、どこかに気の緩みが合ったのだろう。普段ならしないような初歩的なミスをして、標的に捕まった。

 依頼主が恥をかかされたと憤慨していたのでどんな人物だろうと思っていたら、標的は弟と同じくらいの年齢の少女だった。


「単刀直入に聞くわ。貴方を雇ったのは誰? まあ、大方予想は着くけれど」


 床に跪かされ、両側に立つ騎士から剣を突きつけられた状態で問いただされる。彼女は今しがた命を狙われた所だと言うのに、子供らしくもなく実に落ち着いていた。

 黙ったままでいると、右側に立つ老齢の護衛が、「お嬢様の質問だ。答えろ」と低い声で言った。威圧するような声だった。事実、中々質問に答えない私を威圧していたのだろう。

 質の良いソファに座り、指先で机をとんとんと叩いている少女をじっと見上げて、口を開く。少女だろうと権力者の娘だ、聞き入れてくれる可能性は無いに等しい。ほとんど賭けだった。


「……答えたら、私を見逃して下さいますか?」

「貴方に交渉する権利があると思うの? ……と、言いたい所だけれど。そうね、1つだけ聞かせて。

 自分が死ぬという覚悟もせず、人を殺めに来たの? だとしたら馬鹿にしてるわ。人の命は、そんなに軽いものではないはずよ」


 おかしなことを言うお嬢サマだ。4人もお付きを従えて、しかも護衛はかなりの腕利き。彼女の後ろに控えている2人も武器はある程度使えそうだ。十中八九いい所のお嬢サマだろう。

 人の命は軽いものでは無いなど、どの口が言うのか。命を軽く扱っているのは、貴方たち権力者でしょう? 笑いながら、あるいは事も無げに、人を殺せと命じられる癖に。


 反感を押し隠し、口元にいつもと同じように笑みを浮かべる。落ち着いて、慎重に行動しなければならない。相手はたった一言の間違いや気まぐれで相手を殺す、権力者の娘なのだ。


「人の命が軽いと、思ったことはありません。闇に生きるからこそ、命の重さをよく知っている、と思っています。この仕事をする以上、殺される覚悟もあります」


 考え、考え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。相手が自分の正義感に酔っているただのお嬢サマなら、これで納得するだろうと思った。嘘も吐いてはいない。


「では、何故?」

「…………」


 まさか追求して来るとは思わなかった。


「早く答えなさい。いつまでもこのままでいいの?」


 それは困る。あの子には、一晩経っても戻らなかったら私は死んだと思うように伝えている。一晩経つ前に、帰らなければならない。


「帰りを待つ人が、いるのです」

「……そう。貴方が殺した相手にも帰りを待つ人はいるわ。それでも、貴方は彼らを殺すの?」

「それしか、生き方を知りませんから」


 分かったわ、と言った少女がパンパンと手を叩く。その瞬間にぱっと拘束を解かれ、バランスを崩しそうになった。流石にそんな無様は見せられないと、大慌てで立て直す。


「もう行きなさい。また会いましょう」


 もう会う機会は無いと思いますが。そんなツッコミを入れつつ、窓枠に足を掛ける。その状態のまま依頼主の名前を呟いて、窓の外に体を投げ出した。背中越しに、「今日明日は用心することね。貴方の雇い主は、しくじった人を逃がさないわよ」というお嬢サマの声が聞こえた。

 自分を狙った人物を逃がし、あまつさえ忠告もしてくる。随分変わったお嬢サマだなと思いながら、私は夜の街をひたすらに駆けた。



 この出会いが、後の私の運命を大きく変えることになるとも知らずに。



 ✼ ✼ ✼



 私の予想に反して、また会いましょうというあのお嬢サマの言葉は当たった。ある時は、あの日と同じく暗殺依頼。またある時は、調査依頼に情報収集。依頼の標的となったお嬢サマと遭遇することが増えた。

 あのお嬢サマが標的となった時、ことごこく任務は失敗した。と言うか、2回目以降は何故か捕まったあとで雑談を仕掛けられるようになった。つくづく変わったお嬢サマだと思う。


 お嬢サマの調査依頼を受けた。長期の依頼で、報酬が出るのは1ヶ月後だ。長期の仕事で報酬が出るのも遅い仕事は基本的に嫌厭(けんえん)される。それまでに掛かった費用は自分で持つことになる上に、報酬も安定しないからだ。

 それでも、お嬢サマに会えるならいいかと思った。今までの蓄えもあるし、当面の生活費は調査依頼と並行して別の仕事を受ければ何とかなるだろう。


 1日目。やはりと言うかお嬢サマに見つかった。初めて会った時に傍に居た老齢の護衛がいなくなっていた。引退したのだろうか。

 5日目。お嬢サマと話すのが楽しくなり、わざと失敗して捕まるようになった。お嬢サマは話題が豊富で意外と毒舌だということを知った。

 12日目。お嬢サマのお付きが4人に増えていた。新しく加わったのは、動物並みに鋭い勘を持つ少女だった。

 14日目。弟に、最近の私は楽しそうに見えると言われた。弟の目にもそうに見える程私はお嬢サマと過ごす時間を心地好く感じているらしいことに少々驚いた。

 何度行っても、お嬢サマはいつも私を逃がしてくれた。その理由は、分からない。


 そして、18日目。私に雇われてみない? とお嬢サマに誘われた。楽しそうだと思ったが、断った。お嬢サマも結局は他の権力者と同じだったらしい。暗殺技術や潜入技術を求められるだけの関係など嫌だ、と思ってしまった自分に驚いた。



 これが、私がお嬢サマと会う最後になった。



 ✼ ✼ ✼



 雇い主に裏切られた。

 それだけならもう慣れたことだ、今更狼狽えるまでもない。ただ、今回問題だったのは……敵の数が普段とは比べものにならない程多かったことだ。15人程の同業者が家の周りをぐるりと囲んでいた。加えて間が悪いことに、その日は弟が高熱を出して寝込んでいた。

 特定されてしまった以上、今の家も潮時だろう。この家には長く居すぎてしまった。



 お嬢サマに勧誘された日から、5日が経っている。お嬢サマは顔を合わせる気にもならず、弟の熱がずっと下がらないことから看病を口実に私は仕事を休み続けた。勿論無断だ。

 幸いなことに蓄えは十分にあったから、仕事をせずに看病をする余裕もあった。あのお嬢サマは今、どうしているだろうか。そんなことばかり考えてしまう。

 弟の看病を口実と言ってしまう私は、きっと酷い姉なのだろう。



「動けそうですか?」


 熱でぐったりしている弟の片腕を私の肩に回して支えながら、そっと尋ねる。弟は弱々しくこくりと頷いた。


「……うん。迷惑かけてごめん」

「何馬鹿なこと言ってるんですか。早く行きますよ」


 こんな時の為に用意していた隠し扉に向かい、扉を蹴破って通路に入る。同じく後ろ足で扉を閉め、懐から小型の魔法具を取り出して明かりを灯した。

 暫く掃除していなかった通路は、所々に埃が積もっていた。手元の僅かな明かりと自分の暗視だけを頼りに、暗い通路をひたすら進んで行く。

 出口に辿り着くと人の気配がした。偽装は完璧にしていたつもりだったのに。相手は相当な手練(てだれ)のようだ。

 1人、2人、3人、4人、5人、6人、7人、8人、9人… …9人? 多い、多すぎる。家の周りを囲んでいた同業者と合わせれば25人近くになる。直接戦ったわけではないから何とも言えないが、家の周りを囲んでいた彼らは大した実力では無かった。それなのに、こちらには手練が9人?


 実力がある同業者はその分雇うのにお金が掛かる。あの依頼主はそこまで財産があるようには見えなかった。おかしい。

 そしてその違和感は弟も察したらしく、息を荒らげながらも険しい顔になった。2人で一緒に出口を偽装し、依頼のこともある程度は共有していたのだから当然と言えば当然だ。


『エル姉……どうする?』

『……突っ切るしか無いでしょう、少々乱暴になるかもしれませんが。ほら、行きますよ』


 声は出さずに読唇術で会話を交わし、出口になっている天井の仕掛けに手を伸ばそうとすると、何かに気付いたらしい弟に止められた。


『待って、何か変だ。待ってるのは9人じゃない』


 そう言われて改めて気配を探り直すと、外から感じる9つの気配の内5つが地に伏していることに気付く。余裕の無い己を自覚した。


『仲間割れ?』

『……分かりません。もう少し様子を見ますか?』

『多分だけど、変わらないと思う。行こうエル姉。俺が足手まといになったら、俺を置いて逃げて』

『置いていく訳が無いでしょう。最後まで一緒です』

『……うん』


 酷く身勝手な発言をしていると言うのに、弟は嬉しそうにふにゃりと笑った。安心して脱力仕切った様子の弟に何とも言えない気持ちになる。

 2人で目を見合わせて1つ頷き、仕掛けを作動させて一気に外に飛び出した。



「遅いわよ、もう」



 外に出た途端、もうすっかり聞き慣れてしまった声がした。ここにいるはずの無い、もう、会う気も無かったお嬢サマの声が。


「どうして、お嬢サマがここにいるのですか?」

「そんなことはどうでもいいの。だから言ったでしょう? 私に雇われないかって」


 まさか、お嬢サマが彼らを雇ったのだろうか。自分の言う通りにならないなら処罰する、という理由で。ここで倒れている同業者も、家の周りを囲っていた同業者も、全員。これだから権力者は嫌いだ。お嬢サマだけは、彼らとは違うと思ったのに。

 弟を背中に庇い、素早く懐から使い慣れた短刀を取り出す。腰を低く落として短刀を構えると、後ろから「エル姉、俺も魔法で援護するから」という弟の声が聞こえた。

 そんな私たちを見て、お嬢サマは特大の溜め息を吐いた。


「何を考えているのかは分かるけれど、冷静になりなさい。少し周りを見れば私たちが仲間ではなかったことくらい分かることでしょう」


 言われて冷静に周囲を見回してみると、確かにお嬢サマの言う通りだった。

 片やローブを着てフードをすっぽり被って顔を見えないようにしているお嬢サマたち、片や黒ずくめで動きやすい服装の同業者。同業者たちが縄で縛られて唸っているのに対して、お嬢サマたちは涼しい顔で平然と立っている。

 冷静になってみれば、その違いは明らかだった。


「はぁ、落ち着いた? 暗殺者が冷静さを欠いてどうするのよ。状況判断くらいきちんとなさい」

「ふふ、お嬢様が言いたかったのは、私の下にくれば守ってあげられるということですものねぇ」


 おっとりした声に視線を向ければ、初めてお嬢サマと会った時からずっとお嬢サマに従っている年嵩の侍女がくすくすと楽しそうに笑っていた。


「な……っ。エステル、何を言うの!」

「あーら、事実でしょう? お嬢様もたまには素直になりませんと」


 ころころと笑う侍女にお嬢サマが押し黙る。ここまで年相応なお嬢サマは初めて見た気がした。


「…………そういうことだから、私の下へこない? 給料待遇その他は保証するし、今回のようなことも起こさせないと約束をするわ。そこの彼も一緒でいいわよ。どう?」


 破格の提案に、ぐらぐらと理性が揺れる。安定した生活に収入、お嬢サマの周囲の人たちも悪い人ではない。不安定でいつ死ぬやも分からない生活は、この提案に頷けば一旦終わりを告げるだろう。何よりお嬢サマと一緒に居ることが出来る。けれど、弟はお嬢サマとは初対面なのだ。

 逡巡していると、「エル姉の好きなようにしていいよ。最後まで一緒、でしょ?」と弟が言った。いいのだろうか、弟の言葉に甘えてしまっても。弟から兄弟と過ごす幸福を奪った私が、好きなようにしても。


「……あれはエル姉のせいなんかじゃない。気にする必要は無いよ」

「……分かりました。ありがとう」

「ん」


 弟との話を終え、真っ直ぐにお嬢サマを見つめる。その視線を受けてお嬢サマは嬉しそうに笑った。


「意思は決まったようね。私はアナスタシアよ、これからよろしくね」


 交流はあっても一応の用心はしていたのか、今までにお嬢サマの名前を教えてもらったことはなかった。身内の枠に入れてもらえた気がして、知らず知らずの内に口元が緩む。

 それから他の3人の名前も聞いた。大人の侍女はお嬢サマの乳母で、名前はエステル。動物並みに鋭い勘を持つ少女は同じく侍女のマリベル。お嬢サマの後ろに控えていた少年は従者のエリックで、30代くらいの護衛騎士の名前はマルク。これからは、彼らと一緒に仕事をするようになるのだ。


「私はエルザ、こっちは弟のカイです。これからよろしくお願いします」


 潜入捜査をするために身に付けた貴族の使用人の礼をする。お嬢サマ……お嬢様は私の方など見ておらず、険しい顔で弟を見ていた。


「カイ、と言ったかしら。貴方、その熱はいつから?」

「……5日前」

「5日……ああ、そういうこと」


 カイの返答に難しそうな顔をして考え込んだかと思えば、お嬢サマは得心したのか呆れた様子で顔を上げた。


「あの……カイが、何か?」

「多分だけど、呪われてるわよ」


 お嬢サマの衝撃発言に、一気に顔から血の気が引く。

 マリベルが驚きに叫ぶまで、後、5秒。



 これが、お嬢サマがお嬢様に……私の主になった瞬間で、同時に、今までとは違った意味で慌ただしい日常の幕開けだった。



 ✼ ✼ ✼



 お嬢様と話しながらもついつい出会った頃のことを思い出して、今となっては懐かしい記憶につい頬を緩める。お嬢様と過ごすようになってから、あの頃の私にはほとんど余裕が無かったことを知った。

 6年。長いようで短く、けれどやはり長かった様に思う。それもこれも、お嬢様の周囲が慌ただしすぎるせいだろう。誰かを拾うのはお嬢様の癖のようなものらしく、私たちの後にも1人、お嬢様は貧民街の孤児を拾った。

 お嬢様本人はともかく、見ているこちらは気が気ではない。何かあったらどうするのか。そう思った時に初めて、お嬢様が私たちを拾った時にエリックたちも似たような心境だっただろうことに気が付いた。


「エルザ……どうしたの?」


 ぼうっとしている私を見て、お嬢様が、不思議そうに、あるいは心配そうにこちらを見る。気遣わしげな視線にこそばゆくなった。


「少々、出会った頃のことを思い出しておりました」

「ああ、あの時。懐かしいわね」


 懐かしげに目を細めるお嬢様に、ふと、聞いてみたいと思った。何故あの日、私を逃がしてくれたのか。何故、話に付き合わせるようになったのか。

 誰かを拾うのはお嬢様の癖の様なものだが、誰でも拾う訳では無いこともこの6年で知ったから。


「お嬢様……何故あの時、私を逃がしてくれたのですか?」

「あの時?」

「初めてお嬢様に捕まった時です。何故殺されなかったのか、ずっと不思議で」

「そんなことが聞きたいの? まあ、気にもなるかしら」


 お嬢様が思案げに目を伏せる。その姿は理由が思い出せないというよりも、どう言うべきか悩んでいるように見えた。


「何と言ったらいいのかしら、初めて会った時のエルザの目を見た時、放っておけないと思ったの。自覚は無かったようだけれど、酷く危うい目をしていたから」

「覚悟の有無を尋ねたのは、何故ですか?」

「どうしてそんな目をするのか、単に知りたかったのよ。実は……もしも貴方に待つ人がいなかったら、あの場で部下にしようと思ってたわ。あの日貴方たちを拾ったのは突発的な思いつきでも何でもなくて、最初から決めていたのよ」


 そう言ってお嬢様は悪戯っぽく笑う。

 いつまで経っても、私はお嬢様には敵わない。

エルザの過去編、いかがでしたでしょうか。

他のキャラの分も書きますが如何せん時系列がバラバラなので、分かりにくいようでしたらその内並べ直します。

皆様が面白いと思ってくれたら嬉しいです。

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