【第二問】土曜日は女子とは一緒にいたくない。(Part 2)
◇ ◆ ◆ ◇
どうしてだろう、ボクは酷く呵責されている。
そして、ゆっくり漕ぐんじゃなかったと、臍を噛んでいる。
「どうしてこんなに遅刻していらっしゃるんですか、あなたというお方は! 本当に呆れてしまいますわよ! どうしてくれるのですか?」
「…………」
「大体、現世の人たちは時間にルーズすぎるんですわよ。特にあなた、どうせ家で遅くまで寝て、そしてぐ~たらぐ~たらしながらここに来たのですわよね? ほんと、困りますわ。他の人たちは全員ちゃんと集合時間に間に合っているのに、どうしてあなただけは」
「…………え?」
集合時間……? 何それ、聞いてないんですけど。
「こうなってしまえば罰を執行しまう外ありませんです。ねえ、おね――喜入さん、このお方にしっかりとしたお咎めを」
「そうだわね。あなた、剣山貴仁は重罪よ。処刑が必要ね、お仕置きではなく、処刑が」
いつもの女の低い声で、ボクを見下すように言う喜入。
それと、さっきからボクを叱責する礼井野伊代も同様に痛い視線を送ってくる。
「もう、激おこぷんぷんまるですっ、剣山貴仁さん。反省してくださいませ!」
礼井野伊代――明るい茶髪の敬語女子で、筑波さんの親友。持ち前の高い声もあり、このクラスでは二次元系女子女子系女子として生きている、お嬢様だ。
「は、反省って……、何を反省すれば……。それにメイド口調で言われてもな……」
呼ばれたから学校に来ただけなのに、来て早々慇懃な言葉遣いで怒られるとか……
本当に女の思考がよく読めない――だからこそ、女は嫌いだ。
「ボクが何したって言うんだよ、喜入。それに礼井野伊代!」
礼井野伊代に関して言うならば完全に無関係者じゃないのか? 無関係者というよりも、完全に純粋ないじめっ子じゃないのか? 喜入なら毎日ボクを侮蔑するけれど……
「何を言っているのかしら、剣山貴仁。ちゃんと私はラインしたじゃない。今日の午前10時までには学校に来ること。来れないなら来れないで連絡しなさいと。そう送信したはずなのに未読無視で……、あなたって本当に最低な男ね。これじゃあいつまで経っても童貞のままだわよ」
「え、未読無視……?」
疑問しか浮かばないボクはケータイを電源OFFにしていたことに気付く。
「あ、ごめん。電源切ってた」
「何ですって!? 私があんなに殺意溢れるメッセを送っておきながら、あろうことかそれで電源を切っていたと? 信じられないわ。ねえ、礼井野伊代」
「そうですわね、このお方、本当にどんな罰を執行してあげてしまいましょうかですわ」
ぷいっ、明るい髪の毛を豪快に揺らしてそっぽを向く礼井野。
それを見て、より一層ボクの心中は穏やかならぬものになる。
本当、女子らしい女子は、大嫌いだ。
「……あのー、どうやったらこの罪、許してもらえるんですか……?」
「私が決めた集合時間は10時ちょうど。そしてあなたがここに辿り着いたのが10時15分となると、15分遅刻したに相応しい刑を」
「喜入さんの言う通り。因果応報ですわ。刑務執行です!」
と、言いながら、喜入はボクを勢いよく、そのまま床に倒して、
「さあ、剣山貴仁の身体、奪いさせてもらうわよ!」
「それでは頂きます。先ずはどの部位からお召し上がりになりましょうか、しゅる♪」
喜入はボクの両腕をがっつり頭の上で拘束し馬乗りに、そして礼井野はボクの身体で美味しそうな部分を隈なく探している。
「――ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
っておい、勝手に人の身体で何をしてくれるんだよっ!?
えっ、何これ、もしかして今から性的暴行されるのか!?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「ぎぃゃぁぁぁぁぁっ!? 誰か助けてくれぇぇぇぇぇっ!」
ボクは今ある力を全部出し切って大声で救済を求め、阿鼻叫喚する。
何で数分遅刻しただけでこんな羽目になるの!? ボクの基本的人権は無視か!?
本当、女は時間にうるさいから、嫌いだ!
「これの何処が相応しい刑なんだよぉぉぉぉぉっ!」
「お黙り、剣山貴仁。反省の意をその身をもってして示しなさい。身体は嘘を吐かないんだから」
「あ、美味しそうな部位、見つけましたですわ! この変な棒状のもの、圧し折っても構いませんですか?」
「ああダメ! そこ滅茶苦茶大事な部分! そこ折れたら死んじゃう!」
ねえ、警察呼んだ方がいいのか? こいつらが逆に罪を犯してる気がするんだけど。
しかし、喜入が息を荒くしながら興奮するようにボクの手を塞いでいるから、それは不可能だった。『オワタ』とはこのことだろうか。
「こらこらダメだよ、そんなことしたら。剣山君が可哀想じゃない」
と、突然天使のような声が、ボクら三人の耳に届く。
「…………っ!」
そこにひっそりといたのは、眼鏡を光らせている筑波さんだった。
「あら実輝、ごめんなさいですわ。ちょっと興奮しすぎちゃいました」
「すみませんでした、筑波実輝。私たちだけでこの男をいじめるだなんて、ちょっと意地悪だったわね。ちゃんとここに来て、私たちと同じくお仕事をしていたのに、仲間外れにしてしまって」
二人ともさっきまでの異常状態から落ち着きを取り戻して言う。
「伊代、分かったらすぐに席に着いて頂戴。それに、喜入さん、あなたも何を言ってるの? 私は混ぜてほしいんじゃないの。さっきの議論の続きをしたいんだけど……」
この場を完全に乗っ取った筑波さんはボクを保護するように、奇行に走った二人を咎める。いつも筑波さんはこんなに威勢がいいはずではないのだが、今回だけは違った。
「…………」
そんな態度や姿に、ボクは思わず見蕩れてしまう……筑波さんは女子という性別だけれど、最早性別など関係なくしてしまえる程に、感心してしまった。
無論、女子そのものは嫌いであることには一切変わりないが。
「……あれ、そういやこれ、何の集まりなんだ? ボク、何も聞いてないんだけど」
「そう思うと思って、わざとラインしなかったのよ。あなたに変な期待を持たせて、それでどのような反応をするのか、楽しみだったから」
怖いよ。またそうやってボクを精神的にいじめるのかよ。もう担任の先生に相談だ。
「大丈夫よ、剣山貴仁。これは昨日の7時間目に決めた文化祭の担当の集会よ」
まあ、喜入の言う通り昨日24日のLHRでは来月の上旬に開催される学校祭の部門役割を決めたのだった。それでボクは教室展示という、文化祭当日お化け屋敷とか喫茶店とかを開く担当になったのである――勿論、それはボクの意志で。他にどんなメンバーがいるのかも一切考慮せずにそうしたのが、今の状況を招いてしまったのだけれど……
ちなみに、連立高校文化祭が開催されるのは、7月1日、2日、3日の三日間で、それはつまり、もうそろそろ準備を始めなければならないということを同時に暗示している。今日を含めて約一週間くらいしかない中で、完璧で充実した学校祭を作らなければならないということになる。
文化祭、か…………、そもそも文化祭という行事、ボクは好きではない。大きな理由として、色恋沙汰が――ラブコメが極端に流行るからである。
要するに分かりやすく表現すると、『リア充爆発しろぉぉぉぉぉっ!!』というやつだ。
「で、メンバーは誰なんだ? たったこれだけの人数なのか? 男女比1:3じゃん」
ボクが素直に疑問に思ったことを口にすると、筑波さんが解説に入ってくれた。
「私、筑波実輝がこの部門のリーダー、で、そしてメンバーが伊代・喜入さん・剣山君、それに串本君だよ。でもこの人員はただ積極的にこの部門で働くということであって、勿論他のクラスメイトの人たちもちゃんと手伝うように促すから、安心して」
「え? でもおかしくないか? ここにいるのは――」
「今日はあの男、彼女とデートに行くらしいから無理なんだって。きっと今頃ホテルの中でいちゃついてると思うわ」と、ボクの言葉を遮り、嫌々しい風に言う喜入。
「何でもそうやってえっちな要素を絡めてくるな!」
デートするってだけで、どうしてそこまでの発想になるんだよ。本当にこの女は、何を考えているのか、理解できない。
「ん? ちょっと待って! 串本って彼女いるの!? あの女らしい感じでか?」
「いるわよ。まさか剣山貴仁が知らなかっただなんて、それは意外だったわ」
何故かジト目気味でそんな感想を述べる喜入に、
「はいはい、その話はいいから、再開するよ!」
と、この場の取り締まり役、筑波さんが場を正し、ボクたちの会話を阻害した。
「ああ、ごめんなさい、筑波さん」
「本当、剣山貴仁はどうしてこんなに生真面目な筑波実輝に迷惑をかけてるのかしら? 最低だわ」
「お前も間髪入れず、ボクを逐一いじめてるのに、よくそんなこと言えるな!」
本当はボクも真面目な性格している(はずな)のに。
「早く席に着くわよ、剣山貴仁。あなたはあそこの席よ」
と、喜入は言って、くっつけられた会議用の机を右手で指差した。
◇ ◆ ◆ ◇
その後、会議は無事進捗し、午後1時になった。
「はあ、疲れた。会議長すぎだよ。一体何時間やったってたんだよ……?」
ボクは周りの真剣な雰囲気に構わず嘆息する。
女子に囲まれて長時間過ごすなど、ボクにとっては尚更過酷だった。
「もう帰りたい、お腹空いたし」
会議では、文化祭当日の教室展示『お化け屋敷&風俗店』(三次元としては危ない企画)についてを散々議論した挙句、それから使う材料、費用、期間、担当……などなどを一気に、具体的に話し合った。変な企画だが、要するに風俗店の女性をお化けにするらしい。
というか、こんな馬鹿げた立案によく賛成できたな、他の皆は(ボクは反対だった)。
「筑波実輝、もうこれで会議を終了させてもいいのではないかしら? これ以上進めてもこの腐男子が疲れたと言うばかりだし、それに大分煮詰まってきたじゃないのかしら」
「ボクだけじゃなくて、他の皆も幾分疲れた表情をしてると思うんだけど……」
勝手に悪者にするの、止めてくれないかな? ただでさえ怖くて恐ろしい女子共がここに集結しているんだから(今後の学校生活全般に関わりかねないし)。
「そうですわよね、喜入さん! このヘタレはすぐにぐだるのですから……」
と、ちょっと怒ったような顔をして賛同するのは礼井野伊代だった。
「――もういい加減にしてくれよ……」
「私たちが一体何を加減するのよ? ちゃんと目的語をつけて話なさい」
「剣山貴仁さん、あなたは一体何を求めていらっしゃるのですか……?」
「分かんないならもういいよ!」
「私たちの身体を欲しているのかしら」「多分そうですわよ、私たちの体が目当てなのですわよ、この男」「今日は極力止めてほしいんだけど。下の毛の処理してないんだから」「私も今日は派手なブラなので、避けて頂きたいですわ」「本当にスケベね」「変態ですわね」
「お前ら言いたい放題だな! ボクはラノベの主人公じゃないんだよ!」
「あなたがラノベの主人公でなければ、一体何者になると言うの?」
「ボクは由緒正しい三次元の人間だよ!」
すると、こんな馬鹿馬鹿しい会話を見兼ねた筑波さんが口を開く。
「……ふ、二人とも、それ以上言ったらいくらなんでも可哀想。遅刻したのはしょうがないし、それに今日は串本君もいない分、気分がアレだっていうのも分かる。でもそれは違うと私は思うよ?」
「実輝っち……」
流石、礼井野の親友、よく言ってくれるじゃないか……と、ボクは内心感心した。
その厳しい忠告に狼狽したのか、諭される側となった礼井野は眼に涙を溜める。
滅茶苦茶悲しそうな顔してやがる! あははははは、ぷぷぷ! 笑いしか出ないわ!
「おや、どうやら剣山貴仁という頭の悪い真面目な男が笑っている。どうしてなのかしら」
「ええっと、き、喜入さんももうちょっと優しくしてあげて!」
「いいえ、そうはいかないわ。私に、つまり学年一位の私に負けてる男なのだから、そしてこの男は私のペットなのだから、好き放題にしていいのよ」
「どさくさに紛れて何言ってるんだよ!? ペットって、下僕じゃなかったのかよ!?」
「何を言ってるのかしら、さっぱり理解できないんだけど。私に歯向かってるのかしら? 随分と偉様ぶっているじゃない。そういうのは学力で勝ってからにしなさい」
「とりあえず明日もここに集合ですから、剣山貴仁さん! 明日遅れたら殺しますから」
「礼井野伊代の言う通りよ、剣山貴仁。罰を受けたくないなら早めに来なさい」
「ボクってそんなに信用されてないのかよ!?」
再び集団的に精神的暴力を受けるボクだった。