総集編Ⅳ【第七問】【第八問】
総集編 第Ⅳ弾
【第七問】【第八問】最終話収録
【第七問】文化祭、リア充多くて殺したい。
7月2日土曜日――連立高校文化祭2日目。
妹とは未だに喧嘩したままだったけれど、恩どうやらボクの分まで朝食を作ってくれたようだった。もうすっかりボクの悪事とも受け取られる行いを許してくれているのか否か? まあどちらにせよ、それについては謝る予定ではいるけどな……
「な、なあ――――…………き、昨日は、ごめ――」
「いいからさっさと食べなよ、YKGを。今日は特別唾液50%増量中なんだから」
しかし妹は、あっさりとボクの言を遮り、あっさりとした顔で言う。
「お、おう。あ、ありがとう……」
「そうはともあれお兄ちゃん、体調の方はどう? 元気になった? まあ私の唾液も飲んでるから、どうにかなっているはずだろうけど」
「はあ!? 何のことだそれは!? 『も』ってどういうことだ!?」
「あのね、昨晩急に、筑波おばさんが家に来て、それで失神していたお兄ちゃんが運ばれて来たの。その時、知らない美しい男の人と、伊代お姉ちゃんもいたんだよ!」
「え? 筑波おばさん……?」
おいおい、目上の人に対してそれはダメだろ……
もしそれを本人が聞いたら酷いショックを受けてしまうじゃないか。
でも、筑波さんのことだから、案外そうでないのかもしれない。彼女も一度自殺をしようか考えたことはあるらしいが、しかしボクとは違って実行には一切移っていない、そういう勇敢な人であり、由緒正しい人物なのだ。だから、自然と頭が下がってしまう。
たとえ彼女が『女子』であろうとなかろうと、関係なく――
「で、やっぱりえっちなことしちゃったから、倒れちゃったんでしょ? そうなんでしょ? 知ってるんだよ?」
「そんなことはしてない。それはボクが気絶してても分かることだ」
別にあの行為がえっちな領域に入るのかは知らないけど。
で、そんなことはさておきだ――
そもそもどんな経緯があって、ボクは昨日の夜我が家へと搬送されたのだろうか。
妹曰く、筑波さんに礼井野伊代、そして『知らない美しい男』だと。
美しい男子……? それって日本語の表現としては聊か間違っている気がする……
もしかしたらすると、彼は恐らく通りすがりの者で、それで女子たちだけで男子高校生一人を運搬するのは危険だからということで、手助けしたというのが最も確率が高そうだ。
というか、それ以外ないだろう。
まあ、今はそんなことよりも、文化祭だ。
◇ ◆ ◆ ◇
いつも通り自転車で連立高校へ登校する。
外から見た学校の景色は、本当に何処の高校と同じように、装飾物によって着飾られ、各教室の窓には自分のクラス展示の広告を大きく張っていて、当然ボクたち2年D組の極々普通のお化け屋敷もそのようにしている――中身は風俗店女性のお化けそのものだ。
果たして、お客さんがどれくらい来るのかどうか、予想もできない。
クオリティもそこまで高くないし、何度も繰り返すが本当に普通にお化け屋敷然としている。つまり、恐怖感をより味わえるのは他クラスのそれかもしれない、ということであり、そしてボクたちのお化け屋敷は経営難に落ちるだろう……
大体、風俗の女性お化けって、どんな風におめかしするんだ?
「せっかく頑張って作ったのに……。特に筑波さんなんかは――」
言いかけて、ボクはとある問題に気がついた――否、思い出したにすぎないが。
そ、そういえば…………、き、昨日のこと…………
どうやって謝罪すればいいんだぁぁぁぁぁ!?
なんやかんやで、筑波さんと接吻を交わしちゃったんですけど!?
異常なほどに女子が嫌い嫌いだって言っているのにも関わらず、ふしだらな行為におよんじゃったんですけどぉぉぉぉぉ!? うわぁ、これ後で絶対気まずくなるじゃないか……
もう大体未来が見えてるよ、崩壊しきったボクの精神が……
「かの喜入にでもその情報を知られたらマジで終わる……」
「あら、開口一番、私の名前を出すだなんて、何を想像していたのかしら」
と、ボクの勝手な独り言に割り込んできたのは、本人――喜入宵だった。
「お、お前がどうしてここにいるんだよ? ストーカーか?」
「そうやって悪者にしないで――まあとにかく、ところで、今日の学校祭はどうする予定なのかしら、剣山貴仁」
「おいボクの質問に答えろ。どうして話題を急変してるんだよ」
「あなたこそ私の質問に答えなさい。で、今日はどうする予定なのかしら」
本当にいつも通りに接してくる喜入である。
逆に普通すぎて、平凡すぎて、恐ろしいんですけど……
「いや、今日はトイレにこもって妹から借りてるラノベでも読もうかなって」
「あらそう。可哀想な人だわ、剣山貴仁って」
そんなこと、言われなくても分かっている。ボクは異常を超える程異常で、常軌を逸している、そんな男子高校生なのだ。だから、友達もほとんどいない。
男子となんかも、今はもう話さない。それも、あの件があってからのことである。
「じゃあお前のほうこそ、どうなんだよ? 誰も友達いないくせに……」
「どの面をして物を言っているのよ、下僕の身分で」
「ほらほら、そんなこと言ってるから、友達なんか――」
「でも、あなたは私の友達でしょ? 本当の意味で、正しい友達、でしょ?」
喜入宵という女子は――否、女子は、珍しく如何にも女らしい風に言った。
どうしてだろう、ボクは昨日の午前中と同様に、喜入と一緒に文化祭を楽しんでいる。
本当はこの女のこと、ちょっと苦手だというのに、知らない内に再び一緒にいる。
「先ずは何処の教室展示にに行きましょうか、剣山貴仁」
「……あ、あの、お前の今日のキャラ、何かおかしいぞ?」
突然のキャラ変更(?)みたいなのに、ボクは気が狂ってしまう。普段はボクを精神的にいじり、詰り、いじめる奴だというのに、本当にどうしたのだろうか。
傍から見れば、完全に恋人同士みたいな構図だし……
そう、喜入は何故かボクの右腕を手に取り、まるでラブラブのカップルのような感じで振る舞っているのだ。普段ならば、この女は基本的にボクのことを汚物として見做しているというのに、しかし今は普通に触っている。普通に触られている。
だからと言って、変に緊張したり、欣喜雀躍したり、全くない――
だって、ボクの女子嫌いに漬け込んだ精神的な暴力に、きっと違いないのだろうから。
「どうしたの? 剣山貴仁。まさか私の胸に抱かれて興奮しているの?」
「してねーし、それに胸には抱かれてねーよ」
変な誤解を生むので、そういうのは今だけは止めてほしい限りだ……
本当、こいつは正真正銘のドSだな(ボクに対してだけ)。
ああ、もう早く解放されたいよ。逸早く離れたいよ。
どんだけボクのことが好きなんだよ、喜入宵という乙女は。
「なあ喜入、そんなことより今日はどうするんだよ。何か成り行きでお前と一緒に行動する羽目になっちゃったけど」
「はい? 成り行きだなんて酷い。私は辛気臭い顔で生徒玄関に向かっているあなたに、ちょっと可哀想だと思って、同情して、それで慰めてあげる為に今こうして共に歩いているというだけのことじゃないの。何か不満や文句でもあるの?」
やはりいつもと同じドS口調――だけれど、それは通常よりもやや攻撃性が低かった。
「分かったよ。今日ばかりは、冷淡で美しい女子と一緒に、文化祭を楽しんでやるよ」
ボクは筑波さんにそう言った――不本意50%と本意50%で。
今日という一日を、彼女の為に使おうと――心の中で誓った。
それから20分後のこと、とある場所に寄ることになった。
「――って、ここは!」
喜入宵に言われるがままに、ボクはその店へと入る。
「どうしたの、早速興奮混じりな顔と言葉で、大はしゃぎしちゃって」
「いや!」
ボクはその店の雰囲気に魅了されて興奮した訳ではなかった。
単にここは…………
「「「「「いらっしゃいませ、ご主人様~っ!」」」」」
挨拶からして判別できる通り、ここは通称『アイドルカフェ』や『メイド喫茶』の類の店である。しかもレジと思わしき位置に五人の可愛い女子がいる。
「おいおい馬鹿野郎! ボクが女子嫌いだっていうの、知ってるよな?」
「そう、だから故意にここに連れてきて、それで精神的にいじめてあげようかと」
完全に嵌められた……! こいつは、最初からボクをこうやって弄ぶつもりだったんだ。
こうなったら、駄々を捏ねてでも、ここから退室するしかない!
こんな場所に長居してしまえば(いや、少しでも踏み入った瞬間から)ボクの精神が持たない。
再び自殺しかねないではないか――
「ふざけんな! やっぱりお前と行動なんてできやしない! 帰る帰る帰る!」
「帰る? もしかして土に返るのかしら。うふふふっ」
と、喜入宵は楽しんでいる風に言った。
土に返る――つまり、死ぬ。
「――や、やっぱり帰らない」
「? どうしたの、急に。さっきまで帰りたいって言っていたのに、何よ。私の楽しみを奪うつもり? 消すつもり? 殺すつもり?」
「本当はここにいたくないけど――死んでも嫌だけど――」
「お前に大事な話があるのを、今さっき思い出したから――それをここで話したい」
◇ ◆ ◆ ◇
これは非常に良い機会だと、ボクは瞬時に判断しての結果がこれである。
もしもこれを逃してしまえば、間違いなく一生、重要な質問をにすることができないと、直感的に、刹那的に感じたからだ。
手遅れになってからでは遅い――それも、自殺を経て勉強したことの一つでもある。
「で、何なの? 大事な話って」
ボクたちは店員の指示に従い、椅子に腰を下ろして話を始めた。
当然、机を挟んで、対面した状態で、顔と顔を合わせた状態だ。
こんな凄惨な現状になってしまった以上、ボクはすぐに聞き出さずにはいられず、
「端的に聞く。お前ってボクのこと、好きなの?」
文字通り無表情で、真剣に聞いた。
「友達としてなら、勿論好きよ。決まっているわ」
ボクの真剣な問いに対して、しかし喜入は非常に淡々と答える。
そして、喜入宵の顔も、身体そのものも、全く微動だにしない。
「いや、ごめん。そういう意味じゃなくって――」
「友達として、好きだわよ。それ以上でもそれ以下でもなく」
「…………」
ボクが第一に問い質したかったのは、恋愛的な意味で好きか否かである。
だがしかし、それを聞かずにして察したのだろうか、喜入は先に答えてくれた。
「逆に、剣山貴仁はどうしてそう思ったの? こんなに私が積極的だから? それとも自分がそういう意味で好きだから、正式な告白前に念の為確認しておこうとしたから?」
「いや、それだけは違う。それだけは……」
ボクは昨日の昼、気付いてしまったのだ――思い至ってしまったのだ。
筑波さんの言い放ったとある言葉がヒントとなり、それで自分なりに頭で計算して、それでその答えが『特別な人』から派生した『何か』であり――
喜入はボクに恋心を抱いているのではないのかと、そう思慮したのだ。
そう、ボクがその時硬直して身動きが一切取れなかった原因はそこにある。つまり、真実に一歩近づいてしまい、それで後戻りできなかったから、動くこともままならなくなった――それが正しい答えであり、正しい解なのだと――
「でも、違ってたんだ、やっぱり」
やはり違っていた。間違っていた。
喜入はボクのことが好きではなかった。
けれど、それは悲哀な現実ではない。
嬉しい現実で、正しい現実だ。
「あなたはやっぱり馬鹿なのね。私よりも頭が悪いわ」
と、喜入はボクを罵倒するように、シニカルに言う。
「でも、よくそこまで自分の力で解けたわね、剣山貴仁。解答そのものは正しいとは言えないけど。女の勉強、できてるじゃない」
「…………」
どうしてそこまで上から目線で褒められなければならないんだ? 解答を間違っているというのに、正しくないというのに、どうして正答した時並みにベタ褒めするんだ?
「じゃあここで模範解答よ。問題を解いたら解答・解説を見るのと同じく、それじゃあ答え合わせと助言タイムといきましょうか」
「は、はい……? 何言ってるか分かんないんだけど」
実際、この世で一番よく分からない『問題』は喜入宵という人間そのものだ。難易度で言うと『★10(MAX)』かもしれない。
「先ず数ページ先に戻って確認しなさい」
「いや、この世界にページ数とかないんだけど……。そんな巻き戻しがあったら、過去なんか簡単に変えられるし」
「違うわ、過去は過去であって、変えられない、不可逆変化物質なのだから。まあそれはともかくとして、過去を振り返ることくらいはできるでしょ? 全くあなたという人物は――問題は、難易度高めね。対処に困るわ。ああもうじれったいから先に解法を教えてあげるわ」
「か、解法……?」
「昨日の話、私はこう言ったはずよ。行灯行列は『私は恋人と行くわよ。だからあなたとは歩けないわ』と、ね」
「?」
疑問符以外何も浮かばない(というか、行灯行列の話を思い出したくない――黒歴史)。
これの何処が解法なのだろうか? 本当に問題の解説書を見ている時と同じ気分だ。特に数学とか、ここがどうしてそうなるのか、本当に分からない時がある(読者にはそういう経験がないだろうか?)。
「でもそれは、冗談じゃなかったのか? どうせボクを精神的に擽らせようと、事実無根でそんな諧謔を――」
「いるわよ、だから身近な人だって、そう言ったじゃない」
ボクの言葉を遮り、喜入はばっさり真実を吐く。
「ほら、あそこにいる人よ、あの女子のことよ」
と、言いながら、喜入は人差し指を指した。
果たして、その先にいる人物とは…………
「お待たせ致しましたですわ、当店自慢の『えっち! なパフェ』でございますですわ」
「え、ええぇぇぇぇぇっ!?」
礼井野伊代ぉぉぉぉぉ!?
注文してもいない商品を持ってくる、礼井野店員の姿がそこにはあった。
ガチで二次元に出てきそうなメイド服、カチューシャ、リボン、etc……、全てのメイド要素を一気に詰め込んだ感がある衣装! それに、元々造形が整っているので、それらと大分マッチしている!
「――何でお前がここで働いてるんだよ!? おかしいだろ!」
そう、第一の矛盾点というか問題点は、正常な男子高校生向けのメイド喫茶は、しかしボクたちの企画して作り上げた教室展示ではない。ボクたちが十日間かけて完成させたのは、人を萌えさせるそれではなく、怖がらせるそれである。
それに、ここは当然2年D組ではない(確か2年A組だ)。
「美少女の風俗悪魔お化けがいると噂が広まったので、避難してきました!」
ボクにとっては女子そのものがお化け以上に恐ろしい産物なんだがな……
まあ、それは今はどうでもいいか。
「剣山貴仁さん、私のこの晴れ姿、いかがですか? 可愛いですか? そうですか! ありがとうございます! ですが、学年一の美貌を持つ、あの『ヤスシロ』さんには敵わないませんね」
「ヤスシロさん?」
誰だそれ。ここに来て新登場キャラクターのお出ましか? そうともなると、物語を複数構成にしなければならなくなるだろう。文脈から察する限り、そのヤスシロさんという人物はどうやら女子らしいが……、多分ボクはその人と一生関わらずに、このまま学校生活を、人生を、終えるような気もする。
まあ、それもどうでもいいか。
「それじゃあ剣山貴仁、私は少し欲情したからトイレに行って綺麗さっぱり処理してくるわ」
「おいおい、いきなり爆弾発言だな、おい……」
目の前に好きな人(?)――礼井野伊代がいるのに、構わずそういうことを言うんだな。だから、いつまで経っても友達が、恋人が、愛人ができないんだよ。
いや、それは間違っている――かもしれない。
こいつはただ単に役として、ドS役として、ボクに構っているだけだから、本当はそういう性格じゃないはずなのだ。
と、ボクが色々考えている矢先のことだった――
『ちゅっ』「んっ!」「ぁんっ!」
どうしてか、この二人――喜入宵と礼井野伊代が、ボクの目と鼻の先で数秒間――接吻を交わしていた。
それも如何わしさ満載といった風に、だ。
キスし終わった彼女たちの間には唾液の糸が引いている――単純にえろい。
「っておい! 何してんだよ、公衆の面前で! ここ学校だぞ? メイド喫茶だぞ?」
「あなたって、案外思っていたよりも驚かないわよね――冷たいわ」
そんな女の低い声で、冷たい表情でそんなことを言われても。
「私があなたを殺そうとした時とか、礼井野伊代がもう一人の妹だったと知った時とか、たった今私が『剣山恵』とキスを交わした時とか――そういう現実を目の当たりにしても、大声をあげないし、意外にも淡々としているというか……、二次元らしい三次元に慣れている、みたいな感じだわ。まあ私は少しお手洗いに行ってイってくるから、あなたたち二人はけりを、つけなさい」
「けり?」
この時、喜入の言いたかったことを、ボクは瞬時に理解できた。
と同時に、二の足を踏んでいるだけでは駄目なのだと、そう自覚した。
◇ ◆ ◆ ◇
「ということですので、私の出番ですわっ。剣山さんには色々と話がありますので」
礼井野はとても嬉しそうな表情でもって言う。
「先ずは昨晩の、あの件についてからでしょうかね? 私の大切な親友と――」
「え!? 知ってるの!? てか、それ以上言わないでくれっ!」
恥ずかしいし、もう思い出したくない! 黒歴史なんだ! 死の歴史なんだ!
「そ、それよりも、お前がさっき運んで来たえっちなパフェって、何がえっちなんだよ」
超絶無理矢理に話を逸らしてしまった。触れられたくなかったからだ。
「えっちなパフェではございませんですわ。これは『えっち! なパフェ』ですわ」
「変わんねーよそんなの! で、本当に何がえっちなんだ?」
見た目は至極普通の、レストランとかでよくあるパフェである。チョコアイスに棒状のお菓子が挿してあり、尚且つ様々な種類の果物も盛りだくさんといった風だ。
「これは、私が『あーん』してお客様に提供するパフェですから」
「流石にそれだけは止めてほしいわ……」
恥ずかしくて食えないよ。実の妹にそんなことをされてしまっては――――
どんな表情をしながらそれを食せばいいやら……
「加えて大サービスとして、私との交尾を――」
「別にお前と体の関係を結びたいとか思わないし、仮に行為に及んでしまったとしても、それはそれで近親相姦扱いになってしまうだろうが、ボクたちの場合。生物学上の場合」
そう、礼井野はボクにとって――ボクたちにとって、大切な家族の一員でもある。
今は諸事情があって、礼井野伊代は何処かの養子になっているのだが、それでも礼井野という存在はボクにとっての『家族方程式』『兄妹方程式』の正しい解なのだ。それだけは間違いないし、確実で、確定的な事実――かもしれないのだ。
つまり、真面目な剣山貴仁は礼井野とそういう関係に落ち合ってはいけないということになるのだ。たとえ妹の顔が整っていたとしても、髪型が可愛いらしくても、いい香りがしても、おっぱいが大きくても、スタイル抜群だったとしても、萌えてはいけない。
「……ごめん、今悪いこと、言っちゃったな、ボク」
「別にいいのですわよ、それくらい! 漫画とかではよく近親相姦していらっしゃるではないですか。なので私たちがそのような行為に及んでも、きっと大丈夫――」
「な訳がねーよ!」
危ないな、こいつの妄想。つーか、激しすぎるだろ!
既に恩と同じ変態領域に来てしまってるよ……
ま、流石は妹と同じ血縁関係だ――似ているところも沢山あって然るべき、か。
「というか、話が大胆に逸れてしまっていますわよ、剣山さん?」
「おっとごめんごめん。つい悪い癖で……」
そうだ、本題に入らなければならないんだった――礼井野伊代の件に関して。
「まあまあ、あれこれつべこべ考え込まずに、私の特製愛情パフェをご堪能下さいませ。せっかくですから『お口あーんサービス』をご利用になられた方が、より楽しめますわよ」
「お口あーんはしなくていいよ……」
「いいから逸早くこの美味しいデザートを召し上がってくださいませっ。お兄様っ!」
ご主人様ではなく、お兄様……。まあ身分上はそうなるのかもしれないけれど。
「分かったよ。『お口あーんサービス』利用するから、その代わりにさっきの件について、詳しく教えて頂こうか」
「分かりましたですわっ。それでは、あーんっ!」
メイド服を着た礼井野がスプーンでアイスをすくい、そしてボクのお口へと運ぶ。
「あーん」
ぱくっ、と一口。冷たいチョコアイスの触感がお口全体に広がる。最近は段々と気温が上がってるし、ちょうどこれくらいの食べ物が欲しかったので、結構満足。
「どうでございますか、お味の方は?」
礼井野店員は凛々しい目をして聞いてくる。
「えーっと、凄く美味しいよ! とろけるような甘さと冷たさがベストマッチ!」
「あらあら、とろけてしまいましたか――それは無理もありませんですわ。だってこの特殊パフェには、私の超々々々濃厚な唾液が含まれていますから!」
「何っっっっ!? 汚ねーよ!」
マジかよ!? 思わず美味しいって言っちゃったんですけど!?
おいおい、吐き出せないじゃないか。どうしてくれんだよ、全く。
「それでは――――」
礼井野はそう言いながら、ボクとは対照的な位置に腰を椅子に下ろし、
「そろそろ正式な会談を始めましょうか――あの件について、あの問題について、」
と、けりをつけましょう――と、真顔で宣言された。
「けりという名の、大きな伏線の回収を――」
幸い、自分たちの座っている席が、教室内の窓側のだったので、周囲に人が混雑しているということはなく、しかしながら、非常に異様な空気が立ち込めている。
ちなみに、さっき喜入と礼井野が交わしたえっちな行動も、他の誰からも目撃はされていないので、一先ず安心だと、思いたい。
「で、何処の場面から話すってんだよ」
こいつとは色々と話すべき事項が多いから、そこを先ずはっきりと決めておきたい。
①妹という身分に関して ②本物の父親の件 (③ボクの昨晩の件)
以上の三つが議題として挙げることができよう(ボクの自殺未遂の件は一応枠外だ)。
ということで、本題に入る。
「では先ずは――剣山家に関してのことから」
言いながら、礼井野は真面目な面持ちになり、座り直す。
「先日、剣山家に行きましたですわよね、私と実輝っちで」
「うん、そうだったけど、それがどうかしたのか?」
ボクは当日の記憶を探る――
6月30日木曜日のこと、ボクは妹の恩と礼井野伊代、そして筑波さんと一緒に、可愛い妹の部屋で会談をすることになった。そして、冒頭から礼井野は言ったのだ。
――私は元剣山家の一員です。本名『剣山恵』と申しますですわっ。
当然、そんなでたらめ情報をボクは鼻から信じてはおらず、その結果現在共に暮らしている妹に怒られ、諭された。
――自殺させてあげたいの?
と、本気の口調で、けれど何処か優しく、ボクという実兄を注意してくれた。
その後、ボクは一応、『剣山恵』という存在があると信じることにして、それで色々雑談をして……
二時間後に漸く『4P』という地獄から開放された。
「それで、私はその際、色々と伏線を残してしまったので……」
「お前もここが二次元か何かだと思ってるのか? どこまで似てるんだ、ボクの妹たち」
と、ボクが嘆息の声をあげると、礼井野は少し驚いたような顔をしていた。
驚きの感情だけでなく、そこには感動そのものが少しだけ滲み出ていたような気がボクにはした。
恐らくこの女子は、姉妹同士、性格が似ているというどうしよううもない現実に、少し嬉しさを感じたのだと、すぐに分かった。
ボクは彼女を理解して、そして彼女を納得した。
遺伝子が似ている――DNAが似ている――
方程式が似ている。
別におかしいところも変なところも何もない。
やはり、この礼井野伊代という女子は、まごうことなき、正真正銘の、正しい妹だ――
剣山恵なのだ。
これで、証明できよう――兄妹方程式のもう一つの解の存在を、実数解を。
「でも、剣山さん自身として、私のことを本当に元家族の一員だとは、思っていないのでございますわよね? 確か、私が真実という名の真実を告白した際、あまり信じていなかったと記憶しているのですが」
「いや、ごめん。それはボクの間違いだった。何もべろちゅーでDNA鑑定しなくても、よくよく考えて、計算すれば、簡単に分かったようなものだよ、そんなの」
だから、過去のボクは、その時のボクは――間違えていたということになる。
一つの問題を、誤答していた、誤解していたということになるのだ。
全く、情けない。
こんなんで学年一位の喜入宵に、勝てるはずもないだろ……
と、ボクは自虐的な思想に耽る。
でも、いつまで過去を振り返っていても仕方がない。
じゃあ、解答を――変えようではないか。
答えを消しゴムで消す――のではなく、証明し直せばいいじゃないか。
「お前は『礼井野伊代』じゃなく、由緒正しい『剣山恵』だ」
だから、ボクは正直な感想を素のままで述べる。
すると、ぽろりと、おもむろに、
礼井野伊代の――否、剣山恵の額に、涙が流れていた。
「――えっ、ええぇぇぇぇ!? ちょ、ちょっと、何で泣いてるの!? ボク、何か悪いこと言ったっけ!? え、ちょ、ちょっ、…………」
あまりの予想外の事態にボクは驚きを隠すことができず、ついつい言動が乱れる。
おいおい、これじゃあボクが店員にケチやら文句やらをぶつけて、挙句の果てに泣かせてしまった風にも、見えないでもないぞ? まずいな…………
「お、おい……! ちょ、ちょっと!」
どう収拾つけたもんか、焦燥感+罪悪感の所為で何も考えられない。
ああ、もう本当に女子っていう生物は!
女はすぐ泣くから、嫌いだ――――だと、本当ならばこのシーンでボクはそのような感想を述べるはずなのだけれど、しかし今回だけはそう述べることができなかった。
何故だろう、一片もそういう負の感情が心底湧いてこなかったのだ――
嫌いだとか、憎いだとか、不思議なことに思うことができなかった――
ああ、もう本当に女子っていう生物は。
「えっと、その……ごめん。泣かせるつもりじゃ、なかったんだ」
ボクって、女子経験が非常に薄いし、女子なんかと一生付き添い合うつもりも一切なかったから、こういうピンチに直面した際、どのように対処するのが正しいのか、皆目見当つかない。困ったな……、これこそ難易度『★10』の問題じゃあないだろうか。
こんな未知の問題、解いたことがないというのに、どうやって解けと。
正しく解いて、正しい解を求めろと言うのだ?
「い、いえいえ、こ、こちらこそ……」
はしたない姿を晒してしまい申し訳ございません――と、礼井野は涙を拭いて言った。
「でも、ありがとうございます、お兄様」
「お、お兄様……か」
これは、本当に本物の、妹だ。
正しい妹なのだ。
決して、一人の女子でも女子でもなく――
本物の、兄として、彼女はボクという人間を視認して、そしてそう呼んだのだろ。
だから、礼井野伊代はボクのことを『お兄様』と呼称したのだろう。
だから、ボクはその証拠を元に、彼女を妹と断定しなければならない。
兄として、一人の正しい兄として、そう思うのは義務でさえあるのだから。
剣山恩と剣山恵は、ボクの妹だ。
これが正しい解であり、証明だ。
じゃあこれから彼女とどう付き合っていけば良いか?
それに対する答えも同時に証明できよう。
単にいつも通りにしていればいい。それだけなのだ。
礼井野伊代という女子が、剣山恵という妹が、紛れもなく好きだから。
剣山恩という妹と同様に、等しく、大好きだから。
ボクは勇気を振り絞って、本当のことを告白する――愛のそれではなく、妹に対するそれとして、真実という『白』を告げる。
「たとえ、お前が余所の家族の一員であろうと『剣山恵』がボクの妹であるという事実は翻ったりしないし、真実であることに何ら変わりはないんだから……、だからボクは、お前が好きだ――たった一人の、たった二人の妹の一人として。妹が、大好きすぎて、死にそうだ」
流石に死にそうって程でもないけれど、過剰表現すぎたかもだけど、しかしながら剣山恩と剣山恵に対する愛情はこれくらいのものと断言してしまってもいい。
決して友情的なそれではなく、恋愛的なそれではなく、家族的なそれではなく――
『兄妹的な好き』である。そういう意味においては、両方とも大好きだ。
勿論、家族という肩書きがあるから好きだという訳ではない。だって、二人ともちゃんと女の子らしいし、流石に異性として目を向けることはできないけれど、しかし仮定としてボクが剣山家の一員でなかったとしたら、簡単に惚れちゃっただろう……
ま、実際、ボクは女子なんかに惚れない――が、けれど。
「お前のことは、そんくらい、愛している」
で、当の本人――剣山恵はと言うと……
「……ぅ……ぇ……、っ…………!」
未だに泣いていて、そして言葉が出せないくらいになっていた。
「え? 今何か変なこと言った? 間違ったこと言った?」
ボクが言葉を発する度に、礼井野の嗚咽は酷くなる一方。
「ご……、ごめんなさい――ですわ。私としたことが――」
礼井野そう言うと泣くのを必死に堪えようとした――鼻水をずずりと啜り、どうしようもなく我慢するかのように。
泣かしてしまった理由はまだ理解できないボクだけれども、でも妹を優しくフォローしてあげるのが、男としての――否、兄としての、役目であり、役割である。
「ごめん。ごめん」
ゆっくり丁寧に、頭を撫でる――可愛い子を愛でるかのように、慰めるかのように。
なでなで、なでなで、と――
すると、彼女は顔をこちらに向けて、そっと微笑んだ。
その笑みは優しくて、微笑ましくて、可愛かった。
加えて、美しくもあった、妹らしかった。
「ありがとう、お兄様」
胸が爆発しそうで、きゅんきゅんして、死にそうだった――死にたくなった。
◇ ◆ ◆ ◇
「ええ、もういっそのこと、ここで片付けておきましょう、けりをつけましょう」
と、漸く泣き終わった礼井野は言う。
「片付けるって何を?」
「当然、両親のことに決まっているではないですか」
この時の礼井野伊代は異常な程に穏やかだった。
でも、両親のことを片付けるとは、果たしてどういう意味で片付けようと?
ここで話をつけようということなのか、それとも本物の両親を殺すということか?
いや、流石にそれはないか、人を殺すとなればそれは罪になるのだから。
決して自分が言えたことじゃないのは、重々承知しているが。
「で、前回家にお伺いした際、あなたは私に母と面会しないのか、と啖呵をきっていたではありませんですか? だから、私はそのことについても今の内に、できるだけ話しておきたいのです――この機会を利用して、けりをつけいたのです」
『けり』という文言は確か喜入が言っていたことだ。恐らく今現在、喜入は自分を慰める行為に及んでいるだろうが(そんな現実をボクは信じたくはない)……
それに、
――礼井野伊代がもう一人の妹だったと知った時とか、
喜入は文中にあっさりと、こんなことを言っていたのだ。
「え? もしかして、」
喜入宵はボクたちの関係性を知っているのか?
礼井野伊代が剣山貴仁のもう一人の妹であるという事実を知っている?
そんな風に推し量ることができるじゃあないだろうか。
「あのさ、その前に一つ聞いておきたいんだけど」
だから、ボクは直截礼井野に思い切って聞いてみた。
「お前って喜入に自分が剣山貴仁の妹であるって情報、漏らしたのか?」
「教えるもなにも、喜入さんとは――昔の幼馴染ですから、知っていて当然ですわ」
すると、礼井野伊代は微笑を浮かべて答えたのだった。
幼馴染……?
「昔の幼馴染であり、尚且つ現在の恋人ですわ」
恋人……?
「まだ分からないのですか? だーかーらー、私たちは昔から付き合いがあるんです」
付き合い……?
「レズ? 百合?」
「あなたって、実は頭が悪いのですわね……。確か学年二位の学力を保持していると、喜入お姉さんからお聞きしていましたけれど、でも実際、その一位と二位の格差は大いなるものだったのですね」
「…………」
さっきまでシリアスな雰囲気だったはずなのに、どうしてこんないつも通りの精神的いじめを繰り出すことができる……? いや、もう一区切りがついたから、故意にそういう態度を取り付くっているというだけのことだろうか?
「いいえ、もう答えを提示して差し上げますわ。私たちは友達なのです」
「と、友達……」
いや、それは嘘だろう。だって、さっきお前と喜入は、濃厚で深いキスを、互いにしていたではないか。これは友達でも親友でもないだろ……普通。
「何ですか、疑っているのですか、剣山貴仁さん。もしかしてクラスでいつも一緒にいないのだから親友ではないのだと? という風に思っているのですか?」
「う、うん。普通だったら、親友でもキスはしないだろうけど……」
けれど、礼井野の言い分に矛盾点らしきものを感じ取ったのは確かである。
主な要因は普段の学校生活だ。別に礼井野伊代は喜入宵と休み時間話している訳でもなければ、一緒に帰ったり、一緒に弁当を食べたりすらしていない(喜入は嘗てボクと共に会食をしようとしたくらいだ)。そんな二人がどうして、意味不明な関係に陥っているのだろう。
「実を言いますとですね、私たちは昔、一度だけ喧嘩したことがあったのですわよ」
今度は萎れたように語りに入る礼井野。
「喧嘩?」
「これもまた、私たちの関係に関与することなのですが――私、昔一度あなたのお家に行ったことがあると言いましたわよね?」
「いや、昔って程でもないだろ――」
「つい最近ではなく、かなり前に行ったと、そう言いましたわよね?」
……久しぶり。
あ、そうか。そうだ、ボクの記憶外の範疇ではあるけれど――一度だけ以前にボクの家を訪ねたことがあるって言っていたんだ。妹の恩も、だから、この礼井野伊代という人物を知っていたという訳か。
でも、喜入との内輪揉めにどうして剣山家への訪問が関与している?
「で、私はその剣山家訪問日、喜入さんと遊ぶ約束を勝手に破っちゃったんです」
「ほ、ほう……」
それって、自分が完全に悪いんじゃねーかよ……
一瞬だけ、ボクの過程を悪者にして詰られると覚悟していたけれど、その必要はどうやらなさそうだった。良かった良かった、一件落着だ。
「それから、あの子は誰にでも対して疑心暗鬼になり、根暗で可愛い深窓の令嬢と化してしまったのです。それ故、そのギャップに幾分耐えられなかった私は彼女と少しだけ距離を取っています。だからなのでしょう、こんな曖昧な人間関係になってしまったのです。ディープキスをする関係になったのです」
「…………?」
礼井野の言っていることが分かったようで、しかし分からなかった。
本当に喜入という女は、誰に対してでも面倒臭い、ということだけは理解できたが。
「一応聞いておくが、ボクって何も悪くないよな?」
「そうですけれど、何か?」
「いや、何でもない。だけど」
だけど、昔というのはいつのことを指しているんだ? ――と、ボクは続けた。
「言ってもいいのですか? 傷付きませんか?」
「うん」
「あなたの、そして私たちの父が死んだ時です」
「!?」
父はちょうど5年前の今日、死んだ。
自殺した。自分の首を大胆に切って、死んだ。
だから、後々ボクの方から父親が亡くなっているという事実を、礼井野伊代に直截語ろうとしていたが、しかし礼井野本人からまさか口を開くとは。
そして、それを養子本人が知っていたとは、この上なく衝撃的だった。
だって、父の死因は、自責にあるのだから――
娘を手放してしまったことに対する――けじめだと、遺書には記されていた。
母親と呼ぶべき人はそのことに関して、つまり父親の、配偶者の自殺について、こう述べたのだ。
――あの人は自分で、私たちの子を養子に送ったの、手が一杯だからって。せっかく私が名前までつけたのに……、私が殺してあげたいくらいだったわ。
――本当にぶっ殺したかったわ。
――それに今更気付いて、家族の重要性に今更気付いて……馬鹿馬鹿しい。
――だから、自業自得なのよ。
――あんたたちは、こうなるんじゃないよ。
――これは悪い見本で、悪い手本で、悪い例だ。
――もう一度言うけど、こうなるんじゃないよ、絶対。
「そもそもどうしてボクの家に来たんだ、5年前に」
「それは、ですね……、私が……」
何故ここに来て口ごもるんだよ……、真実を、事実を、現実を、教えてくれよ。
「たまたま、自分が養子であることを知ってしまった時の話、私は現在の偽物の親から直截事実を伝えられました――あなたはとある家族から生まれた、偽者の子供なのだ、と」
「あ、ああ……」
そりゃあ黙ってしまうのも無理ないか……、何か申し訳ない気持ちでいっぱいだ……
それでも、礼井野は現実に向き合おうと口を割り、話を続けた。
「そんな凶報を突然宣告されて、最初は色々と理解できませんでした。意味が分かりませんでした。頭で計算できませんでした」
「…………」
「だから、私は尋ねました――本当は知るのが怖かったけど、自分を受け入れる決心を、過去を知るという決意をしました。本物でない親に、どうして今のタイミングで……」
次第に礼井野の声もか細くなり、彼女自身涙を堪えているように見えた。
辛そうに、苦しそうに、哀しそうに、悲しそうに、見えてしまった。
本来ならばメイド喫茶に来て、黄色い雰囲気(?)に呑まれるはずだったのに、どうしてこんなにブルーな空気を、文化祭で味合わなければならないのか……礼井野の視点から考えるとそうなる――せっかくの礼井野のメイド服も化粧も、結構台無しではないか。
「答えはこうでした。『あなたの本物の父親が死んだから』だそうです。全く、酷いですわよね? いくら偽物であろうと、真実を語るには無粋すぎるし、不謹慎だと、あなたは思いませんか? いいえ、きっと分からないでしょう。この痛みは、私自身にしか分からないのですから――自身の感情の方程式は、自身にしか解けませんのですから。だから、無理に理解してもらう必然性もありません。この感情は自身で強制的に受け入れるべきなのですから――」
酷く自虐的な物言いをする礼井野は、しかし涙を流さない。
最早悲しみを超えて、『死』が直前に迫っているようにも思える。
何々だ、これは…………?
聞いているこっちが心苦しくなって、本当に今すぐにでも死んでしまいそうだ――
「礼井――いや、剣山恵。これ以上、喋ら――いや、喋るな」
「で、でも、お兄様……」
本物の兄妹のように、ボクは呼びかける――否、『のように』ではなく『そのもの』か。
ボクたちは本来一緒にいて良い存在であって――だが昔の父親は礼井野伊代を勝手に養子として引渡してしまい、結論、こんな悲惨な状況が生まれた。
惨劇と言い換えても過言ではない。
だからこそ、こうなってしまったからこそ、ボクたちは過去を振り返ると同時に、現在と未来を見据えて、生きていかなければならない。
そういう、義務がある――人間方程式を三次元で解いていくという義務が。
恐らく、あの日母親が言いたかったのはそういうことなのかもしれない。
辛いから死ぬのではなく、辛いからこそ、人間として、現実を生きろ――
そういうことを、本物の母親はボクに勉強しろと、言いたかったのだろう。
そう思うと、やはりボクだけが一方的に悪者であるように思えてくる。母親は当然のことを言ったまでで、当然のことをしたまでで、そして、当たり前にそうしたのだ。
嫌われて、当然だ。見放されて、当たり前だ。だから――
勉強は親にやらされてやるものではなく、自分自身の為にやるものなのだから――
生きる為に勉強していかなければならない。
女子が嫌いだとか、言っている隙など、ない。
そんな発言をしているくらいだったら、勉強せねばなるまい。
「もう、妹が苦しみ悲しみもがく姿なんて、本当は見たくない。けれど現実には向き合わなければならないのもまた、事実。だけど――――」
「どうして、お前だけが苦しむ必要がある? お前だけの感情にしようとする?」
「確かに過去という計算過程を見直すには、自分という人間を見る必要がある。けど、だけど――答え合わせをしたいなら、他者の力が必要だし、他の人の感情方程式の解もまた参考になるはずだ。だから、お前の抱く感情はボクのそれと同じかもしれない。違ったとしていても似ているかもしれない。違っていたとしても間違っているとは限らないだろ」
自分らしくもない、格好いい台詞だったと思う。
「お互いに答えが違っても、間違っていることにはならない。だって、方程式には複数の解を持っている場合があるのだから、つまり正しい解が二つあるかもしれないのだから」
「っ!」
「それに、ボクの兄妹方程式にも、ちゃんと正しい解が二つある」
それは、剣山恩と剣山恵であって、どっちも正解だ――――
「だから、お前一人で抱え込まなくいいよ、そんな負の感情――死にたくなるような衝動。そんくらいの気持ちは、死にたくなる気持ちは、ボクだって知っている」
剣山恵にボクの自殺の件は一切教えていないけれど、それでもきっとこいつなら、
ボクの感情方程式を理解してくれるはずだと、そう信じている。
家族なのだから。
妹なのだから。
兄妹なのだから。
大切な人で、
そして、妹として、好きなのだから。
「そうですか、」
と、目の前の乙女は言う。
あっさりと、納得いったように。
「ごめんなさい、何だか迷惑を――」
「迷惑なんて一切かかってない。むしろこっちがかけてるくらいだ」
これ以上会話を続けてしまうと、事態はおよそ大変になるだろうから、ボクはここで進路を大きく変更した。
「それで、ちょっと変なこと聞くけどいい?」
「いえいえ、大丈夫ですわ! でも、早くしないと、喜入さんが欲情処理から帰ってきてしまいますですわっ。賢者タイムの状態の喜入さんがあなたを見てしまいますよ?」
やっぱ恩と似てるな、そういうところは特に。
「……まあいいや、本題に入ろう――いや、さっきの話ほど本題って訳じゃないけど」
ボクは恐る恐る聞いてみた。
「で、どういうことなんだ? ボクは昨日の夜、行灯行列で筑波さんと一緒に歩いていたんだけど、途中で倒れちゃって、それから……、どうしてお前たちがボクの家に?」
ここまでの話は妹からも聞いている。がしかし、そもそも根本的な理由を知らない。
どうして礼井野と謎の『美しい男』がそこで登場するのかが。
「ああ、その件ですか! 私はよ~く知っておりますわよっ」
「まあ隠さずに話してくれ、何があったのか――ボクの身にどんな現象が起きたのか」
ボクが既に知っていることとして、第一に筑波さんと歩いていたところ倒れた、そして次に気付けば例のロータリーにいて……、で、アレをされたこと……
「筑波さんに直截伺ってみればよろしいのではないですか?」
「いや、それはちょっと……憚られる」
あの事件とも言うべき事態があってから、しかしボクは筑波さんと顔を一度も合わせていない――だって、どう関わるべきか分からないんだから。
あんなことをしてしまったからには、やはりどうしたって気まずいものだ。
たとえボクが女子を嫌おうと、気まずい事実だけは関わらない。
どうやって話を切り込むべきなんだろうか……?
「もしかして、緊張していらっしゃるのですか?」
礼井野は物凄く意地悪い笑みを浮かべて聞いてきた。
「……ぃ、いや、そ、そそそそそそんなことは……!」
「誤魔化しきれていませんですわよ?」
「…………っ! べ、べべべ別に! 誤魔化すだなんて!」
緊張していると言えば緊張しているかもしれないんだけれど、しかし困惑しているというか、どう話しかけたらよいのかという疑問を抱いているという面があるのは否めない。
たとえば世の中のカップルと呼ばれる者たちは、一体どうやってその先のリア充ライフを送っているのだろう? 何もなかったようにいつも通り話すのだろうか? それ以前よりも関係が深くなったりして、キスする回数が増えるのだろうか? 逆に破綻に追い込まれてしまうのだろうか?
ボクは言い意味での青春を送ったことなど一度もないのだから、判断しかねる。
「ああ、駄目だ。考えても埒が明かない……」
「なるほどです。分かりました、剣山さん。こうしてみてはどうですか?」
と、礼井野は指を一本立てて提案する。
「どうするって言うんだよ……? 正直もう元の関係には戻れないだろ、これ」
そう、戻れないんだ。どう足掻いても、何もできやしない。
だって、過去なのだから――変えようがないじゃあないか。
「何故そんなに諦めていらっしゃるのですか? いいから私の案を聞いてくださいませ。先ず明日にも行われる展示発表を一緒に見にいかないと勧誘するのです。そして次に『付き合ってください』と思いっきり告白してしまうのです!」
元気に言う礼井野はにっこりと笑う――いかにも楽しそうといった風に。
「いや、ちょっと待った。そもそもボクは二度と異性を好きになったりなんかしな――」
「それは嘘です」
そんな風にボクを遮って言う――もう一人の妹。
「それは嘘です――そんな訳がないではないですか。あなたのその発言は間違っています。違っていて、尚且つ間違っています。正しくなんかありませんですわ」
続けて礼井野伊代はボクの言ったこと――考えていること――信念を、全て否定した。
「……ど、どうしていきなりそんなこと……。だから、ボクは女子を――」
「ありますわよね? だって先程、言っていたではないですか、私のことが好きだと」
「? え、いや、それは異性としてじゃなくって――」
「そんなものは全て一緒で、全ての愛情に違いも間違いなんてものもありません」
再び強く断言する礼井野は、ボクを叱った――恐らくは本心から、怒った。
「…………」
どうしてこんなにも叱責されなければならないんだ……
「だって、そう考えているのは紛れもなくあなた自身ではないですか。たとえ私があなたの妹だったとしても、そうでなかったとしても、私でなかったとしても、他の女の子であったとしても、あなたは結局、」
女という人が好きではないですか――と、礼井野は優しく諭した。
ボクは妹である剣山恩が好きだ。
ボクは妹である礼井野伊代――剣山恵が好きだ。
「自分の気持ちに嘘を吐いてはいけません。だって、剣山貴仁という私にとってのたった一人の兄は、常に人のことを考えて行動しているではないですか」
「…………」
「とりあえず剣山貴仁さん、嘘なんかくだらないこと、止めてください!」
強めの口調でもって説教された。
しかし、それはいつもの説教とは全く差異あるもので――ボクという人間が今生きていることを教えてくれているような気がした。
生きる――方程式を解く――正しさを求める。
誰もが『問題』を間違おうとして解いているのではなく、ちゃんと正解に辿りつけるように努力するのだから――嘘を吐かずに、本音を言って、そして生きる――生き続ける。
「……あ、ありがとう、何か思い出せた――自分が生きてる意味を」
「何を改まって、お兄様っ」と、頬を赤く染めて照れた素振りをしてくる。
「あの、お兄様? もう一つだけいいですか?」
「何だよ、妹」
「私を――抱きしめてくださいませんか?」
「勿論いいよ――って言いたいけど、でもまた今度な。流石に今は無理だ」
今そんな行為に及んでしまえば大惨事になってしまうので、ボクは仕方なく――本当に仕方なく、申し訳なく断った。
「分かりました。いつでも、永遠に、永久に、待っていますわっ」
そう言って、再度にっこりと笑顔を見せてくれた。
やはり、こいつの笑顔はいつ見ても、くそ可愛いものだ。
たとえ女子であっても――そう思ってしまうボクだった。
で、結局、喜入は帰ってこず、ボクは文化祭2日目終了時間まで、もうひとりの正しい妹と、雑談をして楽しんだ。
家族の団欒のように、楽しめた。
【第八問】人間は是非を問わずに生きるモノ。
7月3日日曜日のこと。連立高校文化祭最終日となった今日。
今日は一般公開(学校周辺の住民やその他諸々の人々が参加する業態)ということもあって、校内は先日よりも大混雑している。
そんな最中、ボクは筑波さんと一緒に廊下を歩いていた。
「つ、剣山君、どうして私なんかを誘ってくれたの……?」
「……えーっと、その……、先日の――ボクが倒れたときの埋め合わせというか、そんな感じ――かな? 前に迷惑掛けちゃったし、そのお礼というか、謝礼というか」
ちなみに、ボクは彼女のことを口で直截誘ったわけではない。流石にその行為は憚れてしまったので、ラインという超必殺技を使わざるを得なかった。
『明日、一緒に展示回らない?』
昨晩のこと、本当にたった一言、ボクの方からメッセージを送信した。
そして、今現在行動を共にしてしまっているという次第である。
「ねぇねぇ、ちょっとあそこに寄って行かない?」
「え? あそこって? って、ぇぇ…………」
ボクの左隣にいる筑波さんは例のメイド喫茶店のクラスを指し示した。
正直もうあんな『ご主人様』しか言えない店員が沢山いる店に、もう一度入ろうだなんて思うボクでもなく、極力回避したい場所でさえあった。
しかしながら、ここは女の子の言い分を聞いてあげるべきだと、ボクは珍しい判決をした。――ボクはこの子に一度、多大なる迷惑をかけたのだから、しょうがない。
そういう運命が待ち受けていたのだ、多分。
「……別にいいけど、で、でも何でメイド喫茶なんかに?」
「え? だって伊代がいるんだもの、ちょっと見てみたいな――メイド姿の伊代!」
「知ってたんだ、あいつがここでバイトしていること……」
親友だからそれくらいのこと、知っててもおかしいことはないが。
「はぁ…………」
「そんなに嫌なの? メイド喫茶。だって男の子ってメイドさんとか可愛い女子とか、胸大きい人とか、ロリ系の少女とか、妹的存在のキャラとか、そういうの好きなんじゃないの? ――あ、でも剣山君は違うのか……ごめ――」
「いや、いいよ。事実だから。普通の男子高校生ならばそうだろうけど。まあご察しの通りだよ、ボクは女子が嫌いだからね。それに、ボクは思春期というものを知らないし、他の男子がどんな感情を抱いて日々過ごしているかの想像もできない。あの馬鹿妹と違ってさ。何かこっちこそ、気を遣わせてごめんなさい」
「……そこ謝るところなの……?」
「…………」
そうこうしている内に、ボクたちは例の教室に到着し(今回は『ご主人様』シーンは割愛)、そして昨日と同じ窓側の奥の席に座った――間に机を一つ挟んでボクたちは座った。
家で妹としているように、隣りあわせで座るという選択肢はあったが、女子が横にいたら、勢いで殺しかねなかったからだ……いや、流石にそれは大袈裟か。
単にそうならないような自然な流れを、ボクの方から作ったからだ。
「…………」
「…………」
うわぁ、何から話し始めたらいいんだろうか……?
てか、今になって思い出したことなんだけど――
キスの件は一体どうなったんだ!?
「…………」
「…………」
互いにかける言葉もしばらくなく、ボクたちはそのまま自然と俯く。
凄い気まずいし、気が狂う……
「ご注文は決まりましたですか、そこのカップル様!」
と、そんな軽快な言葉を口にしたのは、昨日と同じく礼井野店員だった。
「か、かか、かかかかかかかっぷる!?」
それとほぼ同時に激しく動揺する筑波さん。対してボクは何も反応しない。
もう、そういう礼井野の精神的攻撃に慣れているから。
「じゃあボクはブラックコーヒーで」
「じゃ、じゃじゃ、じゃあ私も同じく……」
「かしこまりましたですわっ――ブラックコーヒーお二つ、入りまーす!」
そんな風に本物の店員のように振る舞う礼井野の服装は昨日のそれとは何ら変わらない。しかし一つだけ決定的に違うものがあった――それはスカートの丈の長さが異常に短すぎるということである(何だろう、張り切っているのだろうか?)。
あとちょっとで大切な中身が見えてしまいそうなくらい、非常に危ない!
「剣山貴仁さん、後ほどお伺いしたいことがありますので、覚えておいてくださいませ」
と、ボクの如何わしい発想を読んでしまったかのように、礼井野店員は言う。
それも結構怖い口調だったけれど、その数秒後、笑顔で右目ウィンクを送ってきた。
滅茶苦茶可愛い妹系の仕草で……もう抱きつきたいくらいだったけれど。
でも、そういう訳にはいかない――たとえ本物の妹だったとしても。
「で、私に話があるんだよね、剣山君」
礼井野店員がこの場を立ち去り、そして周囲状況を確認したは筑波さんは、首を30度傾げ、控えめな口調で質問してきた。
「……ぅ、うん」
「何かな……?」
「一昨日の――」
「…………っ!」
ドキッとした素振りを見せ、顔を真っ赤にする筑波さん。
「倒れた時……」
「…………ん?」
「あ、ありがと」
「…………え?」
「助けてくれて」
「あ、ぅん……」
感謝の言葉の意味を納得したらしい筑波さんは、不意に小さく驚いた。
「……別にいいんだよ、大体私が先に剣山君のことを誘っちゃったんだから。寧ろ自分があの時勧誘しちゃって、ごめんなさい。ごめんなさい」
「え!? どうして筑波さんが謝る必要があるんだよ!? 体調管理は自己責任だし」
一昨日気を失った原因は筑波さんという女子の所為ではなく、単に自分が脱水症状を起こしてしまったというだけのことであり、筑波さんには一切の責任や起因要素はない。
別に、女子と長時間共にしていて、それでアナフィラキシーショックを発症して、意識を喪失したのではない――そこだけは勘違いしないで頂きたい。
まあ、女子が嫌いであるというのは相変わらない事実ではあるけど、それが直截的に原因に繋がる訳があるだろうか。いや、ない。
「それでだけど」
「それで、何?」
「キスの件――」
「っっっっっ!?」
全身を使って、目の前の筑波さんは驚愕した。
しかし、形振り構わずボクは続けた――さらりと言った。
「その、なかったことにしよう」
「な、なかった、ことに……?」
「うん。なかったことに、あり得なかったことにしよう。過去は水に流せないけど、でも一々振り返る必要も思い出す必要も、ボクはないと思うから――押し付けがましいかもしれないけど、図々しいかもしれないけど、このお願いだけは聞いてほしい」
「あ、は、え、う、は、い、うん……?」
ボクの心意を理解しているのかいないのか、はっきりしない返事ではあったが、一応筑波さんは例の件について、一応納得してもらえる感じだった。
と、ちょうどその時、
「お待たせいたしましたですわっ。当店自慢の『えっち! なパフェ スペシャル』とブラックコーヒーお二つでございますですわっ!」
とても大事な考えごとをしていると、また同じように軽快な雰囲気で商品を運んで来た店員――礼井野が、タイミングよく話しかけてきた。
「おいっ! 昨日と何だか名前が違くないか!? バージョンアップしたのか、その自慢のパフェ! 前は確かえっちなパフェだったろうが!」
「だーかーらー、違いますって! はぁ、何度お教えしたら分かってくれるのですか、あなたは……」
溜息を吐く礼井野は大きいパフェを持って言う。
「これは『えっち! なパフェ』ですって! 剣山貴仁さんの言い方だと、このパフェがまるでえっちみたいじゃないですか!?」
「ボクはそう言っているんだよぉぉぉぉぉ!」
「――って、二人とも、ちょっと落ち着いて……」
今度は周りの客人たちを考慮し始めたのか、筑波はさん顔を下に向けて隠して注意してくる。ごめんなさい……、そんなつもりじゃなかったんです……。許してください。
「で、礼井野。どうしてこの、その……、えーっと……、『えっち! なパフェ』がスペシャルになってるんだよ。てか、そもそも頼んでないからね?」
読者に誤解を招くような行動を少しは慎んでもらいたいところだ。
これは妹のえっちな奇行モードにも共通して言えることである。
「見て分からないのですか? 昨日一緒にお食べしましたパフェよりも、濃密な白い液体とヌルヌル感と艶々感がアップしたのですよ! しかも、見た目よりも美味しくいただけますわよ? それに安心してください、この商品には精力増長剤等は一滴たりとも混入しておりませんですので!」
満点の笑顔で商品についてを熱く語る店員さん。
「あのー、剣山君……、これ、本当に二人で食べる、の……?」
パフェを汚物のように見る筑波さんはドン引きしながらボクに問う。
「だ、だって……、こんな……、もっと……」
筑波が滅茶苦茶困った表情をしてるんだけど……、何て返してあげたらいいんだろう?
勿論ボクだってこんなエロいパフェを食す気には全くならないし、ましてこれを筑波と二人で食べるとか、どうかしてるだろ(筑波さんが嫌がるに決まってるだろ……)。
「別にいいではないですか、実輝! せっかくなんですし、一緒に食べてみてはどうですか? ここにスプーンは一個しかありませんが。それとも剣山さん、昨日と同じように私が『あーん』して差し上げましょうか?」
「今それを言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ボクと筑波さんは同時に大きな声をあげまくる。
筑波さんは何か涙目になっちゃってるし、悪い冗談が過ぎるというものだ。
「どうしましたか、お二人とも。何、大丈夫ですわよ、このパフェではそんなサービスはないので」
「あっそ……、でも、何でスペシャルには、そういう特典はついてないんだよ」
「何をおっしゃっているのですか! これは店員が『あーん』するのではなく――」
「もう一人の女子が、あなたに『あーん』して食べさせるのですわよ!」
礼井野は裏がありそうな感じの笑みで言った。
◇ ◆ ◆ ◇
「あーんっ!」
「あ、あーん」
ぱくっと一口、お口の中に広がる甘さに堪能すると、
「美味しいっ!」
筑波さんは食レポに至らないお決まりの感想を口にした。
詳しく説明しておくと、ボクが礼井野に『あーん』されたのでも、ボクが筑波さんに『あーん』されたのでもなく、礼井野が筑波さんに『あーん』したのである。決してボクはその中に混じってはいない。
「お手本はこんな感じです! 何にもいやらしいことはないんですわよ、実輝っち?」
「まあ本当に嫌らしいことは何もないんだけど……、これを男の口に運ぶのはちょっと躊躇せざるを得ない、かな?」
「何を今更言っているのですか!? この店に来た時点で、もう既にこれをやる運命なのですわよ? このまま返品することも、クーリングオフすることも、当然のことのようにできませんですわよ、実輝!」
親友同士のやり取りに、しかしボクは何も口出ししない。
流石にこの場で口を挟んでしまえば、何を言われるか分かったもんじゃないし、それに加えて筑波さんの目の前で極力恥をかきたくはない。
恥をかくのは、あの時でもう終わりなのだ――
そして、筑波さんと礼井野伊代店員は続ける。
「わ、分かったよぉ……、もう諦めるから……、これやるから……」
「やっと理解していただけましたね! では早速、実践してみましょう!」
「えっ!? ちょっとそれはいきなりすぎる! もうちょっとだけ猶予を頂戴!」
「何を言ってるのですか、実輝! あなたの名前の『実』は実践の『実』ですわよね?」
「親はそんな理由で名付けた訳じゃないよ……、まあ、いいか――一回くらい……」
筑波さんはやっとのことで礼井野の頼みに骨を折ってくれようとした。
って、ん? おかしくないか? ちょっと、ボクの意見反映されてなくないか!?
おいおい、少しはボクにも耳を傾けてくれよ! ガン無視じゃないか、ガン無視!
「それでは私はこの辺で。後はお任せしましたですわよ、お二人とも――実輝と剣山貴仁さんっ!」
そう言いながら、『STAFF ROOM』と書かれた場所に行ってしまう礼井野店員。
もうこの姿はきっと見れないと思ったボクは、一応その容姿を目に焼き付けておく。
「ていうか、スプーンをもう一つ持ってきてくれないのかよ。サービス誠心のないメイド喫茶だな……」
「うふふふ、まあいいじゃない。もうこのまま一緒に食べよっ……、恥ずかしいけど」
このカップルじみた環境に慣れが生じたのか、筑波の顔から赤みが薄らぐ。
てか、本当に食べるの……、『あーん』しながら?
どっちが餌を与える方で、どっちが餌を与えられるの、これ……?
流石に男が『あーん』するような場所じゃないし、かと言って女に『あーん』させるのも聊か間違えているような気がするんですけど。
「……どっちが、その――――『あーん』するの?」
「もうどっちでもいいんじゃない? だって私たち、もうキスも――って、何でもない! ごめんなさい、変なこと言っちゃってっ!」
筑波は凄く慌しく謝罪をし、再び赤面してしまった。
「別にいいよ。もう、終わったこと――なんだし。今を楽しも」
「ぅ、うん、そうだね。そうだよね! じゃあ私が『あーん』しよっかな?」
「ええぇぇぇっ!? いや、それは! その、何と言うか……、その」
おいおい急展開すぎるだろ! キスの時並に異常事態になるだろ!
どぎまぎするボクを、しかし筑波さんは気にせず、そのまま右手でスプーンを取り、早速食べかけのパフェを少しすくった。
「ね、ねぇ……、本当にやるの? 何か、そのパフェから糸が引いているような気がするんだけど、ひょっとして気の所為なのかな?」
「気の所為じゃないよ。これはそういういやらしい液体とかじゃなくって、普通に甘いシロップだよ?」
「本当に本当に本当に……? 正直怖いし食べる気にならないんだけれど……」
「じゃあほら、食べてみてよ。本当に甘い、ただのシロップだよ。白く見えるのはアイスが溶けてるからだよ」
ああ、もうこれは――食べるしかない! やむを得ない決断だけど……。
「はい、あーんっ」
「……ぁ、あーん」
まさかこんなことになるなんて……、最高なのか最悪なのか、それすらも分かんないよ。滅茶苦茶恥ずかしいし、それ以上に目の前の女の子がすっごく笑顔で、ちょっと照れるんだけど……
「どう? 甘い?」
「ああ、確かに、甘い」
いや、結構甘すぎる。昨日食したそれとは比較にならないほど濃密で、濃厚で、とろとろで、美味しい。
もしかして、これは筑波に食べさせられているのが影響して、相乗効果が生まれているだけなのだろうか?
「じゃあ私も一口っ!」
「え!? そのまま食べたら駄目だよ! ボクの使ったスプーンだよ? そんなのを口にしたら病気になるよ!」
ちょっと大袈裟だけど――と、ボクは付け加える。
「いいのいいの、私は平気だから。ぱくっ、美味しい!」
何も厭わずそのまま筑波さんは美味しそうに食べる。
如何如何、スプーンからちょっと糸が引いてるんだけど、これって本当にシロップなんだよね? それにしては異常に…………
◇ ◆ ◆ ◇
休憩がてらに、ボクたちは廊下に出た。
長い時間、あんな女子だらけのメイド喫茶に長居していたら、今度こそ本当にボクは死んでしまいかねなかったし……
「はぁ、美味しかったー」
「結局ボクは一口だけだったけれど……」
そのまま筑波さんは全部食してしまい、果たしてボクはほとんど食べることはできなかったけれど、でももう既に満腹だった。
十分に満たされきっていた。
にしても、今日の筑波さんも積極的な態度である――が、しかしこれは積極性が増したというよりも、ただ単純に文化祭という産物を楽しんでいるだけかもしれないが。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
と、色々思案していると、隣を歩いている筑波さんはボクに問いかける。
「ねえ、あのさ……」
「? 何か言った?」
「い、今から外いかない?」
「そ、外? はて、何をしに?」
確かに実際問題、ここは大混雑している廊下だ。故に、人ごみに酔いつぶれてしまいそうだったのは事実である。でも、外も似たような場所だと、ボクは思う。こんな学校祭なのだから、外に出ようが出まいが、結果として何も状況は打破できないと……
「いいから、外に行こうよ、暑いし」
「……ま、まあ筑波さんがそうしたいのであれば……」
しょうがない、じゃあ外に出て涼むとするか……
そして、昨日の晩に何があったのかだけは、一応聞いておこうか。
だってこれは、ボクの青春の闇であり――光でもあるかもしれないから。
◇ ◆ ◆ ◇
いつか見たこの裏庭にやって来た。
文化祭だというのに、相変わらずここはいつもと変わらず、予想外にも閑静とした雰囲気だけが広がっている。
ボクは追憶する――
礼井野がボクを呼び出し、
そして、ボクの妹の存在を知っている人を初めて知り、
その後、紆余曲折あって礼井野がボクのもう一人の妹であることが判明した。
可愛い妹たちの姿を、想像してしまう。
「まあ気分転換にはちょうどよかったかも」
「そうだね。ちょっと頭使いすぎて、脳が溶けちゃいそうだったもんね」
そよ風がそっと吹きぬける。
「ふぅー、涼しい」
「ほんと、涼しい」
「いよいよ夏が到来したって感じだな――冬とは大違いだ」
ボクは追憶する――
冬、ボクはあの安城蓮に恋をした。
冬はボクにとってラブコメの季節であり、そして自殺の季節でもあり、
そして、ボクの季節である。
そう、思い出さざるを得なくなる、そんな夏の雰囲気が、今ここに立ち込める。
あの綺麗な女子を、
あのマフラー姿、雪女とも称すべき美貌を、
少し思い返してしまう。
こうして先程から回想に耽ってしまうあたり、やはりボクは人間だ――
今こうして、昔を軽く振り返っているのが、本当に馬鹿馬鹿しいが――
それにまるで、ライトノベルの主人公みたいじゃないか。
「……でも、冬よりはマシだ――それで、ちょっといい?」
「そうだね。で、でさ――昨日のボクが倒れた後のことなんだけど」
「ああ、それね。実はあの後――」
ロータリーの(枯れた)桜の木の下で、ボクが筑波さんの膝枕の上で寝ていた時のこと、ちょうどキスが終わって1分後に、彼ら――礼井野伊代、喜入宵、そして『美しい男』こと串本斗がボクを自宅へと輸送したらしい。最初はあいつが助けてくれたことを、何かの間違いだと思ったボクだったが、しかしそれは過去的事実だったらしい。
「あいつが、か……。色々思うところがあるけど……」
今度会ったら、一応感謝の意を伝えよう――それが人間として正しい行いだろうし。
すると、筑波さんは再び何かを言いかける――何やら神妙な顔つきで。
「で、さっきの話なんだけど、続きなんだけど」
「さっきの話? ボクが倒れた話がどうか――」
「キスの話」
「…………えっ!?」
それはさっきなかったことにしただろ!?
結構な度合いで彼女を信頼していたから、何だか驚愕せざるを得なかった。
裏切られた気分にさえ、なってしまった。
相手が女子だから、余計にそう考えてしまっているのだろうが。
「……あ、あのさ、その話は――」
「お詫びしようかなって――責任を取ろうかなって、そういう話」
「責任? 別に責任なんかないよ。悪いのは全部ボクだし、ボクが勝手に巻き込んでしまっただけで、むしろ何も責任を取るのはボクなんじゃないか?」
「そうじゃないっ!」
筑波さんはボクの言葉を遮って、強い口調で言い放った。
どうしたんだいきなり? 何か障るようなこと、言ったか?
本当、だから女子は――――
「だから、そうじゃない!」
「……そ、そうじゃないって、何がそうじゃないの?」
「…………」
一向に筑波さんはボクの方に顔を向けてくれることはなく、
「私の――――」
「私の恋愛方程式の解は――――剣山貴仁君、あなただよ。あの時から」
「それが私の出した――導いた、最終的な結論。答えが正しいかどうかは関係なく、普通にこの感情は正しいと、そう思う」
「…………っ! そ、そんな訳が……!」
そ、そんな……、信じられない……
「それは嘘だ。そんなはずがない。だって筑波さんは串本のことがまだ好きなんだろ?」
そう、ボクを好きだなんて、そんな都合のいい話が、あっていい訳がない。
そんなラブコメ展開は、ボクに許されたことではない。
ボクにとってラブコメは――虚数解そのものなんだ。
主人公として落第的で、決して小説にはならないくらい――馬鹿げた毎日で、真面目な毎日で、えっちな妹とかと一緒に暮らす、そんな平穏なボク――――
なのに……、なのに……、どうして!
ボクの恋愛方程式は解なしだというのに!
あったとしても、それは偽りで、つまり虚数解なのだから――
そして、ボクに方程式の解は、もうないのに!
「解がない訳……ないじゃない」
「え?」
筑波は続けて言う。
「問題があるのに――方程式があるのに、答えがない訳、ないじゃない。だったら何の為に問題があるっていうの? 存在しているというの? そんな理屈、おかしいでしょ? 問題がるのに、その答えを証明する手立てはないなんて、そんな世界じゃないよ、ここは」
だって私たちは、生きている人間なんだから。
筑波さんはボクに振り向いて、
「剣山君の恋愛方程式は、『安城蓮』という解が適合していなかっただけで、それだけで自分の方程式の解がないだなんて、そんなのただの決め付けだよ! 方程式って、解が一つとは限らないじゃない! 一次方程式とか、二次方程式とか……、色々あるじゃない! なのに、なのに、どうしてそうやって決め付けるの! どうして自分に嘘を吐いてるの?」
「…………ぇっ」
「どうして、剣山君は自分に嘘を吐いてるの? この世界という方程式から、故意に逸脱しようと、虚数解であると決め付けるの? だってあなたは今、こうして私の目に映っているじゃない――実像として存在している、つまり実数解じゃないの? たとえこの眼鏡を掛けていようとなかろうと、剣山君の顔ははっきり見えているんだよ?」
「女子が――いや、女子が嫌いだなんて、それも本当は嘘でしょ?」
「実像から逃げる為の――真実から避ける為の――嘘なんでしょ?」
「自分が自分に嘘を吐いて――未だに自分を殺そうとしているんでしょ!」
ボクは言葉を完全に失った。
本当だった――その通りだった。ボクはきっと、好きになることを――人間に恋することを――嘘を吐くことで、なかったことに、ないことにしようとしている。
でも、ボクは二度と恋しないと、そういう約束を契っている。
それだけは破りたくはない。その約束という解の範囲だけは、守りたい。
だから――ボクは、
「ごめん。ボクは好きにはなれない。筑波さんが女子である以上、無理だ」
丁重に、しかし残酷な断りの言葉を吐いた。
「もう一度言うけど、私は剣山君のことが一番好き――だって剣山君が、私そのものの方程式における、ちゃんとした正しい解なんだから」
「でも――」
と、ボクは否定する。
「それは間違ってるよ、絶対。だってボクに惚れるはずもないし、好きになってもらう資格すらない――こんなボクに恋することは、絶対正しくないし、間違ってる。誤答だ」
「じゃあ私と付き合って、証明すればいい! 成否を確かめればいい!」
「自分で解いた方程式を、私が証明してあげる! それで、正しいか正しくないか、本当か嘘か確認すれば――答えを合わせればいいじゃない! 死ぬまで正解を見つければ!」
「そして、私の失った家族の代わり――いや、本物の家族になってほしいの! 私は!」
「でもごめん。そういう訳にはいかない。そもそもボクという存在が嘘の解な――」
「けれど、嘘でも立派な解じゃない! だから虚数解だって、存在し得るでしょ?」
だから、これ以上、自分を、傷つけないで!
私が絶対に、『剣山貴仁』という実数解を、証明するから――!
と、筑波さんは泣き叫んだ。
ボクはこの光景を、忘れようとしても、しかし過去は水に流せず、忘れることができなかった。ただ、心に残り続けた――余韻が消滅することはなかった。
まるで、解き終わった問題の答えが、間違っていたような、未知なる衝動が、
ボクを恐ろしい程、どん底へ突き落としてくれた。
「…………」
ボクは多分、筑波実輝さんの言う通り、間違っていた――嘘を吐いていた。
恋が怖くて、女が怖くて、自分が嫌いだった。
そこでボクは、自分の方程式に虚数解を丁稚あげることで、剣山貴仁の存在を曖昧に定義して、つまり嘘によって、自殺することによって、嫌い続けた――怖がり続けた。
だが、それは正しくはなかった――正しい解ではなかった――正解ではなかった。
それを、筑波実輝という女子は、証明してくれた――答えあわせをしてくれた。
嘘から出た誠とは、まさにこのことを言うのだろうか?
だから、もう嘘を吐くのは止めよう。嘘を方便してはならないのだ――
本当は、剣山貴仁という自分は、どうしようもなく女子が好きなのだ。
文字通り、女の子と書いて――『好』なのだから、好きでないはずはない。
「本当にもう一回だけ言う――私は理由があって剣山君を好きになったんじゃなくって、生きている上で、つまりは計算して、結果的にその方程式の解があなたになっただけ――だから、だから……!」
だから――ボクは嘘を吐いていたことを謝った。
目と目を合わせて、三次元に向き合って――
涙しつつ、女子に向き合って謝罪した――そして、感謝した。
「ごめんなさい、筑波さん」
かくして、ボクという人間の――感情の自殺が、半年経ってやっと成功した。
◇ ◆ ◆ ◇
暗くて重い空気の中、ボクの妹は言う。
「で、結局そういうことにしちゃったんだね、お兄ちゃんは。何でそんなことにしちゃったの?」
「今そんなこと言われてしまっても……」
文化祭も遂に終わり、そのまま打ち上げにも参加せず、剣山宅に帰ってきたボクは、妹と単に妹と一緒に、久しぶりにお風呂に入っていた。
文化祭のあれこれや色々な友達の話、恋の話とか、そんなものをべらべらと。風呂場は結構窮屈なので、ボクは外に出てシャワーを、妹は浴槽に浸かりながらだ。
ちなみに妹は文化祭の最終日に来ていたらしいのだが、でも結局一度も会うことは出来ず、妹は妹で色んなクラスの展示発表を見て、触れて、体験して、それをボクに話してもらっている――そして、例の答え合わせをしている。
「でもお兄ちゃん、それで大丈夫なの? どうするの?」
妹はボクの犯した過ちを咎めるように詰る。
「別にいいよ。大丈夫だから、どうにかして――どうにかするから」
「どうにかしてって、どうするのさ……、全くお兄ちゃんてば」
「……ごめん。約束、破っちゃったな」
「いいんだよ、お兄ちゃん。どうせこうなることは解りきっていたことだし」
妹は諦めたような口調でそっけなく許してくれた。
「約束――他の女の人と付き合ってはいけないという、妹との約束……」
そしてそれは、女子と関わらない――再度自殺しない為の――約束でもあった。
そんなことを遠い昔のように想起する。
「何で筑波さんと……、そんな仲になっちゃったのさ。私は正直ショックなんだよ?」
「何でお前がショックを受けるんだよ。意味分かんねーよ。 てかそもそも、何でボクはそんな約束をお前に結ばされたんだっけ?」
「覚えてないんだ。お兄ちゃんが『もう恋しない』って言うからでしょ。確か去年の冬だっけ? お兄ちゃんが自殺しようとした時の話だよ?」
「あっそ、もう忘れたよ。だってそれは間違ってるんだからな」
というか、さらりとボクが過去に自殺しようとした話とかすんなよ。感傷に浸りたくないんだよ。てか早く浴槽から出て行けよ、ボクはお湯に浸かりたいんだよ。
「まさか、まさかまさかまさか、お兄ちゃんが本当に、正しい意味で――」
「本物の家族、つまり結婚前提で筑波さんとお付き合いすることになるだなんてねー」
ボクの妹は何気に冷めた物言いをするのだった。
それに加えて長時間湯船に入っている為、顔が赤くなっていてもおかしくはないはずだのに、妹は全く紅潮していないのをボクは見て取れた。
余程ボクの為した決断に、過去に、血が引けているのだろう。
「というか、何でボクたちは兄妹揃ってお風呂という、非常にいやらしい場所で対談してんだよ。こんなこと話すんだったら別にリビングでいいだろ」
そうだそうだ、先ずどうしてお風呂で話そうってなったのかというと、妹がさっき「今日だけは一緒に風呂に入ろっ――色々と重要な話したいから」と、そんな風に平素と何ら変わらない素振りで誘ってきたからなんだよ。
まあ、妹から重要な話があるというのであれば、別に相談にのってあげても構わないし、寧ろ兄を信頼してくれているのだと実感できるので、いいに越したことはないんだけど。
「大体、裸同士になって身体をごしごし洗うとか、もう意味分かんねーシーンになってるし、どんだけえっちなことしたいんだよ、お前って奴は……」
「強がらなくていいんだよ、お兄ちゃん? 本当は妹の色白肌を見て、超興奮してるんだってことを、態々感情を掻き消すかのように場面状況を語らなくても」
「そんな策はボクにはねーよ。けど、久しぶりだな、本当に」
「確かに何年ぶりだろうね、二人っきりの風呂。兄妹風呂。兄と妹の風呂」
「……くっ! 何度も言うな! 恥ずかしくて上せそうだよっ! ……それに何でお前、そんなに長風呂してられんだよ。上せたりしないのか?」
顔も全然赤くないどころか、こいつの表情もさっきから晴れない……
「――なあ、何か悪いことでもあったのか?」
「…………」
妹はひたすら沈黙を続けた――
「大丈夫か? 何があったんだよ、話せば楽になるぞ? そういやさっきも『重要な話』とか言ってたけど、もしかしてお前も好きな人できたとかか?」
ボクは椅子に座ったままの姿勢で、ちょっとだけにやついてボクは聞いてみる。
「…………ぅん」
もしかして図星だったのか!? 解をちゃんと見れたのか、このボクが!?
「……お兄ちゃんの通り、好きな人はいるんだよ。そう前にも言ったじゃん」
「あれ、そうだったっけ? てか、何でそんなにさっきから拗ねたような口調なんだよ?」
「…………」
またしても恩は沈黙したままである。本当に深刻な問題があったのだろうか?
「お、お兄ちゃん……」
「何だよ、妹――――」
ぺちっ、と妹の両手がボクの視界を完全に阻害し、
「今から風呂上がるから、見ないで――私の生……」
そう言ってから、ぱしゃっぱしゃっ、と人が浴槽から出るお湯の音がした。
すると……、背中に何か二つの暖かいものが触れるのに、ボクは気付く――
「…………っっっっ!?」
「何も言わないで黙ってて、お兄ちゃん。せっかくお兄ちゃんが裸を見せてくれたんだから、今度は私の番だよ」
先程とは変わらない、寂しい口調で妹は――真実という裸を――告白する。
「私の好きな人はお兄ちゃん――本当の意味で、正しい恋という意味で、好き」
「――でも正しくはないかもね。ちょっと嘘かも。だって兄妹なんだから、嘘の恋に決まってるじゃん。でもお兄ちゃんが、恋愛的に好きになっちゃった、かも……」
「…………!?」
はいまた始まったー、妹によるバレバレの虚言!
とは流石に思えるような状況ではなかった。
こんなラブコメ風の雰囲気で、そんな嘘はあってはならないと、そう確信できるような、これまた初めての体験だったから、そう思った――これは、本物で――実数だ。
決して虚数解でもなく、解なしでもなく、ちゃんと存在している解。
ボクは今当に、自分で方程式の解を知って、解いて、理解して、答え合わせをして、そしてそれは当っていた。
紛れもなく正しい解だった――
「今日一緒に風呂に入ろうとしたのは、人生で最後だと思ったから」
「最後って、何が最後なんだよ?」
かいがいしく言いつつ、妹はボクの目を手で覆いかぶせてきた。。
「だって、もう二度と入れないじゃん、二人でお風呂に」
「どうして入れないんだよ!? 別に入れるだろ! 毎日同じ一つ屋根の下で暮らしてるんだから!」
「……もうお兄ちゃんには大切な人ができたんだよ? もしもこんなのが彼女さんにバレちゃったら、お兄ちゃんはもう一回自殺しかねないんだよ? ちゃんと自覚してよ!」
「自覚しているよ、ちゃんと。だってボクはお前のことも、ちゃんと大切に想ってるんだから。正しい意味じゃなくって、嘘でもなくって――一人の妹としてじゃなくて、人として、女子ではなく女子としても、」
惚れちゃったんだよ、どうしようもなく、好きになっちゃったんだよ。
ボクは言う――文字通り裸を晒して言う。
「でもそれじゃあ浮気になっちゃうよ?」
「浮気じゃないさ――方程式には二つ解がある場合もあるだろ。それと同じだ」
方程式がたとえ一本しかなくても、解が二個あるケースだって全然あるじゃないか。
正しい答えが二つ存在していても、別に間違っていないではないか。
好きな人が二人いるのはまずいだろうけど、しかしその二つ恋愛感情に間違いなど決してあるはずがないじゃないか。
「だからボクもお前がちゃんと好きだ。もう一人の妹――礼井野も、ガールフレンドとしての筑波も、勿論好きだ。この感情は――正しい、間違えてはいない」
「お、おにい、ちゃん……」
妹は手の目隠しをそっと外し、立ち上がってボクに言う。
「お兄ちゃん、恋じゃないよね、これ」
「ああ、恋じゃないよ、こんなもんは」
ボクも立ち上がって、妹の面に向き合う。そして、現実に向き合う。真実に向き合う。
「これは『好き』じゃなくて――――」
『愛』だ。
『好き』が必ずしも『恋』であるとは限らない。
そんな二つの感情は実際のところ相容れず、必要十分条件によって成り立つものではない。だって、その『好き』と『恋』を斡旋する――あるいは超越する『愛』がある。
何にも負けない、屈しない、方程式の解と同様の、不思議な感情――
それが多分――ボクと妹の間を繋ぐ、兄妹の連立方程式――兄妹愛という解だ。
それからボクたちは文化祭全体の疲れを癒すべく、就寝することにした。
「ちょっとだけ上せたー。早く保冷剤もってきて、お兄ちゃん。あと水水水水!」
げっ!? その要望は確か、ボクがあの時筑波さんにしたのと一緒だ!
じゃあボクも――……やるしかない!
そう思いつつ、洗面台の前に座っている妹に向けて唇を――
「ねぇ、キスで私を潤わせようとしないで。いいから真面目に持ってきて」
「はいはい、分かったよ。てか、大丈夫なのか……?」
「うん、多分。今日一緒にお兄ちゃんと寝るって言うなら全力で治す」
「……あんま無理すんなよ。今日の夜は長いんだから――」
「えっ!? 今日一緒にえっちしてくれるの! やったー、もう治ったー!」
「そういう意味で言ったんじゃねーよ!」
と、まあいつも通りの日常が戻る。
いや、少し変わったところもあるか――ボクは嘘を吐かない人間になったのだ。
「お兄ちゃんの部屋まで連れてくか? このままじゃ辿り着かなさそうだし」
「うんっ! お願い、お姫様抱っこで! でも胸に触れたら即殺すよ?」
「そんな夫婦イベントは、こんなところじゃ発生しないからな!」
普通に元気そうに見える妹――さっきはずっとお風呂で、押さえきれない感情を一人で抱え込み、我慢してたっていうのに、全く全く。
この妹ときたら、いつ何処で何をするか、分かったものじゃあない。
「つべこべ言わずにさっさと私を連れて行きなさい、この下僕が!」
「どうしていきなりドS系妹に変貌してんだよ! お前の人格は本当に凄いな……」
ということで、妹を抱えてせかせかボクの部屋へ運び、白いベッドの上に寝転がせる。
「服とかはどうするんだよ、妹」
今現在の妹の容姿はというと、浴場かた退室したばかりなので、衣服を着ているという訳ではなく、(応急処置として)薄桃色の大きいバスタオルで素肌を隠している。
「うーん、そうだねー。このままでもいいんじゃない?」
「いや、髪もまだ塗れてるんだし、それに風引かれたら元も子もないから」
「もしも熱がでて動けなくなったらしっかりと看病してね、お兄ちゃん」
時が絶つに連れて、ブラコン要素が激しくなる妹である。
まあ、これが現実であり、正しいのだから、何も言えたことはないが。
「ボクがお前の部屋に行って、和服とか取って来るか? それが最善だと思うんだけど」
「いや、駄目。私の部屋に入れるのはえっちの時だけにして!」
「何だよ、意味の分かんねー理屈だな。信頼度0%かよ」
「いやでも、ここはお兄ちゃんの服を着るだけで問題解決じゃないかな?」
「…………」
というか、実兄の服とか着れるのか? まして異性なんだぞ? 普通嫌じゃないか?
「お兄ちゃんと同じくらいの身長だから全然着れると思うんだけど」
「ああ、やっぱり実のお兄ちゃんの服は着れたもんじゃないよなー」
「いいや、そうじゃなくって」
妹はベッドの上で、あっさりと否定する。
「私の胸の問題だよ。ちなみに今も裸にそのままダイレクトにタオルだよ? ブラもつけてないし、おまけにノーパンなんだよ? 色々と桜色に染まってるんだよ?」
「流石にその状態で寝るのは聊か如何わしすぎる!?」
寝たらネット大炎上だよ! 大爆発だよ! てか、パンツくらい穿けよ!
「もういいんじゃない、そろそろ諦めなよ、お兄ちゃん」
「何を諦めるんだよ。せめて服を着てから物を言ってくれ」
「だってお兄ちゃんは服を着せるより、脱がす方が得意でしょ?」
「どっちも今までやったことねーよ!」
「けれどお兄ちゃん、もう疲れたから、ここで寝よ――一緒に」
まあ、実際ボクもさっさと寝たい。毎日色々ありすぎて疲労が蓄積しているし……
「そうだな、今日はもう、寝よう――一緒に」
「「おやすみなさい」」
電気をリモコンで同時に挨拶して、ボクも妹の横に寝転がる。
すーっ、はぁーっ、と妹は早速寝息を立て始める。
そして、恩の体温が異常に伝わってくる。
妹の吐息、すべすべの肌、綺麗な唇、新鮮な匂いの髪、柔らかい肉体…………
ボクは溜まらず正面からそっと優しく抱いて、
「ボクもお前のことが好きだ」と、気付かれないように小声で言った。
「いいんだよ、私にえっちな悪戯しても、文字通り滅茶苦茶にしても」
「そんなことしないよ。今度時間があったらでいいだろ?」
「約束してくれる?」
「うん、約束するよ」
「あ、でも今日みたいに約束破るからなー、どうしよっかなー?」
「それだけはやぶらないから、安心して」
そんなえっちで馬鹿げたボクからそんなこと言われても、安心できないか?
続けてボクは、小声で聞く。
「一つ聞いていい?」
「何、お兄ちゃん?」
「何で文化祭の前日、お前は『筑波さんはお兄ちゃんのこと、絶対好きじゃない』って言ったの?」
「お兄ちゃんが彼女と付き合わないように警告しようとしたから。無意味だったけど」
「って、おいおい……、どんな策略なんだよ、それ」
どんな性悪女だよ、それ。まるで女子高校生のやることみてーじゃねーかよ。
でも、そんなことをされても、現実は何も変わらない。
だって、ボクは正しい計算を、決断を、したのだから。
「あ、そういえば水分摂るの忘れてた」
「はいはい、キスね――――…………」
これで、本当の意味で、恩に恩返しすることができたと、ボクは思う。
強く、滅茶苦茶に、抱きしめることができた――現実を、受け入れることができた。
ボクは妹のことを本当の意味で、人として好きになることがきでた。
一生『想い』を抱えて生きていこうと――ボクが生きるということをすることで、
漸く妹の、兄に対する苦しみから解放させてあげることができたのである。
そして、濃厚な接吻を終えた後に、妹は妹然とした声で聞いてきた。
「ねえ、このお兄ちゃんの物語、小説にしていい? 何かのプレゼント用に」
「それで読者が人間的に勉強できるんだったら、いいんじゃないか。でも分厚いぞ?」
それで、ボクという人間の問題を、方程式を、解いてくれる若者がいるなら。
たとえ解が正しくても、間違っていても、解いてくれるのならば、それでいい。
ボクの聊か二次元を連想させるような三次元の物語を、勉強するだけの物語を、生きるだけの物語を、小説にしたいのであれば、是非――勉強することは、生きることの真骨頂であり、醍醐味でもあるということを、ボクは知っている。
「てか、あんま二次元に嵌らないで、三次元の勉強でもしとけ」
「それだけはお兄ちゃんに言われたくありませ~んっ。てへっ!」
「「おやすみなさい」」
全く、本当にボクの周りは精神が狂った者ばかりだ。
剣山恩といい、喜入宵といい、礼井野伊代といい、筑波実輝といい、串本斗といい、安城蓮といい、そしてボク――剣山貴仁といい、全員がそれぞれ精神的な病を患っているとしか思えない。まあ、人間誰しもそんなものだろうが……
今思うと、確かにボクは喜入の言う多重人格者だったのかもしれない。
女子が嫌いな人格、そして女子が好きな人格――それぞれが相まって、ボクという偽物の人間がいて、けれど――女子共――によって偽物の自分は綺麗さっぱり消え、そして本物のボクになった。なるほど、だとすると本当の意味で周囲を欺いていたことになる。
だけど、今日という日をもって、全ての虚数解は――
答え合わせという『証明』によって正されたのである。
証明――方程式の証明。なるほど、そうなると。
――人間は方程式で構築されている。
かつてそんな言を聞いたことがあるが、どうやらその言論は正しいようだ。
個々に宿る方程式を解いて生きる――つまり、勉強をする。
自分に適した解を――家族も兄妹も恋人も予め決まっているのだから――
時に間違えながら、正しい答えを捜し求めて、生きるという、当たり前の行為をする。
この持論が、ボクが数十日で勉強したことだ。
◇ ◆ ◆ ◇
Ending
◇ ◆ ◆ ◇
7月4日月曜日、文化祭の振替休日のこと。
ボクが起床した時点で妹の姿はすぐそばにはなく、どうやら朝飯を作っているらしかった――包丁のとんとんっ、という音が、リビングのキッチンら辺から聞こえてくる。
「……おはよー」
若干寝ぼけた声で挨拶する。
「おはよう、お兄ちゃん。ぐっすり眠れた?」
「ああ、お蔭さんで――って何がお陰様なのか分かんないけど」
疲れも大分すっきりし、倦怠感も全くないので、多分しっかりと熟睡できたのだろう。
妹が一緒に隣で寝てくれたから?
「あ、お兄ちゃん、またにやにやしてる。もしかして寝てる時の私の顔を見て、アソコが――」
「一々口に出して言うな! 生理現象だよ!」
と、まあ本当にいつもと何ら変わりない会話をするボクたち兄妹。
ここに礼井野伊代――剣山恵とかが加わったら、もっと楽しいのだろうけど。
まあ、それは今更議論の俎上に載せても、遅いことか。
あっちもあっちで、今の家族というのを楽しんでいるに違いないだろうし、今というこの環境をむやみに変える必然性もない。
「あ、お兄ちゃん。そういえば、さっきケータイが暴走するように鳴ってたよ」
「え? ボクのケータイ? ま、まさか――」
喜入宵からのラインだろうか?
あいつのことだから、スタンプ爆発(通称:スタ爆)を仕掛けてきてそうだが。
と思い当たり、ボクは恐る恐る、ケータイを開く。
『今からあのロータリーに来なさい
『大丈夫よ性的道具はいらないから
『ああでも覚悟だけはしておいてね
『早く来なさい今すぐに来なさいよ
『でないとあなたの貞操を奪うわよ
『筑波実輝さんの手から強奪するわ
案の定、喜入からの短編急な要求メッセージだった。
「って、何でもう筑波さんとボクがこんな関係性になったこと、知ってるんだよ……」
「どうしたのお兄ちゃん? まあいいから行っておいでよ、彼女の所」
何故かにやにやした顔で言う妹は、そのまま玄関へボクの背中を両手で押し、
「早く行かないと、私が先に童貞奪っちゃうから!」
「お前もお前で何々だよ!? 本当に、そういうのばっかり……」
「別にいいじゃない? だってここは、ヒロインしかいない――女子しかいない物語なんだからさ。女子じゃなくて、女子ね」
「ヒロインしかいない、女子だらけの、物語……か」
確かにその点に関しては、妹に同感だった。
ボクの周りは本当に憎い女子しかおらず、毎日女子という生物に精神的にいじめられ、苛み続ける日々をここ最近送ってきたような気がする。
女子ではなく――女子として、ボクは老体に鞭を打って、接していた気がする。
そして、それは全てが正しかった――
方程式の解は、正しかろうと間違っていようと、全員が女子だったのではないだろうか? そして、主人公の人間方程式の解は、全てが女子だったのではないだろうか?
兄妹方程式の解は剣山恩と剣山恵で、友達方程式の解は喜入宵で、恋愛方程式の虚数解が安城蓮で、実数解が筑波実輝で――
人間方程式の正解は、ボクだった。剣山貴仁は――剣山貴仁だった。
そんなことを思い出語りのように回想し、自転車を漕いで例のロータリーに行ってみると、果たして(何故だか不明だが)制服姿の喜入宵がいた。
「あら、おはよう、剣山貴仁」
「ごめん、喜入。遅れた」
「まあいいわ。それで、ここであなたはあの子と行為に及んだという訳ね」
「今その話するか!? その話はもうなかったことに――いや、あったことだけれど、蒸し返さない約束になってるから止めて。で、何でこんなところにボクを?」
「だって今日はあなたが生まれてからちょうど16年じゃない――誕生日じゃない。だから、わざと剣山家から引き抜いて、妹さんに連絡を取って、それでこんな手配を取らせていただいたのよ」
そうか、今日はボクの誕生日だったのか。
そういえば、礼井野伊代も同じ日付だったな――って、そうじゃなくて!
「え!? 何で勝手に妹と! まあお前が昔、ボクの自殺失敗後に連絡先をもらっていたことくらいは大体想像できてたけど、でも利用するタイミング間違ってるぞ?」
「そういえば、剣山貴仁。妹さんにも手を出したって、本当なのかしら?」
「事実無根だ! 話を変えるな! でも、何でこんなに手を込んだことを……」
誕生日パーティーの準備があるからって、妹が態々喜入に依頼して、後々剣山家集合って、結構サプライズ性があっていい――が、別にそこまで力を入れなくていい気もする。
だって自分はかつて、自分を殺そうとした人間だぞ?
「でもあなたは、今、生きている――私の目に、映っている」
と、喜入は感慨深いようなことを、ボクに言ってくれた。
そして、平素と何ら変わらない平淡な口調で、すまし顔で続けた。
「世の中に綱紀粛正できる者はいないけど、でも岡目八目――つまり、第三者の方が、事態を把握しているってことも、他者が解を知っているってこともあるでしょう。世の中には適材適所がるのだから、つまり私はあなたのサポート役、詰まるところの教師役ってことだったのだかしらね。あなたという小説のような教科書を解いていく、みたいな」
「? 相変わらずお前の発言は意味深長だな。それに教師役っていうより、ただのいじめっ子だったけどね。エンドロールにはそう書かれているに違いないよ」
「まあそれでいいわ。私はそうであることが正しいのだから、それでいい」
「……そうか」
喜入がそうでいいというなら、ボクもそうでいい――正しくなくても、間違っていても、それでいい。
人間は誰しも、方程式の解を、正しさや間違いに関係なく、計算して生きるのだから。
これが、ボクの明鏡止水の心境だ。
遊説家の喜入はさらに言う。
「勉強とは、自分に与えられた問題を――自分に課せられた方程式を解くもの。それ以上でもそれ以下でもなく、正しいか間違っているかでもなく」
しかし、その発言だけは、ボクは喜入に同調できた――初めて共感できた。
これもきっと、女子が好きだという現実を認めたから、きっとボクの心にも余裕がでてきているという、証拠の表れなのだろう。
正しく、生き始めているのだ、ボクは今。
こうして、日進月歩しながら、三次元で生きている。
半年前はこんなこと、全く思っていなかったが、生きながら得ている。
と、思っていた矢先のこと――
「剣山貴仁お兄様ぁ~っ!」「ちょっと伊代、はしゃぎすぎ!」
二人の女子が目の前に、勢いよく登場したのだった。
礼井野伊代と筑波実輝さんだ。
いや、剣山恵とボクの彼女だ。
「じゃあ行きましょうか、お兄様っ! 私たちのパーティー会場へ!」
「剣山君、おはよう。遅れてごめんね」
「ああ、筑波さん……、こっちこそ、愚昧な妹に付きあわせてごめん」
「いいよ、別に。だって私たちはもう、カップルなんだから」
「…………!」
思えば、久しぶりに彼女、筑波さんを見た気がした。
多分、告白された時とは違って、かなり落ち着いているというか、そういうところこそが筑波さんらしいく思えるから、そう感じたのだろう。
いつも通りの筑波さん――ただ違うとすれば、立派な私服姿と、そして関係性くらいだ。
白いベレー帽に、半袖のワンピース、その他アクセサリーは全てベストマッチしている。
「ねえお兄様、私のこと無視しているのですか? 私がこんな衣装だというのに!」
「何で起こられなきゃならないんだよ、お前に。ああ、そのドレス姿も十分可愛いよ」
「本当ですか? うわ~、嬉しいですわ!」
とテンションをあげて、ボクに抱きつく礼井野伊代――剣山恵。
「まったくしょうがないな……」
本当、女子は自由奔放だから――好きだ。
女子は女子だから――大好きだ。
それで、そのままこの四人で家に向かった。
ちなみに串本斗は来なかったが、まあそれでいい。
あいつには今度、礼を言おう――そして安城蓮と、仲良くやってもらおう。
ボクにとっては、安城蓮は恋愛方程式の虚数解以外の何物でもないのだから。
「ただいまー」
「あ、お帰り、お兄ちゃん! それに、今日は皆さん、態々お呼び立てして申し訳ございませんでした。今日はどうぞゆっくりとお楽しみ下さい!」
随分と丁寧な招き入れだが、何処かで習ったのだろうか?
妹の慇懃としたもてなしに、そう思わざるを得なかった。
そして、この誕生日パーティーとやらの主催者である妹は、ボクの部屋へ誘導する。
妹の部屋ではなかった――そして、ボクの部屋は異常な程片付かれていた。
部屋に全員が入るや否や、妹はボクに振り向き、問いかける。
「ねえ、今日は一緒に寝ようねっ! お兄ちゃん!」
「それ今言わなくていいだろ! 彼女もいるんだぞ? って、あ……」
ついつい自分の口からそんなリア充発言が出てしまった。
だが、ボクは訂正しない――なぜなら、それが現実であり、正しいのだから。
念の為、筑波さんの顔色を窺ってみると、にこっと笑っていた。
それを見て、ボクも笑う。喜入も笑う。
恩も礼井野も(馬鹿にしているという意味で)笑う。
何と平和なことか。ラノベ主人公の理想郷のようだ。
いや、ここは二次元じゃなくて、三次元――だから、現実なのか。
「じゃあ、皆さん、ご静粛に――伊代お姉ちゃん、貴仁お兄ちゃん…………」
「「「誕生日、おめでとう!」」」
いつの間に準備されていたのだろうか、クラッカーが鳴り響いて耳が痛かった。
そして、みんなが笑顔で、ボクたちを祝福している。
だから、ボクは感謝を、全ての女子に向けて、
「ありがとう」
と、笑顔で、伝える。
嘘ではなく、正しい感情を込めて、言う。
本当に、三次元に生きてて、良かった。
This novel will be abandoned because this is the work that is nor completed or good.




