Ending
◇ ◆ ◆ ◇
7月4日月曜日、文化祭の振替休日のこと。
ボクが起床した時点で妹の姿はすぐそばにはなく、どうやら朝飯を作っているらしかった――包丁のとんとんっ、という音が、リビングのキッチンら辺から聞こえてくる。
「……おはよー」
若干寝ぼけた声で挨拶する。
「おはよう、お兄ちゃん。ぐっすり眠れた?」
「ああ、お蔭さんで――って何がお陰様なのか分かんないけど」
疲れも大分すっきりし、倦怠感も全くないので、多分しっかりと熟睡できたのだろう。
妹が一緒に隣で寝てくれたから?
「あ、お兄ちゃん、またにやにやしてる。もしかして寝てる時の私の顔を見て、アソコが――」
「一々口に出して言うな! 生理現象だよ!」
と、まあ本当にいつもと何ら変わりない会話をするボクたち兄妹。
ここに礼井野伊代――剣山恵とかが加わったら、もっと楽しいのだろうけど。
まあ、それは今更議論の俎上に載せても、遅いことか。
あっちもあっちで、今の家族というのを楽しんでいるに違いないだろうし、今というこの環境をむやみに変える必然性もない。
「あ、お兄ちゃん。そういえば、さっきケータイが暴走するように鳴ってたよ」
「え? ボクのケータイ? ま、まさか――」
喜入宵からのラインだろうか?
あいつのことだから、スタンプ爆発(通称:スタ爆)を仕掛けてきてそうだが。
と思い当たり、ボクは恐る恐る、ケータイを開く。
『今からあのロータリーに来なさい
『大丈夫よ性的道具はいらないから
『ああでも覚悟だけはしておいてね
『早く来なさい今すぐに来なさいよ
『でないとあなたの貞操を奪うわよ
『筑波実輝さんの手から強奪するわ
案の定、喜入からの短編急な要求メッセージだった。
「って、何でもう筑波さんとボクがこんな関係性になったこと、知ってるんだよ……」
「どうしたのお兄ちゃん? まあいいから行っておいでよ、彼女の所」
何故かにやにやした顔で言う妹は、そのまま玄関へボクの背中を両手で押し、
「早く行かないと、私が先に童貞奪っちゃうから!」
「お前もお前で何々だよ!? 本当に、そういうのばっかり……」
「別にいいじゃない? だってここは、ヒロインしかいない――女子しかいない物語なんだからさ。女子じゃなくて、女子ね」
「ヒロインしかいない、女子だらけの、物語……か」
確かにその点に関しては、妹に同感だった。
ボクの周りは本当に憎い女子しかおらず、毎日女子という生物に精神的にいじめられ、苛み続ける日々をここ最近送ってきたような気がする。
女子ではなく――女子として、ボクは老体に鞭を打って、接していた気がする。
そして、それは全てが正しかった――
方程式の解は、正しかろうと間違っていようと、全員が女子だったのではないだろうか? そして、主人公の人間方程式の解は、全てが女子だったのではないだろうか?
兄妹方程式の解は剣山恩と剣山恵で、友達方程式の解は喜入宵で、恋愛方程式の虚数解が安城蓮で、実数解が筑波実輝で――
人間方程式の正解は、ボクだった。剣山貴仁は――剣山貴仁だった。
そんなことを思い出語りのように回想し、自転車を漕いで例のロータリーに行ってみると、果たして(何故だか不明だが)制服姿の喜入宵がいた。
「あら、おはよう、剣山貴仁」
「ごめん、喜入。遅れた」
「まあいいわ。それで、ここであなたはあの子と行為に及んだという訳ね」
「今その話するか!? その話はもうなかったことに――いや、あったことだけれど、蒸し返さない約束になってるから止めて。で、何でこんなところにボクを?」
「だって今日はあなたが生まれてからちょうど16年じゃない――誕生日じゃない。だから、わざと剣山家から引き抜いて、妹さんに連絡を取って、それでこんな手配を取らせていただいたのよ」
そうか、今日はボクの誕生日だったのか。
そういえば、礼井野伊代も同じ日付だったな――って、そうじゃなくて!
「え!? 何で勝手に妹と! まあお前が昔、ボクの自殺失敗後に連絡先をもらっていたことくらいは大体想像できてたけど、でも利用するタイミング間違ってるぞ?」
「そういえば、剣山貴仁。妹さんにも手を出したって、本当なのかしら?」
「事実無根だ! 話を変えるな! でも、何でこんなに手を込んだことを……」
誕生日パーティーの準備があるからって、妹が態々喜入に依頼して、後々剣山家集合って、結構サプライズ性があっていい――が、別にそこまで力を入れなくていい気もする。
だって自分はかつて、自分を殺そうとした人間だぞ?
「でもあなたは、今、生きている――私の目に、映っている」
と、喜入は感慨深いようなことを、ボクに言ってくれた。
そして、平素と何ら変わらない平淡な口調で、すまし顔で続けた。
「世の中に綱紀粛正できる者はいないけど、でも岡目八目――つまり、第三者の方が、事態を把握しているってことも、他者が解を知っているってこともあるでしょう。世の中には適材適所がるのだから、つまり私はあなたのサポート役、詰まるところの教師役ってことだったのだかしらね。あなたという小説のような教科書を解いていく、みたいな」
「? 相変わらずお前の発言は意味深長だな。それに教師役っていうより、ただのいじめっ子だったけどね。エンドロールにはそう書かれているに違いないよ」
「まあそれでいいわ。私はそうであることが正しいのだから、それでいい」
「……そうか」
喜入がそうでいいというなら、ボクもそうでいい――正しくなくても、間違っていても、それでいい。
人間は誰しも、方程式の解を、正しさや間違いに関係なく、計算して生きるのだから。
これが、ボクの明鏡止水の心境だ。
遊説家の喜入はさらに言う。
「勉強とは、自分に与えられた問題を――自分に課せられた方程式を解くもの。それ以上でもそれ以下でもなく、正しいか間違っているかでもなく」
しかし、その発言だけは、ボクは喜入に同調できた――初めて共感できた。
これもきっと、女子が好きだという現実を認めたから、きっとボクの心にも余裕がでてきているという、証拠の表れなのだろう。
正しく、生き始めているのだ、ボクは今。
こうして、日進月歩しながら、三次元で生きている。
半年前はこんなこと、全く思っていなかったが、生きながら得ている。
と、思っていた矢先のこと――
「剣山貴仁お兄様ぁ~っ!」「ちょっと伊代、はしゃぎすぎ!」
二人の女子が目の前に、勢いよく登場したのだった。
礼井野伊代と筑波実輝さんだ。
いや、剣山恵とボクの彼女だ。
「じゃあ行きましょうか、お兄様っ! 私たちのパーティー会場へ!」
「剣山君、おはよう。遅れてごめんね」
「ああ、筑波さん……、こっちこそ、愚昧な妹に付きあわせてごめん」
「いいよ、別に。だって私たちはもう、カップルなんだから」
「…………!」
思えば、久しぶりに彼女、筑波さんを見た気がした。
多分、告白された時とは違って、かなり落ち着いているというか、そういうところこそが筑波さんらしいく思えるから、そう感じたのだろう。
いつも通りの筑波さん――ただ違うとすれば、立派な私服姿と、そして関係性くらいだ。
白いベレー帽に、半袖のワンピース、その他アクセサリーは全てベストマッチしている。
「ねえお兄様、私のこと無視しているのですか? 私がこんな衣装だというのに!」
「何で起こられなきゃならないんだよ、お前に。ああ、そのドレス姿も十分可愛いよ」
「本当ですか? うわ~、嬉しいですわ!」
とテンションをあげて、ボクに抱きつく礼井野伊代――剣山恵。
「まったくしょうがないな……」
本当、女子は自由奔放だから――好きだ。
女子は女子だから――大好きだ。
それで、そのままこの四人で家に向かった。
ちなみに串本斗は来なかったが、まあそれでいい。
あいつには今度、礼を言おう――そして安城蓮と、仲良くやってもらおう。
ボクにとっては、安城蓮は恋愛方程式の虚数解以外の何物でもないのだから。
「ただいまー」
「あ、お帰り、お兄ちゃん! それに、今日は皆さん、態々お呼び立てして申し訳ございませんでした。今日はどうぞゆっくりとお楽しみ下さい!」
随分と丁寧な招き入れだが、何処かで習ったのだろうか?
妹の慇懃としたもてなしに、そう思わざるを得なかった。
そして、この誕生日パーティーとやらの主催者である妹は、ボクの部屋へ誘導する。
妹の部屋ではなかった――そして、ボクの部屋は異常な程片付かれていた。
部屋に全員が入るや否や、妹はボクに振り向き、問いかける。
「ねえ、今日は一緒に寝ようねっ! お兄ちゃん!」
「それ今言わなくていいだろ! 彼女もいるんだぞ? って、あ……」
ついつい自分の口からそんなリア充発言が出てしまった。
だが、ボクは訂正しない――なぜなら、それが現実であり、正しいのだから。
念の為、筑波さんの顔色を窺ってみると、にこっと笑っていた。
それを見て、ボクも笑う。喜入も笑う。
恩も礼井野も(馬鹿にしているという意味で)笑う。
何と平和なことか。ラノベ主人公の理想郷のようだ。
いや、ここは二次元じゃなくて、三次元――だから、現実なのか。
「じゃあ、皆さん、ご静粛に――伊代お姉ちゃん、貴仁お兄ちゃん…………」
「「「誕生日、おめでとう!」」」
いつの間に準備されていたのだろうか、クラッカーが鳴り響いて耳が痛かった。
そして、みんなが笑顔で、ボクたちを祝福している。
だから、ボクは感謝を、全ての女子に向けて、
「ありがとう」
と、笑顔で、伝える。
嘘ではなく、正しい感情を込めて、言う。
本当に、三次元に生きてて、良かった。




