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【第八問】人間は是非を問わずに生きるモノ。(Part 3)


◇ ◆ ◆ ◇


暗くて重い空気の中、ボクの妹は言う。

「で、結局そういうことにしちゃったんだね、お兄ちゃんは。何でそんなことにしちゃったの?」

「今そんなこと言われてしまっても……」

文化祭も遂に終わり、そのまま打ち上げにも参加せず、剣山宅に帰ってきたボクは、妹と単に妹と一緒に、久しぶりにお風呂に入っていた。

文化祭のあれこれや色々な友達の話、恋の話とか、そんなものをべらべらと。風呂場は結構窮屈なので、ボクは外に出てシャワーを、妹は浴槽に浸かりながらだ。

ちなみに妹は文化祭の最終日に来ていたらしいのだが、でも結局一度も会うことは出来ず、妹は妹で色んなクラスの展示発表を見て、触れて、体験して、それをボクに話してもらっている――そして、例の答え合わせをしている。

「でもお兄ちゃん、それで大丈夫なの? どうするの?」

妹はボクの犯した過ちを咎めるように詰る。

「別にいいよ。大丈夫だから、どうにかして――どうにかするから」

「どうにかしてって、どうするのさ……、全くお兄ちゃんてば」

「……ごめん。約束、破っちゃったな」

「いいんだよ、お兄ちゃん。どうせこうなることは解りきっていたことだし」

妹は諦めたような口調でそっけなく許してくれた。

「約束――他の女の人と付き合ってはいけないという、妹との約束……」

そしてそれは、女子(メス)と関わらない――再度自殺しない為の――約束でもあった。

そんなことを遠い昔のように想起する。

「何で筑波さんと……、そんな仲になっちゃったのさ。私は正直ショックなんだよ?」

「何でお前がショックを受けるんだよ。意味分かんねーよ。 てかそもそも、何でボクはそんな約束をお前に結ばされたんだっけ?」

「覚えてないんだ。お兄ちゃんが『もう恋しない』って言うからでしょ。確か去年の冬だっけ? お兄ちゃんが自殺しようとした時の話だよ?」

「あっそ、もう忘れたよ。だってそれは間違ってるんだからな」

というか、さらりとボクが過去に自殺しようとした話とかすんなよ。感傷に浸りたくないんだよ。てか早く浴槽から出て行けよ、ボクはお湯に浸かりたいんだよ。

「まさか、まさかまさかまさか、お兄ちゃんが本当に、正しい意味で――」


「本物の家族、つまり結婚前提で筑波さんとお付き合いすることになるだなんてねー」


ボクの妹は何気に冷めた物言いをするのだった。

それに加えて長時間湯船に入っている為、顔が赤くなっていてもおかしくはないはずだのに、妹は全く紅潮していないのをボクは見て取れた。

余程ボクの為した決断に、過去に、血が引けているのだろう。

「というか、何でボクたちは兄妹揃ってお風呂という、非常にいやらしい場所で対談してんだよ。こんなこと話すんだったら別にリビングでいいだろ」

そうだそうだ、先ずどうしてお風呂で話そうってなったのかというと、妹がさっき「今日だけは一緒に風呂に入ろっ――色々と重要な話したいから」と、そんな風に平素と何ら変わらない素振りで誘ってきたからなんだよ。

まあ、妹から重要な話があるというのであれば、別に相談にのってあげても構わないし、寧ろ兄を信頼してくれているのだと実感できるので、いいに越したことはないんだけど。

「大体、裸同士になって身体をごしごし洗うとか、もう意味分かんねーシーンになってるし、どんだけえっちなことしたいんだよ、お前って奴は……」

「強がらなくていいんだよ、お兄ちゃん? 本当は妹の色白肌を見て、超興奮してるんだってことを、態々感情を掻き消すかのように場面状況を語らなくても」

「そんな策はボクにはねーよ。けど、久しぶりだな、本当に」

「確かに何年ぶりだろうね、二人っきりの風呂。兄妹風呂。兄と妹の風呂」

「……くっ! 何度も言うな! 恥ずかしくて(のぼ)せそうだよっ! ……それに何でお前、そんなに長風呂してられんだよ。上せたりしないのか?」

顔も全然赤くないどころか、こいつの表情もさっきから晴れない……

「――なあ、何か悪いことでもあったのか?」

「…………」

妹はひたすら沈黙を続けた――

「大丈夫か? 何があったんだよ、話せば楽になるぞ? そういやさっきも『重要な話』とか言ってたけど、もしかしてお前も好きな人できたとかか?」

ボクは椅子に座ったままの姿勢で、ちょっとだけにやついてボクは聞いてみる。

「…………ぅん」

もしかして図星だったのか!? 解をちゃんと見れたのか、このボクが!?

「……お兄ちゃんの通り、好きな人はいるんだよ。そう前にも言ったじゃん」

「あれ、そうだったっけ? てか、何でそんなにさっきから拗ねたような口調なんだよ?」

「…………」

またしても恩は沈黙したままである。本当に深刻な問題があったのだろうか?

「お、お兄ちゃん……」

「何だよ、妹――――」

ぺちっ、と妹の両手がボクの視界を完全に阻害し、

「今から風呂上がるから、見ないで――私の生……」

そう言ってから、ぱしゃっぱしゃっ、と人が浴槽から出るお湯の音がした。

すると……、背中に何か二つの暖かいものが触れるのに、ボクは気付く――

「…………っっっっ!?」

「何も言わないで黙ってて、お兄ちゃん。せっかくお兄ちゃんが裸を見せてくれたんだから、今度は私の番だよ」

先程とは変わらない、寂しい口調で妹は――真実という裸を――告白する。


「私の好きな人はお兄ちゃん――本当の意味で、正しい恋という意味で、好き」


「――でも正しくはないかもね。ちょっと嘘かも。だって兄妹なんだから、嘘の恋に決まってるじゃん。でもお兄ちゃんが、恋愛的に好きになっちゃった、かも……」

「…………!?」

はいまた始まったー、妹によるバレバレの虚言!

とは流石に思えるような状況ではなかった。

こんなラブコメ風の雰囲気で、そんな嘘はあってはならないと、そう確信できるような、これまた初めての体験だったから、そう思った――これは、本物で――実数だ。

決して虚数解でもなく、解なしでもなく、ちゃんと存在している解。

ボクは今当に、自分で方程式の解を知って、解いて、理解して、答え合わせをして、そしてそれは当っていた。

紛れもなく正しい解だった――

「今日一緒に風呂に入ろうとしたのは、人生で最後だと思ったから」

「最後って、何が最後なんだよ?」

かいがいしく言いつつ、妹はボクの目を手で覆いかぶせてきた。。

「だって、もう二度と入れないじゃん、二人でお風呂に」

「どうして入れないんだよ!? 別に入れるだろ! 毎日同じ一つ屋根の下で暮らしてるんだから!」

「……もうお兄ちゃんには大切な人ができたんだよ? もしもこんなのが彼女さんにバレちゃったら、お兄ちゃんはもう一回自殺しかねないんだよ? ちゃんと自覚してよ!」

「自覚しているよ、ちゃんと。だってボクはお前のことも、ちゃんと大切に想ってるんだから。正しい意味じゃなくって、嘘でもなくって――一人の妹としてじゃなくて、人として、女子(メス)ではなく女子としても、」

惚れちゃったんだよ、どうしようもなく、好きになっちゃったんだよ。

ボクは言う――文字通り裸を晒して言う。

「でもそれじゃあ浮気になっちゃうよ?」

「浮気じゃないさ――方程式には二つ解がある場合もあるだろ。それと同じだ」

方程式がたとえ一本しかなくても、解が二個あるケースだって全然あるじゃないか。

正しい答えが二つ存在していても、別に間違っていないではないか。

好きな人が二人いるのはまずいだろうけど、しかしその二つ恋愛感情に間違いなど決してあるはずがないじゃないか。

「だからボクもお前がちゃんと好きだ。もう一人の妹――礼井野も、ガールフレンドとしての筑波も、勿論好きだ。この感情は――正しい、間違えてはいない」

「お、おにい、ちゃん……」

妹は手の目隠しをそっと外し、立ち上がってボクに言う。

「お兄ちゃん、恋じゃないよね、これ」

「ああ、恋じゃないよ、こんなもんは」

ボクも立ち上がって、妹の面に向き合う。そして、現実に向き合う。真実に向き合う。

「これは『好き』じゃなくて――――」

『愛』だ。

『好き』が必ずしも『恋』であるとは限らない。

そんな二つの感情は実際のところ相容れず、必要十分条件によって成り立つものではない。だって、その『好き』と『恋』を斡旋する――あるいは超越する『愛』がある。

何にも負けない、屈しない、方程式の解と同様の、不思議な感情――

それが多分――ボクと妹の間を繋ぐ、兄妹の連立方程式――兄妹愛という解だ。

それからボクたちは文化祭全体の疲れを癒すべく、就寝することにした。

「ちょっとだけ上せたー。早く保冷剤もってきて、お兄ちゃん。あと水水水水!」

げっ!? その要望は確か、ボクがあの時筑波さんにしたのと一緒だ!

じゃあボクも――……やるしかない!

そう思いつつ、洗面台の前に座っている妹に向けて唇を――

「ねぇ、キスで私を潤わせようとしないで。いいから真面目に持ってきて」

「はいはい、分かったよ。てか、大丈夫なのか……?」

「うん、多分。今日一緒にお兄ちゃんと寝るって言うなら全力で治す」

「……あんま無理すんなよ。今日の夜は長いんだから――」

「えっ!? 今日一緒にえっちしてくれるの! やったー、もう治ったー!」

「そういう意味で言ったんじゃねーよ!」

と、まあいつも通りの日常が戻る。

いや、少し変わったところもあるか――ボクは嘘を吐かない人間になったのだ。

「お兄ちゃんの部屋まで連れてくか? このままじゃ辿り着かなさそうだし」

「うんっ! お願い、お姫様抱っこで! でも胸に触れたら即殺すよ?」

「そんな夫婦イベントは、こんなところじゃ発生しないからな!」

普通に元気そうに見える妹――さっきはずっとお風呂で、押さえきれない感情を一人で抱え込み、我慢してたっていうのに、全く全く。

この妹ときたら、いつ何処で何をするか、分かったものじゃあない。

「つべこべ言わずにさっさと私を連れて行きなさい、この下僕が!」

「どうしていきなりドS系妹に変貌してんだよ! お前の人格は本当に凄いな……」

ということで、妹を抱えてせかせかボクの部屋へ運び、白いベッドの上に寝転がせる。

「服とかはどうするんだよ、妹」

今現在の妹の容姿はというと、浴場かた退室したばかりなので、衣服を着ているという訳ではなく、(応急処置として)薄桃色の大きいバスタオルで素肌を隠している。

「うーん、そうだねー。このままでもいいんじゃない?」

「いや、髪もまだ塗れてるんだし、それに風引かれたら元も子もないから」

「もしも熱がでて動けなくなったらしっかりと看病してね、お兄ちゃん」

時が絶つに連れて、ブラコン要素が激しくなる妹である。

まあ、これが現実であり、正しいのだから、何も言えたことはないが。

「ボクがお前の部屋に行って、和服とか取って来るか? それが最善だと思うんだけど」

「いや、駄目。私の部屋に入れるのはえっちの時だけにして!」

「何だよ、意味の分かんねー理屈だな。信頼度0%かよ」

「いやでも、ここはお兄ちゃんの服を着るだけで問題解決じゃないかな?」

「…………」

というか、実兄の服とか着れるのか? まして異性なんだぞ? 普通嫌じゃないか?

「お兄ちゃんと同じくらいの身長だから全然着れると思うんだけど」

「ああ、やっぱり実のお兄ちゃんの服は着れたもんじゃないよなー」

「いいや、そうじゃなくって」

妹はベッドの上で、あっさりと否定する。

「私の胸の問題だよ。ちなみに今も裸にそのままダイレクトにタオルだよ? ブラもつけてないし、おまけにノーパンなんだよ? 色々と桜色に染まってるんだよ?」

「流石にその状態で寝るのは聊か如何わしすぎる!?」

寝たらネット大炎上だよ! 大爆発だよ! てか、パンツくらい穿けよ!

「もういいんじゃない、そろそろ諦めなよ、お兄ちゃん」

「何を諦めるんだよ。せめて服を着てから物を言ってくれ」

「だってお兄ちゃんは服を着せるより、脱がす方が得意でしょ?」

「どっちも今までやったことねーよ!」

「けれどお兄ちゃん、もう疲れたから、ここで寝よ――一緒に」

まあ、実際ボクもさっさと寝たい。毎日色々ありすぎて疲労が蓄積しているし……

「そうだな、今日はもう、寝よう――一緒に」

「「おやすみなさい」」

電気をリモコンで同時に挨拶して、ボクも妹の横に寝転がる。

すーっ、はぁーっ、と妹は早速寝息を立て始める。

そして、恩の体温が異常に伝わってくる。

妹の吐息、すべすべの肌、綺麗な唇、新鮮な匂いの髪、柔らかい肉体…………

ボクは溜まらず正面からそっと優しく抱いて、

「ボクもお前のことが好きだ」と、気付かれないように小声で言った。

「いいんだよ、私にえっちな悪戯(いたずら)しても、文字通り滅茶苦茶にしても」

「そんなことしないよ。今度時間があったらでいいだろ?」

「約束してくれる?」

「うん、約束するよ」

「あ、でも今日みたいに約束破るからなー、どうしよっかなー?」

「それだけはやぶらないから、安心して」

そんなえっちで馬鹿げたボクからそんなこと言われても、安心できないか?

続けてボクは、小声で聞く。

「一つ聞いていい?」

「何、お兄ちゃん?」

「何で文化祭の前日、お前は『筑波さんはお兄ちゃんのこと、絶対好きじゃない』って言ったの?」

「お兄ちゃんが彼女と付き合わないように警告しようとしたから。無意味だったけど」

「って、おいおい……、どんな策略なんだよ、それ」

どんな性悪女だよ、それ。まるで女子高校生のやることみてーじゃねーかよ。

でも、そんなことをされても、現実は何も変わらない。

だって、ボクは正しい計算を、決断を、したのだから。

「あ、そういえば水分摂るの忘れてた」

「はいはい、キスね――――…………」

これで、本当の意味で、恩に恩返しすることができたと、ボクは思う。

強く、滅茶苦茶に、抱きしめることができた――現実を、受け入れることができた。

ボクは妹のことを本当の意味で、人として好きになることがきでた。

一生『想い』を抱えて生きていこうと――ボクが生きるということをすることで、

漸く妹の、兄に対する苦しみから解放させてあげることができたのである。

そして、濃厚な接吻を終えた後に、妹は妹然とした声で聞いてきた。

「ねえ、このお兄ちゃんの物語、小説にしていい? 何かのプレゼント用に」

「それで読者が人間的に勉強できるんだったら、いいんじゃないか。でも分厚いぞ?」

それで、ボクという人間の問題を、方程式を、解いてくれる若者がいるなら。

たとえ解が正しくても、間違っていても、解いてくれるのならば、それでいい。

ボクの聊か二次元を連想させるような三次元の物語を、勉強するだけの物語を、生きるだけの物語を、小説にしたいのであれば、是非――勉強することは、生きることの真骨頂であり、醍醐味でもあるということを、ボクは知っている。

「てか、あんま二次元に嵌らないで、三次元の勉強でもしとけ」

「それだけはお兄ちゃんに言われたくありませ~んっ。てへっ!」


「「おやすみなさい」」


全く、本当にボクの周りは精神が狂った者ばかりだ。

剣山恩といい、喜入宵といい、礼井野伊代といい、筑波実輝といい、串本斗といい、安城蓮といい、そしてボク――剣山貴仁といい、全員がそれぞれ精神的な病を患っているとしか思えない。まあ、人間誰しもそんなものだろうが……

今思うと、確かにボクは喜入の言う多重人格者だったのかもしれない。

女子が嫌いな人格、そして女子が好きな人格――それぞれが相まって、ボクという偽物の人間がいて、けれど――女子(メス)共――によって偽物の自分は綺麗さっぱり消え、そして本物のボクになった。なるほど、だとすると本当の意味で周囲を欺いていたことになる。

だけど、今日という日をもって、全ての虚数解は――

答え合わせという『証明』によって正されたのである。

証明――方程式の証明。なるほど、そうなると。

――人間は方程式で構築されている。

かつてそんな言を聞いたことがあるが、どうやらその言論は正しいようだ。

個々に宿る方程式を解いて生きる――つまり、勉強をする。

自分に適した解を――家族も兄妹も恋人も予め決まっているのだから――

時に間違えながら、正しい答えを捜し求めて、生きるという、当たり前の行為をする。

この持論が、ボクが数十日で勉強したことだ。


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