【第六問】文化祭、何が起こるかわからない。(Part 3)
◇ ◆ ◆ ◇
ボクは廊下を疾走する。
ちょうど体育館でのステージ発表が終わり、大量の見知らぬ生徒で混雑しているが、それに一々構わず、人ごみを幾度も掻き分け掻き分け、筑波さんを探す為に、全力で走る。
格好いいようにとは言えないけれど、『廊下を走るな!』なんていう標識も無視して、ひたすら走る――誤解状態の筑波さんを見つける為に。
と、そんな時だった――――
ばんっ! と、思いっきり誰かの肉体的な柔らかい部分に衝突した。
「……ぁっ!」「きゃぃぁっ!」
その場で勢いよく後ろに転倒したのはボクとその相手だけで、幸いここはまだ人口密度が低かったので、そのままドミノ事故になるということはなかったが――しかし、
「…………」
「…………」
その相手というのがまずかった。非常にまずかった。気まずかった。気まずさを通り越して、最早『無』の状態にさえなった。
化粧でもしているかのように綺麗で美しい顔立ち、誰をも魅了するような凛々しい長い銀髪の女子、そして例の女の横にはボーイフレンドと思わしき男子。
しかし、かけ合う言葉も、謝罪の言葉も、ここでは一切交わされなかった。
いや、ボクたちは相互に、かけようともしなかった。
なぜなら、その被害者というのが世界で一番、世界で二度と、世界で一生会いたくもない人物だったからである。
安城蓮。
「…………」
「…………」
異常な沈黙が続く――しかしそんな中、
「お、おい。大丈夫か、蓮」
そんな心配の言葉をかける彼――『彼氏』が現れた。
串本斗。
「…………」
「…………」
「…………」
彼はしかし、ボクに心配の声すらかけてくれはしなかった――否、当然と言うべきか。
そして、「う、うん。大丈夫だから。ごめんね、ダーリン」と、言って、彼氏はその後転倒してしまった彼女を起き上がらせる。
「さ、さあ行きましょっ、学年で一番美しい私のダーリン」
「ああ、そうだな、この世で一番可愛い俺のハニー」
ボクは誰の手も借りずに自力で起立し、ズボンに付着した埃をぱっぱと払う。
そんなやり取りに、カップル然としたコミュニケーションに、しかしボクは、
ボクは何も思わない。ボクは何も思いたくない。ボクは何も思うことはできない。
死ねとも、思わない。
「いてててっ……」
勢いよく固い床に後ろから転んだので、尻が痛い――が、それ以上に痛かったのは心だった。肉体的な痛みよりも、精神的な痛みの方が、数千倍勝っている。喜入のいじめよりも痛かった。はあ、全く、学祭は本当に何が起こるか分からない……
その後、無心でボクは走り続けた。色々な場所を捜し求め、一時間が経とうとした時、
「あ、あれ? 剣山さん? どうしてあなたがこちらにおいでなのですか?」
とある女子に出会った。
「れ、礼井野!」
礼井野とは先日色々あった仲だけれど、しかし今はそんなのは考慮していられない!
まあ、いずれは例の妹問題の大きな伏線を回収しなければならない日が来るのだろうが。
「あ、あの、どうしたのですか、こんな所で。ここから先は男子立ち入り禁止区域ですよ? この高校に所属している沢山の可愛い女子が可愛い和装に着替えているのですから」
「それは今さっき十分見たからいらない! それより――」
ボクは礼井野に思い切って本題に入ろうと啖呵を切った。
「なるほどですわっ。実輝っちをお探しなのですね。先程こちらにいらしていたはずなので、もしかしたら今頃女らしい服装に着替えているのでは?」
「そ、そうなのか? まあでもさっき会った時は普通に制服だった気がするし」
さっきというのは言うまでもなく、例の教室でばったり危ないシーンを目撃された時のことである(流石にその事実を礼井野に伝えるわけにはいかないが)。
「何なのですか、剣山さん。ま、まさか、この部屋を覗く為に私を利用しようと!?」
礼井野は汚物を見るかのような眼光をボクに向けて嫌々しく言う。
「そんな考えじゃないし! だから、ボクはさっき十分に可愛い女の子の浴衣姿を見たから、もう見なくてもいいんだよ――って、そうでもなくって!?」
「まさか、もう既にこの部屋に入ったというのですか? 既に犯行に及んでいたというのですか? 大変ですわっ! 今から警察をお呼び致しますので、少々お待ち下さいませ」
「ボクがそんな犯罪を犯す訳がないだろ!」
そういう自分は、人生でたった一度だけ、覗くよりも重大な罪を犯しているから、実を言うと説得性には大分欠けてしまうのだけれど、しかしボクの殺人事件に関してはこの礼井野は知らないからな。
現実に、厳密に言えば、確かにこの礼井野はボクの妹なのだろうが、でもその証拠がない限り――的確な、明確な、正確な現実情報がない限り、あの事件を語る気にはならない(筑波さんは例外対象だ)。
まあ、いずれは開示しなければならない時が来てしまうかもだが……
って、今はそんなこと考えている場合じゃないんだ!
「それで、もしも着替えてるんなら、あとどれくらいで終わるんだ?」
「人にもよりますが、あの子は着付けをあまり知らないようですし」
「え? というかそういうお前はまだ着替えないのか? もしかして、お前も着方が分かんないからこうやって外で誰かを捕まえようと?」
「勝手に推理しないで下さい! いくらなんでもそれは傷付きますわよ? そうですわね、それでは誰もいない教室に今から行って性的に乱暴してあげましょうか? 一緒にえっちなことをして、実輝っちが来るまで隙を潰しましょうか?」
「変なこと言うなよ! ほらほら周りにも沢山人がいるのに、注目されてるだろうが!」
周囲からの視線が異常に痛い。大体、ボクは女子が嫌いなのに、何でそんなラブコメでよくある痛々しい視線を送るんだよ! ふざけるんじゃない! ボクの気持ちも知らないくせに! 今すぐ他の男子と立場を変わってあげたいくらいだ!
と、そんな矢先のことだった――――
「つ、つつ、つつつつつつつ剣山君っっっっっ!?」
驚愕これ極まりといった風で、隣の教室から出てきた筑波さんが声を上げた。
「やっと見つけた! って――――」
しかし、当の彼女、筑波さんはというと…………
「じょ、上半身がっ!」「――あ、きぃぁっ!」「ちょ、ちょっと!?」
ボクたち三人は同時に、それぞれ意味の異なる悲鳴を上げた。
「浴衣の帯がぁっっっっっ!?」
筑波さんの上半身が文字通り赤裸々になっていたのだった。
やはり、他人に自分の綺麗な素肌を晒したくなかったのか、それとも自分の胸部の起伏が他の女子よりも小さいのを気にかけたからなのか、まあとにかく筑波さんは逸早く両腕で胸をぎゅっと抱いた。
「ぼ、ボクは、その――――見てないからっ! 絶対にっ!」
とは言うものの、でも実際は生のそれを目視してしまったのは事実だった。だからと言って、別に赤面したり、照れたりしてはいないが、風紀というか常識を考慮して、ボクはそう言いながら目を逸らしておく。
「い、いいや、私は大丈夫だからっ! そ、その、剣山君だったら大丈夫だから――って、今私何て!? あれ……? あ、あの、その……、何でもないからぁぁぁぁぁ!」
「実輝っち、何もそこまで否定することはないのでは? 確か、このクズ童貞野郎の代表中の代表である剣山貴仁は『女子なんか嫌いだ』とか思っていらっしゃるはずですわよ? この男は何せ異性に見える者に強く嫌悪感を示しているのですから、ね」
「し、知ってるけど、剣山君が女子のことを嫌いだっていうのは知ってるけど!」
筑波さんは小さく言う。
「もういいわよ、こっち向いてくださいませ、剣山さん」
「あ、ああ、うん。何かごめんなさい、筑波さん……。ちょっとだけ、見ちゃった」
一先ずボクは謝罪した――さっきあいつと衝突した時とは違って、ちゃんと謝った。
「べ、別に大丈夫だよ? こっちこそ、ごめん。ちゃんと帯を締めたつもりだったんだけど。全然緩かったみたい。やっぱり小さいからすぐ解けちゃうのかな? なんちゃって」
何故か筑波さんは実にあっさりとした表情で返事をしてくれた。
普通であれば、もっと複雑というか、憤りを含んだ感じで良いと、ボクは思う。そこが彼女なりの人間的優しさ(?)みたいなものだと思えば、そこまで不快感を覚えることはあまりないのだけれどな。
「というか、実輝っちもそんなことしてないで、さっさと締め直しちゃいましょうよ? こんなところでこんな可愛い女子が二次元ラブコメみたいなことしてたら、腐った男子共がハエのように寄ってたかって来ますわよ?」
いつもは悟られる側の礼井野が大親友の筑波さんに優しく注意を促した。
「あ、ああ、うん! そ、そうだねっ! じゃあ今すぐ結んでよ、伊代」
「分かりましたですわ! 二度と緩まないようにきつく締め上げますわね? それに、胸が少しでも大きく見えるように――」
「!? ちょ、ちょっと! 男の子の面前で何てこと言うの!」
「良いではありませんですか? これからおめかしをするのですから」
その後、例の女子二人は教室に入り、そしてお直しをするのだった。
◇ ◆ ◆ ◇
礼井野と筑波さんの着替えが完全に完了して、そしてその後のこと、
「剣山貴仁さん! 準備できましたですわよ! じゃじゃ~~んっ!」
そんなリズミカルな口調で礼井野が教室から登場した。
色彩豊かな浴衣姿、且つ元々おっぱいが大きかった為か、帯を締めることによってより一層巨大に見えた胸――それらによって、JKとしてはかなり色気の濃い変身だった。
それに加え、上裸事件の発端者――筑波さんはさっきよりも帯をきつく締めたが故に、「こ、これ、苦しいよぉ」と苦言を漏らし、さらに文字通り苦しそうな顔をしている。
しかしながら、ボク自身はというと、そのまま制服のままである。まあ、先程の空き教室で、喜入と同時に着替えを済ませておこうと考えていたのだけれど、
「そ、それで本題なんだけど――筑波さん、さっきはどうしてボクの所に来たの」
そう、喜入と共に下劣な会話を交わしている途中のこと、彼女はボクを尋ねてきたのだ。
だから、ボクはその理由をどうしても聞きたかったし、それに誤解を解きたかったのだ。
「ああ、さっきのこと? そ、それは……」
後ろめたさを感じさせるような表情でもって、筑波さんは若干俯いた。
「何でもないならボクから一つ、いいかな?」
「ど、どうしたの? つ、剣山君……」
「あの、あれは違うんだ! 喜入がボクのことを了承なく勝手に空き教室に連れただけなんだ! だから、本当にえっちなことしてないから!」
筑波さんは依然として下を向いた状態だったが、しかしボクはこのまま言い訳というなの弁解を全力で継続する。
「あいつとボクの関係、知ってるでしょ? 昔は同じ部活動で、それで例の事件にも濃密に絡んでいて……、だからあいつだけは違うんだ! 友達以上でも恋人未満でもない、ちょっと特殊な関係で、それに勉強面に関してはあいつとボクは相互にライバル関係だ! だから信じて! お願いします!」
ボクは力の限り、全力で深々と礼をする。
「ふふふふ」
何故か知らぬが、筑波さんは笑っていた――これが嘲笑なのか、それとも本当に面白かっただけなのか……? しかし分からなかった。
一方、筑波さんと共におめかしを終わらせていた礼井野はというと、顔を青ざめており、本気でボクのことを引いているみたいだった。
「どうしたの、剣山君。別にそんなのは気にしてないよ? 大丈夫、私はあの時ちょっとだけ勘違いをしていただけなの。剣山君って確か女子のことが――いいや、女子のことが嫌いだって、なのにどうして喜入さんとは一緒にいるんだろう、喜入さんと戯れてるんだろう、って思っただけなの」
「? それって、どういうことなの?」
「でも逃げいてる途中で思い出したの――剣山君にとって喜入さんは特別な人だって」
「…………」
特別な人――?
その言葉を耳にして、ボクは身体を動かせなくなった――身体が固まってしまった。
今更気付いたことではあるが、実際問題、喜入は確かにボクにとっては特別である。
内面上・外面上問わず、喜入宵のことを何処か特別扱いしていた気がする――それが『女子』であるのにも関わらず、身内でないのにも関わらず――しかし、それは自殺に絡んでいるからで――――いや、これは違うかもしれない。
よくよく考えると、喜入がどうしてあの日あの時、死にかけのボクを病室で見守っていたのか、大体理由が分かってきたような気がした。本当に今更だけれど……
どうしてそんな積極的な『女子』を、ボクは受け入れているのか…………?
どうして彼女、喜入宵がここまで、ボクという人間に――ボクという『問題』に絡もうと、絡み合おうとするのか……?
甚だ疑問である。
「どうしたの、剣山君……?」
「剣山貴仁さん? 聞いていますか?」
「…………」
無視をしている訳じゃない。ただ単に、ボクは衝撃的な回答に辿り着いたが故に、他からの干渉が今現在無効になっているというだけだ。
時間経過、十分後――
漸く我を取り戻したボクは、彼女たちの呼び声に答えることができた。
「お、おう、ごめん……、ちょっと、いや、かなり考え事を――」
「いくらなんでも長すぎますですわよ? もしかして私たちの着衣の下を想像し照らしたのですか? 肌色が美しくて、アニメのように若干ピンク色に染まっている谷間が、あなたの脳内に見えたのですか? いやらしいですわっ!」
かなり憤りを感じているのか、礼井野はぷんぷん怒った口調で言う。
「それはないから安心して、二人とも。本当にちょっとだけ気付いたこと――いや、色々思い出したことがあって……。まあ、じゃあそろそろ本題に入るか――それでボクに何か用があったんでしょ? 筑波さん」
「あ、あのね。ごめん、それ、なしにしてくれるかな? やっぱり何でもなかったの」
「いや、それは嘘だ」
ボクは筑波さんの虚言を勝手に――否、直感的に断言した。
「本当は何かあったんでしょ? だったら言ってよ、居心地悪いし」
「……わ、分かった。でもね、これは、話したかったことっていうか……、その……」
筑波さんは口ごもって何も言わなかった――いや、言えなかったと表現するのがきっと正しいのだろう。何処か息苦しそうな雰囲気があったから、そう推測できた。
最もそれは、きつく締められた帯の所為だけではなさそうだったからで――
すると、礼井野はそんな大親友をちらっと一瞥するや否や、
「で、では私はこれで! さ、さようならでございますわっ!」
罰が悪くなったような面持ちをして、そのまま三時の方向へと走り去ってしまった。
「え! ちょっと待ってよぉぉぉぉぉ、伊代! はぁあ……」
「あ、あのさ、本当に早く言ってくれない? もうこっちも着替えの時間だし、焦燥感を煽るのは自分でも不謹慎だって分かってるけど、こっちもこっちで都合があるから」
「ああ、ごめんなさい――」
大体、ボクは女子と長時間いるのは極めて苦手だ――あの件を思い出してならないから。
しかし、
「あの、今日一緒に、夜の行灯行列――――回らない?」
と、筑波さんは淀みなく聞いてきたのだ。
それは実に穏やかで、予想だにしていなかった展開で、ラブコメ漫画の世界に来てしまったような感覚を、ボクは覚えずにはいられなかった。
「え? ごめん、冗談、だよね? 大体、ボクっていう人間は女子が――」
「冗談じゃないよ――嘘じゃないよ、本当。それに、剣山君以外誰もいないから」
ということで、ボクは筑波実輝さんと行動を共にすることになった。
特別断る理由もなかったし、正直筑波さんの対応に気圧されてしまったという感も、実のことろは否めなかった。まあ、女子嫌いを口実にその場を回避することはできたのかもしれなかったのだけれど、しかし啖呵を切って言う程の度胸は持ち合わせていなかった。
「…………」
「…………」
そして夕方、午後6時50分現在。
高校周辺の住宅街は夕日によって照り輝き始め、和装に身を包んだ生徒で周囲は埋め尽くされている今。そして、ボクの右隣にいる女子も紫色の花柄の浴衣を身に着けている。
「に、似合ってる、かな……?」
「あ、うん、似合ってると思うよ、多分……」
筑波さんの訝しげな問に、ボクは平淡に答える。
「それにしても、他の女子は皆可愛いなあ、羨ましいよ……」
「そ、そうなのかな――って、いや、筑波さんも十分可愛いと思う、けど……?」
「え、ええ!? そ、そんなこと、な、ないよっ! 絶対、ぜーったいないからぁっ!」
顔を真っ赤に染めて全否定の意を見せている筑波さん。
「何、もしかしてお世辞、なの? 別に無理なんかしなくても――」
「いや、本当に、ちょっと可愛いと思う、けど?」
社交辞令よろしく、ボクは彼女に答える。
全く、どうしてこんなことになったんだろうか……?
どうしてボクなんかが女子と一緒に行動を共にしているんだろうか……?
ボクと筑波さんには――互いにかけ合う言葉もなく、互いに話そうともせず、互いに顔を合わせようともせず、互いに沈黙という最強技を行使し続けている。
言うまでもなく、ボクは女といることによって、実際問題、精神的に不安定となっている。だからこそ、喜入と一緒に雑談をする時のように会釈できないというのも原因の一つかもしれなかった。他に理由があるとすれば、元々性格的に普段からコミュ障(?)みたいな――女子らしくない女子と、あまり談笑したことがないことに関係しているだろう。
それにしても……
「…………」
「…………」
筑波さんはボクを誘った身分であるのにも関わらず、何も言葉を発そうとしない。依然として黙っている――何かを黙秘しているかのように、本当に黙っている。まさか緊張している訳ではなかろうが、一応そういう線もなさそうではなかった。それに加えて、静かで、消極的な行動しかできないから、そのように硬直しているという憶測もできそうだ。
でも、それにしても……!
少しは何か喋ってほしい!
「あのさ、礼井野って何処に行ったの? そもそもあいつと歩けばよかったんじゃ?」
ここは男という身分である自分がエスコートすべきだと思い、話しかけた。
そもそも自分を『男』と称すには少々型外れのような気がするけれど、まあ外見上にしても生物学上にしても、ボクという一人の人間が『男』であるというのは、既に定められたことであり、どうしようもない事実で、どうしようもない問題……
「やっぱり実の妹さんだから、気になってるの?」
聊か突拍子もないような返答を、筑波さんは澄まし顔でした。
「――ま、まあそうと言えばそうかもしれないな、多分。あいつが本当に自分の妹ならばの話だけれどね。それでも、だからと言って気になってる訳じゃないよ」
「? どういうことなの?」
「いや、普通に筑波さんの親友であるところの礼井野が、どうして大切な人を置いて、他の人と一緒に歩いちゃうんだろうって、そう思って」
「何、それくらいのこと、気にしてないよ? 彼女も彼女で色々あるから、ね」
「色々、ね……」
またの急展開により、ボクは再び言葉に行き詰る。
「でも、ありがとう。私のこと、気にかけてくれて。嬉しかった、よ?」
と、言いながら、筑波さんは今度は突然ボクの前方に回り込み、首を傾げて微笑んだ。
こうして見ると、やはり女子に見える――見えてしまう――視認できてしまう。
どうしたのだろう……、本当に積極的すぎて、逆に怖いんですけど……
やっぱり、身体全体に抗体ができているのだろうか、ボクは自然とそう思わざるを得なかった――それこそあの件を介して生まれた、アレルギー反応のようである。いや、アレルギー反応ではなく、より一層強いアナフィラキシーショックのようでもある。
ボクは彼女の能動的とも言える行動に、一瞬たじろいで、
「べ、別に、これくらいのことは……、大したことないよ」
と、言葉を選ぶように返してあげた――いや、よく考えると正しくは選べてないな。
◇ ◆ ◆ ◇
そうこうしている内に、漸く行灯行列が開始した。毎年この学校では各クラス1基のオリジナル行灯を作成して、それを皆で持ち歩いて、地元の田舎町を練り歩くのが伝統となっている。
ちょうど周囲が暗くなり始めているので、色んなクラスの行灯が綺麗に光っているように見えるし、勿論ボクたちの行灯『ねぷた』も同様に異彩を放っている。
ちなみに、今現在のボクと筑波さんはというと、実のところ自分のクラスの行灯を担いではいない――理由は他の男子共が率先して持ち手を奪い合ってしまった為にボクはそれを獲得することができず、結局は予定通りに筑波さんと歩く羽目になった。
歩く羽目になった――そう、そういう事態に陥ってしまった。
どうにか成り行きで筑波さんの横から離れようと試みてはいたのだ。
でも、もうしょうがない。
「そ、それにしても、綺麗だね、私たちの行灯」
「うん、そうだな。以外に出来栄えがいいし、ボクたちの教室展示よりも全然クオリティが高いと思うし、それに何より、他の人たちも楽しんでいるようだし」
「う、うん、そうだね。私も、楽しい――それに、嬉しい」
隣でにっこり微笑んで言う筑波さん。
じゃあボクは楽しいのかどうかと言うと――まあ、ちょっとだけ楽しい。
決して口に出そうとも思わないが。
「で、でも、何でボクなんか選んだの? 他にもいっぱい男いるのに。それに、嬉しくなんかないでしょ、普通。特にボクといれば少なくとも不幸になると思うよ?」
カタッ、という下駄が鳴り響いている中、ボクは聞く。
「不幸になるって……、大丈夫だよ。私は別に不幸だなんて思ってないよ。むしろ幸せ者だと思ってるくらいだよ。前だって一緒に――二人きりのシーン、あったじゃない?」
「……あ、ああ、うん。あった、ね……」
極力その話題には触れないでほしかったというのがボクの本音である。
なぜならば、その出来事はボクにとって黒歴史でさえあるのだから――
あの安城蓮を思い出してしまったこと。自分の自殺を顧みてしまったこと。母親にどうして嫌われているのかを解説してしまったこと。今挙げた三つの案件全てが、どうしようもなくどうしようもなく、どうしようもないくらいに、暗黒すぎる過去的現実だった。
故に、あまり語りたくはなかった――復習したくなかった。
「どうしたの、剣山君。急に顔色が悪くなったけど……、休む?」
「いや、大丈夫だから、気にしないで。ちょっとだけ思い出しただけだから」
「思い出す、ね」
彼女は言って、途中で躊躇うように言葉を止めた。
「思い出すがどうかしたの?」
「あのね、あの時の話――二人きりで文化祭の準備をしつつ話した出来事について――やっぱり人生においてそういう復習するのって大事だよね~って話をしたかっただけ」
「――?」
何を言ってるのだろう? 何を言っているのだろう?
筑波さんの発言が珍しいことに、全く理解できなかった。
「人生を顧みる――省みるって、何だか復習という行為に似通っていると、私は思うんだよね、ちょっと倫理じみているけど」
「はい? それで?」
ボクは疑問形で筑波さんに話の続きを促した。
「復習っていう文字から連想される言葉――それって多分勉強だと、私は思うの。まあ、これは単なる持論だから、聞き流してくれちゃってもいいし、無理に肯定しなくてもいいけど――それで、復習っていうことをするのは主に勉強を生業にしている人ばかりじゃない?」
「――そう、なのかな?」
実際、思慮分別がつかなかった――というか、あまり肯定できそうになかった。
大人でも復習くらいはするだろう、きっと――復讐もするだろう、きっと。
そう思ったからだ――――それは多分、父親の自殺を見てるボクだから思うことかもしれないけど……
父は、昔、自分という人を殺して、そのまま帰らぬ人となった。その理由を後々知ることになったのだけれど……、結果的に述べると、どうやら父親自身が数年前に家庭で何らかの罪を犯してしまい、それで憎き自分を殺す為に――正しく復讐する為に、死んだ。
今更深くは話そうとも思わないし、それにボクはその一件を幼い時に知ったので、あまり理解できていなかった――勉強できていなかったので、詳らかに語ることはできない。
それを悔いる――父親が死んだことを悔いることも、できやしない。
「だから、私が結局言いたいのは、剣山君から聞いた特別な人生譚、極端な恋愛譚、あり得ない自殺譚、後日談。そういうのが、勉強になったってことなの――――ごめんね、分かりづらくて。本当に現代文というか倫理を勉強してるみたいになっちゃって」
「あ、ああ、なるほどなるほど……」
とりあえず、ボクは筑波さんの物言いに理解の意を示した――了解はしていないが。
まあ、人をまとめたり仕事をしたりするのは上手いが、口下手な女子なりの言動というだから許容できるけれど、一応は何となく理解できた。
つまり、換言すると、勉強を本分とする学生にとって、今までの人生を振り返ったり、または他人の人生の道を耳にするということは、すなわち勉強になるということ――ということなのだろう(本当に現代文によくある『50字以内』解答になってしまった)。
それが復習であると、それが勉強であると、そんなことを筑波さんは大人びた気分で、教えたかった――下手なりにも自分の考えを相手に提示することができたのだろう。
「ねえ、これが終わった後、ちょっとだけ……、ちょっとだけ時間ある、かな?」
「……え? っと、あれ? ぁっ」
なんだか急に目眩が…………
ばたん。




