【第一問】女子共はキモくてウザくて仕方ない。(Part 1)
【第一問】女子共はキモくてウザくて仕方ない。
某年、6月24日金曜日のこと。
ボク――剣山貴仁、16歳。いたって普通の男子高校生――ではなく、残念なことに(?)女子という生物を異常に忌み嫌う、そんな精神的に狂った人間だ。平均的な男子と言えば異性に対して強い意識を覚えたり、おっぱいばかりを注視したり、可愛い体躯に著しく萌えたり、etc……色欲の感情を抱くが、しかしボクにそのような類の感情は一切ない。大体、どうして人間に雌雄が存在するのだろうか。どうしてそんな不平等な三次元世界を生きていなければならないのだろうか。近年の小説やライトノベル、創作漫画といった聊かファンタジックで、現実ではあり得ないような二次元ばかりの世界だったら――……
「ねぇえ、何で私のことじ~っと見てくれちゃってるの、お兄ちゃん?」
と、偶然目の前にいたボクの妹が聞いてきた。
「別に見てなんかねーよ、自意識過剰すぎだろ」
妹――剣山恩、15歳、中学三年生の可愛い乙女。ストレートで明るい長髪、透き通る程綺麗な色白肌、そしてボクの命の恩人と呼ぶべき人物――それがボクの妹である。
「そうかな? ガン見だったけど? ガン見されてたんだけど?」
まあ確かに、己のキャラ設定を心中で語り始めていた時点で、ボクの視線は妹のいる方向を向いていたという事実は間違いではないのだが、でもそれは本当に偶然なのだ。
何処ぞやのラノベ主人公のように、恋愛的視線を向けていた訳ではない。
「嘘だ! 私のこの美しいボディに見蕩れて、早朝から欲情してるんだよね?」
「見蕩れてねーよ! というか、お前は朝っぱら何て酷いことを実の兄に対して言ってんだよ……。自分の妹の肉体を見て興奮する兄なんか、現実世界に存在するわけがないだろうが。アニメや漫画の二次元世界だけだろうが」
決してここは二次元世界ではなく、れっきとした三次元世界だ。人間という実体が、実数が、生きる世界なのだ――それくらいのことは、ボクだって分かってはいるし、弁えている。そして、諦めている。
「え~、毎日お兄ちゃんは実の妹の裸、もといヌードを見て興奮してるのに?」
「おいおい変な言いがかりは止めろ。そんなことするのは二次元主人公だけだ」
妹はボクの顔に泥を塗りまくるつもりなのだろうか? ……はぁ全く、朝から本当に仕方のない妹だ――可愛いから許すけど。
一応伝えておくと、ボクの妹はボクとは違ってちゃんと性別に相応しい生き方をしている。要するに、精神は正常で、しかしながら思春期ぶりは異常だ、ということである。
別段、それが羨ましいとか、美しいとか、一切ボクは思わない……
「じゃほらほらっ! この美しく且つ麗しきC及びDカップ様を崇めなさいっ!」
特別サービスで見せてあげてもいいんだよ? ――と、形振り構わず笑顔で言って、若干色気ある自分の胸を前方に出した。そんな妹は今、登校準備ということでYシャツ姿だったので、なるほど、Dカップくらいに見えた。
「嬉しくないの? 滅多にお目にかからない貴重物だよ? ダイヤモンドなんだよ?」
「ダイヤモンドって、それって胸が固いって意味じゃねーか。それじゃ自分のおっぱいがまな板ですよーって言ってるもんじゃねーか。そんなもんいらない……いや柔らかくてもいらないけど」
普通の男子ならば、こんな可愛い妹に惚れかけるだろうが、でもボクはそうではない。
それに、ボクは妹を異性として見たことはないし(見たら大変だ)、それにたとえ異性の胸が大きかったとしても、いい匂いがしていても、決して萌えない。
再び言うが、女子を忌み嫌う存在、これぞまさに剣山貴仁そのものなのだ――
このキャラ設定だけは誰にも譲れないし、誇示し、固持しなければならない。
「そんなシスコンお兄ちゃんに今日も私の生々しく且つ綺麗なおっぱいを――」
「止めろ! いいからそのYシャツを脱ごうとするな! 本当に朝からなんて惨たらしいことしてんだよ、お前って奴は……。お前は本物のガチ変態妹だ!」
「ええ、何でだよぉ? 町一番の美少女の胸だよ?」
「これの何処が美少女だよ!? お前はただの変態だ!」
常軌を逸した生粋の変態野郎もいいところだ。
ボクはそう思いつつ、やれやれ、と呆然とした表情を浮かべていると、
「じゃあさ、今日の朝ごはんは美味しかった?」
と、妹は突然まともな――否、平和すぎる平話を振ってきた。
「ああ勿論。いつも通り、質素だけどとても美味しかったよ」
ちなみに、恩は毎日規則正しくぴったり午前6時に起きて、朝食を作っている。つまり俗に言うところの朝食担当で、栄養のちゃんと整った食事ばかりで味も満点。
ボクはいつも幸せに頂いているのだ。今日の朝飯は卵かけご飯と味噌汁、シーザーサラダ、その他お惣菜……、至極平凡的だが、高級感溢れる味わいで非常に美味しかった。
「じゃあお兄ちゃん、私の作るご飯が美味しい理由知ってる?」
「いや、知らない。なんか特別な調味料とか隠し味的なものでも入れてるのか?」
「実はねお兄ちゃん、あれは――」
恩は若干の笑みを含んで言う――腹に一物あるかの如き眼目でもって。
「私の涎が入ってるんだよ!」
「…………嘘だろっ!?」
ボクはてっきり代々伝わる秘伝の調理方法みたいなのを教えてくれるとばかり思っていたのだが、しかしその予測は見事なまでに玉砕されてしまった。
実の妹のえろい唾液が隠し味だったとは、予想外中の予想外だ!
「ちなみに毎朝5ミリグラム弱ね! あ、もしや唾液を入れるシーンを回想しちゃった?」
「汚すぎて回想すらできねーよ! どんな特殊性癖野郎だよ、それ!」
「朝って寝起きの所為か、やっぱり唾液の分泌量が少ないから、それくらいしか入れられないの。本当はもっと入れたいんだけど、期待に添えずごめんね、お兄ちゃん」
「何か赤裸々すぎるし生々しすぎるエロすぎるんだけど!?」
おいおい、さっきは妹の料理に賞賛の声ばかりあげていたのに、前言撤回だ!
「いやいや冗談だって。涎という隠し味じゃなくって、それは私の腕がいいからに決まってるでしょ? けど実際調理の時に味見してるから、少しくらいは私の『ねっとり』としたいやらしい濃密唾液が混入してるかもね。良かったねお兄ちゃん」
「良くねーよ! それに『ねっとり』とか具体的な擬音語を使うな!」
性的表現(?)が段々異常と化していく妹に、厳し目に忠告した。
「ついでにご飯には直截かけてるから、『卵かけご飯』じゃなくて『涎かけご飯』だよ! TKGならぬYKGを早朝から味わってるだなんて、どんな豪邸に住んでいるのかな?」
「ふざけんな! ボクはそんなYKGなんて美味しく召し上がってない。それに、豪邸という佇まいに住んでるからって、必ずしも豪華な料理を朝食から召し上がっているはずもないだろうに……」
いや、実際はどうなのか知らないが、適当な理論を言わないと、歯が立たないのでそう言った。
実際、剣山恩というボクの妹は、何でもできてしまう、二次元で登場しそうな万能な妹――家事に、勉強に、歌に、スポーツにその他諸々。加えて、口も八丁手も八丁な女の子で、自分で言うのもアレだが身体も結構発育のよい、バリバリ思春期の女だ。
そう、そんなおかし過ぎる妹で、けれどたった一人の大切な妹で――欠け変えのない、唯一無二の妹――それがボクの妹であり、ボクは唯一無二の兄として自覚を持って、この愛くるしい妹を、手塩にかけて育ててあげたいのだ。
色々と救ってもらったお礼として、恩返しとして――――
「お兄ちゃん、何でそんなににやけてるの? 妹の処女強奪計画でも目論んでるの?」
「そんな策は練らねーよ。ただ、ちょっと……、その……」
「ただ、ちょっと……、その……? 何々?」
「やっぱ何でもない。もう忘れてくれ――」
まさか、妹を一生かけて育てたい――とか、そんなのは口頭じゃ伝えられない。恥ずかしすぎる……というか、こういう言は普通なら両親が口にする言葉だろう。
…………両親、ねぇ――――
「…………」
「ほら、もう7時40分だよ? そろそろ学校行かないと遅刻しちゃうよ? 欲情してないでさっさと準備したらどう」
「いや、まだ遅刻する時間じゃないし、あと欲情してない」
どれ程下世話ネタを続けるつもりなんだよ、お前は……
「あ、そうか、朝から美女の身体を見て、つい見入っちゃってアレが勃っ――」
「もうそれ以上言うなぁぁぁぁぁ!」
「いいんだよ? 別に隠さなくても。だって今日も親いないし、二人きりだから」
「って、そういう問題じゃねーよ! 大体、その含みのある発言を止めろ!」
にやにや顔の妹はさらにボクを弄ぶようだった。
まあ、両親という存在が今日もいないというのは確かな事実ではあるけど。
というか、両親に対する良心は、ボクの元には――一生帰ってこないけど。
「それに、ここは若手の発情男性が主として見る世界なんだしさ、ちょっとくらいはえっちぃ要素も入れといた方がいいんじゃない? いっぱい男が釣れるよ!」
「お前はこの世界が小説や漫画の世界だと言うのか? ふざけるな、馬鹿馬鹿しい」
どんな思考回路だよ、それ。ボクみたいな『思春期未到来ならぬ不到来』の若人も少なからず存在してるんだぞ? 少しは他人の気持ちや世間体を考慮してみては?
「ああもうほらっ! よく見なさい、私の端整で端正で淡彩な色気具合をっ!」
すると、自棄になった妹はYシャツを完全にばさっと脱いでしまった。
「…………っ!?」
とうとう脱ぎやがった! 上裸展開早すぎるだろ! それにえろいポーズとるなよ!
「どう、私の可愛いらしい膨らんだ双子の赤ちゃんは」
「お前の胸は双子の赤ちゃんじゃなくて、双子の赤字だよ!」
上裸と表現したが、実際のところ完璧な上半身裸という訳ではなく、しっかりと胸部には可憐な水色ブラジャーがあった(流石にそこは露出できないらしい)。
「てか、早く服着ろ。もう見てられないし、風邪引くぞ?」
長年、妹と同じ一つ屋根の下にいるボクは、普段から妹のブラジャー姿を頻りに見ているので、このような光景には慣れている。だから、さっき『…………っ!?』は喜び勇んでのものではなく、単に意外な展開に驚いただけだ(そこは勘違いしないで頂きたい)。
「あれあれ? やっぱり興奮してるじゃん。言ってくれたらいつでも何処でも見せちゃうよ? 照れ隠しなんかしてないでさぁ」
眼前の変態乙女は右手で口元を隠し、嫌な顔でボクのことをとことん嘲笑ってくる。
「照れを隠す要素が何処にあると言うんだ? というかお前もこんなことをしてないで、さっさと学校に行けよ。それこそお前が遅刻するんじゃねーのか?」
「全然大丈夫」
「ああそうかよ、ボクはもう先に家出るから」
「えっ!? 勃ってるのに!?」
「勃ってねぇぇぇぇぇっ!」
全く全く全く全く全く……
朝から無駄に気を遣わせる妹に、困憊する……
完璧に常識外れな妹――ではあるのだけれど、でも世界で最も大切にしなければならない存在であることには、絶対的に揺るぎない。
それに、ボクの家族など、剣山恩しかいないも同然なのだし――
「――――…………」
「お兄ちゃん、学校に行かないの? ドアの前まで立っておいて。あ、やっぱり勃ってたの? じゃあさっき見栄張ってたの?」
「それは違う。というかそう急かすなよ。どれだけお兄ちゃんのこと嫌いなんだよ」
「勝手に物を言わないでよ。私はちゃ~んとお兄ちゃんのこと大好きだっていうのに、ああもう知らない! ぷいっ! 死んで頂戴!」
「お前が一緒に死んでくれるんだったら死んでもいいよ」
「私はまだ死にたくない。それに死ぬのは卒業してからがいい」
「何を卒業するんだよ!?」
「あれ? あれあれ? 学校を卒業するっていう話だよ? もしかしていやらしい意味での卒業と勘違いしちゃったのかな~? きゃはっ!」
「…………っ!? 嵌められた!?」
「やっぱりそうだったんだー」
「もうこの話は終わりだ! さっさと水に流してくれ!」
「そもそも過去は水に溶けないんだよ? ポケットティッシュじゃないんだから」
……言われてみれば、そうかもしれない。否、そうかもではなく、そうだ。
過去は決して水に流せないし、現在も未来も、全て水に流すことなんてできない。
そのことをすっかり忘れていた。あの日ちゃんと勉強したはずなのに……
「……………………」
「急に黙り込まないでくれる? 話し相手が突然死ぬとこっちも喋りかける人がいなくなるから困るんだけど。物語が進まなくなるよ? 勉強できなくなるよ?」
「あ、ああ……、心配してくれて、ありがとう、妹」
「何、気持ち悪いからさっさと学校行ってくれない! そんな格好つけいらないから! ああもう最悪。おぇっ、おぇっ、おぇっ……、さっき食べたものが、YKGがゲロゲロ」
妹の顔は本当に気分が悪そうに顔色を青く染まり、まるでギャグアニメの一コマのような素振りをしてくるのだった。
「あっそ、分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
それに、こんな所で一々時間を使っていては本当に遅刻してしまう。
その後、ボクは颯爽と制服の袖に腕を通し、7時45分に家を出た。勿論、何も言わずにそのまま家のドアをバンッ、と思いっきり閉めて。そして、つい最近買ったパンクしないと巷で噂の自転車に乗り、ボクの通う『公立連立高等学校』へとペダルをひたすら漕いだ。
いつもと何ら変わらない平凡でつまらない、極々平淡で普通すぎる、だけれど自分の観点だけが異常にズレまくっている、そんな可哀想なボクが、ボクらしくつまらない学校生活を虚しく送る為に――未知の道を歩む為に、今日もあの学校へ向かう。