【第五問】青春は闇がなくては語れない。(Part 1)
【第五問】青春は闇がなくては語れない。
6月30日木曜日――連立高校文化祭まで残り24時間。
いや、今は午前9時前後だから、より正確に言えば残り時間は約12時間か。
通常ならばどのクラスも教室展示がどうにか制限時間内に完成できるように躍起になるだろうが、しかしボクたち2年D組はその必要は全くと言っていい程ない。
なぜなら、2年D組の企画『お化け屋敷&風俗店』は昨日の昼をもって99%できあがったからだ。つまり、今日一日は基本的に暇ということになる――はずだったが……
「……………………」
黙々と真剣これ極まれといった風に、総仕上げに身を窶している最中だ――真っ暗闇の中にある道具(文面では道具の詳細は書けないので、読者自身の頭で想像して頂きたい。本当に官能小説ものになってしまうので……)が少しあり、やはりそれを見るとこれは文化祭の出し物としてはかなり危ない部類だと思いつつも作業している。
それも、とある女子と一緒に、女子と二人っきりで。
「……………………」
その相手も物静かに作業を遂行している――まあ、元々筑波さんの性格自体がそうなので当然と言えば当然なのかもしれないのだが。
「――あ、あのー、筑波さん」
真っ暗闇且つ無言空間の中、ボクは少し小さな声で彼女、筑波実輝さんを呼んだ。
「ひゃっ!? ど、どうしたの、つ、剣山君? 何処か間違ってる部分とか、かな?」
「え……、そこまで驚く? 何かボクがお化け扱いされてない?」
「え!? い、いや! そんなことじゃないの!」
過剰に挙動を乱している筑波さん全身で否定の意を猛アピールする。
筑波さんにとって『そんなことじゃないの』って、一体どんなことじゃないのだろう?
まあ、気にしたところで意味はない――女子共の心情を一々気にかける程、ボクの心は寛容ではない――ただし、妹だけは例外とする。
「あ、あの、取り乱してるところ申し訳ないんだけど、どうしてボクを起用したの? 別に他の人でも良かったんじゃ?」
別にボクの方から筑波さんと一緒に作業したいと、名乗り出たのでは当然ない。
筑波さんは朝のSHRで、展示部門の残り1%要素を完成させるのに、自分以外の人物を一人雇おうとしたところ、どんな風の吹き回しなのか、ボクにその役職依頼が来た。つまり、ボクは不本意ながらも――超々々々不本意ながらも、女子という生物と二人きりという、この世で最も残酷な状況下、仕事に打ち込んでいるということになる。
筑波さんの親友礼井野伊代や学年一秀才の喜入宵、美男子と常日頃話している串本斗でもなく、何故かボクを指名した彼女なのである。
だからボクは、筑波さんの判断に深い疑問を抱くのも決して無理はなかろう。
「……ご、ごご、ごめんなさい」
筑波さんは数秒後に小さな声で答えてくれた。
おどおどした謝罪の言葉に、変な緊張感が含まれていたような気がしたのだが、もしかしてボクといることによって、彼女は正体不明の恐怖を感じているのか? いや、流石にその物言いは『被害妄想強すぎ死ね雑魚』と言及されてしまうか。
では、どうしてそんな慌しい態度なのだろう? はぁ、ダメだ、考えても埒が明かないな、全く――これだから女子は面倒くさい。
「も、もしかして、め、迷惑だった、かな……?」
筑波さんは短い髪を揺らしながら、小首を傾げてボクに聞いてくる。
「い、いや、別に迷惑じゃないけど、その、本音を言うと、ボクって女が苦手というか」
「えぇっ!? そ、そうだったの!? っと……」
今度はかなり驚いた感じで目を丸くする筑波さん――表情の変化が忙しい人だ。
というか、何でそこまで驚愕されなければならないんだろう? まあ確かに、大人しい性分の筑波さんには一度もボクの心情――女子嫌いの真実――を教えたことはないが。
すると、筑波さんはボクの心の疑問に応答するようにぼそっと言う。
「だ、だって、剣山君っていつも女子といて、話してるじゃない?」
「いや、そんなことない――って、それに、自分から進んで話してる訳じゃないし」
突如突きつけられた現実というやつに、柔らかな言い方で全否定する。
と同時に、そんな感想を抱いている第三者が存在することにちょっと驚いた。
そんな目で見られていたのかよ、ボク。哀しい限りだ…………
「喜入宵に関しては、色々と縁がああるし、勉強面で色々と絡んでくるから。礼井野伊代に関しては、喜入宵に同調してボクをいじめてくるし、そして重要な一件もあるし」
つまりは俗に言う『女子といる』『女子と話す』とは微妙に、しかし明確に異なっているということだ――端的に表現すれば『女子という異性といる』『女子という異性と話す』ではなく、『女子という人間といる』『女子という人間と話す』ということになる。
それに、ボクにとってラブコメ展開は起こりえないのだ。決してあってはならない――特にボクにはあってはならない。そういうことを、ボクは既に、勉強している。
「ていうか、他の人たちって何処に行ったの? まだ10時前なのに」
周囲には筑波さんしかいないというのは既に分かりきった現実、しかし他の人員(特に同じ担当に当たっている人)は今現在何をしているのだろうか……?
「串本君はさっき彼女さんと歩いてたよ」
と、突然彼女は『串本』という名を先に出した。親友の名前ではなく、男の名前を。
「あ、そういえばあいつ、一回もここの手伝いしてないんじゃなのか? いっつもいない感じがするけど」
「え? そうかな? つい最近は熱心にやってくれてたんだよ? 確か月曜日に。予定よりも大幅に完成に近づけたのは、串本君が率先して仕事をしてたからだしね」
そんなことを言う筑波さんの顔は、何処か口惜しい感じで、けれど嬉しそうな印象もあった。いや、非常に複雑な、曖昧模糊とした雰囲気も含まれていたから、それ故にそう見えてしまっただけなのかもしれないのは気の所為だろか?
「そうなんだ――月曜日はちゃんと働いてたんだ、あいつ……。まるでボクが見ていない時だけ――いや、ボクの影に潜むように、こっそりとやってるんだな……」
影に潜んで、こっそりと――彼はボクを避けるように、忌避するように、行動しているような、そんな感じが何故かした。
「月曜日って、そういえば……」
言いかけて、ボクはその話を彼女にするのを止めた――単純に躊躇した。
筑波さんは礼井野という暴力美少女の親友で、つまり後々それを知ればあの女は間違いなくボクに性的な怒りの鉄槌を食らわすだろうし……それを恐れたからだ。
それからボクたちの間には会話がなくなった。
「…………」
「…………」
几帳面な性分の筑波さんに負けないように、ボクも仕事を一心不乱にする。
それで、約10分後のこと。
「あのさ、やっぱり思ったんだけど、これって別にボクと二人でやらなくてもいいんじゃないか? ほら、礼井野とかとやればいいんじゃ?」
率直に思ったことを率直に聞く――さっきも同じ質問をしたけど。
残りの1%くらいの仕事ならば、たとえボクでなくてもできるはずなのだ。
でも、どうして筑波さんはボクを――選んだのだろう?
「え、ええっ!? え、ええっと、えと、えっと、ぇっ!?」
「え? ええ?」
何だその慌てた表情と仕草は!? そこまで焦燥感に駆られるようなことは言ってない気がするけど!? 何、ラブコメ漫画のように隠喩的意味でも感じ取ったのか? 別に恋愛絡みの発言してないけど!
すると、筑波さんはかけている眼鏡に頻りに触れ、
「……剣山君、あの、ちょっと一つだけいい……かな?」
と、忽然、筑波さんは顔を下に向けて聞いてきた。
「? 別にいいけど、何かあった? もしかして装飾部品が壊れたとか?」
「いいや、そういうのじゃなくって……その――――」
不自然に俯いて答える筑波さん、眼鏡に触れる回数がやたらに多い。
「――昨日は、楽しかった」
「へ……? あ、それね……」
何だ何だ、ラブコメ展開到来かと一瞬思っちゃったじゃないか。危ない危ない、そんなことされたら、きっとアナフィラキシーショックでホントに死んじゃうよ…………
けど、どうして今になってそんな話題が来るんだろうか、と再び疑問が浮かぶ。
何だか筑波さんといると、話すと、疑問がどんどん増えていく――まるで高難易度の問題を解いている内に謎が謎を呼ぶという感じだ。
「それで、ボクの質問には――」
「ごめんなさい。私、本当は昨日、いらない存在だったでしょ?」
「え? えーっと……、いらない……んじゃなかったと思う。あの馬鹿思春期妹も喜んでたし」
喜んでいたというのは当然嘘だということは言うまであるまい。
――てか、あんな女子にお兄ちゃんを譲るもんか。
悪意を含んだあの口調を、自然と思い出してしまう。
それを聞いて安堵の表情を浮かべた筑波さんは、
「剣山君の妹さんって、そんなに思春期で馬鹿だったかな? 昨日はちゃんと礼儀正しく挨拶もしてたし、それに前遊んだときにだって、ちゃんとしたこと――将来の夢とか、現代における小説についての評論だとか、してたじゃない? それって凄く天才じみてると思うよ? なのに自分の妹を馬鹿呼ばわりするだなんて、可哀想だよ」
「えっ!? ええ!?」
普通に怒られたんですけど
まあ、言っていることは最もだし、一理ある、か……?
ま、いいか。そんなこと、気にしている場合ではない。
「え、なんかごめんなさい――……ち、ちなみに筑波さんは姉妹とかっているの?」
「えーっと……」
ここに来て何故か言葉を濁らせる筑波は、俯いて答えてくれた。
「今は、もう……。でも大丈夫。私は別に大丈夫」
「あ、あら、そう。な、なんか悪いこと、聞いちゃったよ、ボク……」
これ、タブーネタだよな? 相手が女子だというのに、何か自然と同情しちゃったし。
筑波さんは『大丈夫』とか言っていたけど、それも多分嘘だよね?
本当は心の底の奥深くでは、悲しんでいるに違いないだろうに……
「――――…………」
「――――…………」
ボクと筑波は互いに視線を落とし、やがて不可思議な沈黙が到来した。
当然、ラブコメディーのそれではない。
「私は今は普通にこうしてここにいるけど、実は――ある年に火事で…………」
どんどんと自身の暗闇事情を明かす筑波さん――より一層暗い雰囲気になっちゃった。ただでさえこの教室はお化けが出てしまいそうな程真っ暗だというのに。
「…………」
「そう、その時に、ね。大切な家族が――……それで私だけが……」
筑波さんはしかし悲哀な表情を一切浮かべなかった。
きっと――我慢しているんだろう。
「聞きたい? この先の、物語?」
「…………えっと」
聞きたくないと言えば嘘になるし、でも聞いたら聞いたで……
「まあ点検しながら回想チックに語るから、それでいいよ、ね?」
「……ぅん」
ボクはいまいちな返答をする以外に、何もできなかった。
そして、筑波さんのいつもとは一味違った性格に――積極性に――少々間誤付いた。




