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【第四問】妹は唯一無二の実数だ。(Part 2)


◇ ◆ ◆ ◇


「――な、なあ、()井野(いの)。流石にそれはないだろ」

ボクは礼井野の言論に真っ向から反論する――信じられないというか、それ以上にそんな二次元でも起こらないようなことが起こるとは思わなかったからだ。

もしも仮に本当にそうだったのならば、これが現実で事実だと言うならば、ボクは将来小説家になって、この物語をそのまま書き上げたいくらいだ。そんな聊かファンタジックで、三次元では決してあり得ないような出来事を、直截世の人に伝えたいとさえ思う。

「いいえ、確信があるのですから、間違いなどありませんですわ。これは紛れもなく正しい血縁関係なのです。由緒正しい――いえ、由緒正しいはずの、(わたくし)は妹なのです」

「……いや、でも。おかしいよ、それは。ボクたち、全然似てないじゃん――性格とか、喋り方とか、(しだ)とは違って容姿なんかは明らかにボクだけ平凡だし……」

一応記しておくが、決して今の台詞は自虐的なものでも謙遜的な意味でもない。

「いい加減、二次元から脱出しろよ、礼井野。お前がどういう企みがあって、そんな嘘を吐いているのかは別に聞かない。だけど、少なくともこの場にはボクたち以外の人間がいるんだぞ? それなのに、沢山の人を巻き込んで、楽しいのか?」

ボクは少々憤りを含蓄した言葉で、可愛げでいたいけな偽妹を叱咤する。

「いくらなんでも、そんな偽りは許されないよ。その『(めぐみ)』って言う名前も、ボクの――本当の妹の『恩』に掛け合わせてるだけだろ、『恩恵』って」

「…………」

「それに、今一緒に暮らしてる家族がそんな話を聞いたら、どう思う? 普通なら――」

「普通なんかあり得ない、でしょう? 特にあなたは」

と、極端に低い声でぼそっと反対したのは、礼井野本人だった。

いつもの二次元敬語口調ではなく、ちゃんとした三次元の女子語で、言った。

「普通じゃない? 確かにお前の虚言は普通じゃない。常軌を逸してる。そんなでたらめがあっていい訳がないだろうし、そしてそれが正しいとは思わないぞ、ボクは。大体、同じ学校に生き別れた家族が存在すること自体が――間違っている」

嘘が正しいはずがない。間違いが正しいはずがない。実数が虚数であるはずがない。

だが、ここでいきなり、本物の妹であるところの恩が割り込んできた。

「お兄ちゃん、確かに信じられないし、嘘かもって思うかもしれない――だけど、それに、お兄ちゃんは女子(メス)が嫌いだから、より信憑性がないって思ってるかもしれないけど、でもこれが正しいんだよ? 伊代(いよ)お姉ちゃんが言う通り、私たちは由緒正しい家族なんだよ? それなのに、そんなに酷いこと言っちゃったら、傷付くでしょ? それとも何、まさか私の大切なお姉ちゃんを、大切な唯一無二の家族を――」


「自殺させてあげたいの?」


その発言は著しく重々しかった。重々しくて重々しくて、耐えられない程だった。

妹は何の表情も作らずに、そのまま話を続ける。

「お兄ちゃんの方こそ、いい加減にしたら? その名前もお母さんがつけたんだし」

「…………なっ」

何も返せなかった。何も返さなかった。ここでま追い詰められて、追い込まれて、何かを言おうとする気力すら、ボクにはなかった――脱力感というか無力感というか……

いや、ここで『母』という片言隻語が登場したから、余計に何も口出してきなくなってしまったのだろう。

「大丈夫だから、伊代お姉ちゃんが実の姉で、家族であるってことは、私がちゃんと知ってる。だからお願い、お兄ちゃん。この子を信じてあげて」

妹は深々と礼をした――勿論、謝礼などではなく、請願という意味を込めてだろう。

この重くて暗い空気に堪えきれず、

「――わ、分かったよ」

仕方なくではるが、承知の答えを返す。


妹の服装は土日祝限定の和装ではなく、平日の格好であった。

まあ、客を招き入れている時点で、流石に浴衣は着れない、か……

いや、でも妹は今現在、アニメに登場するような、ふりふり袖ロリータ服だった。

「どう? お兄ちゃん、可愛いでしょ」

「あ、うん。可愛い可愛い――って、お客さんが来てるんだから、そういう発言するなよ。ボクのシスコンが口外されるだろ」

「いいえ、大丈夫ですわっ、お兄様」

「――お、お兄様ぁぁぁぁぁっ!?」

あの物語が本物であるのならば、ボクは礼井野からそう呼ばれてしまっても問題はないのだけれど……、しかしボクはその呼び方に大分興奮してしまった。

「あらあらどうしましたか、お兄様! まさか『4P』に興奮しているのでしょうか」

「よ、4P!? ふざけるな! ボクは妹という存在に、えっちなことしないし!」

3Pならぬ4P問題はさておき、もう一つだけ重要な問題がある――それは、この場にほぼ無関係であるところの筑波(つくば)()()さんがいるということだ。

筑波さんは一言も言葉を発さないどころか、暗い表情をしている。

「なあ、筑波(つくば)さん。だ、大丈夫……?」

「えっ、いや、別に、だい、じょ、うぶ、だよ……? え、むしろ何だか嬉しい――いや! なんでもない! 取り消す取り消す! 水に流して頂戴っ!」

おどおど言葉を乱して、それと同時に素振りを乱して言う筑波さん。

礼井野が以前にボクの家へと誘ったときと同様に、彼女はあたふたしていた。

「あ、ああ、そう。じゃあよかった」

ボクは思わず胸を撫で下ろす。

周囲に異性という存在が三人もいる為、ボクは目のやり場に困ってしまう。

それにしても、妹の部屋は片付いているんだな……、関心するわ。

「で、今日は何をするんだよ。別に集まって、集会して、何かゲームをするという訳じゃないだろうよ」

ボクは恩と礼井野に対して質問する。

家に来たのだからこのまま雑談して――密談して帰るっていう訳ではないだろう。それだったら態々こんな妹の部屋で集約しなくてもいいはずだ。

「お兄ちゃん、いやらしいこと考えてない? いや、絶対考えてるでしょ」

「考えない考えない! さっきこう言っただろ! ボクはえっちなことしないって。大体女子が嫌いだって言ってる奴がそんな奇行に走るか? いや、走らない」

「あっ!」

と、ここで礼井野はボクが驚きのリアクションを取っていようとお構いなしに、今度は妹の書斎本棚を見渡して、

「恩っちも小説大好きなんですか!」

と、いつも以上の声高で言った。

「はい大好きですっ!」

「私もです私もです!」

どうやら彼女たちは胸を揺らさんばかりに意気投合した――ということは、本当に姉妹なのだろうか、この二人……瓜二つといった感じだし。姿、顔、その他諸々、おっぱいが大きいところまで、とことん似ている。そんな時、ボクの隣にいるとある女子は他人と胸のを見て、悲しんでいるような顔をしていたのにボクは気付かない振りをしてあげた。

「で、あのさ、マジで本題に入ろうよ……。逸早く、出来る限りでいいから、この修羅場から開放されたい……。これが第三者の目に映ってしまったら、間違いなく3Pならぬ4Pだと言われて、確定で罵られるよ。そもそもどうしてこうなったかはさておき、せめて何をしにここに来たのかを説明してもらおうか。目的は何だ?」

ボクはテーブルにぐったりした状態で礼井野に問う。

すると、柔らかな口調で礼井野は答える。

「以前にも言ったじゃないですか。本当にただ単に、家に――本当の家に帰って来たかっただけです。それ以外の目的はありません! 勿論、貴仁さんの初めてを強奪はしません! 擬似近親相姦になってしまいますからね――生物学的に、科学的には」

「ちょ、ちょっと! 伊代(いよ)。それはいくらなんでも駄目だよ! 発言撤回してよ!」

筑波さんはここで漸く、この場の異常な雰囲気に打ち解け始めてきたのか、漸く発言する。まるで割り込むかのような感じはあったが、恐らく彼女の今の、勇気ある行動及び言動は礼井野を抑制する為であると見做して間違いないだろう。

礼井野の危ない動きを止めることができる人間がここにいて良かった……

「大体、お兄ちゃんは近親相姦なんかしないんだよ。だって私がいくら勧誘しても、胸で誘惑してあげても、ちいーっとも反応しないもん」

妹はまるで拗ねた口調で言う。

「何でそんな風にボクを責めるんだよ。ボクはちっとも悪いことをしていないのに」

「話を戻しますけど、私は恩っちに顔を合わせたかっただけなのです。実際に血縁関係で結ばれている私たちですから……。だからこそ――」

だからこそ、本当の家族と楽しくお喋りしたい。

本来の身内に会いたくなる感情は人が自然に生きているのと同じくらい自然ですしね。

礼井野は本音を漏らした――いつもよりも弱々しく、そして儚げに。

「…………っ」

ボクはその発言に――胸を打たれてしまった。大打撃で、まさにクリティカルショットを直に面食らったといった感じである。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

ボクを含めた四人は同じ部屋の中で――正確には恩の部屋で沈黙という、ある意味有能な技を行使している――沈黙、つまりは何も発言しないことによって、誰一人として傷付かず、誰一人として癒えず、場の空気や自然に全身を委ねて、そしてひたすら解決を待つ。

そんな超強力的手法を、この部屋に存在する人間は見事に使いこなしていた――

その後も約一分間弱サイレントタイムが継続する。

とここで、我らが救世主――筑波さんが言及する。

「あ、あのー、恩ちゃんは何か将来の夢とかあるのかな?」

その言葉自体はあまりに典型的だったが、しかしそれでもこの重ったるい雰囲気の流れに逆らって空気を軽い感じにしてもらえたのは、正直感謝する外ない。

しかも、思えばこれが、恩にとって筑波さんとの初会話であった。

ボクはそれに関して何だか、不意にほっとした。

当然普段から性格の明るい、友達も多そうな感じの陽キャ妹は唐突な質問であろうと、流暢に答えを示し出す。

「え、夢ですか? 私は――出来れば小説関連を希望していますかね。だって毎日、書物は必ず読んでいますし、それに一ヶ月での購読数は約20冊ですし」

「20冊も!? 随分と本が好きなんだね、恩ちゃんは」

あまりの数に筑波は目を見開いて驚きの表情を見せた。

というか、ボク自身は自分の妹がそこまで読書に興味があっただなんて知らなかった。そういや、この前も妹と一緒に小説の話をしたっけか……?

「近年では確かに、ブ■ブン挨拶するようなYou■uberとかが将来夢ランキングにランクインしていることが多いですが、しかし私は現代風潮の思考回路が嫌いでして……、それにアニメとかにちょっと触れているだけでも『ヲタク』と言われて侮蔑される――そんな悪態を私は小説を通して様々な若年者に伝えてきたいんです。勉強させたいんです」

「ほ、ほぉぅ……」

「それに、最近のライトノベルはライトノベル然としているものばかりで、枠からちょっと外れたような名作は沢山ありますが、しかしながらやはり二次元ぽい二次元ばかりで、読者の対象である学生にとっては、もう少し勉強できるものが必要だと私は考察しています。だから、将来はそういう物語を立派に書いて、それで皆が道徳やら国語やらを――読書という楽しい形式を用いることで――勉強させてあげたいとも思っています」

目上の人に対する言葉遣いが異常なまでにしっかりしている恩。そして、文章に全く句切れがなく、本当に今ここで国語の勉強というか、倫理というか、現代社会を勉強している気にも、ボクはなった。いや、他の皆もそうだろう。

「……ほ、ほぉ、それはなんだか凄い希望だね」

「お褒めに頂きありがとうございます! それに、私は二次元という平面世界が大好きだというのも理由の一つに挙げられます――だって、座標要素が二つしかない世界観では何をしても許されるんですから。私はそんな自由の世界を――虚構の世界を勉強という学生の本文の域を通して、楽しませていきたいんです」

そんな気力溢れる妹の言い分によって、この場にいるJKは圧倒されていた。

勿論、ボクもそうだ――いつもはボクに危害を為そうとする妹がそこまで気概ある奴だったとは……、人間は本当に成長するものだ。

勉強するものだ。

「ちなみに普段はどんな小説を読んでいるのですか、しだっちは」

そう疑問を呈したのは礼井野だった。

「私は基本的にライトノベルしか読まないので――でも、青春系が多いかな?」

「そうなんですか? 実は私もそういう系ばかり読みます!」

何においても意気投合するこの二人――恩と礼井野。そして、本物(?)の姉妹。

「じゃあ、恩っちの誕生日はいつなのでございますか?」

「私は十一月十一日です! 通称ぼっきーの日です」

「あらそうなんですか。じゃあ誕生日プレゼントは沢山ポッキーを贈りますね!」

「お姉ちゃんはいつなの?」

「私はもうそろそろですわよ? 七月四日です」

「え、そうなの! お兄ちゃんも七月四日なんだよ! ね? お兄ちゃんっ」

「ああ、確かに七月四日だよ。まさか同じだったとは、どんな機縁だよ……」

実質、ボクと礼井野は年子になるので、これはかなりの奇跡だった。兄妹が同じ誕生日とか、人生で一回も聞いたことがないし。

「そうなのでしたら、今度私の家で誕生日会を行いませんか? 恐らくは今の私の身内の方が準備してくださると思いますので」

「ボクとしてはありがたいけど、でも流石に迷惑じゃないか? それに友達の誕生日を自分の家で開催するって、結構違和感ない?」

「いえいえ、大丈夫ですわよっ。だって私たちは本当の意味で――兄妹なのですから」

何だか楽しそうにしている妹――礼井野に、ボクはにこりとした表情を浮かべる。

それと同時に横でまじまじとその様子を観察している筑波さんは微笑む。

「まあでも、それを言うんだったら、ボクの家で開こうよ。だって、礼井野は実質、ボクたちの――剣山家の一員なんでしょ……?」

「でも流石にそういう訳にはいきません。誕生日の日に他人の家を訪問してしまえば、身内に怒られてしまいす――今現在の、現在進行形の、未来進行形の、偽物の家族に」

礼井野は切実に、涙を耐えながら言った。

「お前がそうしたいのであればそうしてもらって構わない。だけれど自分の誕生日くらい他の家で遊んだりしてもいいんじゃないか? 友達に誘われてパーティするからって、そんな風の言い訳でもして家から抜け出せばいいんじゃないか?」

あまりいいような口実だとは決して言えないんだけれど……

「別にいいんですよ、私は――私なんかは……、他の人に迷惑がかかるのが嫌いですからねっ。それに、私はもう十分なのです。こうして再開できていることに感謝しています」

礼井野は曇った表情から一篇して微笑んでそう言ってくれた。

全く、自分以外の誰かに迷惑がかからないようにするだなんて、結構精神的にくるものではなかろうか。正直言って、礼井野は本当のところ、我慢しているのではなかろうか。自分の本当の家にもあまり行けず、そして養子先での生活を余儀なくする。

それって、正しいのか?

しかしながら、そんなことを今更追及したところで何も意味はない。

今、彼女自身は養子先の家族の一員である――それは紛れもない事実で――紛れもない家族である。それこそ本当の家族とも言えるだろう。

「いいんですよ、私はあなたたちの兄妹で、姉妹で――そういう生物学的事実さえあればそれだけでもう満足です。私はあなたたちが兄妹であることに誇りを感じております」

「お姉ちゃん、また来たかったらいつでも来ていいからね! いつでも歓迎してあげるからね! 私たち――私とお兄ちゃんはいつだって礼井野お姉ちゃんの味方なんだから!」

そういう風に妹は言う――慰める為にではなく、腹を割って言う。

やっぱり自然的な優しさを、この姉妹は持っているんだな――やっぱ似てるかも。

やっぱり、家族だな――生物学的に、遺伝子的に、方程式的に。


色々あって、一時間後――

「ねえ、礼井野。ちょっと疑問に思ったことがある」

「何でございますでしょうか? 私が処女であることとか? 私が初めてえっちに目覚めた時のエピソードとか? おっぱいのサイズとか スリーサイズとか? 私がブラジャーを外して来たこととか? 色々聞きたいのですね。いいでしょう、お答えいたしますっ」

「全部どうでもいいんだよ! 何でテンション上げてるんだよ!」

ボクが怒鳴り声をあげると、礼井野はうっすり眼に涙を浮かべて、

「酷いですわっ……、何とか言ってやってください、実輝」

「えっ!? 私が!? 何で!?」

「いや、全然説明しなくていいから。礼井野のことはそこら辺のおもちゃと同様に放置しておいていいから。それに、どうでもいいから」

「ど、どうでもいいは可哀想だよ?」

「……ぇっ? ご、ごめんなさい……」

何故か急に筑波さんに怒られてしまった……

が、問題の発端者である礼井野は何も気にせず、妹の本棚の方へと目を向けて、

「恐らくはこの中に一つだけ違う種類の本がありますですわっ」

と、裏がありそうな笑みで言った。

「一つだけ違う種類の本……?」

「はいそうですわっ、私も同じですから」

「はい? 何が同じなんだよ。正直、こいつの二次元ヲタクは馬鹿にならない程凄いぞ? 土日祝日限定だけだけど、小説に出てくるキャラクターの真似という建前で浴衣着てるくらいにヤバイんだぞ? そんな奴と何が一緒なんだよ」

別に聞く意味も然程なさそうだったのだが、念の為に聞いてみる。

「決まっているではないですか。えっちな本を普通の小説やライトノベルたちの中に紛れ込ませているのです!」

「決まってることでもねーだろ! というか、普通にえっちな本って言っちゃってるしな……」

おいおい、人の家に来て何をしているのかと思えば、やっぱりそういう類のやつだったのかよ……、こういうところも酷く恩に似ている。剣山家に属する女たちはそういう特殊なエロい遺伝子的なものでも持ってるのかよ。

ま、母親と呼ぶべきあの人は実際どうなのかは知ってこっちゃないが。

「いえいえ、えっちな本ではありません! 大人な――リッチな本です!」

「この世界の大人に謝れっ! 大人の為の本と思春期の為の本を一緒にするな!」

「まあまあいいじゃない、お兄ちゃん。えっちというのは基本的にリッチなものなんだからさぁ。えっちは大人のリッチな遊びなんだよ? それに『えっち』と『リッチ』の響きって結構にてるじゃない」

色々礼井野と議論をしている途中、妹――恩が間に割って入ってくる。

「そういえばお兄ちゃん。どうして『H』って『えっち』って呼ぶんだろうね?」

「知らない知らない知らない!」

そんなこともまたどうでもいいだろうが!

「筑波お姉さん、何でそう読むのか知っていますか?」

「お、おぃっ!?」「えっ!? ええっと……」

妹に質問を唐突に振られて思案顔になる筑波さん。

「いや、そこまで真面目に考えなくていいからっ! そんなもんはググっとけばいい!」

「特に『H』に深い意味はないだろうけれど、多分発音の問題じゃないかな? 昔の人っていうのは基本的に母語の日本語しか知らず、いざ外来語が導入された時に、きっと読み間違えたんでしょう。あと、『えろい』って言葉は元は『エロス』――つまり、人間の愛ってことだとも。私はそんな風に思うんだけど?」

と、筑波さんはかなり生真面目に回答してしまった――随分と細かい指摘である。

「もうその話はお終い! で、礼井野、ちょっと聞きたいんだけどさ」

風紀の乱れた空気をボクは立て直すように大声で言う。

「でもごめんなさい、お兄様。今日は避妊具を持って来ていなのですわ。誠に私としたことが……、そして不運にも、今日は私、アレの日なので……」

「頼むから18禁漫画で出てくるような如何わしさを出さないでくれっ!」

しかしこの後、結局はボクのしたい質問をさせてもらえず……

気付けば夕日もすっかり沈んでしまい、外は真っ暗になっていた。

ボクの母親も(父親も)帰ってこないので、強制的に帰らせることを彼女たちに強いる必要もない。けれど、彼女らの家族の心配を考慮すると、いつまでもここに長居させる訳には当然いかなかった。

「もう大分日が暮れたけど、帰らないのか、二人とも」

「え? そうですね。ではもうそろそろおいとましましょうかね」「うん、そうだね」

「良かったら(唾液抜きの)飯でも食っていったら? 今日は両親いないし――」

『両親』という言葉に、ここでボクは行き詰ってしまった。

先ず第一に、父親のことだった――彼は、お父さんは自殺している――もっと言うなら、残酷な話ではあるが、自殺に成功してしまっている。つまり、もうこの三次元世界の何処にもいないということだ。

そして次に、ボクと母親の関係のことだ――ボクと『母』は疎遠になっている。それは距離的な意味だけでなく、心境的な意味でも。

さらにもう一つ、ボクの過去について――何度も繰り返すが、ボクは自殺に一度だけ失敗している。どうして『両親』という単語でその一件が連想されるかと言えば、父親の殺人事件と、そして母親との冷たい戦争に絡んでくるからである。

果たして、この三大事件を、(礼井野の話が真実であった場合)もう一人の実の妹にも伝えておくべきなのだろうか? まあ、筑波さんには先日、ボクの殺人事件を語ってしまったので、それは他の人にも――必要最低限の事実を――言って大丈夫っていう気もするが。

「お兄様――じゃなくって剣山貴仁さん、まさか本当に4人プレイを堪能する気なのでございますか? その発言だと、そのようにしか受け止められないのですが……」

やや困ったような感じの口調で礼井野は言う。

「な、なあ、恵! 一つだけ、いい?」

試しに『恵』と呼んでみた――本物の名前で呼んでみた。

すると、一気に顔を紅潮させ、礼井野――もとい、剣山恵は周章狼狽し、

「は、はいっ!? な、ななななななななんでございましょうかっ!?」

と、今日一番の声の大きさで応答してくれた。

ちょっと悪戯がすぎたかな…………? まあ、いいか……

「そ、その――本当の母親に会ってみたくないのか?」

ボクが先程から礼井野伊代に問いたかったのは、こんなくだらないことである。

実際はどうなのだろうか――『お母さん』と呼ばれるべき人をどう思っているのだろうか? 実の子供として、元子息として、本物の子として――

本物の、現実の、三次元のお母さんを、どんな風に思っているのだろうか?

そして、再び家族になる――家族に戻ってくることを望むのだろうか?

ボクたち、剣山貴仁、剣山恩を――本来の兄妹だと見做してくれているのだろうか?

「いいえ、そうしたい気持ちもなくはないですが……、でも厄介ごとに発展してしまう予感がしますので、それは遠慮させて頂きます」

礼井野は丁重に断った――俯きながら、後ろめたさを感じさせるように。

「礼井野はそれでいいのかよ……? 本当の、本来の、本物の母親に会えるという、超奇跡的なチャンスがあるんだぞ? それなのに、他の人の気持ちを優先して……、それは多分――――間違ってる」

ボクは気付けば、本気で礼井野が本物の妹であると信じていた。

だから、これはボクの老婆心からのアドバイスだ。

「別にいいんですよ、会わなくても。あの人は私を今でも家族の一員だと思っているはずなのですから。それに加えて、あなたたちが私を家族だと言ってくれるのならば、それで私は――私が相手から大切に思われているのだと、実感することができるので――」

嬉しすぎるくらいに嬉しいのですよ。

惚れてしまいそうなくらい可愛い笑顔で、剣山恵というボクの妹は言った。



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