総集編Ⅰ【第一問】【第二問】
総集編 第Ⅰ弾
【第一問】【第二問】収録
◇ ◆ ◆ ◇
人間はどうして勉強するのだろうか。
自分はどうして勉強するのだろうか。
誰しもきっと、そんな疑問を胸の内に抱いたことがあるに違いないだろう。
勉強とはこの世で最も面倒くさいもので、鬱陶しいもので、ウザいもので、そして不平等極まりないものでさえあるのだから。でも、不条理であるという絶対的事実が判明しているのにも関わらず、では何故に勉強という行為を続けるのだろうか?
その問に対する答えはこうだ。
生きるため。
たったこの五文字の解に殉じて、人という生物は勉強をし続けるのだ。
それに、どうして勉強が『生きるため』に連繋するのかについての証明もある。
三次元という空間に存する限り、我々は方程式という見えない数式に支配されており、その式の解を紐解くことで、我々は生きながらえている。例えばの話、家族と団欒をしたり、友達を作ったり、恋をしたり、そうして生きるという行為をする――計算しながら――決して見えない方程式の解を解きながら、毎日を生きる続ける。
それは有体に言えば――勉強をしているということにもなるだろう。
金銭目当てで勉強するではなく、学力で他人を圧倒したり誇張したりするでもなく――人間として生きる為に人間の勉強をするのだと。国語も数学も社会も理科も英語も、それ自体に意味があるのではなく、生きる為に、生き延びる為に、きっと意味があるのかもしれない――頭脳を鍛えるでもなく、習った知識をヒントとして応用し、自分だけに宿る特異の方程式を勉強していかなくてはいけないのだと――……
だから、ボクはボクという物語を勉強する義務がある――現に生きているのだから。
二次元アニメで登場するような魔法や魔法少女だとか、ゲーム世界、幽霊、アイドル、若手ラノベ作家などなど……近年人気の高まっている異世界の物語ではなく、二次元らしい二次元が一切ない、だけど二次元にも似たような三次元世界における、ボクという人間がいる世界で、人間という勉強を、女子という勉強を、物語を、死ぬまで――語ろう。
自分を自分で殺せるまで語り、自分の解いた方程式の解が正しいか間違っているかを、証明しよう。
人間、生きるのが当たり前であるのと同様に、勉強するのも当たり前だと――
【第一問】女子共はキモくてウザくて仕方ない。
某年、6月24日金曜日のこと。
ボク――剣山貴仁、16歳。いたって普通の男子高校生――ではなく、残念なことに(?)女子という生物を異常に忌み嫌う、そんな精神的に狂った人間だ。平均的な男子と言えば異性に対して強い意識を覚えたり、おっぱいばかりを注視したり、可愛い体躯に著しく萌えたり、etc……色欲の感情を抱くが、しかしボクにそのような類の感情は一切ない。大体、どうして人間に雌雄が存在するのだろうか。どうしてそんな不平等な三次元世界を生きていなければならないのだろうか。近年の小説やライトノベル、創作漫画といった聊かファンタジックで、現実ではあり得ないような二次元ばかりの世界だったら――……
「ねぇえ、何で私のことじ~っと見てくれちゃってるの、お兄ちゃん?」
と、偶然目の前にいたボクの妹が聞いてきた。
「別に見てなんかねーよ、自意識過剰すぎだろ」
妹――剣山恩、15歳、中学三年生の可愛い乙女。ストレートで明るい長髪、透き通る程綺麗な色白肌、そしてボクの命の恩人と呼ぶべき人物――それがボクの妹である。
「そうかな? ガン見だったけど? ガン見されてたんだけど?」
まあ確かに、己のキャラ設定を心中で語り始めていた時点で、ボクの視線は妹のいる方向を向いていたという事実は間違いではないのだが、でもそれは本当に偶然なのだ。
何処ぞやのラノベ主人公のように、恋愛的視線を向けていた訳ではない。
「嘘だ! 私のこの美しいボディに見蕩れて、早朝から欲情してるんだよね?」
「見蕩れてねーよ! というか、お前は朝っぱら何て酷いことを実の兄に対して言ってんだよ……。自分の妹の肉体を見て興奮する兄なんか、現実世界に存在するわけがないだろうが。アニメや漫画の二次元世界だけだろうが」
決してここは二次元世界ではなく、れっきとした三次元世界だ。人間という実体が、実数が、生きる世界なのだ――それくらいのことは、ボクだって分かってはいるし、弁えている。そして、諦めている。
「え~、毎日お兄ちゃんは実の妹の裸、もといヌードを見て興奮してるのに?」
「おいおい変な言いがかりは止めろ。そんなことするのは二次元主人公だけだ」
妹はボクの顔に泥を塗りまくるつもりなのだろうか? ……はぁ全く、朝から本当に仕方のない妹だ――可愛いから許すけど。
一応伝えておくと、ボクの妹はボクとは違ってちゃんと性別に相応しい生き方をしている。要するに、精神は正常で、しかしながら思春期ぶりは異常だ、ということである。
別段、それが羨ましいとか、美しいとか、一切ボクは思わない……
「じゃほらほらっ! この美しく且つ麗しきC及びDカップ様を崇めなさいっ!」
特別サービスで見せてあげてもいいんだよ? ――と、形振り構わず笑顔で言って、若干色気ある自分の胸を前方に出した。そんな妹は今、登校準備ということでYシャツ姿だったので、なるほど、Dカップくらいに見えた。
「嬉しくないの? 滅多にお目にかからない貴重物だよ? ダイヤモンドなんだよ?」
「ダイヤモンドって、それって胸が固いって意味じゃねーか。それじゃ自分のおっぱいがまな板ですよーって言ってるもんじゃねーか。そんなもんいらない……いや柔らかくてもいらないけど」
普通の男子ならば、こんな可愛い妹に惚れかけるだろうが、でもボクはそうではない。
それに、ボクは妹を異性として見たことはないし(見たら大変だ)、それにたとえ異性の胸が大きかったとしても、いい匂いがしていても、決して萌えない。
再び言うが、女子を忌み嫌う存在、これぞまさに剣山貴仁そのものなのだ――
このキャラ設定だけは誰にも譲れないし、誇示し、固持しなければならない。
「そんなシスコンお兄ちゃんに今日も私の生々しく且つ綺麗なおっぱいを――」
「止めろ! いいからそのYシャツを脱ごうとするな! 本当に朝からなんて惨たらしいことしてんだよ、お前って奴は……。お前は本物のガチ変態妹だ!」
「ええ、何でだよぉ? 町一番の美少女の胸だよ?」
「これの何処が美少女だよ!? お前はただの変態だ!」
常軌を逸した生粋の変態野郎もいいところだ。
ボクはそう思いつつ、やれやれ、と呆然とした表情を浮かべていると、
「じゃあさ、今日の朝ごはんは美味しかった?」
と、妹は突然まともな――否、平和すぎる平話を振ってきた。
「ああ勿論。いつも通り、質素だけどとても美味しかったよ」
ちなみに、恩は毎日規則正しくぴったり午前6時に起きて、朝食を作っている。つまり俗に言うところの朝食担当で、栄養のちゃんと整った食事ばかりで味も満点。
ボクはいつも幸せに頂いているのだ。今日の朝飯は卵かけご飯と味噌汁、シーザーサラダ、その他お惣菜……、至極平凡的だが、高級感溢れる味わいで非常に美味しかった。
「じゃあお兄ちゃん、私の作るご飯が美味しい理由知ってる?」
「いや、知らない。なんか特別な調味料とか隠し味的なものでも入れてるのか?」
「実はねお兄ちゃん、あれは――」
恩は若干の笑みを含んで言う――腹に一物あるかの如き眼目でもって。
「私の涎が入ってるんだよ!」
「…………嘘だろっ!?」
ボクはてっきり代々伝わる秘伝の調理方法みたいなのを教えてくれるとばかり思っていたのだが、しかしその予測は見事なまでに玉砕されてしまった。
実の妹のえろい唾液が隠し味だったとは、予想外中の予想外だ!
「ちなみに毎朝5ミリグラム弱ね! あ、もしや唾液を入れるシーンを回想しちゃった?」
「汚すぎて回想すらできねーよ! どんな特殊性癖野郎だよ、それ!」
「朝って寝起きの所為か、やっぱり唾液の分泌量が少ないから、それくらいしか入れられないの。本当はもっと入れたいんだけど、期待に添えずごめんね、お兄ちゃん」
「何か赤裸々すぎるし生々しすぎるエロすぎるんだけど!?」
おいおい、さっきは妹の料理に賞賛の声ばかりあげていたのに、前言撤回だ!
「いやいや冗談だって。涎という隠し味じゃなくって、それは私の腕がいいからに決まってるでしょ? けど実際調理の時に味見してるから、少しくらいは私の『ねっとり』としたいやらしい濃密唾液が混入してるかもね。良かったねお兄ちゃん」
「良くねーよ! それに『ねっとり』とか具体的な擬音語を使うな!」
性的表現(?)が段々異常と化していく妹に、厳し目に忠告した。
「ついでにご飯には直截かけてるから、『卵かけご飯』じゃなくて『涎かけご飯』だよ! TKGならぬYKGを早朝から味わってるだなんて、どんな豪邸に住んでいるのかな?」
「ふざけんな! ボクはそんなYKGなんて美味しく召し上がってない。それに、豪邸という佇まいに住んでるからって、必ずしも豪華な料理を朝食から召し上がっているはずもないだろうに……」
いや、実際はどうなのか知らないが、適当な理論を言わないと、歯が立たないのでそう言った。
実際、剣山恩というボクの妹は、何でもできてしまう、二次元で登場しそうな万能な妹――家事に、勉強に、歌に、スポーツにその他諸々。加えて、口も八丁手も八丁な女の子で、自分で言うのもアレだが身体も結構発育のよい、バリバリ思春期の女だ。
そう、そんなおかし過ぎる妹で、けれどたった一人の大切な妹で――欠け変えのない、唯一無二の妹――それがボクの妹であり、ボクは唯一無二の兄として自覚を持って、この愛くるしい妹を、手塩にかけて育ててあげたいのだ。
色々と救ってもらったお礼として、恩返しとして――――
「お兄ちゃん、何でそんなににやけてるの? 妹の処女強奪計画でも目論んでるの?」
「そんな策は練らねーよ。ただ、ちょっと……、その……」
「ただ、ちょっと……、その……? 何々?」
「やっぱ何でもない。もう忘れてくれ――」
まさか、妹を一生かけて育てたい――とか、そんなのは口頭じゃ伝えられない。恥ずかしすぎる……というか、こういう言は普通なら両親が口にする言葉だろう。
…………両親、ねぇ――――
「…………」
「ほら、もう7時40分だよ? そろそろ学校行かないと遅刻しちゃうよ? 欲情してないでさっさと準備したらどう」
「いや、まだ遅刻する時間じゃないし、あと欲情してない」
どれ程下世話ネタを続けるつもりなんだよ、お前は……
「あ、そうか、朝から美女の身体を見て、つい見入っちゃってアレが勃っ――」
「もうそれ以上言うなぁぁぁぁぁ!」
「いいんだよ? 別に隠さなくても。だって今日も親いないし、二人きりだから」
「って、そういう問題じゃねーよ! 大体、その含みのある発言を止めろ!」
にやにや顔の妹はさらにボクを弄ぶようだった。
まあ、両親という存在が今日もいないというのは確かな事実ではあるけど。
というか、両親に対する良心は、ボクの元には――一生帰ってこないけど。
「それに、ここは若手の発情男性が主として見る世界なんだしさ、ちょっとくらいはえっちぃ要素も入れといた方がいいんじゃない? いっぱい男が釣れるよ!」
「お前はこの世界が小説や漫画の世界だと言うのか? ふざけるな、馬鹿馬鹿しい」
どんな思考回路だよ、それ。ボクみたいな『思春期未到来ならぬ不到来』の若人も少なからず存在してるんだぞ? 少しは他人の気持ちや世間体を考慮してみては?
「ああもうほらっ! よく見なさい、私の端整で端正で淡彩な色気具合をっ!」
すると、自棄になった妹はYシャツを完全にばさっと脱いでしまった。
「…………っ!?」
とうとう脱ぎやがった! 上裸展開早すぎるだろ! それにえろいポーズとるなよ!
「どう、私の可愛いらしい膨らんだ双子の赤ちゃんは」
「お前の胸は双子の赤ちゃんじゃなくて、双子の赤字だよ!」
上裸と表現したが、実際のところ完璧な上半身裸という訳ではなく、しっかりと胸部には可憐な水色ブラジャーがあった(流石にそこは露出できないらしい)。
「てか、早く服着ろ。もう見てられないし、風邪引くぞ?」
長年、妹と同じ一つ屋根の下にいるボクは、普段から妹のブラジャー姿を頻りに見ているので、このような光景には慣れている。だから、さっき『…………っ!?』は喜び勇んでのものではなく、単に意外な展開に驚いただけだ(そこは勘違いしないで頂きたい)。
「あれあれ? やっぱり興奮してるじゃん。言ってくれたらいつでも何処でも見せちゃうよ? 照れ隠しなんかしてないでさぁ」
眼前の変態乙女は右手で口元を隠し、嫌な顔でボクのことをとことん嘲笑ってくる。
「照れを隠す要素が何処にあると言うんだ? というかお前もこんなことをしてないで、さっさと学校に行けよ。それこそお前が遅刻するんじゃねーのか?」
「全然大丈夫」
「ああそうかよ、ボクはもう先に家出るから」
「えっ!? 勃ってるのに!?」
「勃ってねぇぇぇぇぇっ!」
全く全く全く全く全く……
朝から無駄に気を遣わせる妹に、困憊する……
完璧に常識外れな妹――ではあるのだけれど、でも世界で最も大切にしなければならない存在であることには、絶対的に揺るぎない。
それに、ボクの家族など、剣山恩しかいないも同然なのだし――
「――――…………」
「お兄ちゃん、学校に行かないの? ドアの前まで立っておいて。あ、やっぱり勃ってたの? じゃあさっき見栄張ってたの?」
「それは違う。というかそう急かすなよ。どれだけお兄ちゃんのこと嫌いなんだよ」
「勝手に物を言わないでよ。私はちゃ~んとお兄ちゃんのこと大好きだっていうのに、ああもう知らない! ぷいっ! 死んで頂戴!」
「お前が一緒に死んでくれるんだったら死んでもいいよ」
「私はまだ死にたくない。それに死ぬのは卒業してからがいい」
「何を卒業するんだよ!?」
「あれ? あれあれ? 学校を卒業するっていう話だよ? もしかしていやらしい意味での卒業と勘違いしちゃったのかな~? きゃはっ!」
「…………っ!? 嵌められた!?」
「やっぱりそうだったんだー」
「もうこの話は終わりだ! さっさと水に流してくれ!」
「そもそも過去は水に溶けないんだよ? ポケットティッシュじゃないんだから」
……言われてみれば、そうかもしれない。否、そうかもではなく、そうだ。
過去は決して水に流せないし、現在も未来も、全て水に流すことなんてできない。
そのことをすっかり忘れていた。あの日ちゃんと勉強したはずなのに……
「……………………」
「急に黙り込まないでくれる? 話し相手が突然死ぬとこっちも喋りかける人がいなくなるから困るんだけど。物語が進まなくなるよ? 勉強できなくなるよ?」
「あ、ああ……、心配してくれて、ありがとう、妹」
「何、気持ち悪いからさっさと学校行ってくれない! そんな格好つけいらないから! ああもう最悪。おぇっ、おぇっ、おぇっ……、さっき食べたものが、YKGがゲロゲロ」
妹の顔は本当に気分が悪そうに顔色を青く染まり、まるでギャグアニメの一コマのような素振りをしてくるのだった。
「あっそ、分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
それに、こんな所で一々時間を使っていては本当に遅刻してしまう。
その後、ボクは颯爽と制服の袖に腕を通し、7時45分に家を出た。勿論、何も言わずにそのまま家のドアをバンッ、と思いっきり閉めて。そして、つい最近買ったパンクしないと巷で噂の自転車に乗り、ボクの通う『公立連立高等学校』へとペダルをひたすら漕いだ。
いつもと何ら変わらない平凡でつまらない、極々平淡で普通すぎる、だけれど自分の観点だけが異常にズレまくっている、そんな可哀想なボクが、ボクらしくつまらない学校生活を虚しく送る為に――未知の道を歩む為に、今日もあの学校へ向かう。
◇ ◆ ◆ ◇
中心に大木があるロータリーをぐるりと走り、夕日が綺麗に見える『連立大橋』を渡り、勾配のきつい『不死身坂』を登り――約20分後、校舎の敷地にある駐輪場に着いた。
「ふぅ~、疲れた……」
ちょっと急ぎ目に走りすぎたからか、結構身体がだるい。生徒玄関の小さな階段を上るだけでも息が切れてしまう。そんな風に疲れ果てながらもボクは自分の行くべき『2年D組』へと足を運び――いつものように、いつも通りに、教室のドアを普通に開ける。
「…………」
しーん…………と、いつも通り、教室は閑静としている。
別にボクが来たから白けたとかではなく、ただ単純に誰もいないからだ。
ここで誰にも挨拶する/される相手がいないという現実は結構もの寂しいが、しかし別にボクはそれでいいと思っている――こんな精神異常者に友達なんて、そんなにできない訳だし(別に悔やんでいる訳ではない)。
それから一番後ろの席に行き、バッグを机上に置く。
さしてする事もないボクは暇潰しに一人で数学の勉強でもしようとワークをバッグから取り出す。
「今日は一時間目が数Ⅱだから、早めにやっとこっか――」
と、その時だった――ボクは早速嫌な女子のオーラを察知した。
そして、すぐさま後ろを振り向くと、
「あら、剣山貴仁、おはよう」
と、そんな風に抑揚もない挨拶を背後からしたのは、彼女――喜入宵だった。
「……げぇっ、お、おはよう……」
「何その湿気た挨拶は。もっと仰々(ぎょうぎょう)しく神を崇めるように挨拶しなさい」
ドS的命令を、さらっと言ってのける喜入は無表情だった。
喜入宵――学年一の秀才、まるで二次元にいそうなタイプのドSキャラ(ボクに対してだけ)。女子の割には身長も高く、ちょっと立派に成長しすぎた深窓の令嬢だ。
「何、私を勉強のライバル、好敵手だと思っているのでしょう? だったら少しくらい気持ちのいい挨拶をしなさい。でないと『お仕置き×19』を実行するわよ?」
「…………っ!?」
何で教室に入って早々、クラスメイトにドS発言してんだよ! 恐ろしくて声も出ない! まして喜入のボイスはアイドル系の声ではなく、低めの声だから余計に怖い……
「もういいわ、じれったいからお仕置き執行よ」
「え、何をする気なの? 滅茶苦茶怖いんだけど。それに近寄って来ないで」
「暴力的なお仕置きか、それとも精神的なお仕置きか、それとも性的なお仕置きか」
「選択肢の最後はなんかズレてるけど……」
この期に及んでそんなえっちなお仕置きをされても……、ここは学校なんだぞ? 清く正しい公共の場なんだぞ? なのにどうしてそんなことしようってんだ、天才が。
「じゃあここは、外見上のことを考慮して精神的な攻撃にしましょうか? それだったらいいわよね、剣山貴仁。傷を残すような肉体暴力は後々他の人にバレちゃうしね」
「は、はいっ!? それが理由なのか!?」
もうこれ完全にいじめの域に入るんじゃないか?
担任の先生にでも相談しようかな? いっそのこと教育委員会にでも――
「もしも先生にいじめられていると報告してみなさい。ただちに性的暴行に走るから」
「もうその時点で立派ないじめ――いや、もう既に犯罪だよ。警察呼ぶからな」
実のところこんなやり取り自体は日常茶飯事の茶番みたいなもので、ボクはこれくらいの仕打ちは全然我慢できる。何せ学力学年一位の喜入と学力学年二位のボクだから、こんな惨めな争いごととか、勉強以外の日常でもよくあることなのだ。
「何をほざいているの、この下種が。少しは勉強したらどう? 特に苦手な数学や保健体育とか保健体育とか保健体育とか、人間の勉強したらどう? 女の勉強とかも」
「数学は嫌いだけど、保体は別に苦手じゃない。ああ、そういう意味じゃないからな」
「あらそうでしたっけすいませんすいませんついてっきり」
棒読みで謝られても許す気にならない……
そもそもボクは、積極的に関わってくるような女子がこの世で一番嫌いだ。
先述の通り、ボクは女が尋常でない程好きではない。
今すぐにでもボクの周りから消えてほしいとさえ思っている。
じゃあ、どうしてこうも喜入と仲良く人間的に付き合っているのかというと、それはただ『勉強の勝負』やら『色々な貸し』があるというだけであり、本当にそれ以外のことはない何もない。
女子は本当に嫌いだけれど、だからと言ってボクの気持ちだけが最優先されるような、そんな都合の良い世界ではない――ここは三次元なのだから、それが当然だ。
「…………」
「どうしたの? 私の大きな胸を見ちゃって。クラスで二番目の大きさに惚れたの?」
「あのー、そろそろドS系の声でドS系で汚い台詞言うの止めてくれない?」
一応、喜入宵自身の好感度にも繋がりかねないし……
「あらあらもう耐えられないの? 欲情処理だったら今ここでしてもいいわよ? 私が優しく慰めてあげるから、ね? ほら一発出しなさい今すぐにっ!」
「怖っ!? 顔がガチになってる!? こんなの誰かが見てたら大変だ!」
背筋がゾクゾクする。普通に危機的な意味で心臓がドキドキする。
普通ならば、こんなアホガールが学力学年一位だとは誰も思えないだろう。
だが、そんなドS態度を取るのはボクに対してだけであり、他の男子や女子がいる時は別段どうということはないのである。
それに加えて、友達らしい友達など喜入にいない――それが唯一ボクとの共通解だ。
「どうしたの剣山貴仁。そんなに思案顔になっちゃって。我慢できずに愛の液体を出しちゃいそうなの? だったら私がお口の中で受け止めてあげる。ほら、あーん」
「……はぁあ、別にボクはお前に欲情してないし。それに、ボクは本来利口な、大人しい一男子高校生なんだよ。変にボクを汚染するのを止めてもらえないか?」
ボクは今日一番の意気揚々とした感じで、反撃に打って出てみた。
がしかし、「じゃあもうそろそろ、お仕置き実行だわね」と言い、喜入は続けて、
人の悪い笑みを浮かべて言い放った――
「そういえば、今朝バス降りる時、安城蓮が『リボン忘れた』って大騒ぎしてたわよ」
安城蓮――――久しぶりに、ボクはその女子の名を聞いた。
「……………………」
ボクは既読無視という目逸らしを行使する――でも、これは正当防衛である。本当は無視するのは吝かではないのだが、しかし今回は例外だ。
こればかりはしょうがない……
「それで、周りの人が安城蓮に気遣って声をかけていて、話によると、いや、盗み聞きの結果から推測するに、どうやらそれは、安城のブレザーの胸ポケットに入っていたらしいよ。胸ポケットよ、胸。胸のポケットよ、胸。谷間じゃないわよ、胸だわよ、胸」
「……あっそ」
胸って言葉を強調するな。ボクは思春期に入っていないんだよ。そんなんでどきまぎすると思っているのか、こいつは? 全く精神的いじめになってないぞ?
「どうしたの? 剣山貴仁。胸が痛むの?」
「別に痛くねーよ……でも、」
でも、ある意味、胸は痛んだ。
「あの女の名前を聞いたから胸がズキンズキン痛んだんじゃないの?」
「…………っ!」
「そう、痛んだのね。それは良かった、ちゃんと精神的なお仕置きができたわ」
「くっ、それが精神的な暴力だったのかよ……」
「でも私って直截的な暴力はまだふるってないじゃない。全部精神的に追い詰めてあなたを攻撃し続けているだけじゃない。だから感謝なさい、剣山貴仁」
実に冷淡な態度でそう言われ、ボクはどんな表情をしていいのか分からなかった。
一悶着あった末、ボクはさっきやろうと思っていた数学の問題集に取りかかる。
【例題1 次の方程式 x3-4x2+6x-4=0 を解け。ただし実数解とする】
「――先ずは因数分解から始めるのよ、その問題は」
真面目な雰囲気を醸し出して言うのは、またしても彼女、喜入だった。
「……な、なんだよ、放って置いてくれよ。ボクは一人で解くんだ」
喜入と話している間も全然他のクラスメイトとか来ないし、ずーっと二人っきりというラブコメみたいな状況が続いている――友達はいないけれど、でもとりま誰か早く来てほしい。女子といるのはボクにとって最悪な地獄なのだから――
「つべこべ言ってない――いや、ここは私が丁寧に素早く教えてえげましょうか?」
そんなことを言うや否や、喜入はボクの席に急接近して、ボクの右手をシャーペンごと握ってきた――まるで平仮名の書き方を教えるお母さんのように、優しく。
って、距離が近い! 近すぎて集中できない! 吐息がかかってるよ!
こんなにも嫌いな下等生物が近くにいると、本当に勉強どころじゃない! 分かりやすくたとえて言うなら、ゴキブリに直に触っている感じだ! それに、左側の柔らかい何かが軽く触れちゃってるんですけど! 汚らわしいから退けて!
「じゃあ動くわよ。この問題の場合、私なら簡易代入方式で解くかしら」
しかし、そんなボクに構わず、勉強好きの喜入宵は教え始めた。
「……か、簡易代入方式?」
「ええ、例えば『x=1』を代入して、そして等式が成立すれば、一つの因数に『(x-1)』が含まれることが分かるでしょ?」
「え、そんな当てずっぽうなことしていいのか?」
「大丈夫。実数であればそれくらいはできるから」
案外優し目に教えてくれる喜入――こうして見ると確かに学年一位然と思える。
「ほら、ぼーっとしてないで。『x=1』を入れると、方程式の数は、」
果たして、変数にでたらめな数字を入れて、本当に等しくなるんだろうか?
「残念ながら左辺が『-1』で成立しないわね」
「え? じゃあこんなでたらめ駄目じゃないか。何だよ、そうやってボクを嵌め――」
「こういう時は他に当てはまる数字を考えるのよ。じゃあ次に『x=2』を代入すると、」
果たして、今度こそ本当に等しくなるんだろうか?
「うん、なったわ。ちゃんと等式になるでしょ?」
「確かに、綺麗さっぱり両辺とも『0』になった!」
おお、本当にできた! すげぇ! 初めてこいつに感心した!
「まだ終わってないわよ。次に因数が分かったなら、組み立て除法をするのよ」
「く、組み立て除法?」
それは何となく授業中に聞いたことだが、どうやるのかは全く知らない。実践したことはないし、それに数学なんか滅多に勉強しないし、だから数学も女子と同じくらいに苦手なんだろう、きっとボクは。
「ほら、さっさと腰を――じゃなくて手を動かしなさい」
「はいはい……」
それから実数解『x=2』がちゃんと出た。
「はい、完成よ」
ボクに熱心指導してくれる喜入の手は、とても暖かくて、手汗がちょっとアレだったけれど、でもまあまあ嬉しかった。当然、これでボクの女子嫌いが治るわけではないが。
「……そういえば、急に手を密着させてごめんなさい」
「え、あ、いいや。全然大丈夫だから。こっちこそ、手汗が……」
絶対引かれちゃったよな……まあ別に困ることなど一片もないが。
女が嫌いなんだから、嫌われる程度のことは本望でさえあるのだ――
すると、喜入は漸くボクから身体を離れて言う。
「勉強とは何も厭わずに突き進んでやるもの。勉強することに恥じたり、悔いたり、一喜一憂する必要すらないわ。七転び八起きしてでも、躍起にやる、それが勉強よ」
一家言ある喜入を、ボクは格好良く思ってしまった。
「凄い、最早格言の域だ。流石は学校一の天才、本当に二次元のような奴」
「格言なんかじゃないわ。これは当然の世の真理――数学の実数みたいなものよ」
数学に寄せて言わなくていいから。もう数学は十分だから。お腹いっぱいだから。
「それに、私の胸が――詳しくは左側の胸が剣山貴仁の背中に触れていたことは、なかったことにしてあげるわ。だから忘れていいわよ」
「!? 気付いてたんなら自分から離せよ! まるでボクが悪者みたいじゃないか」
そうやっていつもいつも、権謀術数してボクをいじめるんだから……
「――お、おはようございます」
と、ボクたちが元の関係に戻った矢先のこと、とある女子生徒が教室に入ってきた。
「…………」「おはようございます、筑波実輝」
一瞬間を置いた後に喜入が筑波さんに平凡な返事をする――対してボクは無視した。
筑波実輝さん――同じクラスメイトの大人しい、眼鏡をかけたショートボムの女子。
『実』や『輝』という文字から連想される程平素明るい性格ではなく、真面目な人だ。
「ところで、今日の数学の予習はしたかしら、筑波実輝」
「う、うん、勿論したよ? そ、それがどうかしたの?」
「さっき、あそこにいる剣山貴仁という男に方程式の問題を教えたのよ」
「へ、へぇー。そ、そうなんだー」
筑波さんは非常に興味なさそうに抑揚のない返事をする――元々、皆と和気藹々と話すタイプではないから、自然とそうなってしまっているのだろう。
というか喜入、勝手にボクの話を他の女子にするな。
「それで、彼が何も分からないというから、私が胸の谷間を使って教えてあげたのよ」
「む、むむ、むむむむむむむむむむ胸の、た、たた、たたたたたたたたたた谷間っ!?」
激しく動揺したのか筑波さんは叫び声をあげ、そしてボクもまた聞き捨てならなかった為に、彼女ら女子共の会話に仕方なく割り込む。
「そんなことされた覚えないぞ! 変な嘘言うな! またそうやってボクを精神的に殺すきか!」
「何を言ってるの? あなたが私の胸にタッチしたのは事実でしょ?」
「触れてない触れてない触れてない!」「た、タッチしたぁぁぁぁぁっ!?」
ボクの声とほぼ同時にかぶるように、筑波さんもまた声を荒げて言う。
おいおい、どうすんだよ、このジレンマ! 収拾がつかないんですけど!
「……つ、筑波さん、これは、その、違うんだよ! ボクは何もしてない! ちょっと女性の身体の一部分に、凹凸部分に間接的に触れただけだ! 生でタッチしてない!」
「あらあら酷く激しく動揺しちゃって、剣山貴仁。でも女性の大切な部位を凹凸という単語で表現するのは不謹慎だわ。『お仕置き×45』が必要みたいね」
「またそうやってボクをからかう! ボクよりも勉強ができるからって」
調子に乗るなよ。もしやボクに何か深い恨みでもあるのか、こいつ?
「さっさと認めなさい、この童貞野郎」
「童貞の何が悪いんだ! むしろ童貞こそ美しいだろ!」
ボクの言を耳にした筑波さんはどきっとして、顔を真っ赤に染めて驚く。
と、タイミングよく――否、タイミング悪く、とある男子が「おはようっす」と言った。
「お、おはよう、串本」と、人気者の彼に、ボクは知り合いとして、クラスメイトとして挨拶を返す。
串本斗――美男子系系キャラとして学校では際立って有名人。女子みたいな声をしていて、「本当にこいつ男子かよ?」という感じの奴だ。
「ちぇっ、とうとう来たか、串本斗。いつもいつも男のくせに女みたいで汚らわしい!」
と、苦言を呈したのは喜入で、ボクの所有物であるシャーペンで机をがんがん叩く。
どうやらよっぽど彼のことが嫌いというか、気に食わないようだ。
「何でそこまで嫌悪感を示すんだよ、喜入。別にお前だっては女子の中では一番大人らしいって、色んな人から評判なのに……って、いや、何も知らないけ――」
「! な、何ですって!?」
初めてボクの言葉だけで喜入が激しく動揺した。
「お、おはよう串本君」
と、ボクたちの会話に興味なかったのか、筑波さんは女子らしい男子に挨拶する。
「おう、おはよう、実輝さん。今日はいい天気だね!」
涼しげに返答する串本を見て、再びは喜入が、
「ふんっ! 私が大人びていて可愛いのは当然なのよ。あんな格好つけ男になんか、異性として負けるものか!」
女子の低いボイスで意地を張る喜入――串本と犬猿の仲なのか?
「そういえば串本斗ってどれくらいの学力の持ち主なのかしら。少なくとも私――喜入宵様よりは下のはずでしょうが」
「お前が一位なんだから当たり前だろ。でもさ、そんなに学力差なんか気にするなよ」
そんなに学力だけが重要なのか? 漫画であれば、学力カースト制みたいなものは許諾されるだろうが、しかし何度も何度も言うが、ここはしっかりとした三次元世界なのだ。
「そんなことはいいから、ちょっと串本斗と一緒に話して、学力を聞いてきなさい」
「ボクはお前の召使か何かかよ!? 気にならないでもないけど、それは聞かない」
「剣山貴仁、あなたって確か彼と仲良しだったはずだよね?」
「……最近は、その、あんまり……って、お前は知ってるだろ」
「あら、ご主人様に逆らう気なの? じゃあまたお仕置きが――」
「分かりました分かりました! 聞きます聞きます!」
どうしてボクなんかがこいつの言いなりになんなきゃいけないんだよ……
女子という生物から嫌われたりするのは別にどうとも思わないが、しかし同じ人間として、流石にそれは看過し続けることできない。
ということで、「串本は数学の方程式の課題やった?」と聞いてみた。
普通に話しかけた。
すると、彼は少し俯きながらぼそっと答える。
「ああ、一応やってはいる、だけど、多分間違ってるよ、どうせ……」
「ぇっ…………」
一瞬間だけ謎の沈黙が走り、謎に白ける。
「――ち、ちなみに何て答え書いたんだ?」
「い、いや。もう消しゴムで答えを消しちゃったから――覚えてないな。ごめん」
ほら、やっぱり、予想通りだ――
去年の冬辺りからか――正確にはボクがとある事件に遭遇してからのこと、こいつの態度が冷たい。故意に避けられているというか、嫌われているというか――
ただ、ボクだけに冷たい――真冬の雪のように、冷たいのだ。
ひょっとしたら気の所為か? いや、ラインの返信も遅いしな……
「えっと……、おお、そう、か……。じゃあ、いいや。こっちこそごめん」
てか、何でボクが謝ってるの!? ただご主人様に服従して、嫌々しくやってんのに!?
はあ、この格差もどうにかならないんだろうか、やはり辛いものは辛い……
「わ、私は因数分解から、『x=2』にしたよ?」
と、まるでずっと仲よく一緒に会話していたかのように、筑波さんが俄然答えた。
「?」
どうしてだろう? いっつも自分からはがっついてこない、そんな控えめ女子なのに。いや、よく考えたら、ボクが勝手に串本と筑波さんの仲に割り込んだからか?
「適当にxに値をいれて、計算するだけでできるんだよ、串本君!」
「ああ、そうか、なるほど。実数ね。おけおけ、ありがとう、実輝さん」
「い、いいえ、どういたしまして!」
ボクの真横で平然とラブコメ雰囲気じみたのを醸し出している彼ら。
不愉快極まりない。
◇ ◆ ◆ ◇
時は刻々と進んで――
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン、と昼休みのチャイムが鳴る。
「やっと終わったー」
ぐぅ~っ、とお腹を鳴らしながら、ボクはバッグから弁当を取り出す。
その弁当というのもは妹が毎朝作ってくれているものだ。
本当、ボクは妹から恩を受け取りすぎだ――恩だけに。
「いただきまーす。今日は何の料理かな?」
わくわく、どきどきしながらフタを開けると、ちょっと大き目のオムライスだった。それに、ケチャップで何か書かれていた。
「剣山貴仁、実に美味しそうな弁当、これはあなたが作ったのかしら?」
と、ボクを茶化すように言う喜入の姿がそこにあった。
「げっ、何だよ喜入。お前の席はあっちだろ。あっちに行け、しっし。それに、これはボクが作ったんじゃないし」
「それは見れば分かるわ。そのオムライスに書いてある文字を見れば」
オムライスの文字で分かる? ああ、このことがどうかしたのか――――って!?
『お兄ちゃん だ~いすき by妹』
「こ、これは、メイド喫茶文字っ!? しまった! 一番見られたくないものを!」
「剣山貴仁の妹さんって、まさか……、ぶ、ブラコン!?」
「ふざけるな! 別に妹はブラコンじゃないよ! 見てもない人を好き勝手言うな!」
ボクの妹をよくも悪く言いやがって! 殺意すら湧くわ! 妹をいじめるたり、ボクたちの関係に水を差すような人は絶対許さないんだから!
でも、こんなメッセージオムライスを準備するところから考えると、確かにブラコンであることは、あながち間違いという訳ではなさそうだった。
それにしても妹よ……、もう少しは世間体を気にしてほしい。こんなアニメとかでよくありげな『ブラコンのテンプレート』を昼食に取り込むだなんて……愛情は嬉しいけどね。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。もしかして、あなた――シスコン?」
「……っ、そ、そんな訳が!」
いや、そんな訳があった。ボクは絶対シスコンだ。
あんなに好き好き言って、一生隣にいたいとか言って、それでいてシスコンでないはずがない。これでまた一つ、喜入に心の弱みを握られてしまったじゃないか……全く。
「隠さなくてもいいのよ。私が剣山貴仁のお嫁さんにならない限り、それはそれで許してあげられるもの、ね?」
「ぼ、ボクの、お、お嫁、さん!?」
おいおい、何だよこいつ! 冗談にも程があるだろ! どうしてお前と結婚しなくちゃいけないんだ! 絶対従僕にする気だろ! それに全然萌えないよ! 怖い怖い怖い!
「何故そんなにも嫌そうな顔をするの、剣山貴仁」
相変わらず平淡な口調で言う喜入ご主人様。
「嫌に決まってるだろ! 何で妹の話だけでこんなに無駄に話が広がるんだよ!」
今朝の妹上裸事件並に異常な話だ!
というかそもそも、諸事情故にボクの妹の話を公共の場でしたくはないのだが――
「で、話があるんだろ、どうせ。そうじゃなきゃお前がここに来ないだろ。いっつも昼は一人で仏頂面浮かべて、寂しそうに食べてるくせに、今日に限って積極的だし」
「……きょ、今日に限ってではないでしょう」
そう言いながら喜入は何故か顔を紅潮させ、俯く。
「…………?」
ボクには分からない――喜入は一体どうしたんだろうか? 熱でもあんじゃないか。じゃあ保健室にでも連れて行こうか? このまま風邪をうつされても困るし――ってまさか、こいつはボクを精神的に擽らせる為に、わざとこんな真似をしているのか?
「お、おい。熱があるんだったら早く保健室に行けよ。それともボクが連れて行こうか、ご主人様」
「な、何よ!? きゅ、急に、そ、そんな、こと、言っちゃって……!」
え、何かこいつ照れ顔になってる!? 何でこんなに拗ねた子供のような感じになっちゃってる!? あれ、おかしいな。いつもの仕返しとして『ご主人様対抗作戦』を実行しようと試みたはずなのに、なのに、どうしてこんなに恋人みたいに恥ずかしがってんの!? いや、これもボクを精神的に殺す目的か? カウンターって奴か?
つくづく酷い女だ――残酷と表現してもいいくらいだ。
「……ま、先ず、ね、熱なんてないわよ! 勝手なこと言うんじゃない、この下僕が!」
「ボクの妹のことを勝手に言った奴が、そんなこと言うのか?」
「……っ! 下僕のくせに何を偉そうに! 踏ん反り返るのもいい加減にしなさい!」
ボクは喜入から、普通に激しく怒られてしまった。
すると、こほんっ、と我に戻るように咳払いをして、喜入はいつも通りの低い声音で、
「でもまあ、私をここまで陥れることに成功するとは、大したものね。流石の展開に、私は取り乱してしまったけど、よくやったわ」
「お褒めに預かり光栄だ」
「だからと言って褒美を与えたりはしないから」
「……な、何っ! 報酬とかあったのかよっ!?」
そうならそうと言ってくれよ、もっと頑張れたのに。
ま、女子からの褒美なんかに、そうそう期待を寄せるボクでもないけれど。
「でもあれよね、褒美欲しさの為に努力を尽くすって、何か気持ち悪い」
平淡に喜入は続けた。
「気持ち悪い?」
「例えば次のテストで百点取れたら『あなたと恋人になってあげる』って言われて、それで頑張ろうとする男が少なからずいるじゃない? それって私にとって迷惑なのよ。それで私が誰かと賭けられたら大変じゃない。私はそういうので人を好きになったりなられたりするのは困ると思うわ。だって自分の感情を偽ることになるからね」
「自分の身体と性格に自惚れすぎだろ。どんだけ自分がモテてるアピールしたいんだ」
喜入の発言の一部分だけは正論かもしれないけれど。
『自分の感情を偽ることになる』だなんて、なんて実に格好いい台詞なんだ。
「じゃあほら、ここで立ち話するのもアレだし、一緒にご飯を食べましょうよ」
「は? お前が勝手に立ってるだけじゃないか。それにボクがお前と飯を? 何で汚らしい下僕と飯なんか食うんだよ、ご主人様という分際で」
こんなの他の人に聞かれたら、どれだけ怪しまれることか……まあ、ボクたちはこの2年D組においては変人扱いされているだろうから、どうしようもないか。
「大丈夫よ、私は和気藹々と下僕共と食事をするのが好きなのよ」
「ひょっとして、お前がドMなんじゃないか?」
「何、だから私は一人で食べるのが、好きじゃないのよ。だから――」
少しくらい一緒に食べましょうよ♪――
と、喜入は軽快に言ってきた。
喜入宵という人はこのクラスにおいて他の人と楽しく話している姿を、ボクは見たことがなかったし、友達らしい友達がいないのかもしれない。女子共は基本的に一グループに固まって談笑するみたいな感じだけれど、しかし彼女だけはそれから外れている――自ら敬遠し、控えているだけなのか感じがある。
「もしかして、いじめられてるのか、お前」
「突然何よ。自分に友達がいないからって、そうやって他人にも同じようなことをするのかしら。最低最低最低最低最低最低最低最低最低最低」
「お前のほうがよっぽど最低だよ! まま、ボクもお前と同様に友達らしい友達なんかいない――昔とは違って」
ボクはひたすら妹のオムライスを頬張りながら行儀悪く言う。
「まあ友達がいない者同士、主従関係同士、仲良くしましょうよ」
「そんなこと言ってるから、喜入には友達がいないんだろうが……」
いやいや元々、こんな二次元にいそうなドS系女子はあまり、同姓から好まれなさそうではある。それに普通は、頭がいい奴は皆から人気があって、色んな人から頼られたり、話しかけられたり、そういうことをされるのが当たり前だろう。
だが、喜入宵だけは、違った。
「あのさ、本当に今更だけどボクはまだ一緒に食べること許可してないんだけど」
こいつ、堂々と自分の手作りっぽい、美味そうな弁当を広げて食べている。
まあ、これも精神的な攻撃の一つなのだろう。
「光栄に思いなさい――私があなたのような学力の低い人と、一緒に食べていること自体とても珍しいんだから、珍重なさい」
「珍重できるか、こんなもん。学力が低いとか言ってるけどさ、お前と順位の差異はほとんどないからな」
ボクはやけくそじみた物言いで、尚且つ自慢するかのような感じで応答する。
学年一位と学年二位……そこにはほとんど差などない。
「本当は知ってるんだろ? ボクが女嫌いで、それで故意にボクと一緒に食事しようとして、それで精神的にいじめて、茶化してるだけなんだろ?」
「まあそういう風に思っていなさい。私は別にツンデレタイプでもないんだから」
ツンツンデレデレのサービスは本当にいらないな。
ボクにとっては――女が憎く、醜く、キモく、ウザく、鬱陶しく、汚らわしく、煩わしく、気持ち悪い物体にしか見えなくなった――女子なんて、もういらない(この異常なボクの感情論を既に周知しているのはボク自身と、妹の恩、そしてこの喜入もである。勿論、90%以上の人が知らないし、当然教えないつもりだ)。
「……………………」
「あれ? もう私に対抗してこないのかしら? ああ、そういえば剣山貴仁は普通の女が嫌いだったものね――そりゃあ、あんなことがあったから、無理もないかも、ね」
「……………………」
「あれ? さっきまでの威勢はどうしたの? 突然黙り込んじゃって」
黙り込む? ふざけるな。
ボクは黙り込んでるんじゃない。現実と向き合おうとしてるだけなんだ。ボクは女という生物が心の底から嫌いであるということ――そして、あの女との物語を――――
「とうとう手を出さなくなったわね、この下僕ちゃん。いいのよ、ここであの人との関係をバラしてあげても。それにあなたの去年、じさ――――」
「黙れっ!」
ボクは大声で、教室の机椅子が吹っ飛ぶレベルで、怒鳴りつけた。
「もうそれ以上言うな。もうそれは――――終わったことだ」
「…………」
憎き喜入から言い返してくることはなく、何かを言おうとすることもなく――
謝罪の言葉もなく、そのまま自分のお弁当を閉まって、自分の席へと喜入は戻る。
お陰様で、妹の飯がまずくなったじゃないか。
◇ ◆ ◆ ◇
午後4時45分、部活に所属していないボクは、そのまま帰宅。
だから、きゅんきゅん可愛い後輩キャラの『せんぱ~い♪』も勿論ない。
無論、それはボクにとっては非常に嬉しいことで、非常に喜ばしいことだ。
「ただいまー」
ボクはお決まりの挨拶を口にし、外靴を脱ぎ、ドアが不意に閉まっている洗面台に向かった(玄関の広さは一般家庭通りで、向かって正面に洗面台がある)。
そのまま洗面台の方へ進み、ドアを右へスライドして開ける――と、
「あ、お帰り、お兄ちゃん」
妹の恩がそこにいた。
そんな恩の今はというと、Yシャツ姿で、且つビショビショに濡れていて、さらに下半身丸出し状態だった(水色のパンツは着用している)。
「って、何でビショ濡れになってんだぁぁぁぁぁ! ブラ透けてるぞぉぉぉぉぉ!」
Yシャツは水に浸ると、当然身体が透けて見えてしまうので、身体のあちこちがいやらしく見えてしまう。
何だか普通に自主規制が必要になってしまう程に酷く可愛い(?)容姿だった。
ひょっとして下校中、誰かに水でもかけられて、挙句の果てに写真でも撮られたのか!?
いや、もしかしたら学校で暴力的ないじめにあって、それで透け透け姿を男の面前で晒されたとか――一応あり得ない話という訳ではない!
「ボクの大切な妹の身に、一体何が起こったんだぁぁぁぁぁっ!?」
「見て分かんないの、お兄ちゃん? この姿態を見て分かんないの、お兄ちゃん?」
妹は顔を傾げながら平然とボクに言う。
「姿態というよりほぼ裸体だろ……」
って、ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっと!
目の前にいるのはボクの妹だ! 紛れもなく可愛い、清楚なはずの妹だ! 大好きな妹で、そして唯一無二の妹なんだ! だけど、だけど! 今はそれよりも……!
ボクは妹の濡れた両肩を揺さぶり、必死に聞いた。
「お、お前、何があったんだ!? お兄ちゃんに相談しろよ!」
「? シャワーに入ったからだよ? どう、この姿。ファッション誌並でしょ」
妹は何の変哲もないような風をして、淡々と答えた。
何処がファッション誌なんだよ!? 18禁同人誌の間違いじゃないだろうか?
「Yシャツ脱がずにそのままシャワーに入ったということか?」
「うん、脱ぐの忘れてた――というよりも脱ぐのが面を倒して臭かったから!」
「というかそんな姿をいつまでもボクに見せてんじゃねーよ。とっとと衣服を着れよ」
いくら家族でも歳が歳だ。年齢的にはとっくに思春期を迎えている。それに、ボクだって一応は男子高校生で、そして当の妹は中学三年生――色々と女らしく成長する時期で、やはり胸とかその他諸々の部位も大人びてきている。もしもボクが正常な男子だったら、思わずえっちな奇行に走ること間違いないだろう。勿論、そんなことはしないよ?
「え? お兄ちゃんは私のえっちな身体想像で絶賛興奮中じゃないの? このブラジャー透け透け状態に見事に欲情してるんじゃないの? 新品でピンクの色花柄ブラに甚だしくテンションマックスになってるんじゃないの?」
「しねーよ! 実の妹するか! そんなこといいからさっさと服を着ろ! 自分が可愛いからっていつまでもそんな格好してんじゃねーよ。それに風邪引いたらどうするんだ!?」
「可愛いだなんてありがと、お兄ちゃん」
「いい部分だけ聞き取ってるんっじゃねーよ!」
「というか裸でもいいじゃない。だってここは私の家だよ? それなのにどうして服なんか着なきゃいけないの。私の自由じゃない。それにせっかくサービスしてるのに」
「だから、そんなサービスいらねーって言ってるだろ……」
何度も言うが、ボクは平凡の男子高校生ではない――萌えや甘えに寛容ではない。
それはつまり、通俗的な感性だとか、平均的な見方とか、常識的な見解を、一男子高校生として持ち合わせてはいないということを示している。したがって、妹のサービス裸体はボクにとって何ら効果はないし、ありがた迷惑の部類に属するということだ。
「あ、そういえばお兄ちゃん。さっきお母さんから電話がかかってきて、それで今日はどうやら久しぶりに家に帰ってこれるらしいよ! これじゃあ今日は大好きなお兄ちゃんと寝れないなー」
「お前となんか寝ねーよ――って、母が帰ってくるのか……」
母のことを『お母さん』とは表現しない。
「ま、まあ、報告ありがとう。……で、何時くらいに帰ってくるんだ?」
「時間は言ってなかったよ? そっか、お兄ちゃん――」
妹はボクの心中を察してくれたのか、ちょっと悲しげな表情と口調で、
「お兄ちゃん、お母さんのこと好きじゃないもんね――……」
と、何処か口惜しむように言った。
「……ぃ、いや」
しかし、ボクは否定する。
「ボクが嫌いなんじゃなくって、あっちの方がボクのことを……」
ボクは母親に嫌われてる――それ相応のことをしたから、嫌われている。
「でもさー、お兄ちゃんがあんなことしたからでしょ――――近親相姦」
「そんなことしてねーよ! 真顔でそんなこと言うなよ!」
「ま、どもそれはお兄ちゃんの自業自得のような気もするけどね」
妹は微動だにせず、無表情でさらりと言う。
「…………」
「…………」
場が一気に気まずくなり、そして数秒、嫌な沈黙が続いた。
「ご、ごめんね、お兄ちゃん。その話はしない約束だったね」
「……ぃ、いや、もういいよ。それは終わったこと、過去なんだから」
「……じゃ、じゃあ今日は、よ、夜、な、何食べたい?」
妹は平凡な会話に戻そうと躍起になって言うが、やはり気まずさは残存してしまう。
「今日の夜ご飯か……、何か美味しいものがいいなー」
「あ、今日のお昼の弁当、美味しかった?」
「う、うん。そ、それなりに美味しかった」
味自体は確かに高レベルだったけど……
お昼にあんなことがあったから、な……
「あれ? お兄ちゃんの顔があんまり冴えてない。本当は美味しくなかったの? お世辞で言ってもらってるんだったら止めてくれる? 自分の為にならないし、成長できないじゃん。もっと料理について勉強しよって気にならないじゃん」
「逆にそれで不味かったって言ったら、傷付いちゃうじゃん」
「え? そんなことないよ? 私、こう見えてドMだから!」
妹がドMな訳ないだろ! どちらかと言うとドSじゃないか? いつもいつも性的暴言でいじめてくるじゃないかよ!
「……ドSとドM、いじめ……」
喜入宵――と、ボクの脳裏にその名が過ぎった。
「? どうしたのお兄ちゃん。やっぱりお世辞だったの? それとも何かあったの?」
ボクは妹に小さく頷き、「……ぅん。まあ、ちょっと色々」と、渋々言った。
「もしかしてあのオムライスに違う女の涎でも入ってたのに気づいちゃったの?」
「そもそもオムライスに唾液が入ってたこと前提かよ!?」
「ま、隠し事しないで言ってくれる? 何、お昼に誰かと喧嘩したの? 友達いないのに」
「……おいおい、よく分かったな。超能力者かよ、お前は」
「だっていつも隣にいる人なんだよ? 大体何を考えてるのかくらい、すぐに察しがつくもん。私の現時点の予想としては、誰かにあの件に関して触れられて、それでお兄ちゃんが気をまずくして、それで私の作ったオムライスが不味くなった、的なことがあったと」
「怖ぇぇぇぇぇっ!? 何で千里眼使ったみたいに、全部お見通しなんだよ!」
それともボクの顔にそう書いてあったのだろうか?
「やっぱりそうだったんだー。ま、そんなことだろうと思ったよ」
妹は同情するように言い、自然に流す。
流石は妹――ボクの唯一の理解者だ。
「はぁ……、じゃあ分かったよ、全部話すから」
とうことで、ボクは喜入との喧嘩について、終始一貫説明することにした。
「へー、お兄ちゃんって学校でもドMなんだ~。良かったね、ドS系の女子がいて」
「いやいや、そいつは別段ドS系って人じゃ、そもそもないんだ。ボクが学力で負けててそれで植民地支配を受けてる? 普通ならばあり得ない話で、アニメや漫画みたいだけれど、でもあいつだけは普通じゃない。頭も心も身体も胸も」
「胸も?」
「何でもない」
それはさておき、喜入に普通という概念が存在していないとボクは思う。
何をするにも平凡的な要素はあいつには絶対的にない――ボクと同様に。
「へー、身体もいいんだその人。私のとその人のおっぱい、どっちが大きい?」
ちなみに、ボクは妹に詳らかに昼の出来事を話したが、しかし『喜入宵』という名前を予め伏せておいた。下手に教えると――あの件を想起してしまいそうだから。
「いやいや、知らない知らない知らない」
「お兄ちゃん、残念だけどもうバレてるよ? そんな意味深な反応で否定している時点で何もかもお見通しだよー」
「ほ、本当に見てないし確認したこともないし知りたいとも思わないし」
実際はまあまあ大きいが、ボクは口が裂けても言いたくなかった。
一応勘違いされては困るので言っておくが、ボクはおっぱいも好きではない。
てか、どうして女子だけ、胸が大きくなるのだろう……? 甚だ疑問である。
いや、ボクにとっては超絶興味のないことだ。
「それに女の身体について、ボクは無関心なんだよ」
「またまた嘘言って、本当は見てるんでしょ? 触れちゃってるんでしょ?」
「っ!? 確かに今日はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、事故で触れた……けど、だからと言ってサイズまで分かる程触れてない! それにあっちの方から身を寄せてきたんだ! ボクは無実だ! 清廉潔白だ! 完全たる被害者だ!」
「も、もしかしてお兄ちゃん。一緒にえっちしようとして、それを事故扱いにして――」
「そんな訳がねーだろぉぉぉぉぉ!」
大体、喧嘩中(仮)みたいな人物と、そんな如何わしい行為ができるはずもないだろうに……、というか、話が大胆にずれている。
その後、妹は自分の部屋に行って、桃色の土日祝日限定の浴衣姿に変身した。
妹はそのままキッチンへ料理を、ボクはそれができあがるのをリビングの白いソファーで待っていた――我が家はキッチンとリビングが隣接しているので、妹と直に話せる。
「ねぇ~」と言いながら、妹はボクを可愛らしく呼び、
「どうかな、今日の私の格好? 先週の紫の柄物より可愛いかな?」
「勿論可愛いよ。よく似合ってる。お前って浴衣が似合う、ザ・浴衣女子って感じがするな。日頃から見慣れてる所為かもしれないけど」
妹が土日祝日限定で浴衣姿になるってのはちょっとおかしな話で、聊か二次元世界の女性ヒロインのような気もするが、でもボクはその和装姿を案外気に入っている。
見ていると、何だか心がほっとする。
「そう?」
「ああ。でも何で土日祝日だけそんな姿になるんだ? これから夏だから衣替え?」
「え? キャラ作りだよ、キャラ作り――じゃなくって、単に私の好きな小説シリーズの主人公の妹が年中浴衣だから、それを真似してるんだけだよ」
「どんな理由だよそれ、その小説の原作者に謝れ!」
本当に本当に本当に、どんだけ二次元好きなんだよ、この妹。
「どう? 恋愛的な意味で惚れた? 私の晴れ姿に」
「惚れねーよ。いきなり突拍子もないこと聞くなよ」
妹にそういう意味で惚れるとかあり得ないだろ!
妹と恋愛とか――青春とか、三次元じゃあり得ないだろ!
まあ、そうは言うものの、しかしボクは今現在、この妹を家族的な意味で結構好きになっているのは事実(勿論、そういう禁断の道に落ちる方の好きじゃない)。
「何で惚れないの? 女として見てくれないの? 私のこと」
「お前のことは女として見れるけど、でも妹要素が絡んでる時点で、ボクという兄がお前を女と見做したら、大問題になるだろ!」
カレーのいい香りがし始める中、ボクは叫んだ。
「って、今日はカレーか。美味しそうだな」
「カレーと言えば、やっぱり隠し味だよね、お兄ちゃん」
地味に声を弾ませて、妹は言った。
「隠し味、ね」
「あれあれ? もしかして私が唾液を注入しているところを、また回想してるの?」
「そんなことしてないから」
と、そうこうしているうちに、カレーが完成した(本当はまだまだ妹と会話していたのだが、今回は割愛させて頂く――どうせ汚い話なのだし)。
「ほら、もうカレーできるから食卓テーブル綺麗に拭いてくんない? ついでに私の穴も汚れてるから拭いて、お兄ちゃん! 大丈夫、えっちな方じゃないよ?」
「自分の穴は自分で拭け! お兄ちゃんにやらせるな!」
そして、妹の飯が完成し、ボクたちはテーブルに並んでそれを食べる――そんな最中、
「ただいまー、恩」
「あ、お帰りお母さん!」
お母さんという名のお母さんは帰って来た。
「…………」
「…………」
ボクは勿論一切顔を合わせようともしないし――
「お帰り」とか「ただいま」とか、そういう挨拶なんてしない。
そもそもお母さんを『お母さん』と呼ぶ権利は、もうボクから剥奪されている。
ちなみに、お父さんはとっくの昔に死んでいる――自ら死んでいる。
自殺している。
【第二問】土曜日は女子とは一緒にいたくない。
6月25日土曜日のこと。
ボクはむくりと目を開け、ゆっくりベッドから身体を起こす――9時25分。
今日は土曜日だし、もうちょっと寝よう。おやすみなさいZZZ…………
「――って、うわぁぁぁぁぁっ!」
二度寝を企んだちょうどその時だった。
「えっ!?」
可憐な妹が横で寝ていたのに、ボクは漸く気付いたのだった。
「おい、何でここで寝てんだよ。昨日は別々に寝ただろうが……」
おいおい、昨日一緒に寝た覚えないんだけど!? それに、長髪乱れた妹の浴衣姿が肌蹴てて、ちょっとだけ谷間見えてるし!? 何なのこの妹系ラブコメ的展開はっ!?
いや、これは淫夢じゃ? ん、でも妹の胸を優しく触ってみると、しっかりとした感触があるから、夢じゃない、のか…………
って、これじゃあ二度寝どころじゃない!
ボクはだらしない格好でぐっすり眠っているを無理矢理起こす。
「……むぐ、ん? む~、お、お兄ちゃん、おはよー」
妹は漸く目を覚まして寝ぼけた風に言う。
うわぁ、こうして見ると、ボクの妹って本当に色っぽい! 浴衣が幾分はだけていて、薄く桜色に染まった胸部も若干露出している。それに、こんなに色白の肌、見たことがない。身内の直系にコーカソイドがいる訳でもないのに、どうして『美白肌』を所有している? ……って、そんなこと考えている場合じゃない!
「そもそも何でお前がここにいるんだよ? 勝手に入ってくるなよ、実の兄の寝床に」
せっかく今日は土曜日で、休日だというのに、本当にボクの妹ときたらゆっくり寝かせてもくれないのかよ……
「はいはいごめんなさい」
ボクの説教をどうやら聞いてくれていたらしい妹は、垂れた涎を浴衣の右袖で拭いて、そしていつものように元気よく実兄を弄ぼうと、にやにや顔をし始めた。
「でも、お兄ちゃんだって本当は一緒に寝たかったでしょう? 知ってるんだよぉ? 本当は私の色白の肌とおっぱいに抱擁されて寝たかったんでしょ?」
「いや別に寝たくはないけど。てか、そんなわけないだろ。嫌だ」
「本当はえっちなことしたいんでしょ? いやらしいお兄ちゃん」
「したくねーよ。特にお前とはしたくないな、たとえ死んでもだ」
「本当はえっちな子としたいでんしょ? いやらしいお兄ちゃん。思春期お兄ちゃん! ロリペドシスコンお兄ちゃん、もう真実を告白しなよ、『ボクは剣山恩一途だぁぁぁぁぁ』って感じでさ。お・に・い・ち・ゃ・ん!」
「…………はぁ」
はぁあ、どうしていつもこんなに元気溌剌しているのだろうか、こいつ。寝起きなのによくも堂々と大盤振る舞いできるな……、血圧が高いからなのだろうか?
と、落胆の声を心の中であげていると、チロリンッと、ラインの着信音がした。
ボクはそもそもラインなんてアプリをあまり開かないから、珍しいものだ。
「まだこんな時間で朝早いっていうのに、一体なんだよ。ふぁーあ、眠い……」
欠伸しつつも早速暗証番号6桁をタップ入力してロックを解除、トーク一覧を確認してみると、送信者は『喜入宵』だと判明した――一応クラスメイトは友達追加している。ま、本当は友達でも何でもないし、ただの知り合いなんだけどね。
「お兄ちゃん、こんな時間って言ってるけど、もう午前の九時半だよ? 普通だったらどの人も起きてるし、朝■ちする時間じゃないんだよ?」
「ああ、そうだったか……」
流石、土日であろうと欠かさず早寝早起きを規則正しくする妹だ。
それに比べてボクはこんな思春期野郎に劣ってるんだから、色々思うところが……
まあ、それは今悩んでも意味もないから、ボクはメッセージを嫌々開いてみる。
果たしてどんな内容なのだろうかと、心臓をハラハラさせながら。
『今日、お時間空いてるかしら
『もし時間があればでいいから
『えっちな――学校に来て頂戴
『詳しいことは後で教えるから
『あと昨日は……ごめんなさい
「まあ、今日は別に予定も入ってないし、行ってあげてもいいか……」
「どうしたの? お兄ちゃん。てか、誰からの連絡だったの? 彼女さん?」
「いや友達だよ、ただの知り合い――まあ、昨日喧嘩した人からだ」
「じゃあ今日学校に行くの? せっかくの休日だっていうのに? せっかくの妹との休日だというのに? せっかく妹と二人っきりなのに? せっかく妹と一緒に遊べるのに?」
「随分と『せっかく』事項が多いな……。妹と一緒に遊べないのは残念だけど、あいつの命令だし、昨日の件はボクも悪かったと思ってるから」
すると、再度メッセージの受信音。
『来るんだったら持ち物は何も必要ないわ
『安心して、私と二人きりじゃないからね
『今日は他の人たちもいるから、大丈夫よ
『避妊具なんて持ってこなくていいからね
「って、どうして避妊具持ってくると思ってんだよぉぉぉぉぉっ!?」
「お、お兄ちゃんどうしたの? 急にそんな顔真っ赤にして! 林檎病じゃない!?」
「いや、そんなんじゃねーよ! それよりも深刻な病気だよ、多分!」
「ねえお兄ちゃん、声が大きい。大切な膜が破れる」
「いくらでも破ってやるよ、そんなもん!」
ボクは今、それどころじゃないんだ! もしかしたら、ボクが喜入と二人きりだったら――大変なことに陥ってたんだぞ!?
って、他のメンバーって誰なんだろう? 女かな? ……嫌だな。とりあえず『今日は時間がないんだーごめんねーまた今度ー』って返信しておくのが最善だろうか?
「いや、ダメだ。次学校行ったときに殺されるに違いない。奴隷を殺処分しかねないしな、あの女王様兼ご主人様は……」
「ん? ていうかお兄ちゃん。その人と、例のドS女と仲直りしてるじゃん。普通だったらラインなんかしないよ、喧嘩してる人になんて。ましてブロックされててもおかしくない。そんな時代じゃん、今は」
「ああ、言われてみればそうかも」
そういう自分も喜入のアカウントをブロックとか削除とかしてないな。
ってことは、ボクは心の何処かで自然と憎き喜入を許してたってことなのだろうか?
「まあさっさと返信しなよ。何かさっきからお兄ちゃんのケータイがうるさい」
と、ボクは妹に指図され、びくびくしながらケータイを覗いてみると、
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 怖いっ!?」
何だよこの大量殺戮メッセージ! てかフォントが他の文字と違うんだけど!
喜入が『殺す』という言葉を使うと、かなり畏怖してしまわざるを得ない……
現実味がありすぎて、将来性がありすぎて、現実的でありすぎるんだよ……!
「お兄ちゃんが悪いでしょ、この場合」
「ボクの何処が悪いって言うんだよ?」
「だって、既読無視してたじゃない?」
あ、そうだった。ラインのトーク開いて、返信せずにそのままだった。そりゃあ怒られても仕方がない。
「それにしても随分と『殺す』って言われたね。59個もあったよ」
「何で数えてんだよ。他人のライン勝手に見るな」
他人のラインを見るとか、タチが悪すぎるだろ。身内には特に見られたくなかったのに……、ああもうこうなったら、電源切っておこう、こんな恐怖のメッセ見たくないし!
「どうしたのお兄ちゃん。さっきからずっと顔が慌ててるけど、何かやましいことでもあったのかな? まさか妹とえっちできるとでも思ってたの? それでどうやって誘うか言葉を選んでるの?」
「そんな具体的で馬鹿らしいこと、つゆも考えてない!」
それはお前の頭の中だけだろ。最早(18禁の)漫画を描けるレベルの発想力だ。将来はクリエイターにでもなってろ、その発想力と思春期の力を最大限に活かして!
「ほらほら図星。本当はあんあことやそんなことやりたいんでしょ?」
「そんなのやりたくねーよ。妹が可愛いからって」
「ほらほら、そんな可愛い妹の色気ある胸ですよー」
「なに自分のおっぱいを『色気ある胸』とか表現してんだよ。自惚れるのも大概にしろ。それに、肌蹴た感じの浴衣姿で胸を寄せてくるな。ていうかさ、毎回思うんだけど、どうしてそんなに自分の胸をボクに押し付けてくるんだ? もしかしても揉まれたいのか?」
「そんな訳ないでしょ、お兄ちゃんの馬鹿っ! 妹に専心しすぎ!」
「! 没頭してねーよ! まあいいよ、分かった。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。胸を構えて全裸で待機しておくからね!」
「はぁ、全く。また裸かよ……。風邪引くなよ……」
それからボクは着替えを済ませ、家門に停めてある自分の自転車に乗り、颯爽と学校へ。
それにしても、今日は何で学校に行かなきゃなんないんだよ、土曜日は家出ごろごろしてたいのに。妹と大事な約束があるから今日はいけないって断っとけばよかった。
いつもよりもちょっと遅めで、ボクは目的地に向けて自転車を漕いだ――勿論、目的地に女子がいるという事実から気が重くなっている為に、スピードを緩めいているのだ。
◇ ◆ ◆ ◇
どうしてだろう、ボクは酷く呵責されている。
そして、ゆっくり漕ぐんじゃなかったと、臍を噛んでいる。
「どうしてこんなに遅刻していらっしゃるんですか、あなたというお方は! 本当に呆れてしまいますわよ! どうしてくれるのですか?」
「…………」
「大体、現世の人たちは時間にルーズすぎるんですわよ。特にあなた、どうせ家で遅くまで寝て、そしてぐ~たらぐ~たらしながらここに来たのですわよね? ほんと、困りますわ。他の人たちは全員ちゃんと集合時間に間に合っているのに、どうしてあなただけは」
「…………え?」
集合時間……? 何それ、聞いてないんですけど。
「こうなってしまえば罰を執行しまう外ありませんです。ねえ、おね――喜入さん、このお方にしっかりとしたお咎めを」
「そうだわね。あなた、剣山貴仁は重罪よ。処刑が必要ね、お仕置きではなく、処刑が」
いつもの女の低い声で、ボクを見下すように言う喜入。
それと、さっきからボクを叱責する礼井野伊代も同様に痛い視線を送ってくる。
「もう、激おこぷんぷんまるですっ、剣山貴仁さん。反省してくださいませ!」
礼井野伊代――明るい茶髪の敬語女子で、筑波さんの親友。持ち前の高い声もあり、このクラスでは二次元系女子女子系女子として生きている、お嬢様だ。
「は、反省って……、何を反省すれば……。それにメイド口調で言われてもな……」
呼ばれたから学校に来ただけなのに、来て早々慇懃な言葉遣いで怒られるとか……
本当に女の思考がよく読めない――だからこそ、女は嫌いだ。
「ボクが何したって言うんだよ、喜入。それに礼井野伊代!」
礼井野伊代に関して言うならば完全に無関係者じゃないのか? 無関係者というよりも、完全に純粋ないじめっ子じゃないのか? 喜入なら毎日ボクを侮蔑するけれど……
「何を言っているのかしら、剣山貴仁。ちゃんと私はラインしたじゃない。今日の午前10時までには学校に来ること。来れないなら来れないで連絡しなさいと。そう送信したはずなのに未読無視で……、あなたって本当に最低な男ね。これじゃあいつまで経っても童貞のままだわよ」
「え、未読無視……?」
疑問しか浮かばないボクはケータイを電源OFFにしていたことに気付く。
「あ、ごめん。電源切ってた」
「何ですって!? 私があんなに殺意溢れるメッセを送っておきながら、あろうことかそれで電源を切っていたと? 信じられないわ。ねえ、礼井野伊代」
「そうですわね、このお方、本当にどんな罰を執行してあげてしまいましょうかですわ」
ぷいっ、明るい髪の毛を豪快に揺らしてそっぽを向く礼井野。
それを見て、より一層ボクの心中は穏やかならぬものになる。
本当、女子らしい女子は、大嫌いだ。
「……あのー、どうやったらこの罪、許してもらえるんですか……?」
「私が決めた集合時間は10時ちょうど。そしてあなたがここに辿り着いたのが10時15分となると、15分遅刻したに相応しい刑を」
「喜入さんの言う通り。因果応報ですわ。刑務執行です!」
と、言いながら、喜入はボクを勢いよく、そのまま床に倒して、
「さあ、剣山貴仁の身体、奪いさせてもらうわよ!」
「それでは頂きます。先ずはどの部位からお召し上がりになりましょうか、しゅる♪」
喜入はボクの両腕をがっつり頭の上で拘束し馬乗りに、そして礼井野はボクの身体で美味しそうな部分を隈なく探している。
「――ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
っておい、勝手に人の身体で何をしてくれるんだよっ!?
えっ、何これ、もしかして今から性的暴行されるのか!?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「ぎぃゃぁぁぁぁぁっ!? 誰か助けてくれぇぇぇぇぇっ!」
ボクは今ある力を全部出し切って大声で救済を求め、阿鼻叫喚する。
何で数分遅刻しただけでこんな羽目になるの!? ボクの基本的人権は無視か!?
本当、女は時間にうるさいから、嫌いだ!
「これの何処が相応しい刑なんだよぉぉぉぉぉっ!」
「お黙り、剣山貴仁。反省の意をその身をもってして示しなさい。身体は嘘を吐かないんだから」
「あ、美味しそうな部位、見つけましたですわ! この変な棒状のもの、圧し折っても構いませんですか?」
「ああダメ! そこ滅茶苦茶大事な部分! そこ折れたら死んじゃう!」
ねえ、警察呼んだ方がいいのか? こいつらが逆に罪を犯してる気がするんだけど。
しかし、喜入が息を荒くしながら興奮するようにボクの手を塞いでいるから、それは不可能だった。『オワタ』とはこのことだろうか。
「こらこらダメだよ、そんなことしたら。剣山君が可哀想じゃない」
と、突然天使のような声が、ボクら三人の耳に届く。
「…………っ!」
そこにひっそりといたのは、眼鏡を光らせている筑波さんだった。
「あら実輝、ごめんなさいですわ。ちょっと興奮しすぎちゃいました」
「すみませんでした、筑波実輝。私たちだけでこの男をいじめるだなんて、ちょっと意地悪だったわね。ちゃんとここに来て、私たちと同じくお仕事をしていたのに、仲間外れにしてしまって」
二人ともさっきまでの異常状態から落ち着きを取り戻して言う。
「伊代、分かったらすぐに席に着いて頂戴。それに、喜入さん、あなたも何を言ってるの? 私は混ぜてほしいんじゃないの。さっきの議論の続きをしたいんだけど……」
この場を完全に乗っ取った筑波さんはボクを保護するように、奇行に走った二人を咎める。いつも筑波さんはこんなに威勢がいいはずではないのだが、今回だけは違った。
「…………」
そんな態度や姿に、ボクは思わず見蕩れてしまう……筑波さんは女子という性別だけれど、最早性別など関係なくしてしまえる程に、感心してしまった。
無論、女子そのものは嫌いであることには一切変わりないが。
「……あれ、そういやこれ、何の集まりなんだ? ボク、何も聞いてないんだけど」
「そう思うと思って、わざとラインしなかったのよ。あなたに変な期待を持たせて、それでどのような反応をするのか、楽しみだったから」
怖いよ。またそうやってボクを精神的にいじめるのかよ。もう担任の先生に相談だ。
「大丈夫よ、剣山貴仁。これは昨日の7時間目に決めた文化祭の担当の集会よ」
まあ、喜入の言う通り昨日24日のLHRでは来月の上旬に開催される学校祭の部門役割を決めたのだった。それでボクは教室展示という、文化祭当日お化け屋敷とか喫茶店とかを開く担当になったのである――勿論、それはボクの意志で。他にどんなメンバーがいるのかも一切考慮せずにそうしたのが、今の状況を招いてしまったのだけれど……
ちなみに、連立高校文化祭が開催されるのは、7月1日、2日、3日の三日間で、それはつまり、もうそろそろ準備を始めなければならないということを同時に暗示している。今日を含めて約一週間くらいしかない中で、完璧で充実した学校祭を作らなければならないということになる。
文化祭、か…………、そもそも文化祭という行事、ボクは好きではない。大きな理由として、色恋沙汰が――ラブコメが極端に流行るからである。
要するに分かりやすく表現すると、『リア充爆発しろぉぉぉぉぉっ!!』というやつだ。
「で、メンバーは誰なんだ? たったこれだけの人数なのか? 男女比1:3じゃん」
ボクが素直に疑問に思ったことを口にすると、筑波さんが解説に入ってくれた。
「私、筑波実輝がこの部門のリーダー、で、そしてメンバーが伊代・喜入さん・剣山君、それに串本君だよ。でもこの人員はただ積極的にこの部門で働くということであって、勿論他のクラスメイトの人たちもちゃんと手伝うように促すから、安心して」
「え? でもおかしくないか? ここにいるのは――」
「今日はあの男、彼女とデートに行くらしいから無理なんだって。きっと今頃ホテルの中でいちゃついてると思うわ」と、ボクの言葉を遮り、嫌々しい風に言う喜入。
「何でもそうやってえっちな要素を絡めてくるな!」
デートするってだけで、どうしてそこまでの発想になるんだよ。本当にこの女は、何を考えているのか、理解できない。
「ん? ちょっと待って! 串本って彼女いるの!? あの女らしい感じでか?」
「いるわよ。まさか剣山貴仁が知らなかっただなんて、それは意外だったわ」
何故かジト目気味でそんな感想を述べる喜入に、
「はいはい、その話はいいから、再開するよ!」
と、この場の取り締まり役、筑波さんが場を正し、ボクたちの会話を阻害した。
「ああ、ごめんなさい、筑波さん」
「本当、剣山貴仁はどうしてこんなに生真面目な筑波実輝に迷惑をかけてるのかしら? 最低だわ」
「お前も間髪入れず、ボクを逐一いじめてるのに、よくそんなこと言えるな!」
本当はボクも真面目な性格している(はずな)のに。
「早く席に着くわよ、剣山貴仁。あなたはあそこの席よ」
と、喜入は言って、くっつけられた会議用の机を右手で指差した。
◇ ◆ ◆ ◇
その後、会議は無事進捗し、午後1時になった。
「はあ、疲れた。会議長すぎだよ。一体何時間やったってたんだよ……?」
ボクは周りの真剣な雰囲気に構わず嘆息する。
女子に囲まれて長時間過ごすなど、ボクにとっては尚更過酷だった。
「もう帰りたい、お腹空いたし」
会議では、文化祭当日の教室展示『お化け屋敷&風俗店』(三次元としては危ない企画)についてを散々議論した挙句、それから使う材料、費用、期間、担当……などなどを一気に、具体的に話し合った。変な企画だが、要するに風俗店の女性をお化けにするらしい。
というか、こんな馬鹿げた立案によく賛成できたな、他の皆は(ボクは反対だった)。
「筑波実輝、もうこれで会議を終了させてもいいのではないかしら? これ以上進めてもこの腐男子が疲れたと言うばかりだし、それに大分煮詰まってきたじゃないのかしら」
「ボクだけじゃなくて、他の皆も幾分疲れた表情をしてると思うんだけど……」
勝手に悪者にするの、止めてくれないかな? ただでさえ怖くて恐ろしい女子共がここに集結しているんだから(今後の学校生活全般に関わりかねないし)。
「そうですわよね、喜入さん! このヘタレはすぐにぐだるのですから……」
と、ちょっと怒ったような顔をして賛同するのは礼井野伊代だった。
「――もういい加減にしてくれよ……」
「私たちが一体何を加減するのよ? ちゃんと目的語をつけて話なさい」
「剣山貴仁さん、あなたは一体何を求めていらっしゃるのですか……?」
「分かんないならもういいよ!」
「私たちの身体を欲しているのかしら」「多分そうですわよ、私たちの体が目当てなのですわよ、この男」「今日は極力止めてほしいんだけど。下の毛の処理してないんだから」「私も今日は派手なブラなので、避けて頂きたいですわ」「本当にスケベね」「変態ですわね」
「お前ら言いたい放題だな! ボクはラノベの主人公じゃないんだよ!」
「あなたがラノベの主人公でなければ、一体何者になると言うの?」
「ボクは由緒正しい三次元の人間だよ!」
すると、こんな馬鹿馬鹿しい会話を見兼ねた筑波さんが口を開く。
「……ふ、二人とも、それ以上言ったらいくらなんでも可哀想。遅刻したのはしょうがないし、それに今日は串本君もいない分、気分がアレだっていうのも分かる。でもそれは違うと私は思うよ?」
「実輝っち……」
流石、礼井野の親友、よく言ってくれるじゃないか……と、ボクは内心感心した。
その厳しい忠告に狼狽したのか、諭される側となった礼井野は眼に涙を溜める。
滅茶苦茶悲しそうな顔してやがる! あははははは、ぷぷぷ! 笑いしか出ないわ!
「おや、どうやら剣山貴仁という頭の悪い真面目な男が笑っている。どうしてなのかしら」
「ええっと、き、喜入さんももうちょっと優しくしてあげて!」
「いいえ、そうはいかないわ。私に、つまり学年一位の私に負けてる男なのだから、そしてこの男は私のペットなのだから、好き放題にしていいのよ」
「どさくさに紛れて何言ってるんだよ!? ペットって、下僕じゃなかったのかよ!?」
「何を言ってるのかしら、さっぱり理解できないんだけど。私に歯向かってるのかしら? 随分と偉様ぶっているじゃない。そういうのは学力で勝ってからにしなさい」
「とりあえず明日もここに集合ですから、剣山貴仁さん! 明日遅れたら殺しますから」
「礼井野伊代の言う通りよ、剣山貴仁。罰を受けたくないなら早めに来なさい」
「ボクってそんなに信用されてないのかよ!?」
再び集団的に精神的暴力を受けるボクだった。
◇ ◆ ◆ ◇
「ただいまー。ふぅ~、腹減ったー」
これ以上、修羅場こと2年D組に長居する訳にもいかず、ボクはすぐに帰宅した。
早速、ドアの鍵を開けてみると、ボクの妹が――――
「本当に全裸でいたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
いや、本当に綺麗さっぱりの完全に裸ではなく、綺麗な白めのパンツだけは穿いていた。
けど、なぜかパンツが少し、濡れているぞ!? ビショビショという訳ではなく、一部分だけが湿っている! え、ええ、何々、何が、起こってるんだ!?
「…………っ!?」
眼に薄っすら涙を浮かべた妹は言う。
「いじってたらこうなったよぉ、お兄ちゃん……」
「…………」
想像以上に悲惨な画(18禁レベル)である。
『何かあったの? お兄ちゃんに言ってみなさい。ほら大丈夫、よしよし』と言い、頭を撫でて宥めてあげるのは、間違いなく駄目だろう。かと言って、無視するのは聊か可哀想な気もする――情が移った訳ではないが。
どうすればいいのか、全然分からないんだけど……
「ていうのは冗談だよ冗談。演技と言う名のパフォーマンスさ――最高の」
「…………」
最高じゃねーよ、馬鹿たれ。
「手を洗ってたら水がこぼれちゃってさ、ちょうどその時にお兄ちゃんが私の裸姿を期待しながら帰ってきてしまった、ということだよ」
「…………」
期待してねーよ、馬鹿たれ。
「何か喋ってよ! は、恥ずかしいじゃん……」
「…………」
喋れじゃねーよ、馬鹿たれ。
「はぁあ…………」
ボクは人生最大の溜息を吐く。
昨日の濡れYシャツでのエロい上裸、ブラ透け姿、そして今日のパンツ濡れ姿……
もうどう付き合っていけば良いのか、分かんなくなってきた…………
「あのさ、ボクは妹が好きだけれど、でもそういう好きじゃないんだよ。妹のえっちな容姿を見たところで興奮しないし、おっぱいを揉みたいとか思わないし、ベロベロと体中を嘗め回したいとは思わないし、べろちゅーとかしたいとは思わないし、裸をまじまじと観察したいとか思わないし、近親相姦したいとか思わないし――」
「随分とやりたいことだらけなお兄ちゃんだね。そんなこと思ってるんだー」
「……とうとう日本語まで理解できなくなったか」
「え? だってお兄ちゃんさっき『妹のえっちな容姿を見ると非常に興奮するし、お■■いを■■たいと思うし、ベロベロと体中を■め■したいと思うし、■ろ■■■ゅ■したいと思うし、裸をまじまじと■■してみたいと思うし、出来れば近■相■したいと思うし、妹のお■い■■てみたいし、お■■として妹を使いたいし、ぶ■■■■みたいと思うし、逆にぶ■■■■れたいと思うし、妹を一人じめしてやりたいと思うし、監禁してみたいと思うし、一緒にデレデレしたいと思うし、夜のベッドで楽しいことしたいと思うし、裸同士で寝たいと思うし、涎をかけあいたいと思うし、■■を嘗めたいと思うし――』とか言ってたじゃん、もう忘れたの? 若年性アルツハイマー症候群じゃないの? 脳神経外科に行って診てもらったら? お勧めの場所紹介するよ」
「……長広舌で事実無根の妹好き設定を説明してくれたな」
どんだけ舌が回るんだよ、今日の妹……思春期モードが半端じゃない。
それに伏字が何回使用されているんだ。規制だらけじゃねーかよ。ガチで18禁レベルじゃねーかよ。官能小説じゃねーかよ。
「それに、多分それは欲求不満に陥ってしまった、思春期バリバリの男子高校生の台詞じゃないか? 残念ながらボクはそれとは違うのは知ってるだろ?」
「じゃあなんでお兄ちゃんの部屋にこれが落ちてたの?」
と、言いながら、妹が見せてきた物は――身に覚えのないえっちな本だった。
ボクとは無縁な本。興味のない雑誌。終生手に取ることのないだろう著作物。
「それはお前が買ってきたやつじゃないのか?」
「お兄ちゃんの部屋のクローゼットの中に入ってたんだよ、これが! はぁ、はぁ」
妹の吐息が荒くなってきているぞ!? 大丈夫か!? 心なし、顔が赤いぞ!?
「というか、勝手にボクの部屋で宝探ししてんじゃんねーよ……、宝探し――トレジャーハントという名の兄妹イベントだからって。ここは三次元だぞ、弁えろ」
「ほら、19ページの女性なんか、なかなか魅力ある胸をしているし、結構タイプでしょ? お兄ちゃん。あと45ページの人も大胆でいいんじゃない? あとこれも、それも!」
「………………………………………………………………」
思春期トランス状態の妹は次々と、濃厚でいやらしいページをボクに沢山紹介する。こんな姿の妹を見ていると、逆にこっちが精神外科を紹介してあげたいくらいだった。
妹自身が顔を真っ赤にして、はあはあ、と息を荒立てながら、
「ほらほら、このページもなかなかいいんじゃない? だって、この女の人、Yシャツ姿でブラ透けやってるよ。まるで私のようじゃない。おぅ、次のページからはもっとえっちなシーンだよ、お兄ちゃん!」
「もうそろそろ――」
「ほら見てみて、■■■■■で■■■■■だよ! 見ているこっちが熱くなるよっ。しかもこれまたいいね、■■■■■■てるよ、濃い、とても濃い、■■■■■■■■■エフェクト感出てるしさ――」
はぁ……、もうそろそろ恩のエロエロすぎる過剰思春期スイッチを切る頃合か。
本当にここらでお終いにしないと、ボクの理性が壊れてしまいそうだ。本当の意味で、ボクが精神科病院を受診しなければならなくなる。いや、もう既にかからないといけないか。こんなにも精神の狂いまくった、異常な女子嫌いなボクなのだから――
「あのさ、そういう言葉を露骨に発言するのを止めてもらえ――」
「うわぁ! この人も結構レベル高いよっ。だんだんアレが……!」
「もういい加減にしろぉぉぉぉぉっ!」
「えー、まだまだ見てたいよぉぉぉぉぉっ!」
「もう十分満足しただろうが。欲求は満たされてるだろうが。お前にはまだ早すぎるし」
「ああそうか、お兄ちゃんはロリ系が大好きだもんね、兄の日プレゼントにそれを買ってあげよう! 慣れないものは身体によくない訳だしね」
妹は実兄のボクに対して、適当な笑顔を浮かべて言う。
「そういえばお兄ちゃん、学校どうだったの?」
「ああ、もう最悪だったよ。地獄だよ地獄……」
「で、私もうそろそろシャワーに入るけど、お兄ちゃんも――」
「入らねーよ! 絶対嫌だ。お前のことだから何をするのか分かったものじゃないし」
近親相姦を強要されそうだな笑笑……って笑い事じゃないよ。
「あらそう。せっかく誘ってあげたのに……」
「はいはいごめんごめん。今度暇があったら入ってあげるから(嘘)、お前はさっさと身体を洗い流してこい――穢れた煩悩もついでに洗い流してこい!」
まあ、人のことは言えないけど――こんなにも馬鹿みたいに、女子嫌い宣言をしているボクの方こそが、本当は頭を、考えを、心を、身体を、洗い流すべきなのではないか。
正すべきなのではないか。
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