【第三問】色欲は吐き気がする程キモすぎる。(Part 2)
◇ ◆ ◆ ◇
「ちょ、ちょっと、急に何するんだっ!?」
ボクはそのまま廊下に連れ出され、礼井野伊代によって強制連行されてた――この光景は傍から見ればただの『ドM男』『ドS女』コンビだと思う。
それに、礼井野は校内でも有数の美少女で、ボクの妹のように髪は明るく照り輝いているから、廊下では多数の人の目を引いてしまっている。
「うわぁ、何あの人、彼氏? 顔釣り合ってないじゃん」「うわぁ可哀想……女の方がね」「美人要素が汚れちゃうよ」「あの男とっとと失せろ」などなど、悪口を呟く傍観者たち。
「…………」
あんまり注目を浴びたくないのに、こいつは何てことをしてくれるんだ! こっちが説教したいわ、いつものお返しも含めて! いやあ、本当に何してやろうか!
「――なあ、もう止めてくれよ……」
こんなことになるんだったら、喜入と一緒に会話していた方が倍マシだ。
「…………」
しかしながら、当の本人、礼井野はと言うと、依然としてボクを無視したまま、裏庭へと引っ張るのだった。それに、彼女が先頭を切って歩いているので、当然どんな表情をしているかなんて、ボクには分からない。
礼井野はボクの右腕をしっかりと握り、逃走されないようにがっちりと掴み、
そして、暗い廊下をどんどん突き進んで行き――約二分後。
「…………」
そんなわけで、ボクたち『SMコンビもどき』はここ裏庭に到着した。
何処か厳かで、物静かで、そして異様さの漂いまくる、ここ裏庭である。
当然ながら、他の生徒も、教職員たちも、文化祭の準備の真っ最中ということで、周囲には誰一人としていない。閑寂そのものだけが、ここに存在し続けている。
そして、ボクたちは互いに互いを見合い、目と目を合わせる――当然、ボクは緊張しないし、あちらの心境がどうなっているのかは知ったことではない。
「…………」
「…………」
これからどんな処罰を執行されてしまうのだろう?
――暴力的なお仕置きか、それとも精神的なお仕置きか、それとも性的なお仕置きか。
あの喜入宵はほぼ毎日そう言って迫ってくるのだけれど、目の前の女子は何を提示するのだろうかと考えただけでも、悪い意味で心臓がハラハラドキドキする。
てか、そんなに重罪を犯したっけ? ご立派な胸部を突起物呼ばわりしたことか?
いやいや、それよりもだ! 何だこのシチュエーション!? あたかもこれから告白をされそうな感じなんですけどぉぉぉぉぉ!? え、本当に何ナノコレ? これから酷く叱責される予感があんまりしないんですけど!? 逆に恐怖心が湧き上がってくる!
ぎぃやぁぁぁぁぁ! 殺される! 精神的な意味でも肉体的な意味でも!
「な、なぁ、ボク、何か悪いことしたか? 身に覚えがないし。それにこんな誰も居ない場所に連れてきたってことは……ま、まさか」
「…………んっ」
礼井野伊代は顔を自然と下に落とした。
「あ、あのー、もしもし礼井野伊代さん? もしもーし」
「ぁ――――ぉ…………ぇ――」
言を発する毎に声を張り、敬語を使っている礼井野は、しかしいつもとは対照的に、異常にまで小さな声で喋るので、何を言っているのか分からない。
時間が経過するにつれて得体の知れない感情が込み上げてくる。
本当に告白されてしまうのか? ――女子に――好きって言われてしまうのか……?
でも、それだけは何なんでも回避したい――間違いなく大問題に発展するだろうから。
すると――――
「…………」
「――――ぇっ!?」
礼井野は突然ボクの顔に、自身の顔を寄せてきた。
それと同時に、女子の女子らしい匂いというのが、ボクの鼻を刺した。
っておいおい、超絶近距離すぎる! ほぼゼロ距離だよ! 女子の吐息が顔にかかる! ラブコメ風の雰囲気、漫画やアニメとかでよくあるやつ! うわホント、マジ最悪!
「…………ぁ」
「――は、はい!? あ、あのー、コレって、あ、の、そのー…………」
それにしても、依然として礼井野伊代は何も言わない。いや、言わんとしているのだろうが、しっかりとした声の形になっていない、だけか……
やはり駄目だ。ボクの身に、現在進行形でアレルギー反応が――否、アナフィラキシーショックが起こっている! 体が異常に痙攣している!
がここで、ボクの隙を突くようにして、礼井野は唇をボクの顔にさらに接近させて来る。
「…………んっ!?」
これってキスされるの!? あ、もしかして、性的ないじめの一環じゃないのか?
だと、そう思っていた矢先のこと、しかし礼井野はボクの唇を奪うことなく、そのままボクの右耳に近づけて、ぱくりっ、と耳を咥える――訳でなく、
「違ってたらごめん。貴仁の妹さんって――もしかして、剣山恩さん……?」
と、礼井野は極々普通に極々当たりすぎることを、敬語抜きで聞いてきたのだった。
しかし、それは本来、当たり前ではないのである。
「ど、どうして……、その名前を……」
ボクには大切な妹――剣山恩がいるというのは超自然なことであり、当然なことでもあるのだが、しかし――――
ボクは唯一無二の妹に関する全情報を外部に開示したことは一度もないのである。
どうして妹の素性を隠蔽するのか、それはボクの『女子嫌い』に絡んでくるからだ。
「そ、それって、どういう、こと……だ?」
当然ボクは表面上でも驚愕した様子を隠すことはできない。
外では一切――否、絶対に妹の話をしたことはなかったはずだ。なのに、それなのに、眼前の可愛い女子は何故周知している? 何処かで情報漏洩が発生したのか?
いや、そんなはずがない。妹に関する情報管理は徹底している。現代で言うところのネットパトロールよろしく、警備しているのだ(今回はネットじゃないから妹パトロールと表現するべきか?)。
「――ああ、そうなんだ。分かった。うん……妹、ね。確信した」
と、今までずっと沈黙していた礼井野は漸く口を開いた。
礼井野はそうするや否や、さっきボクたちが歩いてきた廊下へ踵を返し始めた――まるで、何かから逃げているように。
「ああ、ちょっと、待って! 妹が一体何だって言うんだよ!」
「……………………」
距離が段々と遠くなっていく。どんどん、距離が大きくなっていく。
10メートル、50十メートル…………と、
「……全力で追いかけるしかないな、これ」
当然、スタートダッシュに遅れをとってしまったボクは、彼女に追いつくはずもなく、
「何処に行っていたの? 剣山貴仁。もう作業は始まってるわよ」
2年D組に入室しようとしたところ喜入が急に現れ、危うくぶつかりそうになる。
「何処って、いや、そのー……」
裏庭だけど……、何か言えない、言いたくない。
「なるほど、裏庭に連行されて、色々と聞かれたってことね、その様子だと」
「…………っ!?」
「正解だったようね、その反応だと」
「…………っ!」
「あなたって単純よね、リアクションだけだと」
「…………っ?」
「いや、もう流石に反応だけでコミュニケーションを図ろうとするの止めてくれない? 大脳が疲労困憊するから。過労死しちゃうから。ちなみに英語で過労死は『karoshi』よ」
「…………っ」
常に何を考えて生きているか分別のつかないような人と話しているボクの方が疲れるんだけど……、こっちが死にそうなんだけど……
「あんなこんなで色々と疲れているところ申し訳ないけど、私からもちょっと話しておきたいことがあるのよ、剣山貴仁。だから、隣の空き教室に来て頂戴。安心して、避妊具は必要ないから」
「そのネタ、どっかでかぶってるぞ?」
これもまた明らかな精神的いじめか、本当に懲りない奴だ。
「何、空き教室といったら二人きりイベント且つえっちなイベントでしょう。小説や漫画の世界ではよくあることじゃない」
「よくないことだよ! お前の言うそれって、多分官能小説とか18禁同人誌だけだろ! やっと教室に戻って真面目に文化祭の準備ができると思ってたのに……」
「あらあらまた嘘を言って。本当は女子という憎き生物に呼び出されて不快に思いつつも実は学祭の手伝いをしなくて済むからラッキーって感じで舞い上がってたんでしょ?」
「前半の憎き生物に深い不快を覚えたのは事実だけど! 後半は全然違うよ!」
「それとも私と一緒に話していたのに、よくもあの女はボクのことを邪魔したな――とか思っていたのかしら。まあまあいいから、さっさと空き教室に行くわよ、剣山貴仁。アニメのような体育館倉庫でもピアノの上でもない、本物の空き教室という空き教室に」
「いやらしい雰囲気を纏わせるな。そうやってまたいじめてくる……って、」
喜入との会話に夢中になってしまい一つだけ肝心なことを忘れていた――
「礼井野伊代」
と、教室に先に到着していた彼女を、ボクは呼ぶ。
「は、はい? 何でございますでしょうか。餌でももらいに来たのですか? それともいじめてもらいに来たのですか?」
「はぁ…………」
急にいつも通りの口調でいつものように振る舞ってくる礼井野伊代。
「さっきの話、なんだけどさ、どうし――」
「さっさと今すぐに作業に取り掛かってください。でないとお仕置きですわよ?」
と、礼井野は遮り、追及を一切許諾しないような、屈託のない笑顔を向けた。




