【第三問】色欲は吐き気がする程キモすぎる。(Part 1)
【第三問】色欲は吐き気がする程キモすぎる。
6月27日月曜日のこと。文化祭まで残すところたったの4日。
勉強に力を入れているこの学校は、他校に比べて文化祭準備期間が極端に短いので、手際よく作業しないと、簡単に遅れを取ってしまうので、代表者の的確な計画が必要とされる(だから、先週の土曜日から本格的な事業に取りかかっている)。ちなみに、今日からは全ての時間割が文化祭作業に割り振られているので、授業は当然のことないのである。
時間も全くない最中、ボクたちのリーダーこと筑波さんは熱心に指示する。
「今日からは具体的な教室改造を行うので、他の役割に当たっている人も机や椅子の移動を手伝ってください。また、今日から学祭までの期間は全部準備のためにあるので、協力してくれる方が沢山いてくれると、教室展示担当としては嬉しいです」
朝のSHRを利用してクラス全体に、丁寧にお願いをする代表、筑波実輝さん。
ちなみに計画等は全て前の土日に終わらせているので、あとはこの四日間を有効活用して、『お化け屋敷&風俗店』を作るだけだ(風俗店要素には色々と賛否両論あった)。
「いやー、筑波さんが代表でよかった。他の人だったらこんなに潤滑にはいかなかっただろうに」
「何よ、学年一位の前でそれを言うの? 普段は大人しい筑波実輝が凄いというのは認めてるけど、もしかしてそれは私に対する当てつけなの? 単に揶揄しているのかしら?」
代表者からの連絡が終わった後、ボクたちはそのまま作業に取りかかろうと各々役割班に分かれて作業をしようと集まる。
で、ボクと喜入は席を挟んで、座りながらお喋りをしているという次第だ。
「って、他のメンバーの串本とか礼井野とかは? それにリーダーの筑波さんは?」
「あの人たちは工具店に行って木材とか買いに行ったみたいだわよ」
「え、何それ? 何も聞いてない……」
ボクだけ仲間外れじゃないか? それとも何かの当てつけなのか? そういえば遅刻という立派な罪を犯したし、もしそれが原因だとしたら、現実を受け入れなきゃな……
「いいえ、あなたにはこの私――喜入宵がいるのだから、安心なさい」
「むしろ安心できないんだけど……。それにそのカップルみたいな表現の仕方、マジで止めてほしいわ……」
この女はいつもいつも会う度ボクを好き放題にしてくれやがる。そうして毎度、ボクの中にある喜入宵好感度が下がっていくというジレンマ。
「その反応だと本物のドMが嬉しがってもらえているみたいじゃないかしら、剣山貴仁」
「そんなことねーよ、ドS。というか、一つ気になったことがあるんだけど、ちょっと聞いていいか?」
「何よ、私があなたのことが好きかどうか、我慢ならないから聞きたくなったの?」
「いやいや、もっと普通で淡白な質問、何で人の名前を呼ぶ時にフルネームなんだ?」
それは前から――正式にはこの学年一位と学力を競い合い始めてから、ちょっと疑問に思っていたことだ。剣山貴仁という呼称はともかくとして、他の人も本名そのもので、男女問わずそうしているから。
すると、喜入は凛々しい長髪を左手で掻き揚げて答える。
「だって、本名で呼ばないと、その人が今何を考えてるのかとか、気持ちとかが、私には読めなくなるからよ。目を見ないと真実を見抜けなるのと同様に」
「? 意味不明すぎるんだけど。最早意味深長すぎるんだけど」
「数学の勉強でたとえると、一つの方程式が問題用紙に書かれてあったとして、それをいざ解くとなると、私の場合はそのまま暗算したり、余白に途中式から書き出したりしないのよ」
意味は未だによく分からないが、ボクはそのまま「続けて」と話の続きを促した。
「必ず余白で演算する前に、自らそこに出題された方程式を一本書いて、そこからどんどん計算していく、というスタンスなの。そうすると、方程式の意味というか、そんなものが自然と見えてくる」
方程式の意味? 意味なんかあるはずないだろ――とボクは言いかけたが、やっぱり止めておいた。こいつの前で数学関連のことを馬鹿にしたら憤怒されそうだからな。
「へぇー、凄いな、学年一位という人は」
「ほらほら、もっと私を褒めなさい。褒美目当てでないなら」
「はいはい凄い凄い……って、またもボクが手なづけられてる!」
「今度から私を数学の神様と呼びなさい」
「『人の上には人を作らず』って言葉を知ってるか?」
これ以上図に乗ると間違いなく確定で喜入お嬢様は暴走するだろうから、ボクは理屈で反論する。がしかし、それも虚しく、
「剣山貴仁、国語ができるからって調子に乗らないで頂戴。この文化祭期間は授業がないから勉強しないで済むし、『ノー勉堪能できるーうひひひ』とか思ってるんでしょうけど、だからって私の立場があなたと同等になったりはしないわ。もう少し態度を弁えなさい」
やっぱりこの喜入宵という人物は、変わり者以外の何者ではない――
「はいはい分かりました分かりました。従えばいいんだろ」
はぁあ、と溜息を吐きつつ、ボクはこの悲惨な女を目線から外そうと余所見をした、ちょどその瞬間――
「……ぅわあっ!」
むにゅっと、非常に柔らかそうな突起物が視界を遮った。実際にはそんな効果音は出ていなかったが、アニメだとかでは出てくるに違いないような場面だった。
「先程から何故私の驚異的胸囲をジロジロ観察していらっしゃるのですか?」
この声と喋り方は――礼井野伊代!? もう帰ってきたのか!? そのまま帰ってこなくてよかったのに……、それだったら喜入と一緒に過ごす方がマシなのに!
「見てねーし!」
礼井野は若干前屈みになり、さらに自分の胸をぷるぷる揺らせて、右手人差し指を潤った唇に当てた。まるで男子高校生を故意に恋に落とすようなやり口である。
「てか、そんな突起物、じろじろ見る訳がないだろ。思春期でもあるまいし」
「女の大切な部分を男の大切な部分のように『突起物』と表現するのは、どうか止めて頂きませんか? 本当に酷いですよ……、あなたのこと、嫌いになっちゃってもよろしいのですか?」
別に構わないんですけど。逆に正式に嫌われたいくらいですけど。
礼井野はすると、先程よりももっと距離を縮め、首を傾げて言う。
「まあ、そんなことよりも――剣山さん、あなた時間は空いていらっしゃいますか?」
「え? ま、まあ、うん。ごしゅじ――喜入と雑談してただけだし、手持ち無沙汰だよ。え、というか、何か悪いことしたっけ? 思い当たる節がないんだが」
「……そ、そうですわね……」
『こいつに呼び出される=説教される』そんな等式がボクの頭の中で浮かんでいた。
昨日の日曜日はちゃんと遅刻せずに学校に来て、そして働き蟻のように必死に働いた。ということは、まさか土曜日の説教の続きをされるのだろうか?
それ以外悪いことはしていないはずだし――え、昨日何かやらかしたか?
まさかまさか、今さっき、喜入と余談をしていたことに関しての説教か?
「あ、あのー、本当に分からないんだけど……、何?」
「あ、あのー、ですね…………」
礼井野伊代はやたらに身体をモジモジさせて呟く。
もしかすると、ボクによっぽど怒っていて、それが段々と表面化してきているのだろう。
「――あ、あの、裏庭まで、き、来てくれない――かしら……?」
しかし、ボクの予想とは違い、がしっと、突然礼井野はボクの右腕袖を引っ張り、常日頃使用している敬語ではなく、タメ口で、礼井野は言ったのだった。




