表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【いしのまほうつかい】シリーズ

大賢者の回顧録 ~魔王との決戦~

作者: 架け橋 なな

 私は長い間ずっと、一人だった。


 そう。あの運命の戦いの日も。



──夕暮れ時。


 草木も絶え果てた無骨な岩山で、魔法使いである私は、残虐なる魔王と戦っていた。


 奴は我が王国を滅ぼそうと、魔物らを率いてやってきたのだ。



 私は青緑のローブを羽織り、翡翠の玉の付いた長い杖と、白銀の長剣を腰に差している。味方は居ない。奴を食い止めるため、ただ一人でここへ来た。



 負けるわけにはいかない。必ずここで決着をつける。



 部下の魔物は上級魔法で一掃した。残るは魔王一体のみ。



 魔王フォボスは、長く湾曲に伸びた角を、頭から二本生やしている。やぎの頭蓋骨に似た顔と赤々と光る目からは、狂った感情以外、読み取れない。奴は裾の裂けた漆黒の外套を羽織っており、首には赤紫の数珠をぶら下げていた。背丈は二メートルほどだが、纏っている圧倒的な邪気は、常人なら目にしただけで卒倒するほどであろう。



 魔王は闇魔法を使い、私を殺そうとした。


 私はそれに対抗し、光魔法で応戦した。何度か上級魔法の撃ち合いとなる。



絶望の雨(デスピアーレ)!」


祝福の光 (ブリジングライト)!!」



 二人の間で、黒と白の巨大な力が、激しく衝突し相殺される。


 そこにあったはずの岩たちは、跡形もなく消し飛び、固い地面も深くえぐれていた。



「くくく。やるではないか。だが儂を倒すには力不足であるぞ」


 魔王は低く濁った笑い声を漏らす。背筋にぞわりと悪寒が走った。



 戦ってみて分かったが、魔力の量も魔法の威力も、あちらが上のようだ。


 たくさんあった魔力量は半分になった。私は奴から離れ、杖を放り投げる。



「どうした?もう諦めたのか?」


「魔王よ!私と剣で勝負だ!」



 少しでも奴に直接的なダメージを与えたい。


 そんな打算から長剣を抜いた。


 魔王は呪文を唱え、空中に出来た黒い穴から武器を引っ張り出した。紫の妖気を纏った大剣である。長さがある分、あちらが有利かもしれない。



「いいだろう。少し遊んでやる」



 集中し、無言で威嚇し合う。


 ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。



「さて、どこから切り落としてやろうか」


 そう言って魔王が剣を大きく一振りする。


 放たれた斬撃を、半身を翻して避けたが、なびいた栗色の髪は枯れ葉のようにはらはらと地面へ落ちた。



 何て威力だ……!



 ぞっとして彼を睨む。


 鼓動が激しく打ち、呼吸が浅くなった。



 岩を飛び越え、一気に魔王との距離を詰める。夕焼けを背に、高速でぶつかり合う、二つの剣。


 耳が痛くなるような金属音がして、私は後方へ弾き飛ばされた。


 運良く体勢は崩していない。だがあまりの衝撃に剣の柄をもつ手がしびれていた。



「ああ。その程度では、儂にかすり傷すら負わせられぬぞ」



 憐れむように言われた。どこまでも余裕な態度が憎らしい。



 何度も何度も。


 仕掛けては弾かれるの繰り返しだ。



「くっ!これでは(らち)があかない!」



 体力もすり減る一方だ。


 せめてもっと近付ければ、攻撃を当てられる。



 私は奴に弾かれぬよう、持てる力全てを込めて剣を振った。


 奴は初めてそれを受け止める。



 甲高い音を鳴らし、せめぎ合う刃。


 私は歯を食い縛り、魔王の剣を思い切り弾き返した。



 後ろに一歩退く魔王。


 その刹那に正面から一太刀食らわせようとした。



 しかし刃は届かなかった。


 仕掛けるまでのわずかな間に、奴の剣の切っ先が私の左腕を掠めたからだ。


 鮮血が花のように開いて散り、切られた部分がかっと熱くなる。



 奴から放たれるもう一太刀。


 この胸に浴びる前に身体を反らす。



 地面を勢いよく転がって魔王から距離を取った。


 危ない。


 あと数秒遅れたら、串刺しにされていた。



「剣はもう終わりか、魔法使い?ならもっと苦しみ儂を楽しませろ」



 彼はまたしても魔法を使ってくる。


 土魔法だ。ごろごろした無数の岩が、(ひょう)のように私の頭上に降り注いでくる。



 だめだ!避けきれない!



 そう悟った私は、結界と身体強化の魔法を使った。


 そして頭をかばい衝撃に備えた。


 だが魔法を使っているのにも関わらず、岩は私の身体と内臓を容赦なく押し潰した。



「うあぁあああああああああああ!」


 激痛にうめき声を上げる。剣を落とし、口から大量の血を吐き出した。



 どくどくと地面に流れ広がる赤。体温が急速に失われていく。


 右腕の骨に加え、両足の骨も折れていた。


 左腕はかろうじて無事だったが、痛みが酷くもう剣は持ち上げられない。



 どうにか岩の中から這い出て、気休めに治癒魔法を使うが、損傷が酷すぎて役に立たなかった。



 寒い。震えが止まらない。


 視界が、脳内が、ぼんやりしてくる。



「さあ。そろそろ終わりにしようではないか。儂は忙しいのだ。これから王国の人間を殺しに行かねばならぬのでな」



 近付く靴音。


 真上から落ちてくる、愉悦に満ちた、声。




……この者は、数々の命を奪ってなお、まだ足りないのか。


 どれだけ人々を苦しめれば気が済むのか。



 私の脳裏にこれまで体験してきた光景が映し出される。



──焼き払われる豊かな森。


 鼻につく血の匂いと悲鳴。


 むごたらしく殺された人たち。


 子を失い泣き叫ぶ母親──。



 腹の底から、怒りを感じた。



 踏みにじられていい命など、あるわけがない。


 幸せを奪う権利など、誰にもないはずだ……っ!!



 霞みかけていた意識が、急に鮮明になる。



「最強の魔王たる儂に歯向かったこと、苦しみながら後悔するがいい!」



 大剣が私を突き刺そうと、大きく振り上げられる。


 奴が勝利を確信したその一瞬。


 わずかに生まれた隙を、私は見逃さなかった。



聖なる剣(ホーリーブレイド)っ!!!」



 私は残った魔力をほぼ使い切り、青白い大剣を作り出した。


 まばゆい光を発したそれは、魔王の腹を目に見えぬ速さで突き抜け、風穴を空けた。


 奴の大剣は強風に飛ばされ、はるか遠くに落ち、大地に刺さった。



「なん、だと……!?」


 魔王は自分の腹に空いた穴を見つめ、よろめいた後、地面に膝をついた。



 倒したのか?


 そう思ったが、奴は口から紫の液体を流し、ずりずりと私の側に這ってきて、この顎の下に手をかけた。


 理解不能な言葉と共に、黒く尖った爪が肌に食い込む。



「ぐ、あ……!」


 襲いくる焼けつくような痛み。苦しい。血が頭に上る。


 私は自分に残されたわずかな魔力をかき集め、左手で奴の頬骨に魔法を放った。



 顔の大部分を吹っ飛ばされ、後ずさる魔王。もはや残るのは赤い左目と穴の空いた肢体のみとなった。



「くくく…………あははははははははははははは!!!」



 口がないのに、笑い声が生じている。



 まだ、生きている、のか?



 絶望と同時に、訪れる死を覚悟した。



 だが、魔王はこちらを見て立ち尽くしたまま、動かなくなった。黒いもやのようなものが、彼の手足から徐々に発生し始める。



 どうやら勝負は私の勝ちのようだ。



「覚えておくがいい、魔法使いよ。貴様は必ず闇を知る」



 恨みのこもったしゃがれ声が、鼓膜を叩く。


 魔王の身体が形を無くし、黒い霧へと姿を変えていった。



「その命尽きるまで、地獄の苦しみを味わうがいい」


 禍々しい高笑いを残して、奴はとうとう砂埃と化した。



 やっと、終わったのだ。



 ふ、と気を抜いた瞬間。


 私はぎりぎりのところで保っていた意識を、あっけなく手放してしまったのだった。




──あれから三年の月日が流れた。


 瀕死の状態だった私は手当てされ、一命を取り留めた。


 魔王という支配者を失った魔物たちは、その勢力を弱め、私は【大賢者】や【たった一人で魔王を倒した英雄】などと周知され、今に至る。


 実際はぼろぼろの死にかけで、おおよそ格好のいい姿ではなかったのだが、世間の偶像は膨らむばかりだ。



 でもそんなもの、私には重要ではない。


 重要なのは、たった一つの事実のみだ。



「ユーティスさーん!早く行きましょう!」



 ある王国の高台にて。


 私を呼ぶ元気な女性の声に、自然と胸が温かくなり、口角が上がった。


 ローブをはためかせ、杖を手に彼女の元へ駆けていく。



 そう。


【私はもう、一人ではない】。



 偽りあるこの世の中でたった一つ、その事実こそが。



 私には、大切なのだから。


【作者より】


苦手とするアクション主体で、一本書かせてもらいました。なかなかに難しく、これでいいのか!?と自問自答しながら取り組みました(笑)


感想やアドバイス、評価ポイントなど、気軽にいただけるとありがたいです。


※メンタル豆腐なので、辛辣なのはご勘弁ください。また荒らし行為と見なした場合は、削除させていただきます。あらかじめご了承ください。


ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!(о´∀`о)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 アクション重視の物語、じっくりと読みました。やりたくなくても避けて通れないですからね、アクション……。 かといって、恋愛ものも難しくてとウロウロとしていました。 迫力ある戦…
[良い点] こんばんは! アクション…!!!! 私もいずれ書くことになる…アクション…!!!! 舐めるように拝見しました!!!! なるほど…。 こうやって魔法と剣術を混ぜるのか…。 緊迫する空気感…
[一言] こんばんは。入江です。 作品を読ませていただきました。大賢者さんと魔王の対決には手に汗握りながら読みました。最初は魔法での対決だったのが剣での対決になって。 最後、大怪我を負いながらも魔王を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ