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零点とアブノーマリティ  作者: つらたん
6/7

Sister’s insurrection 3

2



 この街は、駅を中心にして南方に発展している。アーケード街はその直下。駅の南口を降りたら最初に見える場所にある。北側はというと一つ大きめのデパートがあり、それ以外は居酒屋やラーメン屋といった、仕事帰りのサラリーマンなどをメインターゲットとした店が並んでいる。

 その先の大きな公園はデートスポットとして有名なのだが、もうすぐ暗くなることも見越して今回はアーケード街にしたようだ。

 玠の学校も南側に位置していて、朝のやや閑散としたアーケード街を通って通学することもできる。優に扮する藍がチンピラに絡まれたのもここだ。

「もう少し離れろ。最近俺の噂が広まっているような気がするんだ」

「椎は構いません」

 俺が構うんだが。

 例によって体をすり寄せるように密着させたままだった。こんな体制でも不自由なく歩けているのは椎の執念によるものか、玠の慣れか。

 例の件で生徒を中心に自分の話がばら撒かれている気がする。いい噂であれ悪い噂であれ、こんな歩き方をしていると少ながらず彼女にも被害が及ぶ可能性がある。でも、でえと——デートしているのだから当たり前だと椎は言うのだった。

 実際、玠には都合がいい点もあったのでこのままにしておいた。

「あっ。玠、あれを見てください。とても美味しそうです」

「ああ、一つ食べてみるか」

 指差された先には、見たことがない露店が立っていた。ここではアーケードとアーケードの継ぎ目に広々とした空間が設けられていて、ベンチなどの近くに時々こういった店が出店する。

 お家が厳しい椎はこういう時以外では食べる機会が乏しい。箱入り娘が目を輝かすのも無理はなかった。

 車両型の露店でキラキラと華やかなクレープを二つ頼むと、椎はカバンから財布を取り出した。

「おいおい、そんなもの仕舞えって」

「いいえ。自分で食べるものなのに、殿方に金銭の負担をさせるにはいきません」

「いいって。デートなんだろ?」

 玠はそういうと二つのクレープを持ったまま器用に会計を済ませてしまった。

「あっ」

「ほら。お前が俺に払わせようだなんて思ってねえのは、もう知ってる」

 既に一方を一口齧ってしまったまま、もう一方を差し出す。

 胸の前で両手が泳ぐ。椎は少し戸惑って、でもそれを手に取った。硬めのクラフト紙を柔らかい手が包む。できたばかりのクレープはホカホカとして暖かかった。

「有難うございます。うれしい」

 ずっと結んだままだった唇に、花のような笑顔が咲く。

 珠のような頰が染まり、艶やかな黒髪が揺れた。乙女心に、好きな人に何かを買ってもらう事が嬉しくてたまらなかったのだ。大和撫子を彷彿とさせるお淑やかさだった。

 玠は“こんな時は男が出す”といったステレオタイプな理由だけで奢ったわけだが、こういうところが椎の心を掴んで離さないことにあまり気が付いていない。可憐な振る舞いを見ても、恋愛に発展することはなかった。長い付き合いの中で、親のいない玠にとって慈英と椎は仲の良い友達を超えたその先の関係……そんな感覚なのだ。玠以外の二人も、色んな過去を通して同じように思っている。……椎に関しては少し違うのかもしれないが。

「あらぁ、仲睦じいことだわ」

 声を掛けられ、椎が弾けるように振り向く。玠は誰だかもうわかった風だ。

 姿も声も、優。でも喋り方はまるで違う。

「貴女ですね、九重優というのは」

「いいや、姉の藍の方だ」

「やっぱりわかるのね」

 そう。外見こそ優の見た目をしているが、これは藍が『変身』した姿だった。

「……どうやって私達を見つけたのですか」

「聞いて回ったら早かったわ。白い髪の男は通らなかったか、って。目撃情報には貴女の話も付いてきたけどね」

 普段は嫌でも椎を引き剥がすのだが、そのままにしていた理由の一つがこれだ。イチャイチャしたオシドリ男女に目に付いたら、あるいは直に白髪に気付けばあれは噂の男子高校生じゃないか、となるわけだ。

 ちなみにもう一つの理由は面倒くさかったから。あとちょっぴり可哀想かなと思ったから。

「そろそろ来る頃だと思ったぞ」

「ふふん、あたしの可愛い優を脅したのはこのためかしら?」

「そうだ」

「……」

「どういうことですか?」

「桜戸に在籍しているのは優だけだ。はぐらかされたまま、裏でこちらが拒否出来ないような状況を整えられるとマズい。そうなる前に、藍と接触しなくちゃならねえ。話によると、優が知らない事情もそっちにはあるらしいな?俺が敵対するそぶりを見せれば困るはずだ。接触してきた理由が救援なら、俺に邪魔をされる関係になるのは避けたい。時間をかけて懐柔しようとするだろうが、切羽詰まっているなら、直ぐにでも姉が出てくる」

 藍は閉口した。この男は数少ない会話でここまで考えて行動していたのだ。

 玠は放課後に慈英のところで話を聞くことを見越して、優に圧力をかけたのだ。申し訳ないとは思ったが、思い通り姉の方が出てきた。もっとも、旧に渡されたUSBは全くの計算外。むしろ好都合だが。

 今日来るならそろそろだとは予期していたが、本当に日を開けず姿を表したところを見るに、何やら不芳な香りがする。

「まんまとって感じね」

 撒かれた餌に食いついた形だ。余裕な表情も、やや苦しい。

「どうした、ヤケに焦ってんじゃねえか?」

「なんでもないわ」

「突っ立ってないで、そこに座れよ。お前だって話がしたくて来たんだろ。それともここで戦りあうか?」

「貴方の噂は聞いてるって言ったでしょう。正面から敵対して勝てる気はしないわ」

「正面じゃなけりゃ勝てるような言い方だ」

「そう言ったのよ」

 藍が鋭く睨む。それに対して、玠はヘラヘラとしている。

「俺一人だったらそうかもな」

「あら、それは言ってしまっていい情報なのかしら?」

「いいさ。お前らにもしこたま吐いてもらうからな」

「……いいでしょう。こんなところで話す訳にはいかないわ。ついて来なさい」

「何処へ行く?」

「まだ言えない」

「危険です、玠。こんな見え見えの罠に付き合う必要はありません」

 ここで始末りましょうと言わんばかりに立ち上がる。最初から椎の目的は九重姉妹をシメることだ。玠はむしろ、この暴れ馬がここまでよく黙っていたものだと苦笑した。

「椎、コイツらの目的が分からない以上、八つ当たりはまだ待ってくれ。いいか?」

「八つ当たりじゃありません!……でも、気は抜かぬよう」

「大丈夫だ。こっちには椎もいるしな」

「まあ……」

 椎の頬がポッと染まる。

「乳繰り合っていないで。こっちも暇じゃないのよ」

「悪い悪い」

 クレープのゴミをくず入れに投げ入れ、立ち上がる。

 得体の知れない女に続く想い人。椎は胸騒ぎを意識の隅に押しやり、その後ろ姿を追った。


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