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零点とアブノーマリティ  作者: つらたん
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Sister’s insurrection 2

 或る薄汚い路地裏に、玠の姿はあった。

 埃っぽい空気に顔をしかめながら、一段と古そうな扉の前に立つ。

 一見、インターホンなのかも分からないようなボタンを押すと、ビーッと無機質な音が鳴る。

『あ、いま開けるね』

 ピー、ガガチャ。見た目からじゃ想像できない厳重な解除音がして、扉が重たく開く。

 扉は階段に接していて、下に伸びている。階段は薄暗くて、いつ来ても不気味だ。コツンコツンと足音を響かせながら地下に降りる。その先にあるのは一般家庭に見られるタイプのドアで、ドアノブを捻ると今度はすんなり開いた。

「やあK。久しぶり」

「ああ、慈英」

 ドアの先は10畳程の部屋。ウッド素材を基調とした家具に、フローリング。景観を壊すのは何やらよくわからない精密機械。パソコンを中心に蔦のように伸びている。部屋はここだけではなく、この部屋を中心に幾つかが廊下でつながっている。普通に生活出来るレベルの設備が揃っていて、彼はここに住んでいるのだ。

 この多画面PCの前の椅子に、その馴染みの——奥村慈英(おくむら じえい)の姿があった。

「どうしたの、また何か大事かい?」

 パソコンに囲まれている人間と言えば、不清潔かラフなイメージを持つかもしれない。玠を“K”と呼んだ彼は、予想に反して猫のように小綺麗な好青年だ。身につけているのは白々としたシャツに控えめな濃い緑のベスト、下はスラックス。晩餐にでもいくのかと言いたくなるくらい髪も上品に整えられていて、今だって優雅にティーカップで紅茶を啜っている。

「なんかじゃねえよ。俺の情報を漏らしたのはお前だろうが」

「な、なんの話〜?」

 本当にコイツは分かりやすいな。見るからに目が泳いでいた。

 玠は思わずため息をついた。

「とぼけても……いや、まずはコッチだ」

 やや乱暴にUSBを投げる。

「なんだい?これ。やっぱり何かあったんじゃないか」

「よくわからん奴から渡された。罠かもしれないから慎重に開けてくれ」

「お安い御用」

 サッとパソコンに向かい、ティーカップをソーサーにコトリと置く。専用のUSBアダプタに差し込み、早速キーボードをカタカタとやり始めた。

「誰から貰ったの?」

「知らない下級生だ」

「女の子?」

「何で分かった」

「Kは年下にモテるからね」

 背中越しにニヤッと笑うのが分かって、玠は苦笑する。

「厄介なことになってな」

「らしいね」

「やっぱり知っていたか」

「もちろん。だって……ん、開いたよ。特にウイルスとかデータ抜かれたりとかは無かったけど。ええと、誰に貰ったんだっけ?」

「奇妙な奴だった。話していると、こちらが物色されているような気分がした。白い髪の生徒なんだが……」

「それは多分御来屋(みくりや)(ふるい)さんだね」

「御来屋?」

 仰々しい苗字だな、と思った。名前もだ。

「由緒正しい家だよ。いわゆるジャパニーズマフィアの本筋っていう」

「む、マジか」

 少し面食らう。それを聞くと、あの肝の座った振る舞いも、ついでに名前も腑に落ちる。

 椅子が横にスライドし、画面が露わになる。

 表示されているのは一枚の、履歴書にも似た形式のレポート。


 左上に九重優の顔写真と、彼女の事細かなデータが映っていた。

 

「どういうことだ?」

 これは慈英の声だ。玠ではない。

「さっぱりだ……っておおい!やっぱお前だったじゃねえか!」

「あ、あぁ、と、取り敢えずはなしを……!」

 玠に激しく揺さぶられて、情けない声を出す。全く事情を知らない人間ならば、この画面をみてこんな反応はしない筈なのだ。

「ああ、そうだよ。僕が教えた。でも違うよ!何かと助けになると思うよって言っただけだし、能力の事も詳しい素性も……」

「そこは分かってる。お前はそこまでバカじゃない。して、何か意図があるんだろう?」

「まあ、ね」

 服装と、体裁も整えて語り出す。

「まずコレ、最近Kの学校に来た子でしょ。姉妹の妹の方だ」

「来たどころじゃないぞ!コイツらはなあ……!」

「分かってる。警察が来たりの大ごとになったみたいだからね。玠のところに今日マスコミが来なかった?」

「俺はうまく避けられた。そういえば何人かの生徒がインタビューを受けていた。ローカル紙だと思う」

「どうだろう。でも、それこそが姉妹の目的に繋がるらしい」

「? よく分からん。騒ぎを起こす事自体が目的ってことか?俺はてっきり強力な能力の方に関わりがあると思ったんだが」

 元より姉妹の能力は強力。それ以上に気がかりなのが菊池の能力激化だ。絶対に何かあると思っていたが……。

「僕もそこまでは分からない。流石のKは気付いたみたいだね。能力の内容はともかく、強力すぎることに関しては僕にも分かった。彼女達の行動と合致するかは分からないけれど、僕達と悪い関係にはならないと踏んだんだ」

「だんだん分かって来た。九重姉妹の目的と、俺たちの目的が重なる……その根拠が、お前にはあるんだな?」

 伊達にこんな部屋に住んでない。慈英は情報分野に飛び抜けていて、玠と、あともう一人を支えている。

 どういったやり取りがあって結論に至ったのかは定かでは無いが、理由があってのことだろう。彼は思いつきや勘で仲間を危険に巻き込むような人間じゃ無い。

「そう。この画面を見てくれ。この九重藍の情報元は《SC》の研究をしている、或る研究組織のデータのものだ。そしてその組織は」

 勿体ぶるような、言いづらいことを言う前ぶりのような、慈英はそんな間を開けて、

「桜戸中等教育学校……君の学校の後援。九重姉妹はこれを潰したいんだ」

 玠が全く想定していないことを説明しだしたのだった。

「運営しているのは辰巳グループって言うんだけどね。僕が苦労して拾った情報もその話。どうも君の学校はその言いなりらしい」

「ちょっと待ってくれ!うちの学校が?……いや、でも筋が通る。あの姉妹はうちの生徒のプロファイリングを持っていた」

「それは多分、辰巳由来のものだろう。桜戸の生徒はなんらかの観察対象になってると思う。その件と姉妹の関係性については僕の予想の域もあるんだけどね。君が付いていれば取り敢えずは安心だ」

「それでかよ。厄介ごと押し付けやがって」

「君が好きな“非日常”って奴だろ?でも、悪かったよ」

 玠は基本的に慈英のやることが間違った判断だとは思っていない。怒った風を装っているが、実際は違う。

「フン、もうそれはいい。それより、このUSBを持っていたってことは……」

「御来屋も一枚噛んでると考えていいと思う」

 そうなると疑問が生じる。玠にこれを寄越す理由がない。旧の独断と考えるのが自然だろうか。

 御来屋と姉妹、そして辰巳グループの関連性は?

 静かな部屋にビーッと音が鳴る。来客だ。

「来た来た」

 慈英は椅子を回転させ、どこかのキーを押した。

 すると、上の扉の開く音が鳴る。

「まさか」

「玠の椎が来ました」

 勢いよく開け放たれる扉。

 明らかに嫌そうな顔をする玠。慈英の方を見ると、彼も若干苦笑いだ。

「もちろん呼んだよ」

「だろうな」

 玠と慈英は、基本的に三人で行動を共にしている。

 切れ長の目に黒い髪。制服姿にも関わらず、どこか和風な雰囲気を感じさせる、彼女の名前は(たちばな)(しい)

 三人組の、最後の一人だ。

「玠の椎が来ました」

 二度言った。と思ったら、玠に身を擦り寄せてくる。

「わ、分かった分かったから近付くな、離れろ!」

「嫌ですけど」

「嫌ですけど!?」

 いつも椎が面倒くさい絡み方をして、玠が動揺する。それを見て、慈英はケラケラ笑うのであった。

 眦に笑い涙を浮かべながら慈英が椎に現状の説明をする。慈英との付き合いで言えば彼女の方が長い。この間ずっと玠にくっついたままなのだが、そんな状態でも慣れたもので、話の飲み込みは早かった。

「なるほど。状況は分かりました。椎はその九重姉妹という輩を片付ければいいのですね?」

 全然飲み込めていなかった。

「違うぞ!落ち着いてくれ!」

「玠を危険な目に合わせた……万死に値します。それでは行って参ります」

「行くな!慈英も笑ってないで止めてくれ、マジで行くぞコイツ!」

 しかし、慈英はやっぱり笑っているだけだった。

 椎は訳あって玠にゾッコンで、度々こんな風に暴走する。基本的に玠中心主義で、たまに自分のことを京椎と名乗ったりもする。もちろん冗談だ——と玠は思うことにしていた。

 今回の話を聞いてその椎が九重姉妹に敵意を感じないわけがないわけで……今も制止する玠に対してさえ、掴まれている腕からギリギリと音がしそうなほど抵抗している。

「そう言えば、彼女らの能力は何なのですか?」

「ん。このレポートによると、自らの意思で外見を変質させる能力『変身』だってさ」

「なに?それは姉の方の能力だ」

 押し問答を止め、三人で画面を覗き込む。

 レポートには、優のデータが事細かに記されていた。おそらく、かなり正確。性格の分析から身長、体重……スリーサイズまで記載されていて、玠はなんだかいけないことをしている気分になった。データは一年前の日付のもので止まっていて、それが最新の更新なのかどうかまでは分からない。

「しかし桜戸はこんなことまで記録するのか。身体検査とか?」

「いや、優はつい先日在籍し始めたばかりだ」

「身体検査はともかく、短期間では分からないようなことばかり書いてありませんか?」

 確かにその通りだった。異なる条件下での比較が出てきたり、行動原理の変化だったり、長期にわたって観察していることが前提のような表現がされているのだ。

「確かにね。レポートはまだ数枚あるから、じっくり読んでみよう」

「待てませんね。椎は行きます」

「おまっ、ちょっと待て!慈英、そっちは頼んだ!」

「はいはい」

 苦笑いの慈英を置いて、ずんずんと進んでいく椎を追いかけた。

 階段を小走りで駆け上がり、閉まりかけた扉を開ける。

 空はまだ明るい青色。コンクリートジャングルと言うほどでもないが、高い建物群が、向こうの空の赤色を隠しているのだろう。

「どこに探しに行く気だ」

「分かりません。しらみ潰しです」

 本当に優達を見つけ出しそうで、恐ろしい。

 USBの方は慈英が見てくれているし、こんな時の椎はブレーキの壊れた暴走列車のようで、そう簡単に止まりそうもない。

 玠は頭を掻いて、仕方ないので付いて行くことにした。

 慈英の巣からいつもの街まではそこまで離れていない。それでも数キロはあるので、徒歩で移動するのは女性には些かつらいだろう。

 椎の家は由緒正しい名家だ。古式ゆかしく武芸に明るく、心身共に貧弱なものではない。既に幾分かの距離を移動しつつも、気丈で凛とした姿勢は全く崩れていなかった。

「姉妹の居場所について、何か手がかりはないのですか?」

「ん、確か駅を使ってた帰ってたかな」

「……一緒に下校したのですか?」

 地の底から響くような声に、思わず震え上がる。 

「い、いや、まあその…………そうだ」

「……」

 無言の圧力。一気に不機嫌になってしまった。先を行く椎の顔が容易に想像できる。

 その後、会話もなくいつもの駅に差し掛かり……そのまま駅を通り過ぎてしまう。

「なあ、これどこ向かってる?」

「街の方です」

「街?アーケード街の方か。そんなとこ行っても居ないと思うが……」

 前を歩いていた椎がくるりと振り返る。

「もちろん知っています。玠は今から、私とでえとしに行くんです」


奥村慈英おくむら じえい

橘椎たちばな しい

の登場です。

そして白髪の少女、御来屋旧みくりや ふるい

と言います。

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