序章 - Preface of Abnormalities 3
そこにいたのは、二人の女性。
一人は転校生、九重優。何故だか、玠の呼び名が「ケイ」から「玠さん」になっている。
もう一人も、歳や背格好は優と同じだ。
特筆すべきは腰まで伸ばしたド派手なピンク色の髪。挑戦的な目つきで斜に構え、見下ろすようにこちらを見ている。
「二人とも、初対面みたいなものだな」
「ほらね、お姉ちゃん」
「ふぅん」
優がお姉ちゃんと呼んだ。二人は姉妹のようだ。髪の毛の違いが激しくて分からなかったが、よく見たら似ているような気もする。
「へえ、姉妹だったのか。で、お前の名前は?」
「優で合ってるよ。騙してごめんね、玠さん」
「こら!簡単に認めることないでしょう」
思わずピンクの髪——姉の叱責が飛ぶ。
「でも、玠さんは屋上で私に“はじめまして”って言ったんだよ。どうやってかは分からないけど全部お見通しなんじゃないかな」
「まあな」
「口答えしないの!」
「うう、ごめんなさい……」
再び叱咤され、頭を抱えて平謝りする。二人の関係を初めて見るながらに、この姉は優にとって頭が上がらない存在だということには察しがついた。
「優、お前の姉の名前を教えてくれ」
「あたし本人に訊きなさいな」
ふふん、と笑い姿勢を整える。……といっても、礼儀正しくするわけじゃない。体の線を曲げ、そらした胸に手のひらを当てるようにして、高慢に名乗った。
「あたしの名前は九重藍。ケイ、貴方の推理をこの私たちに聞かせてごらんなさい?」
自信たっぷり、相手をなじるような態度だ。
「いいだろう」
面白がって、玠はそれに乗った。
「藍、お前は——昨日まで優だったな?」
「ご明察」
満足げに曲げられた唇を、指でなぞる。
「最初に俺の前に現れたのは、優の外見をした藍だ。次の日の下校時もそう。今日屋上で初めて本物の優に会うまで、俺は中身が藍であるニセの優と会ってたわけだ」
「ふふん、それで?」
「今回の騒動もお前らが画策したんだろう。これは聴取が終わった後に聞かされてやっと確信できた。菊池の動機を作ったのは藍。君の《SC》は……『変身』」
先程、“二人とも初対面”と言ったのは、マトモに正体を露わにして会ったのが初めてだという意味だった。
姉妹の反応を伺いながら続ける。否定しないところ、正解のようだ。
「菊池はそこに居ないはずの和也と会話したと言った。しかしそれはありえない。帰宅中は友人が、帰宅後は和也の肉親がずっと家にいたことを証言している。でも菊池の行動が激化したのはそれからだ。誰も預かり知らないところで、和也と、もしかしたらその仲間にも化けた藍が菊池に接触。散々焚き付けるようなことをしたんだろう。それが和也の二重存在のタネだ。菊池と和也達の不仲の話は誰からでも聞ける」
昨日の昼に、クラス中の人間に広まったからと付け加える。
「あら?だとしたら、わざわざあたしと優が入れ替わっていた理由がないわ」
藍は掌を口にあて驚いてみせる。実にわざとらしい。
「コトが起きれば、屋上に優がいる必要があったからだ。失神を引き起こしていたのは君だな、優」
「それじゃあ、あのイケメンくんに言ってたことと違うじゃない」
「……聞いていたのか」
「フフ、もちろん」
「お姉ちゃん人が悪すぎるよ……」
姉の情けない行動に、思わず額に手を当ててしまう妹。直ぐにキッと睨まれ、堪らず閉口した。
「優、君の《SC》は『能力の強制発動』だ。和也の能力の発動を絶対とする為に、屋上には居る必要があった。残酷なことをする」
「玠さんの言う通りだよ。ごめんなさい、本当は申し訳ないと思っているの」
優は悲しい顔で俯いた。伺うに、恐らく今回の騒動の主導は藍なのだろう。妹は何かの目的のためか、渋々姉に従っただけなのかもしれない。
「菊池を焚きつけた時点で、次の行動を煽り、操作することは出来た。かなり上手くいったようだがな」
「ええ、大成功!でも貴方の推理は60点てところかしら。彼の行動はある程度決まってたのよ」
「それはどういうことだ?」
「あなたが知り得ない情報があるってこと」
「フン、大体の予測はつく。優の役割は和也の能力使用を強制すること。つまり、和也の能力を事前に分かっていなきゃ出来ないことだ。……お前たち、ウチの生徒の情報を持っているな?生徒のプロファイリングデータでもあるのか?」
「まあすごい。鋭い男の子は好きよ」
「恐らく俺のもある。俺の能力を警戒した。唯一事情がわかるから。それが、最後まで優を表に出さなかった理由だ」
優が思わずピョンと跳ねる。
「すごいよ、お姉ちゃん!玠さん、噂通りだね」
玠は噂というワードに眉を顰めた。自分の能力はバレてないはずだ。おかしな奴に目をつけられたと思ったが、玠の情報だけは和也らのとは別ルートの情報だろう。
「こらこら、興奮しないの、優。全部を言い当てられたわけじゃないわ」
「それはしょうがないよお。間違ったことは一つも言ってないし、知らないと分からないもん。それ以外はドンピシャ!」
「ふふん、まあそうね」
確かに、プロファイリング程度で“菊池の行動が決まっていた”と言わしめるには、大分苦しい。
思案する様子を見て、余裕の表情の藍。
玠は舌打ちをした。実質やられっぱなしで、こちらからは何も出来ていない。
だから、その高慢な顔を崩してやりたくなった。
「まだあるぞ。わざわざ入れ替わってた、ハートフルな理由がな」
「それは……!」
「え?お姉ちゃん、どういうこと?」
早くも慌て始めた姉に味をシメる。
「可愛い妹の事が心配で心配でしょうがなかったんだよな?だから、ギリギリまで危険なことはさせたくなくて、優がいなきゃいけないな時以外は全部自分でやったんだ。妹大好きお姉ちゃんだから」
昨日、優に化けた藍は、別れ際に事件の存在を仄めかし、優の助けになるように臭い台詞を言ったこともきっちり教えてやる。わざとらしい言い回しに、みるみる顔が朱色に染まる藍を横目に見ながら。
「事実、俺に接触する時だってナンパされてたからなあ。そういう僅かな危険だって冒させたくない……強がっちゃいるけど心配性で面倒見のいいお姉ちゃんじゃないか」
「違うわよ!」
「違うの……?」
「うっ……それは、ええと」
藍の言葉が詰まる。目を潤ませながら姉に熱い視線を送る妹。段々と、妹に対する“厳格な姉”の仮面が剥がれてきた。
「『その時は私を助けに来てね』だったかな」
「うるさいわね!もういいでしょ!ええそうよ、“異常”に必ず現れる白髪の話!あんたをわざわざ巻き込んだ理由よ」
「お姉ちゃんありがとう、私ね……」
「あ・と・で!あとで聞くから今はやめて!」
姉の体裁が崩れて、不要なこともポロポロ出てくる。なんというか、意外と天邪鬼だ。
もう観念したのか、聞いてもいないのに勝手に喋り始める。
「貴方が無能なチキンで危機に現れなかったとしても、あの程度優一人でどうにか出来きはしたわ。ま、本当はこんなことさせたくなかったのは事実。ここでの目的を果たすには、このくらい乗り切れなきゃって思ったのよ」
「やっぱり何かがあるんだな」
「生徒の情報が漏れているのもそう。この学校の後援に原因があるわ」
「ウチの学校は実験校だ。詳しくは教えられていないが、個人の特定がない範囲で教育に関するデータを収集されている」
《SC》の申告は任意だが、個人のプロファイリングデータまで存在しているのはおかしい。なにやらキナ臭くなってきた。
「そもそもだ。俺が把握してた限り、菊池の《SC》はあそこまで強力じゃねえ。当たり前だ。所詮《SC》、あんなに大層なもののわけがない。お前達の能力もだ。今回の三人とも、社会で無視されている程度の力から逸脱している」
姉妹は口ごもる。妹は姉を伺い、姉は思考を巡らせていた。
「……いいわ。教えてあげる。でも、それは今じゃない」
「まあ、いいだろう」
「それよりもよ!あたしは貴方の《SC》も突き止めたわ!」
「フン、さっきの反撃か?聞こう」
姉の尊厳を取り戻すために、藍は息を大きく貯めて宣言した。
「ケイ、貴方の能力は『コピー』ね!」
玠が最初に接触したのは、優の姿をした藍。
屋上で出会うまで優と玠は一度も顔を合わせていないことになります
序章は終わりです。次回から一章が始まります。