表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零点とアブノーマリティ  作者: つらたん
2/7

序章 - Preface of Abnormalities 2

4




 頑丈な柵が揺れる。

 流石の図体。ドスンと音を立てて、玠が屋上に降り立った。

 その長い影が和也の顔にかかる。

 もう、空が赤く焼ける頃か。和也は動かない体でそんなことを思った。だが悠長なことを考えている場合ではない。自分に喝を入れる。どうやって辿りついたか分からないが、彼の存在はまさに天から降りてきた、一縷の望みそのものなのだから。

「京君……!待ってくれ!ありえないことが起きているんだ!彼は《SC》を二つ持ってて、見たことないくらい強力で、それで——」

「大丈夫だ。“安心”してろよ」

 和也にとっては皮肉たっぷりの言葉だ。自然と、転倒した時よりも苦い顔になる。そして、勿論安心などできない。正体不明の毒と強力な二つ目の《SC》。これらの存在に陰ってしまっているが、通常なら最も警戒すべきナイフ。どうすればこの場を切り抜けられるのか。

 玠が降り立ったのは扉の逆側。つまり、和也や優の側。

「ケイ?初めましてって……」

「お、お前!どうやってそこに……!」

 優の困惑を呑み込む、驚嘆の混じった怒声。玠は声の主を見やった。

「ああ、あれだ。野球部の垂れ幕登って来たんだよ」

「そんなわけあるか!」

 その存在を強調するように、玠はナイフの切っ先を向けられる。そんな命のやり取りもあり得る状況に構いもせずに、呆れ顔で言葉を投げかけた。

「俺は平穏がきらいだが、厄介ごとは好きじゃねえ」

「じゃ、邪魔すんな!」

「最後に忠告しといてやる。大人しく降参しろ」

 一瞬揺らいだ。後戻りするならここではないか。

 でも、彼の自尊心が、ここでハイそうしますとは言わせてくれない。

「見下すなよ!お前も潰す‼︎」

 だが、言葉の勢いとは裏腹に、菊池は内心焦っていた。未だなお、玠は自然体のまま、動きの一つもないからだ。

 第一、この状況を目の当たりにしてどうして冷静でいられるのか。人が何人も転がっているんだから、普通なら警戒して然るべきだろ……‼︎

 ナイフを振り回してみても、罵詈雑言を浴びせてみても、ピクリとも動かない表情を見て、イライラが募ってくる。実を言うと、この時点で菊池には明確に玠を退けるアテが無かった。進むにしろ逃げるにしろ、動いてくれれば和也の二の舞に出来たのに。

 それでも、コイツを絶対に無傷のまま返してやるものか、後悔させぬまま見逃してたまるかという悪念が、衝動が菊池自身を遂に動かした。

「チッ……クショウが!死ね‼︎」

 それが合図。ナイフを構えて、玠に向かって弾けるように走り出した。

 だが玠は動かない。悠々と立ったまま菊池を見据えている。

 なんのアクションも起こさないままに、呆気なくナイフの間合いまで侵入を許してしまう。

「やめて!!」

 刀身が体にめり込む……寸前、玠の手が刃の横っつらを叩き、軌道をそらす。

「くそっ!」

 猛攻も虚しく、玠はまだ、構えたまま一歩も動いていない。

「もういいだろう」

「うるせえ!!」

 菊池も後には引けず、斜めに切り裂き、何度も突く。

 流石の玠も半身を引いて、構えを斜めにしようとした、その時だった。

 足が地面から離れない。辛うじて防御は間に合ったが、ナイフが腕をかすった。

 当たった!相互とも一瞬の間が空き、菊池が一歩引く。

 ギロリと睨まれる。相手は今満足に動けない。安全な位置から攻めれば良い状況だ。シメたとばかりにナイフを振りかぶり、踏み出した。

「それをしまえ。危ないぞ」

 優も、和也も、もちろん菊池も、発せられた言葉に耳を疑った。

「なにを——」

 当たり前のことを。 と言う前に異変は起きた。

 なんと、ドシャッと盛大に音を立て、ツンのめるようにして菊池が転倒したのだ。

 持っていたナイフが自分の頬を裂き、鮮血が数滴したたり落ちる。

「ひ、ヒィ……!」

 足元がもつれたのか。いや、違う。

 足は屋上にピタリと貼り付いて、地面に付いた手が、服が、足同様に離れない。

 これはまるで……

「これはボクの……!」

 地べたに伏せるその格好は、和也と俊と瓜二つ。まるで二人の意趣返し。

 玠は、足が自由になっていることを確認し、ゆっくりと歩き出す。

「ははっ、まだだ!まだ僕には毒の能力が……!」

 辛うじて無事な左手を、ゆらりと虚空にかざす。

「!! 逃げるんだ、京くん!」

「へ、へへ……そこにぶっ倒れてるゴミの二の舞になりたく無かったら、大人しく……」

「だからショボい嘘つくなって」

「あいたっ」

 普通に近づいて、その手を軽く蹴り飛ばした。

 菊池は不自由な状況下で、首を捻って玠を見た。高い身長が傾いた陽を背に受け、上を見ても顔がよく見えない。

 自分はというと、地べたに這って必死にもがいている。

 自分が下で、悠然と見下ろしている彼が……上だった。

「クソッ、クソ!!そこをどけ、やめろ!クソッ!おまえ、お前覚えてろよ!絶対に後悔させてやるからな……!」

 菊池の制服からミチミチと音が鳴る。ブレザーを破ってでももがき、少しでも自由になって相手を咬み殺そうとする獣のような眼。

「女子の手前、あんまり暴力は好かん。大人しくしててもらうぞ。ほら、よく見ろ。ナイフで皮膚が切れてる。血だって出てる」

 しゃがんで、もがく菊池の目をじっと見据えたままゆっくりと言い聞かせる。ポタ、ポタと、僅かながら血が屋上を濡らしていっていた。

「安心しろって、すぐ手当してもらえる」

「テメエ……!う、うう……オエェ」

「キャ!」

 菊池が突然嘔吐し、目むいたと思えば、そのままぐったりと力が抜けた。

 同時に和也達の拘束が解ける。すぐさま玠のもとに駆け寄った和也が、その様子に声をあげた。

「こ、これは……死んでたりしないよな?」

「大丈夫だ。なあ、俊であってるよな?鍵、開けてくれよ」

 和也と同様にやられていた俊は、いまだ形だけ地面に張り付いたまま、呆然としていた。

「え……?お、オウ!」

 立ち上がる過程で慌てて滑りながらも扉に駆け寄り、菊池の持っていた鍵を拾って扉を解放。

 雪崩れるように教員達が入ってきて、倒れている生徒に駆け寄った。


 事態は、収束を迎えた。



◇ ◇



 空は暗く、教室の前の窓からは街灯の灯りが見える頃。

 事情聴取を終え、仮設の個別聴取部屋となった教室から、和也は出た。

 気持ちはまだ落ち着かない。正直自分には何が起こっていたのか分からず、はっきりとした事は一つとして言えなかったのだ。 

「おい」

「京君……」

 廊下の先には、玠が立っていた。

「場所移すぞ」

 和也は玠の半歩後ろを歩く。並びは、しない。出来なかった。

「ねえ、ずっと気になってたんだけど……。最後の菊池くん……アレやったのって、君?」

「さあな」

 首を縦にはふらない。しかし、肯定と捉えていい答えだった。

「あれは菊池くんの能力じゃないのか⁉︎気持ち悪いって言ってたのも、倒れたのも僕の友達と同じだった!」

「あれはお前がやったんだ」

「……なんだって?」

 予想だにしない答えに、和也は耳を疑った。アレを自分がやった……?冗談だとしたら笑えない。

 玠は立ち止まって、後ろを振り向く。

「あれは毒なんかじゃないし、菊池の能力でもない。《SC》は一人一つだと、お前も知っているはずだ」

「でもなんで僕なんだ⁉︎訳がわからないじゃないか!だって僕の《SC》は……」

 言葉に詰まる。勿論警察には話した。言わざるをえなかった状況でこそ言えたが、これは言わば自分の恥部だ。今までのことを思うとクラスメイトにはとてもじゃないが明かすことはできない。

「安心させる、と言ったところだろう」

「なんでそれを……!」

「俺は忠告に来たんだ」

 互いが互いの眼をひたと合わせる。

「今回のは別に毒なんか大層なもんじゃない。迷走神経反射による失神だ」

「迷走神経?」

「そうだ。人間が本来安心するべき時じゃない時に、迷走神経の作用……平たくいうと安心・リラックスすると、突発的な貧血を起こす。それが迷走神経反射だ。単に貧血と言っても、脳に血流が行かなくなるのが問題だ。ナイフで襲われ、過度の緊張とストレスが襲った。ストレスを感じやすい一人が倒れればパニックは連鎖する。女性の悲鳴なんかも良くなかった。こうしてお前の仲間達は失神してぶっ倒れていったんだよ」

「そんな馬鹿な!」

「恐らく合っている。他に要因がない。普通の高校生が毒物なんて持ち出せるか。屋上で風通しもいいし、自分だって危ない」

「…………」

「菊池のセリフはただのハッタリだ」

 和也は絶句していた。にわかに信じられないが、もし本当なら……。自分がやってきたことの皺寄せが、ここにきて一気に襲ってきたようだった。「《SC》は微弱な力だ。それゆえ黙ってることも許されるけどな。感情を操作するような能力は、本当に危険だ。お前は気軽にやってきたようだが、これまでにも同じようなことがあったんじゃないのか?」

 心当たりはあった。失神までいったことはないが、自分の能力が途切れた後に普段より取り乱す人間を見てきた。何かあれば、その度にもう一度能力を上塗りした。なにも考えずにやってきたことが、下手したら今回のような事態になり得たのだということに、今更ながら血の気が引く。

「ま、待ってくれ。そもそもなんで僕の能力のことを知っているんだ?」

 玠は答えない。

 その態度に、思わず全身に力が入り、やがてうなだれた。

 叫び、罵って問い詰めたい気持ちもあったが、自責の念からか、続きの言葉は出てこなかったのだ。他にも聞きたいことは山ほどあった。でも、

もしかしたら全部どうだって良くなったのかもしれない。

「そっか……だから君はいつも、僕を見る時あんな目をしていたんだね。この前カラオケに誘った時だってそうだ」

 屋上で安心しろと答えた時も、玠は分かってて言ったのだ。

「《SC》はチャチなものばかりじゃない。軽い気持ちで見ないことだ」

「…………ごめん。もうこの力は使わないよ」

 示し合せるでも無く、二人は再び歩を進め始めた。

 昇降口を出るまで、しばらく沈黙が続いた。

 校門の前には数台パトカーが止まっていて、ここからでもチラホラと野次馬が写真を撮るフラッシュが見える。

「助けてくれてありがとう」

「ああ」

「また明日」

「ああ」

 玠は、和也の姿が赤色灯の赤に吸い込まれるまで、その背を見送ったのだった。


 ——そこに水を差すように、背後から二つ、声がかけられる。

「あらぁ、まだいたのね。ご愁傷様だわ」

「あのぅ……ごめんね。玠さん」

「やっぱりお前()か」

 振り向いた先には、二人の女性。

 一人は優。そしてその横に、見慣れないド派手なピンクの髪の少女が立っていた。


玠はどうやって屋上にたどり着いたのか、

菊池が会ったという人間は誰なのか、

「初めましてだな」の意味とは etc.


次回いくつかが明らかになります



序章は少々派手さに欠けるかもしれません


一章からは色がついてくると思います

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ