暇を買います!
prologue
祖父が死んだ
小学校に上がる前、父親と母親が失踪してからずっと一緒に暮らしてきた祖父だった
不思議と涙は出なかった。
◆
摺木靖は授業が終わると足早に学校を出る
(寒いな…)
白い息を吐きながら靖は帰路につく
(…あまり表通りを歩くのも嫌だな)
商店街を抜けた先にある自宅にたどり着く前に話しかけられるのが嫌だった
気を使ってくれている事はわかっているが変に気を使わせるのも悪いと思ってしまう
そして普段通らない裏路地を使う事に決めた
この選択が運命を大きくねじ曲げる事になるとはこの時は思ってもいなかった。
◆
(こんな店があったんだな…)
早足で歩いているとふと目に留まったのはコンクリートで出来た中では異様と言える木組みのログハウスを思わせる小さな店
店内から漏れるオレンジ色の光は何故か心を惹き付けてやまなかった
「あなたのひまをかいます」
(暇?)
でかでかとそう書かれた看板からは何が売っているのか、何をしているのかを一切読み取れない
少しの思案の後 その店に入る事に決め ドアを開いた
◆
店内を見るとびっしりと本が入った大きな本棚と平積みにされた本が目に入った
静まり返った店内ではシュンシュンとストーブの上に置かれたやかんが音をたてている
(誰もいないのかな…)
少しした後に店の奥からガン!となにかをぶつけたような音の後に何かが崩れるような音が響く
「い゛ッ゛…あっ゛いらっしゃいませ!」
ぶつけたのだろうか 脛を抑えながらぶかぶかのちゃんちゃんこを着た少女がこちらを涙目で見上げながら言った
「お客様は…暇を売りに来たんですか?」
未だに涙目の少女がレジカウンターに座りキリリとした顔で話しかけてくる
「いや…ただ…気になったので…」
「なるほど…お名前を教えて貰ってもよろしいですか?」
「…摺木…摺木靖です」
「摺木……摺木…摺木…靖………摺木靖くん!」
名前を告げると少し考えた後にポンと手を叩きその少女はうってかわって大きな声を出す
「摺木くん!今から暇かな?」
「はぁ…まぁ…」
「じゃあ私に暇を売ってくれない?」
ニコニコと笑いながら顔を近づけそう告げる少女を前にして逃げるという選択肢を選べない事を俺は悟った。
◆
「とりあえず…摺木くんの身の上話を聞かせてほしいかな」
店主はカウンターの前に椅子を持ってきて座ることを促す
「良いですけど…小学校に上がる前位ですかね…両親がいなくなって…それからじいちゃんと暮らしてて…そんなもんですよつまらないですよね、こんな話」
「摺木くんはさ…自分の事どう思ってるのかな 不幸と幸福の二つで」
「不幸…なんじゃないですかねでも学校に行けてますし別にそこまででは無いのかな…」
不思議な事に言葉がするすると出てくる
「成る程…お爺さんが亡くなった時…君はどんな気持ちだったか教えてほしいな」
どんな気持ちだったか
おかしい 思い出すことができない 口から言葉が出ない
「ぁ……」
絞り出すように出てきたのは呻きのような声だけだった
少しの静寂の後店主は少し待ってねという言葉を残して店の奥に入っていった
「おまたせ」
(何だあの喪服……?)
店の奥から出てきた店主は胸元、背中、脇さまざまな部分が網状に改造された喪服を着て、細い指を靖の額に突き付けるとこう言った
「君の中の悪魔を潰すから 暇を貰うね」
次の瞬間に俺の意識は暗い闇に落ちた。
◆
靖が目を覚ますとそこは自分のベッドだった
(あれ…夢…?)
気だるい身体を起こし辺りを見回す
(違う)
強い違和感 家の筈だ ここは自分の だが…
部屋の扉が開きそちらを見ると
「あれ?起きてるの…?」
改造喪服の店主は黒い手袋を口に咥え驚いた顔でこちらを見ている
「ここは…何処なんですか」
「君の…嫌…君が死ぬ筈だった場所…」
「何を…言って…」
「起きているなら思い出すんだ君のお爺さんの事を どこで どうやって なんで 亡くなったのかを」
諭すように店主は優しく話しかける
「…じいちゃんが…死んだ場所………っ!」
「俺の…部屋だ…口から血を…血を…流して…違う…俺が…見たのは…ッ…!ぁぁ゛…!」
思い出す 頭の中にはあの時の記憶が蘇る
頭が痛い なぜ忘れていたのか
「もう一度聞くよ…お爺さんは、どうやって亡くなった?」
「殺されたんだ…覆面をしたヤツに!俺が部屋に入るとそいつは逃げた……!」
「正解だ」
窓ガラスが割れるような甲高い音が響く
「君の暇は買えなかったか…まぁ…いいや」
手袋を外しながら店主は言う
「どういう事なん…え…」
世界が割れていく そうとしか表現出来ないように部屋が崩れていく
そして俺は目を覚ます
◆
何時の間にかちゃんちゃんこに戻った店主は心配そうな顔をしてこちらを見ている
「…説明してもらえますか」
「当然の権利だね…良いよ君の暇は買えなかったから…教えてあげる」
「僕の仕事は一言で言うなら…頭の中の暇を買うんだ」
「暇って…俺が忘れていた…」
「そう…記憶だよ 僕はこじ明けられた記憶の暇を潰す仕事をしてるんだ」
「どうやって…というか…俺はなんで忘れていたんですか?あの記憶を」
言っている意味はイマイチわからない部分もあるが聞きたいことをとにかくぶつける
「んー…あんまり説明出来ない部分もあるんだけど…どうしよ…」
「なんだってしますよ知りたいんです…本当を!」
「…そっか」
遠くを見るような顔でお茶を飲んだ後 一息おいて店主は言う
「じゃあここで働いてよ 僕のお手伝いをしてくれれば良いからさ」
「…え?」
戸惑う俺を差し置いて店主は矢継ぎ早に情報を出してくる
「毎日放課後に来てくれれば良いから…えーっと…書類とかは無いから…でも一応これ公務員扱いなの…後は…」
「わりとブラックだから…覚悟してね?」
遠くを見た理由を理解した。
◆
「…えっと…みかん食べる?」
夜が遅くなるという理由で家に帰り 次の日
学校は休みだったので靖はひまをかう店にやって来ていた
気まずそうに一房みかんを差し出してくる店主に靖は昨日の質問をぶつける
「ありがとうございます…それで喋れない部分って何なんですか?暇って?悪魔って?」
「…君が記憶を忘れていたのは…まぁその悪魔って呼んでるんだけど…それが理由…名義上悪魔って呼んでるだけで君が想像してるような悪魔じゃない…と思う」
「続けてください」
「うん 君は未解決事件とか…原因不明の事故って挙げられるかな?」
「パッと出てくるのは無いですけど…あるのは知ってます」
「そういう物の理由が…本当に付かない物 捜査のミスなんかじゃ理屈のつかないもの それは悪魔が記憶を書き換えてるんだよ」
「随分話が大きく無いですか?というか未解決なら…表に出てるじゃないですか…僕のは消えてたんですよ」
みかんの皮をゴミ箱に投げ入れ店主は言う
「本来は消える というか世間的には事故になる」
「明らかにおかしい状態でも≪そう≫扱われるようになる僕はそれを見破って…その人の頭の中の暇を潰す…そうするとそれは事件や…事故になる 大体はそれで解決するけど解決されないもの…記憶を書き換えられなかったものの一部…それが未解決事件や原因不明の事故になる」
「…なるほど」
「このお店は心に暇を持った人間を引き寄せる…僕はそれをタイプ別に分けて心の中の世界に入って記憶を揺り起こす」
「…それどうやってるんですか?」
「相手の心の鍵を探して入るのさ 詳しくは僕も知らないけど暇があると入れて…ないと入れない そうなってる」
「…」
「納得してくれた?」
「わからない事が多すぎて混乱はしてます…でも」
「でも?」
正直な所理解したのは悪魔がいて、記憶に入れて、それを潰す仕事があるという事だけだ
だがこれだけはハッキリと言える
不安そうな店主の目を見て普段より力を入れて声を出す
「店主さんは…俺を助けてくれたんなら…信じられます」
店主はにこりと笑うと言う
「名前…教えてなかったね…」
「はい。教えて下さい」
「剣 夢限僕の名前…まぁ何とでも呼んで」
どこか恥ずかしそうに自己紹介をする夢限に素直に言葉が落ちる
「キラってますねなんか」
「うるさいな!!!」
顔を真っ赤にして夢限は怒った。
◆
あれから一週間が経った じいちゃんを殺した犯人は捕まった
警察からは謝罪をされたが捕まった物は良いのだ
それよりも…
「…」
「あの…」
「何?」
店の奥でこたつに入り本を読む夢限は明らかに怒っている
かれこれ一週間放課後に来てはいるがずっとこうだ
「機嫌…直して貰えませんか…謝りますから名前の事は」
「別に怒ってないし」
話題を変える為に気になっていた事を聞く
「そういえば鍵って何なんですか?」
「ん…あぁ…まぁ…なんだ…心を開いてもらう事が鍵だよ」
本から顔をあげ
「だから身の上話をさせたんですねぇ成る程納得…」
「…嫌お前の鍵はな…ふふ」
「え?」
夢限は不気味さを感じる笑みをこぼしすたすたとこちらに近寄りあの時と同じように額に指を付ける
「私が喪服を着たら開いたのさ…随分とニッチな趣味だね」
ニヤリと意地の悪い笑みを向け楽しそうに言う
「えっ」
「定時だぞほーら上がった上がった」
ぐいぐいと背中を押しながら機嫌のよさそうに笑う
「嘘ですよね!夢限さん!あの…!」
「じゃあまた明日」
バタン とドアの閉まる音が町に響いた。
◆
帰路に付きながら何処かスッキリとした感覚で靖は思う
(犯人も捕まった…食扶持稼ぐ仕事も出来た…だけど…)
思い出すのはあの時の夢限 身体のラインが出ていて所々網状になっている喪服は確かにセクシーではあった
(俺…そんな変な趣味あるのかな…)
思春期男子には悩みがつきない
喪服はなんかエッチだと思います