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王と宰相 幕間

王様と宰相の視点



「ギルバートとアンネマリーは離婚させる。それでいいね?」


 王は、自室に宰相を呼び、その決定を伝えた。







 宰相は、静かに頷く。


「ええ。離婚を許可していただけるのでしたら、私も辞表を取り下げます」


「…ギルバートのために、優秀な宰相を失うわけにはいかないよ」


 王の言葉を受け、宰相は器用に左眉をあげた。


「おや、随分と私を買っていただいていたようですな」

「当然だ。社交にしか興味のなかった父上をうまく操って国を回していた敏腕宰相だからね」

「それは、買いかぶりすぎというものです」


 そう、にこやかに笑う伯爵を宰相の座に就けたのは先代王。

 これといった才覚も、功績もなく、治政に興味のない人だったが、人を見る目だけは確かな人だった。


「ですが、陛下も意外と冷静でいらっしゃったのですね」

「最初から、身内だからギルバートを甘やかしていたわけではないよ」


 ギルバートは、国でも屈指の優秀な研究者だ。

 それは、誰もが認める事実。


「おや、甘やかしていた自覚はあったのですか」

「それはあるさ。だが、あのままでは困るのも事実だ。あの子は頭でっかちで、すごいものをたくさん発見するわりに、その発見がもたらす結果については無頓着だから」


 ギルバートは、自分の興味を満たすことに熱心で、その先を重視しない。

 「国民が飢えないようにしたい」「戦死する騎士を減らしたい」そういった結果を目的として、研究しているわけではないのだ。


兄上(わたし)が認めてくれたから、兄上(わたし)の役に立ちたい』

 そんな理由じゃあ危ういよね、と王は暗く笑う。


 その「兄上(わたし)」は簡単に他者にすり替わるだろう。

 そうなったとき、ギルバートはこの国の脅威になりうる。


「だからさっさと幽閉でもしてしまえばよいのです」

 その方が、研究に集中できて、彼にとっても幸せだったでしょうに。


 そう宰相はいう。

 だが。


「…閉じこめたものは、いつか出てくる」


 それに。


「いつか出てくることを恐れて亡き者にしてしまうには、国の損失が大きすぎるからね」


 兄上のために。

 そういって研究した成果は、たしかにこの国の発展に貢献しているのだ。


「だからといって、我が娘(アンネマリー)に全てをかけるとは思いませんでしたが」

「それは…申し訳なかったと思っているよ。君の娘なら、あるいは変えてくれるかもと」

 愚かな夢を抱いてしまった。


 幼馴染のアンネマリー。

 他者を寄せ付けないギルバートが、側にいることを許していた数少ない人間の一人。


 会わない期間はたしかに長かったが、幼少期という限られた期間でも、ギルバートが側にいることを拒否しなかったアンネマリー。

 彼女にしか、頼めなかった。


 ギルバートが婚姻相手にこだわりがないだろうことは読めていたし、愛だの恋だのに頓着しないというのもわかりきっていた。


 あの流れで、話を持っていけば、自分の意思でアンネマリーを選ぶだろうことも。


 自分の意思で選択したならば。

 そして、その相手がアンネマリーならば弟も変わるかと思ったが、ダメだったか。


 私の愚かな選択によって、弟を変えられないどころか、アンネマリーまで失うとは。



「…陛下、恐れながら。大人になりきれなかった殿下を大人にするのは家族の仕事です。娘は家族になれなかったのですから、期待外れと言われるのは心外ですな」

「ごめん、そういうつもりはなかった。もちろん、あの子がしでかしたツケは私たちが代わりに払う」

「…そうやって、甘やかすのがよろしくないのでは?」

「甘やかしてないよ。これはそう…先行投資かな」


 いずれ、ギルバートには役に立ってもらうから。


 そう、珍しく冷たく笑った国王を、全てを見透かすような瞳で、宰相はじっと見つめた。


「そういうことにしておきましょう」

「…伯爵には、全部お見通しってことかな」


 私もまだまだだね、と今度は自嘲気味に笑った。







 宰相は、王の側を離れると、窓際に立つ。


「まあ、これからのギルバート様のことなど、我が家には関係のない話です。適当にアンネマリーに謝罪させる機会を作り、彼とはそれっきりです」


「おや?謝らせるつもりはあったのだね」


 宰相は、口では厳しいことを言いつつ、直接的な制裁は求めないという。

 それを指摘すると、彼は肩をすくめた。


「私に、王家を処罰する権利があるとでも?」

「あるだろう。現に、君の辞表は私を動かした」


 娘を国の犠牲にした負い目があるのだろうか。まさか彼が辞表を出してくるとは思わなかった。

 それに、リリアナもレイモンドも直接ギルバートに食ってかかっていたはず。


「よしてください。私の辞表などなくとも、あなたもあの二人を引き離すことは考えていたはず」

 それに、リリアナもレイモンドも、謹慎させています、と。


 そして。

「私が処罰を求めなかったのは、意味がないからです。彼は後悔と反省の違いすら分かっていない」


 そんな人間を処罰したところで、何の意味もない。

 自分自身と向き合うことは苦しい。

 あの男が、その苦しみを甘受できるとは思えなかった。


「もう二度と、我が家に顔を見せなければ満足…といいたいところですが、一度も会わせなければ変に執着されそうですし」


 王妃に執着した、あの子爵のように。



「王がそこまで『国益になる』と断言されるのであれば、私は国に仕える貴族として、己の怒りは飲みこみましょう」


 ただ、役立たずのままなら。


 その先を、宰相は飲み込んだが、その強い目がすべてを物語っていた。



「わかっているよ。臣下に下ったとはいえ、あれも私の身内だ。今度こそ、我が家(王家)が責任をもとう」

「…もっと早くに、やってほしかったものですな」

「そういうな…。私にも、計り知れないことはある」


 まさか、アンネマリーが壊れるまで追い詰めるとは。

 アンネマリーは優秀な令嬢だったが、優秀であったが故に、気付くのが遅れてしまった。



「マリアも、動いてくれるみたいだよ」

「王妃様が?」

「ああ。今回の一件には、彼女も心を痛めていたからね」

 正確には、心を痛めていた、というような殊勝なものではなかったが。




 それに。


「リック、君は弟が後悔と反省の意味など一生わからないというけれど、私はそうは思わないよ」


「…理由を伺っても?」


「君の中で、あの子の評価は最低だろうけどね」

 あの子は、一度こうと決めたら絶対諦めないから。



 宰相はしばし沈黙し。

「やはり、うまく別れさせねば、執着されそうですな」

「…まあ、そうだね」



 王が言いたいことはそういうことではなかったが、あえて否定はしなかった。



 懸命な宰相には、王の言いたいことなど、十二分に伝わっていると知っていたから。





 ふと、思う。


「そもそも、当のアンネマリーは離婚を了承しているのかい?」


「ええ」

 伯爵は、断言する。


「たしかに、幼き頃は殿下に懐いておりましたし、婚姻が決まったときも嬉しそうにしておりましたが…もう情しか残っていないでしょうから、私が説得したら了承するでしょう」


「…まだアンネマリーだった頃、なにか言っていたのかい?」

「なにも。公爵夫人らしく、家の事情は明かしませんでしたよ」


 ただ。


「あの子は、自己暗示をかけていたのではないかと思うのです」

「自己暗示?」

「ええ。王の許可がなければ離婚は許されませんし、あの子は浮気ができるほど器用な子ではありません」

夫がどんな人間であれ、ずっと共にいなければならない。


「一生側にいるならば、愛した人間の側がよい。そう考えたのではないかと思うのです」


 まあ、今となってはわかりませんが。




「…もし、君が考える通りだったら」


「アンネマリーが本当の意味で回復したとき、それでもなおギルバート様のことを愛しているかは甚だ疑問ですな」



ですから、我々は全力でアンネマリーを治療します。



 宰相は、若き王にそう告げた。




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