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これからを考える日

お久しぶりです。


 街に行きたい、そういってすぐに行けるほど、私の身分は低くなかった。

 お忍びで、ということであればなおさら。


 結局私が街に行けたのは、アンネマリーに手紙を出してから2週間後のことだった。




 

 初めて訪れる街は、活気に満ち溢れていた。

 子どもたちが駆け回り、商売人の呼び声があちこちから響く。

 楽しげな顔、明るい顔、そしてもちろん苦しそうな顔や疲れた顔も見受けられる。

 けれど、どの人も皆、一生懸命に生きていた。



「そもそもあんた、王妃さまに恋していたんじゃないの?」


 賑わいを見せる市場を巡りながら、隣のスピカに問われる。


「…それは」

 確かに、私はかつてマリアが好きだった。

 私が恋をしたマリアは、本当の彼女ではなかったけれど。


「本当の彼女じゃない?」

「…なんというか…」

「あー、あんた、あの王妃さまの猫を見破れなかったわけね」


 はん、と鼻で笑われた。


「あんた、わかってないわ」

「恋のことは、たしかにわからない」

「そうじゃないわよ」


 本当の王妃さまってなに?


「この前の…」

「そんな、一場面を切り取って分かった気になってるの?」


 やっぱりあんた、反省なんてしてないじゃない。

 スピカは嗤う。


「あたしは、魔女だし、あんたより年上だけど、自分がどんな魔女か言えって言われたってわからないわ」

 あたしはとっても複雑で魅力的な魔女だもの。

 そんなの、ちょっとやそっとで語り尽くせないでしょ?

 善き魔女か、悪しき魔女か。そんなものは見る人の立場で変わるもの。


「たった一つの側面をみて、わかった気になってるなんておかしいわ」






 それは、確かにマリアにも言われた。


 あなたは視野が狭いと。


 研究には、たくさんの視点が必要だ。

 それを知っているはずなのに、それを人間にあてはめようとはしなかった。




 私が思い描いていた彼女(マリア)彼女(マリア)の本来の姿ではなかった。

 いや、そもそも本来の彼女とはなんだろう。

 私は、勝手に人のことを全てわかった気でいたのではなかろうか。


 プレゼントを強請ったあの令嬢も、必死で媚びてきた令嬢も。

 みんなみんな、私が勝手に思い込んでいただけなのではないだろうか。


 そして、何よりアンネマリー。


 私は彼女の何をわかっていたのだろう。何もわかっていなかったのではないか。

 いや。

 わかろうとすら、しなかったのではないだろうか。





 わからない、なにもかもがわからない。

 こんなにわからないのは初めてだ。


 けれど、ここでわからないからと考えることをやめたくはなかった。



 マリアの指摘するとおり、私は私が好きだった。

 兄に劣っていると思いつつも、誰よりも賢いと自負していた。

 周りにこんな研究は出せないだろう、兄に貢献できないだろうと奢っていた。


 マリアが私に身をもって経験させたことは、確かに私の心に傷跡を残した。

 そして、それを私はずっと彼女に行っていた。

 よりひどく。

 より残酷に。

 実験するがごとく。




 今の私がどうなりたいか、本当に変わりたいのかはわからない。

 だが、間違いなくかつての自分を恥じている。


 マリアが私に残した痛みを、それ以上の痛みを私が誰かに与えたことが許せない。




 兄の役に立てばそれでよかった。

 自分の知識欲が満たされればそれでよかった。


 けれど、騎士団長に言われた「今も、たくさんの騎士の命を救っていますよ」という言葉に、救いを感じたことも、嬉しさを感じたことも事実だ。


 それは、自身が貪欲に知識を追い求めていたときよりも、はるかに大きな充実感を私に与えた。


 他人は嫌いだった。

 否、今まで、私が知っている気になっていた人間たちのことは、嫌いだった。


 けれど、私に見えていない面がたくさんあるのならば。

 こんな私でも、人を愛せるだろうか。




「スピカ、君はすごいな」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ」


 ふふん、とスピカは胸をはる。


 彼女は、魔女。

 人間と異なるようで、それでいて人間よりも人間を知っている。


「君が、最初からいたら。こんなことは起こっていなかったかもしれないな」

「…あんた、本当に素直よねえ。少しはツッコミなさいよ」

 

 それにそれは無理ね、とスピカは肩をすくめる。


「結局人は、自分の見たこと、経験したことでないと信じないのよ」


 このままではこうなるから、きちんと話し合え。

 そう言われても、人は自分の都合の悪いこと、やりたくないことから目をそらす。


 そのままでは、悲劇を生むから自分を見直せ。

 自分を見直すことは辛く苦しいこと。だから、結果が出るまで、変えようとしない。


「その場しのぎに仲介しても、結局私たちがいなくなったら元に戻る」


 そうならないようにずうっと側にいることは、魔女をひどく疲弊させる。

 そして、時には彼女たちを殺す。


「だからね、私たちは結果をみて、『ほら見たことか!』っていうしかないの」

 そんなの、誰にでもできるのにね、と自嘲気味に笑う。


「そうかな?」

「え?」

「少なくとも私は、君が私のかつての過ちを指摘してくれたから、次につなげようと思うことができた」


 ぽかんと見ていたスピカは、次の瞬間爆笑する。


「マリアはあなたのこと嫌いらしいけど、私はそんなに嫌いじゃないわよ」

「そうか?」

「ええ、こんなに、私のいうこと、まっすぐに素直に聞いてくれる人なんて、そうそういないもの」


 大丈夫、忠告を真摯に受け止める今のあなたなら変われるわ。


 そういって、彼女は私が見た中で一番優しい笑みを浮かべた。








「あら。アンネマリーじゃない?」

「っ」


 見つけたのは、スピカ。


 スピカの指す方にいた彼女は、輝く笑顔を見せていた。




 隣の、男に。




「アンネ…」

「ばか、隠れなさいよ」

 あんた、アンネマリーとは会えないことになってるんでしょ。

 と、スピカに物陰に引きずり込まれる。


 彼女たちが、近づいてきたのがわかった。



「マーガレット、青と赤、今のご令嬢たちにはどちらの方が好まれるでしょうか?」

「ふふ…アルバート様、私は今はただのマーガレットなのですから、敬語でなくても構いませんよ?そうですね…王妃様の結婚式のとき、紅いバラがたくさん飾り付けられて以来、王都は空前のバラブームですから、赤の方がよろしいのではないかと…」

「そうか…君はどちらが好き?」

「そうですね…青も素敵ですけれど…」


 このデザインでしたら、赤が好きです。


 そう自分の意見を生き生きと話す彼女に、なんだか泣きそうになった。





「ふうん。マリアから話を聞いたときは、どうなることかと思ったけど」


 彼女もまた、変わろうとしているのね。


 隣にいたスピカが、そういった。



 そうか。

 私が変わろうとしているように、彼女もまた、変わろうとしているのか。







 ***



 マリー・ベーレント様


 今日、偶然君を市場で見た。


 とても生き生きしていたよ。


 ギルバート・ウェスティン


 

 ***



 ギルバート・ウェスティン様


 あなたも街にいらっしゃるとのことでしたので、いつかはお会いするかと思っていたのですが、意外と早かったのですね。


 それでは、ルークと一緒にいるところをみられたのかしら?

 ルークはザイツ商会の方なのだけれど、あなたと一緒で色々なことを知っているのです。

 彼と一緒にいると、学ぶことばかりですわ。


 前まで、「マリア」と呼ばれることにすごく拘っていたのですけれど、彼は国ごとに違う名前を名乗ることがあるって笑って教えてくれました。

 ルークが発音しにくい地域だったら、別の名前を使うんですって。

 その気分を味わってみようといって、街に行くときは私のことをマーガレットと呼ぶんですよ。


 それに、昔、息子を亡くしたおばあさんに会ったとき、その息子さんの名前を呼ばれたこともあったのだそうです。本当は良くないことなのかもしれないけれど、どうしても否定できなかったって、そう教えてくれました。


 私をアンネマリーと呼んだあなたもそうだったのでしょうか。


 私、自分がどう呼ばれたいかしか、考えていなかったのね。



 マリー・ベーレント



 ***



 マリー・ベーレント様


 それを言うなら、私はずっと君を自分の呼びたいように呼んでいたんだ。

 その老婦人のような事情もなく、同情の余地もない。


 君が、自分を責める必要なんて、一切ないんだ。


 ギルバート・ウェスティン



 ***



 ギルバート・ウェスティン様


 私も、変わろうと思うのです。

 自分の殻に閉じこもって、笑顔で全てを受け流すことは、令嬢として、正しいことだったのかもしれない。

 けれど、今の私はもう令嬢ではいられないから。

 だから、変わりたいし変わらないといけないのです。


 もうお会いしない、そう言ったのは当家ですが、今一度お会いできないでしょうか?

 あの時から、私たちは変わったように思います。

 

 かつてのことに蓋をするのではなく、変わったあなたと、もう一度話がしてみたい。


 マリー・ベーレント



 ***









 私は、知識を求めることが好きだ。


 研究をして、大好きな兄の役に立ちたい。


 その研究が、アンネマリーを幸せにしてくれるなら嬉しい。

 もうこんな私が、彼女の隣にいて幸せにすることはできないから。

 




 いや、アンネマリーだけではない。


 自分が泥をかぶってまで諌めてくれたマリアや。


 卑屈になっていた私を引き戻してくれた騎士団長。


 助言を受け入れてこなかった私を、最後まで見捨てなかったスピカ。



 市場で見た人々が、できる限り、笑顔で暮らせるといい。

 愛するものたちが病で離れ離れにならないようになればいい。




「漠然と、しているだろうか」

 それに、結局のところ、自身の欲望を満たしたいことに変わりはない。


「漠然と…というか、結局絞りきれていない気はするわね」

 けど、いいんじゃない?


 人間は貪欲だから、求める結果が一つじゃなくてもいい。

 人間は醜いから、理由が自分の欲望のためでもいい。


 けれど、それが誰かを幸せにしてくれるのなら。



「それに、あなたは王侯貴族だもの」

 国民を、導いていく立場にある。


「そのことにも、ようやく気づけたのね」

「国民に、処刑されかねない遅さだがな」

「そうね」

 スピカは馴染みの笑顔を浮かべる。

「けれど、あなたはまだ処刑されていない」

 だから、これからやり直しましょう、と。




 いまなら、アンネマリーと、謝罪とはまた別の話ができるかもしれない。






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