5.
いろいろと謎も増えたところで、考えてもまだ解決しそうなものでもなさそうだったため、本来の目的である討伐を進めることにした。
ターゲットの悪魔が棲んでいると思われる場所は、この岩山地帯の中で中心にそびえたつ最も高い岩山の頂上だ。もともと、3人がライフを拾う前に立ち寄った村ではその岩山を最も天に近いことから「御神山」と呼ばれている場所で、村人たちでも容易に立ち入らず神聖視している場所だ。
一方で、頂上までの道のりが険しく、さらに言えばその岩山に行くまでの道にも悪魔が徘徊しているので、魔法師たちにとってあまり行きたくない場所(というよりは面倒な場所)だ。そのような場所のことを魔法師たちは「憂鬱な場所」と言い、あまりその場所の依頼を受ける者はいない。(そのおかげでそういう所の依頼の報酬額は他の依頼に比べて高めになっている。それでも受ける魔法師は少ないのが魔法師協会本部の悩みの種の一つとなっているらしい。)
今回3人がこの依頼を受けたのは報酬のいい依頼が他になかったわけでもなく、進んで受けたわけでもなく、誰も行きたがらない依頼だったためうえにランクが高くかったので、ネルケ達がちょうどギルド内で暇そうにしていたためにマスターに頼まれたので受けたのだ。最初は3人とも渋っていたが号泣しながら頼んでくるマスターを見て、ネルケがその依頼を受けた。そうなるとハンとマイも当たり前のように一緒について行き今に至る。
そして約3時間ほどで、4人はようやく頂上まであと少しと思える場所まで登ってくると(岩が飛び出しているなどの問題もあったが、主にライフの体力不足で時間がかかった。)、ライオンと鷲の頭を持つ大きな悪魔がいた。
「⋯寝てるみてーだな。今のうちに倒すか?」
「待って。見た感じだとすぐに倒せる相手ではなさそうだし、もう少し慎重になった方がいいと思う。それにライフもいるから一旦作戦を確認した方がいいでしょ。」
「そうね。なら、作戦を確認しましょうか。マイとハンで前衛ね、相手にどんどん攻撃を打ち込んで。私は後衛で二人のサポートや回復をするから、ライフは私の近くの岩陰に隠れていてね。相手はキメラ種みたいだから攻撃には気を付けること、寝ている内に先制を仕掛けましょうか。」
ネルケが小声で作戦を言い各々了解した、というように首を縦に振った。マイとハンが悪魔の方に注意を払い、ライフには岩陰に隠れてもらいネルケが悪魔と十分な距離を取って準備が出来たら、二人に強化魔法をかけて攻撃を開始するということになり、そのために行動を開始した。
だが、マイとハンは何より重大な事実を忘れてしまっていた。ネルケは一見しっかりしているように見えるが、だいぶドジをやらかしてしまうのだ。まるで一種の呪いのように、今回のような戦法の場合は高確率で⋯
「きゃ!」ばたっ
コケるという残念な特技(?)を持っていることを。
ネルケは前のめりに綺麗にコケてしまい顔面を地面に思い切りぶつけた。その音で悪魔は目を覚ましてしまい、マイとハンはすぐに攻撃を開始した。こういうことは日常茶飯事なので2人の対応も慣れたものだった(それでも少々舌打ちらしきものが聞こえる)が、ライフはどうすればいいのか、助けに行った方がいいのかと迷っていたが、ネルケがすぐにライフの隠れている岩の近くに来た。
「ごめんなさい。気を付けて移動していたんだけど、まさか自分の足に引っかかるとは思わなかったわ。2人も問題なさそうだから、ライフはそのまま隠れていてね。」
「は、はい…。」
とはいえ、依頼書に書いてあった情報よりも強い力を持っているようで、あまり攻撃をするチャンスがないようだった。
今回の標的のキメラは炎と風の属性の魔力をもっているらしく、雷の魔法で筋肉を刺激して高速移動・攻撃を得意とするハンはキメラの起こす風の所為で近づくのが困難になっている。マイの炎の魔法も、相手の風で炎が消えてしまい攻撃が通りにくかった。それでもダメージを与えているところが2人の攻撃力の高いことを表している。
「くっ…!あの鷲が邪魔だな。ネルケ!鷲の方だけでも動きを封じられねぇか!?」
「ダメ…。動きを止めようとツルとか絡ませようとしているんだけど、炎ですぐに燃やされてしまうの。」
「頭いいわね~、こいつ。ここまで来るのに疲れてるんだからもう少し優しくしてくれないかしら?」
「悪魔相手に何ふざけたこといってんだよ、マイ。ばかじゃね?」
いつものような軽口の応酬をしているようだが、2人の顔には余裕の表情が浮かんでおらずギリギリの状態であることがわかる。ネルケもサポートをしているが、植物を操る魔法を使うので炎によってすぐに燃やされてしまい、たいした時間稼ぎが出来ないでいた。
3人が長期戦を覚悟した時、周囲の気温が急激に下がった。そして頭上に魔方陣が展開されたと思ったとき、
〈ぐおおぉぉぉぉぉ!?〉
その魔方陣で大きな氷柱が数本つくられ、キメラの身体に突き刺さった。3人が何が起きたのかよく分からずに呆然としていた。キメラは自らの体温を上昇させて自身に突き刺さった氷柱を溶かそうとしているが、溶けるどころか逆に体が氷に覆われ始めた。
「炎で溶けない氷って⋯まさか絶対零度級の氷魔法!?一体だれがそんな純度の高い魔力を持って⋯」
ネルケが呟いた問いに対しての答えが、「大丈夫ですか?」という言葉によりすぐ近くにあることを教えた。
声をかけたのも氷魔法を発動しているのは、ライフだった。ライフはキメラに向かって右手をかざして周囲の気温すらさげつつ、氷柱を中心に凍らせていく。キメラも抵抗とばかりにライフに向かって炎を放とうとするが、先ほどまでとは逆で今はキメラに向かって吹雪が吹き荒れていたのでライフまで届かなかった。
そして、空いている左手をまるで銃を持っているような形にしてキメラの方を向けた。すると左手に魔力が集まり一つのガンソードが出てきて、ライフは無表情にその引き金を引いた。そのすぐ後にキメラは雄たけびをあげながら、まるで砕け散るように光の粒子となって消えてしまった。
「危なかっですね。皆、大丈夫でしたか?」
「「「……。」
キメラが消えたことを確認したライフはガンソードを消してネルケ達に声をかけた3人とも開いた口が塞がらず、微笑んで安心させるような顔を向けるライフを見続けた。
ライフの背に美しく輝く3対の純白の天使の翼を見て、言葉を発することが出来ずライフは首をかしげながら3人を見ていた。