脈々たる堕落と、求欲の継承【仮】
それはいつの事か。
――栄える街の灯り火を抜け、暗がりの景色が広がる森の先に。
一つの、大きい館が重苦しくその存在を隠すことなく佇んでいる。
緩やかに揺れるロウソクと淡く光る天井近くの照明から下に降りていくと。
部屋の扉が多く並ぶ廊下の奥から、小さく、かすかにけれど規則的に息遣いが響いて。
最奥の一つ手前の扉の中で、
「んっ……。当主様――。」切なげに鳴る声と、
「いいぞ、良いぞ……お前の身体は申し分ないッ!!」荒げた息と狂気の声が満ちている。
我らが正統者に羨みの感情を持っていることなど、随分と前に自覚した。
だからこそ、ヤツからの申し出を断り、領地を離れ、灯を離れ、
こんな荒地へと居を構えているのだ。
手に力を込め肌に傷を付ける、意思に証を突ける。
獣のように身体を振り動かしギラついた眼で果てた後、
ぐったりとした召し使いをその場に放置して、
窓に近づいて外を見た。
視界に映っているのは赤く赤く血に染まる程赤い、空の景色。
ハッと歪んだ頭を揺らすと、窓に映っているのは暗がりの中で黒く揺れる木々だけで。
不意に、寂しさが肌を撫でる。
だが、あの景色を視認出来たという事は――つまり。
――ははははは!!!!
コレで個と成れば、我らはまた一つ、血を次げる、継げる、注げるのだ。
忌々しい正統者よりも濃く、強く、純粋にィ!!!!
流々と廻る嬉しさに浸っていると、
扉をノックする音が響いた。
「チィッ、なんだ入れ。」
我が言葉の後少しの間をおいて開かれた扉と、紡がれた言葉。
「ヤア、オジャマスルヨ、調子はドウカナ」
――貴様は。
アーディナ。
薄肌の褐色と琥珀色の眼が冷たいヤツだ。
こやつもまた我らと同じく源流から弾かれ、
イタリアに流れ着いた末に、人体変技に通じる術者となった一人であると訊いている。
「アーディナ、我が命題への取り組み中にいくら合図をしたとは言えども、
雰囲気をぶち壊し踏み入るとは、何たる無礼か。
如何に我が命題への後押しとして参加をした貴様でも、あまり無粋な事はしてくれるなよ」
言葉をそう零し、ヤツに向けて寝具の近くにおいてあった茶色の紙袋を投げつけた。
ヤツは中身をみるとすぐに扉に向かって歩き出して、
頭を軽く下げると、声をかけることもなく部屋を出て行った。
「ヤツが銀とお前を含めた使用人の毛髪を受け取りにくるのはもう何度目だったか」
まあ、いいと呟いて、使用人の入っている寝具へと戻って眠りにつく。
――今日こそは悪夢を見る事がないようにと願って。