ナナシの歩み
「~~~♪」
とある城の中を我が物顔で鼻唄を歌いながら歩く人が一人。
人物は黒髪に黒目の男。刀を手にだらんと持ち、歩いている。
「~~~♪」
ここはとある洋風な城の廊下。
黒髪の人物はまるで、これは自分の城である、と言わんばかりに堂々とした歩みだ。
「あっ? お前、見ない顔だが、新入りか?」
廊下で向こうから歩いてきた人物とすれ違うが、向こう側は黒髪の人物を知らなかったらしい。
新入りなのかを尋ねようとするが、黒髪は意にも返さない。立ち止まることなく歩き続ける。
「~~~♪」
「おい! 返事をしたらどうな…………はっ?」
人物は通りすぎた黒髪の肩を掴もうとするが、距離感が掴めなかったらしい。肩には触れられなかった。
それどころか、視線が、ずれ……
「アハハ! 斬られたことにも気付かないんだね~♪」
人物は斬られ、絶命する。
黒髪はまた鼻唄を歌いながら歩く。
黒髪はそれから何人かを斬りながら進み、遂に大きな扉の前までたどり着く。
黒髪はその扉に手をかけ、開く。
「アハハ~! こんにちわ! 皆大好き、ナナシだよ!」
開口一番、ふざけた挨拶だ。
「なっ!? 誰だ貴様は!」
ばかでかい部屋の奥には大きく豪華な装飾のされた椅子があり、そこに座る黒いマントを着た偉丈夫が。
ここは玉座の間らしい。
「今名乗ったよー? 聞いてなかった? 僕はナナシだよっ♪」
刀を振り、血を払いながら爽やかな顔で再び告げる。
「ナナシだと? 聞いたこともないわ! それより貴様、外に居たであろう部下たちは……」
偉丈夫は激しく問いただす。
「アハハ~♪ なんのことかな~? 少なくとも楽しい人はいなかったね」
ナナシは笑顔で告げる。
顔についた血をペロリと舐めながら。
「き さ まァァーー!!
俺様をヴァレンティーア様と心得ての狼藉か!」
ヴァレンティーアは煩く怒鳴る。
「アハハ~♪ 知らなかったなあ。ヴァネッサ、さん?」
玉座に歩みよりながら言う。
「ヴァレンティーアだ!!」
ヴァレンティーアは怒鳴り返す。
「アハハ~
…………どうでもいいよ。君の名前なんて」
ナナシは笑う。しかし今度は全く感情のこもらない声で。
「君は魔王を名乗っているらしいね?」
ナナシはさっきまでのふざけた態度は何処へやら。
淡々としている。
「ああ! 俺様は偉大なる大魔王、ヴァレンティーア様だからなあ!」
玉座から立ち上がり、腕を広げ、宣言する。
「あはは。魔王と聞いて楽しみに来てみれば。
偽物なんだもの。小物なんだもんな~」
刀を手慰みに、もてあそびながらナナシは尚も近づく。
「なんだと? 貴様、誰に対してものを言っている」
ヴァレンティーアは力を解放する。
凄まじい魔力と威圧感だ。
魔王を名乗っているのも伊達や酔狂だけではないらしい。
「アハハ。いいね! 少しだけ面白くなってきたよ!
ねぇ。殺しあおう?」
ナナシは少しずつ歩く速度を速め、駆け出す。
「吸血鬼が大魔王、ヴァレンティーア様を、なめるなあああ!!」
ヴァレンティーアはそれを迎え撃つ。
「んー、思ってたよりも楽しめたかな」
結果、そこに立っていたのは、ナナシだけであった。
床には、血塗れで伏したヴァレンティーアが。既に力尽きている。
「魔王ほどではないけど、そこそこ強かったかな~」
言うと、ナナシは玉座に座る。
「暇潰しにはなったかも。まだまだ足りないけど」
「吸血鬼といえば、鬼神に心当たりがあるんだよね~。これよりも、ずっと未来が楽しみな」
「あはは。どのくらい待てばあの子達は僕のもとへ至るだろうか? 楽しみで仕方がないね」
ここには居ない、しかし、今のナナシの心の大半を占める存在たちに語りかける。
「待ってるよ。君が僕に会いに来るのを。
…………いや、僕から会いに行くのも良いかもね~」
ナナシは自分以外生きている者は誰もいなくなった城の玉座の間で思いを馳せる。
「妹勇者は魔王よりも兄に会いたい!」
の方もよろしくです!
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