灰狼の一日
主人公以外の視点です!
ーアッシュ視点ー
俺の名前はアッシュと言う。
ユーヤ様から頂いた大切な名前だ。本当はユーヤ様以外、誰にも呼んでほしくはない。
それぐらい大事に思っている。
俺は小さい頃から酷い虐待を受けていた。
幼かった俺は意味もわからず、それを受け続けた。
ただ、一つ救いだったのは殺されるほどには暴力を振るわれなかったこと。食事が貰えたこと位か。
コボルトの集落で俺は異質だった。集落の者たちには石を投げられ、聞くに耐えない罵りを受けた。
家族には俺は居ないものとして扱われていた。
ある日、暴力の当たりどころが悪かったのか、遂には大怪我を負ってしまった。その時だった。俺の中で絶望が広がっていき、体が言うことを聞かなくなった。
それからは自分が自分じゃないみたいだった。
ユーヤ様には、画面の向こうの自分をを見ている感じだったんだな。と言われた。
ユーヤ様の説明を聞いて、何となくその通りだと思った。
それから覚えているのは、俺に怪我を負わせたコボルトの発狂染みた悲鳴。それは慟哭。自分がしていたことをやっと理解したという感じだった。
それからは村中が騒ぎになった。
ある者は泣き、ある者は自分自身に怒り、ある者は自分自身を傷つけ始めた。
俺はそれを無感情に見ていた。
体が作りかえられていく。体が絶望に染まっていく。
何もかももう嫌なんだ。
壊れてしまえ。
それからはひたすらに暴れまわった記憶と、それを泣きながら押さえ込もうとする家族たちの記憶と。
………………俺はこんなことがしたかったんじゃないんだよ。
俺はただ、俺を愛してほしかっただけなんだ。
やめてくれ。もうやめてくれよ。
こんな、自分が家族を傷つけるところなんて見たくない。
見たくないんだ。見させないでくれ。
誰か、頼むから、俺を…………殺してくれよ。
そう、俺が思ったとき、空から救世主が降りてきた。
それがユーヤ様との出会いだった。
この村はとても良い村だ。とても綺麗な湖とそれに調和したログハウス。建物の配置もウル様の指示によって整えられている。
俺は朝起きて直ぐにこの村の見回りをする。異常はないか、問題は起きていないか。
まあ、異常なんてそうそう無いので、散歩という方が正しい。
「おう! アッシュ! おはよう。今日も良い朝だな」
この人はあの日、俺に大怪我を負わせたコボルト、いや元コボルトだ。
今ではすっかり和解して、朝の挨拶を交わす仲となっている。
元々俺は家族との普通の暮らしが欲しかったんだ。今までのことを蒸し返すつもりは毛頭なかった。
「ああ、おはよう」
見回りという名の散歩を終えると、ユーヤ様の屋敷へと向かう。
うん? 向こうにいるのはサクラか?
「サクラ、どうした?」
「ああ、兄さん。今はユーヤ様の指示で魔物の狩りをしてきたところよ」
魔物の討伐か。こんな朝早くから?
「いつもそんなことをしていたのか?」
「いいえ? 何時もはしてないわね。
でも、今はアリシアさんが居ないからその代わりでやっているのよ」
ああ。成る程。いつもはアリシア様がやっていたのか。
あの人は本当に吸血鬼なのかといつも思う。普通の吸血鬼があんなに強かったら吸血鬼族は世界の頂点に立っているのでは無いだろうか?
…………うん? 今アリシア“さん”と言ったのか?今までは様呼びだったはず。
「あら。なんでアリシアさんと呼んでいるのか? という顔ね。
ふふふ、それはね、ウル様とアリシアさんにユーヤ様の恋人の一人になったのだから気軽に呼んで欲しいと言われたのよ。
流石にウル様はユーヤ様と同等の御方。そんなに気軽には呼べないけど。それでも大分親しくなれたと思うわ」
…………そうか。
正直サクラが羨ましい。俺は同性愛者ではないが、ユーヤ様と親しくなれるのは羨ましすぎる。
もし、俺が女だったら直ぐさまユーヤ様の恋人に立候補するだろうに。
…………この思考は異常だろうか?
…………よそう。この考えは。
「そうか。それはよかったな」
「あら、素っ気ないわね~。そんなんじゃ、ユーヤ様に構ってもらえないわよ?」
!! べ、別に構って欲しいとか思ってない。
それに、このしゃべり方は忌み子の時の名残だ。まだ人と話すのに慣れていないんだ。
「ふふ、兄さん、尻尾がそわそわしてますよ?」
えっ?
………………気付かなかった…………というか最早無意識だ。あんまり操作できない。
「そんなことより、早くユーヤ様の元へと行こう」
「はい。兄さん」
コンコン、
「アッシュです」
「サクラです」
「ああ、入ってくれ」
「「失礼します」」
ユーヤ様の仕事部屋だ。部屋の奥の椅子にユーヤ様が座っていらっしゃる。相も変わらず神々しい御方だ。
ユーヤ様の隣にはソフィアとかいう人族が立っている。
どうやらユーヤ様の秘書とやらになったらしい。
「よく来たな。
今日なんだが、アッシュ。お前に合う武器や戦闘方、仕事を探そう。
それでもいいだろ? ソフィア?」
「ええ。今日はアッシュ様に時間を使われるのが良いでしょう。
私はハイコボルト達に私がユーヤ様の秘書になったことを報告にいったりしていますので」
そう言いソフィアは一礼して部屋を出ていく。
ふん、俺とユーヤ様との時間を作ってくれるとは、中々良いやつのようだ。
「サクラは………………」
ユーヤ様がサクラと話している。まだだろうか。まだ話は終わらないのだろうか。
一応サクラとユーヤ様の会話も記憶しているが。ユーヤ様の言葉を無視するとか有り得ない。
あっ、話が終わった。サクラが一礼して部屋を出ていく。
「それじゃあ、今日は一緒に色々アッシュに合いそうなのを試していこうか」
「はい!」
ああ、今の俺は尻尾がブンブン振られているだろう。
だけど仕方がない。抑えられないのだから。
それから俺とユーヤ様は森に出て色々なことを試していった。
幾つかは新しい発見なんかもあり、俺のスタイルが定まった。
片手剣とナイフの二刀流だ。スピードと手数が売りで、一撃の威力も中々高い。
これが一番しっくり来た。
まあ、本気出すときは灰狼化することもあるが。
そんなこんなでとても楽しい一日を過ごした。




